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LAZULI  作者: 羽月
12/77

12オアシスの市場 ~天使の目玉1~

 シヨウの大きな声に、水色の髪の少女はハッとするとクルリと背を向け走り出そうとした。

「放してっ!」

しかし、シヨウがすかさず左腕を掴んだためRANK-Bの実験体はあっけなく引き戻されてしまい、逃れようと必死で暴れた。

「あ()っ!!おいっ、ラファエルっ!見てないで手伝えっ!」

脛を力任せに蹴りつけられ、続けて思いっきり腕に歯を立てられ、痛そうに顔をしかめながらシヨウが振り向いて怒鳴った。

「……」

ラファエルは、その様子を自分とは関係のない別世界での出来事であるかのように黙って眺めている。

「ラファエル?」

名前に反応して、少女は噛みついていたシヨウの腕から顔を上げた。手加減無しに噛みつかれたらしく、シヨウの太い腕にはくっきりと歯形がつき血が滲んでいた。

 シヨウは少女が逃げることが出来ないようしっかり扉を閉め、さらにその前に陣取ってから彼女の細い腕を握っていた手を放した。

「あなたに会いに来たんだよ!」

解放された少女は弾かれたようにラファエルのもとへ駆け寄り、彼のTシャツの裾をギュッと掴んで見上げた。

「……そう」

全く興味を示した様子も見せず、理由すら尋ねようともせずにラファエルは静かにただそれだけ言った。実際、彼は目の前の少女に何の興味も抱かなかった。

「私はアクア。水の種族の血を引いてるの。あなたは?」

ラファエルの無関心さに気付いていないのか、彼とは対照的に好奇心でキラキラと淡い緑色の瞳を輝かせながら少女――アクアは尋ねた。

「……僕は、普通の人間だよ。君らとは違う」

”普通”、”君らとは違う”という語を何気なく強調し、ラファエルはアクアの淡い緑色の瞳と視線を合わさないようにわざと横を向いて冷たく答えた。

「嘘だぁ。”印”を付けてるクセに!」

アクアは冗談を言っているとでも思ったのか、クスクス笑いながらそう言って指さした。少女はラファエルの左耳に光る銀のイヤーカフを目ざとく見付けていた。

「ルシフェルが言ってたよ。”新しい仲間が来た”って。ラファエルさんの名前って、ルシフェルが付けたんでしょ?別の人が言ってたのが聞こえちゃったんだけど、自分の名前とちょっと似てて面白かったから、グラウカさんに頼んで“ラファエル”にして貰ったって、そう言ってたもん」

ラファエルは初めてしっかりとアクアの方へ顔を向け、視線を落とした。

「僕の名前を付けただって?ルシフェルって誰?」

「グラウカさんがさっき言ってた奴だろ。RANK-Aだよ」

扉に背を預けて立っていたシヨウが口を挟んだ。

「……」

ラファエルは眉を顰める。

「って事は、ラファエルの名前は本当は違うのか?」

「私知らない」

アクアはすぐにそう答え、本人であるラファエルも眉を顰めたまま首を横に振った。

「分からない」

「あ?じゃ、まあいいが、おま……アクアは、何で部屋を抜け出してラファエルに会いに来たんだ?みんな探してるんだぞ」

シヨウはこれ以上警戒されない様に出来る限り優しく言葉を掛けた。

「……」

アクアは隠れるようにラファエルの後ろに回り、彼のTシャツの裾を握ったまま、そこから首だけ出してシヨウを見ている。

「お話しに来ただけだもん。ほんとはルシフェルと来たかったんだけど、部屋から出れないんだって。だから、私だけ来たの。ねぇ、ラファェルさんはどんなことが出来るの?ルシフェルみたいに魔物をおとなしくさせたり言うことをきかせたり出来る?ルシフェルはすごいんだよ。サメさんを飛ばしたりも出来るんだから!」

アクアは余程そのルシフェルという名の実験体が好きなのか、ラファエルを見上げ誇らしげにそう言った。

『鮫をぶっ飛ばしたり、魔物を従わせたり!?』

アクアの言葉にシヨウは眉間に皺を寄せる。素手で獰猛な巨大人喰い鮫と闘う筋骨隆々とした強面の豪傑を想像していた。

「……僕は、何も出来ない」

『だよな!』

静かなラファエルの言葉にシヨウは内心大きく頷いていた。

「なぁんだ。じゃあ、私とおんなじだね。私も色々練習中なの。お水を動かせる様になるかもしれないんだって。そしたら、泳ぐときに顔にお水が掛からない様にできるし、お風呂の水をシャワーに出来たりするし、楽しみなんだ」

ラファエルはクスクス笑うアクアを見ながら、うんざりしたように溜息を一つ吐くと、未だに彼の服を握っていたアクアの手を取りそのまま手を引いてシヨウの方へ数歩踏み出した。

「シヨウ、この子連れてってよ」

「どうして?」

アクアは寂しそうに表情を曇らせてラファエルを見上げた。

「聞こえない?ファイター達が……恐いお兄さんたちが君のことを捜してるよ」

ラファエルはわざとそう言ったのだが、タイミング良く扉の向こうを慌ただしく走っていく足音が聞こえてきた。

「でも私、このお兄さんも恐いから嫌だ」

アクアは、ラファエルの手をしっかり握って彼を見上げたまま言った。シヨウはアクアにすっかり嫌われてしまっていた。

「……」

アクアの言葉に、ラファエルは視線をシヨウに向ける。赤みを帯びた茶色の髪と目をしたファイターは、顔は怖くはない。むしろ人が良さそうに見える。ただ、アクアにとってはもちろんそうだが、ラファエルにとっても見上げなければならない程の身長で、鍛え上げられた筋肉で腕も脚も太くその身体も厚みがあり、迫力があった。

『確かに、恐いかもしれないな……』

ラファエルはアクアの言葉に納得していた。無言のラファエルの気持ちを薄々感じ取ったのか、シヨウは苦笑いした。

「じゃあ、僕も一緒に行くよ」

ラファエルは早く帰って欲しい一心でそう言ったのだが、アクアは嬉しそうにニッコリ笑うと、『うん!』と大きく頷いた。



* * * * * * *


 ラリマーの長の手配でエトワス達が乗ったヴィドール行きの商船は、ヴィドール国内の島々に寄港しながら後数週間をかけてヴィドール大陸へと辿り着き、ヴィドールの首都よりやや南にあるジャスパという町に到着した。

現在、その町の目と鼻の先にあるオアシスの市場を、ブルネットとエトワス、翠、フレッドの4人で訪れていた。E・KとI・K、そして、ラリマーの長が同行させた医師ルーサーと看護師ベラは、オアシスに向かったメンバーが戻るのを待ちジャスパで休憩している。


 赤・青・緑・黄――ほぼ原色に近い色とりどりの硝子細工の装飾品は、砂漠の景色によく映えた。そしてそれは、そのアクセサリーを身につけた(あで)やかな女性達の美しさをより一層引き立てていた。

「ヴィドールってのは、意外とイイとこだね」

すれ違った露出度の高い服を着た女性の姿を目で追いながら翠がそう言うと、すぐ後ろを歩いていたフレッドがげんなりとして首を振る。

「そうか?俺には暑すぎる……」

「あー確かに、暑い。ブルネットさんの島も暑かったけど、倒れそう」

「お前達が、そんな恰好をしているからだろう?」

先頭を歩いていたブルネットが、呆れた様に振り返って言った。翠もフレッドもI・Kの制服姿だった。

「せめて上着を脱いだらどうだ?黒は光を吸収するから余計に暑いんじゃないか?」

エトワスが言う。彼もまたウルセオリナで戦地に赴いた時のままのE・Kの軍服を着てはいたが、上着は脱いでいて、上半身はライトグレーのTシャツの上にボタンを留めないで腕まくりした白いシャツを着ているというラフな格好になっていた。

「そりゃそうだ」

「確かに」

早速二人は立ち止まると、道の脇に寄ってガチャガチャと装備のベルトの金具を外し、上着を脱いだ。

「ああ、確かに涼しいわ」

「ホントだ」

ネクタイも外して襟を開け、エトワスと同じようにシャツ姿になった翠とフレッドがホッと息を吐く。

「にしても、ヴィドールってマジで異国って感じだな」

周囲を見渡したフレッドが言う通り、立ち並ぶ店の品物は元より行き交う人々が身に纏っている衣服なども、異国情緒に溢れていた。

「ファセリアでは見ないもんばっかだよね」

翠が言うと、エトワスも頷いた。

「そうだな。ここにはカラフルな色合いの物が多いな」

三人の言葉通り、売られている品は大半が食品や装飾品や衣服等だったが、ファセリア大陸では見られないような品々で、そのどれもが華やかな色彩を持つものばかりだった。

「この辺りの人間は、鮮やかな色を好むんだよ」

ブルネットが言う。

「ああ、なるほど。オレらは地味~な無彩色だから、皆チラチラ見てんのか」

翠が笑う。

「いや、見るからに外国人だからだろう」

ファセリア人側から見ると、この地の人々は異国情緒に溢れていたが、逆に彼らにとってもそうだった。市場を行き交う人や店の店主達は、明らかに地元の者ではないファセリア人達が珍しいのか、無遠慮な視線を送っている者も少なくない。

「行くぞ」

ブルネットが、クイっと顎で道の先の方へ促す。

「もうすぐだ」

時折メモを見ながら歩いていたブルネットは、振り返ってそう声を掛けると小さな天幕の店へ真っ直ぐに向かった。


 「いらっしゃい。あら、ブルネットじゃない」

市場のはずれで装飾品を売っていた長い黒髪の女は、ブルネットに気付くと真っ黒な瞳を細めてにっこりと笑いかけた。瞼に塗られたラメ入りの緑のアイシャドウがキラキラと光る。シンプルな装いで化粧っ気のない青年の様なブルネットとは真逆のタイプの女性だった。

「あんたを捜してた。久し振りだな、サラ」

ブルネットはそう言って、白い歯を見せ小さく笑う。

「貴女が来るなんて珍しいわね。1年ぶりかしら?」

サラと呼ばれたアクセサリー屋の華やかな女も、ブルネットに向かって親し気な笑顔を見せた。

「そうだな、そのくらいか。元気そうだな」

「ええ、貴女も。それより、新顔がいっぱいじゃない。でも、今回はまた随分と毛色が変わってるわねぇ」

女はクスッと笑った後、ブルネットの後ろに立つ面々を見回して不思議そうな顔をした。

「どうしたの?馴染みの顔が全然見えないけど」

「今回ここに来たのは私だけなんだ。そして、こいつらは私の部下じゃない」

答えるブルネットに、サラは笑顔で言う。

「分かってるわよ。どう見ても、どこか外国の正規兵って雰囲気だもの」

そう言って、サラは改めてエトワス、翠、フレッドに視線を向ける。

「……え、やだ。ブルネット、貴女何か悪い事でもしたの?貴女が海賊になったらしいって噂は聞いていたけど、本当だったのね」

サラはそう言って形の良い眉を顰めた。ブルネットが外国の正規兵に捕らえられたと考えたようだ。

「人聞きの悪い事を言うな。私もこいつらも客として来たんだ」

ブルネットが、フンと鼻を鳴らす。

「あら、お客さんだったのね。それで、何がお望みなのかしら?いい品がたくさん揃ってるけど?」

一瞬で華やかな笑顔に変わり、サラはコーラルピンクの口紅が塗られた唇を笑みの形にして、売り物のアクセサリーを示した。そこには、男女問わず地元の者達の多くが身につけているものと同じ、色鮮やかな硝子製の飾りが付いた指輪やブレスレットやアンクレットといった装飾品が賑やかに煌めいている。

「お兄さんたちには、こっちがお勧めかしら」

サラは、お兄さん”たち”と言いつつも、視線を真っ直ぐエトワスにだけ注ぎながら微笑んだ。職業柄、一番金を持っていそうな者の区別がつくのか単に彼が好みだっただけなのか、それは彼女にしか分からないが、繊細な植物の文様が彫り込まれた銀のアクセサリーは、硝子のものとは違い黒いベルベットの上に丁寧に並べられている。それらは、銀のみ、もしくは天然石の付いた装飾品で、見るからに高価そうだった。

「おやぁ?エトワス君、指輪もあるみたいだケドォ?」

何が言いたいのか、横から覗き込んだ翠がわざとらしく声を上げエトワスにニヤッと笑いかけた。

『来たな』

エトワスはそう思いながらも、表情には出さずにチラリと翠に視線を投げた。

「贈り物なんてのにいいんじゃねえ?つーか、ぴったりじゃん。買っちゃえ」

「俺が?」

「そ」

「お前に?悪いけどその気持ちに応える事は出来ない。というか、嫌だ」

翠が言葉を挟む間も与えず、エトワスはきっぱりとお断りした。もちろん、翠が誰にどういった意味で指輪を贈れと言っているか承知の上での言葉だった。

「オレだって嫌だ」

翠はエトワスがわざとそう言っていると知りつつも、思わず拒否してしまう。すると、傍らのフレッドが頓狂な声を上げた。

「お、お前ら三角関係という奴だったのかっ!?スゲェ!初めてリアルで遭遇した!一体どんな寮生活を送ってたんだ!?キサラギ、お前無理だよ。フレイクに敵うわけないって。第一見た目の可愛いさがさ……」

「いや可愛さで勝負してねえし、ディー君よりオレの方がイイ男だと思うけど。って、あのねぇフレッド君。どこをどういう風に聞いてれば、その解釈になるわけ?」

翠が呆れ気味に言う。

「え?だって、エトワスに指輪強請ってただろ?」

「いや、強請ってねえし。お勧めしてただけだから」

「え……お勧め?何だ、ビックリさせんなよ」

フレッドがフゥと息を吐く。

「俺にそんな事を言って、本当は自分が贈りたいんだよな?」

今度はエトワスの方が、意味深な視線で翠を見る。

「え?え?待って、どういう……ハァッ!?マジか!?だから、あの時マジ切れしたのか!」

再びフレッドが声を上げた。

「え?どゆこと?え、いや、そういう事でもなく……」

翠が苦笑い気味に言う。

「お兄さんたち、指輪が欲しいの?それなら、凄く良いのがあるわよ」

話が掴めずに3人のやりとりをキョトンとして黙って見ていたサラが、急にニッコリと笑って口を挟んだ。

「ほら、これ」

そう言って摘まみ上げた指輪はサイズ的に女性もののようだった。ピンク色の石が可愛らしい印象を受ける。

「これはね、“女神婦人姫”と近所の人に恐れられた絶世の美女の持ち物だった指輪で、この指輪を身につけると、健康運と恋愛運が異常に上がるって言われてるのよ」

サラがそう真顔で説明する。

『……。(わー微妙なネーミング。しかも超狭い地域限定って)』

『……。(女神か婦人か姫か、どれか一つにすりゃいいのに。オレがその婦人だったら恥ずかしくて夜逃げするわ)』

『……。(どこからツッコんでいいか分からないな。というか、何で恐れられたんだ?)』

フレッド、翠、エトワスは、それぞれそう考えていたが口には出さない。

「恋愛運だけじゃなく健康運も上がるのか?」

ブルネットだけが口を開き、そう尋ねた。

「ええ、そうよ。なんでもその婦人は、125年の生涯で365人の恋人がいたらしいの。凄く効果がありそうでしょ?」

「確かに、尋常じゃないパワーを感じるな……」

フレッドが思わずそう呟く。

「いや、だけど、長寿の方はともかく、365人恋人がいたって事は、364人とは上手くいかなかったって事じゃないか?」

エトワスがボソリと言うと、翠が頷いた。

「だよな。モテたのかもしんねえけど、364人には結局フラれたんだよな」

「もう、お兄さん達二人、ネガティブ思考!」

そう言って、サラがエトワスと翠をピッと指さす。

「365人と同時にお付き合いしてたかもしれないじゃない。日替わりで会ってたのかも?」

「それは、かなりのクズだな」

真っ先にブルネットがそう言って眉間に皺を寄せた。

「クズだけど、この指輪に効果はあるって話よ?」

サラはニコニコしていたが、3人が興味を示そうとしないため諦めたのか別の指輪に視線を向けた。

「じゃあ、これは?”天使の涙”よ。こんなに大きいのは珍しいでしょ?さっきの指輪と違って、なんのストーリーも効果もないけど……」

サラはベルベットに並べられた指輪の中から、小指の爪ほどの大きさの黒っぽい石の付いたものを大事そうにそっと指先で摘まみ持ち上げて見せた。それは、漆黒という程の黒さでもなく、どちらかと言うとくすんだ灰色でお世辞にも綺麗とは言い難いものだった。

「反応が薄いわねぇ。本物なのよ?」

サラはがっかりしたように言った。

「“天使の涙”って、その石の事を言ってるんだよな?有名なのか?」

聞いたことのない石の名前に、一同を代表してブルネットが尋ねる。

「あら、知らないの?でも嘘、ホントに?ヴィドールじゃ、”天使の涙”は希少価値がもの凄く高い石なのよ?」

「その黒い石が?悪いけど、あんまり高そうには見えないな」

ブルネットはそう言ったが、他の三人も同じことを思っていた。

「この石はね、ずっと大昔の遺跡からしか見つからない貴重な石なの。本当に知らない?“天使の涙”だけじゃなくて、”空の石”とか”天の石”とも言ったりするんだけど。確か、学者さんたちの間では”ラズライト”って呼ばれてるはずよ。古い文献にもその名前で出てきてるみたいね。滅多に見付からない上に、こんなに透明度が高くて青くて大きいのは珍しいのよ。同じ石でも、見付かるものの殆どはくすんでいてその辺に転がってる石と区別が付かないものが多いし」

『貴重なのはともかく、これが青?』

エトワスも翠もフレッドも、そしてブルネットも、同じ思いで疑わしそうな目で石を見ているためサラは苦笑した。

「じゃあ、よく見てて頂戴。面白いもの見せてあげるから。”天使の涙”って呼ばれてる理由が分かるわよ」

サラはそう言いながら立ち上がると天幕の影を出て、指輪の石に太陽の光がよく当たるように高く掲げた。ゆっくりと指輪を摘んだ指先の角度を変えると、幾筋もの光が石の中を通り抜け、青い光となって周囲に散った。その微妙な光の具合で、時折石の中に紫がかった強い水色の煌めきが生まれ、先程とは違い鮮やかな瑠璃色に見えるようになったその石は、まるで石そのものが光っているかのように感じられる。

「綺麗でしょう?」

夢でも見ているかのように、ぼーっとした顔で光を散らす石を眺めていたエトワスに、サラが満足そうにニッコリと微笑み掛けた。

「……あ、ああ」

「何かさぁ、”天使の涙”っつーか”天使の目玉”じゃねえの?」

やはり驚いた様に見ていた翠が、誰とはなしにそう言う。

「目玉ぁ?”涙”の方が綺麗だと思うけど」

サラはそう言って笑ったが、そう考えていたのは彼だけではなかった。翠はそれを確信していて、当然の事の様に二人の友人を見る。

「思うだろ?」

「ああ」

エトワスはすぐに頷いて肯定した。

「目玉、だな。というか、もうそのまんまって言ってもいいかも」

フレッドもどこか神妙な顔つきで頷く。遙か古の昔の遺跡でごく稀に見つかるという瑠璃色の光を放つ石――”天使の涙”。その石を太陽の光に翳したときに生まれる鮮やかな瑠璃色と、どこか冷たさを感じさせる紫がかった水色の煌めきは、彼らが知る人物の瞳に何故かよく似ていた。

「ここ数年、今までよりずっと手に入りにくくなってるの。ラビシュの学者さん達が、どうしてか血眼になって大陸中で探してるらしくて。迷惑な話よね。博物館にでも飾るつもりかしら?まあ、高値で買ってくれるなら売らない事もないけど」

サラは再び大事そうに指輪をベルベットの上に戻しながら、そう言った。

ヴィドール大陸に住む者達は皆、首都である中心都市のことをラビシュ・シティ(がらくたの町)、もしくは単にラビシュと呼んでいる。いつのものか分からないほど遠い昔の建造物を無理矢理修復、あるいは建て増しした不格好な、と言うより不気味な建物がゴチャゴチャと密集している様は、遠くから見るとまさにがらくたの町の名にふさわしかった。

「今回私達は、その中心都市に用があるんだ」

やっと、ここに来た目的に触れることが出来る。そう思いながらブルネットはサラに告げた。

「ラビシュの近くでも商売をするんだろ?最短距離の安全なルートで行きたいんだ。便乗させてくれないか?」

「それは構わないけど。でも、この数か月、中心都市のセンタービルにはヘーゼルが出入りしてるのよ。貴女、ヘーゼルには目の敵にされてるんでしょ?」

ラビシュへ向かうと言うブルネットに、サラは少し驚いたような目を向けた。ブルネットがヴィドールの船を片っ端から調べるようになりヴィドール人にとって“黒の海賊”となってから、ヴィドール国に協力しているヘーゼルにも敵視されるようになっている。そのことをサラは知っているようだった。

「良く知ってんな。いや、流石というべきか。だが、広い町だ。出会う確率は低いだろ。それより、聞きたい事がある。実はこっちが本題なんだ」

ブルネットの言葉にサラは目を丸くした後、小さく笑った。

「なーんだ。そっちのお客さんだったのね。早く言ってよ。それで、何を聞きたいの?」

「数ヶ月前、ファセリア帝国の兵が一人ヴィドールの奴らに拉致されたんだ。そして、それよりさらに前に、ラリマーの長の娘もヴィドール人に拉致された。それで、こいつらはファセリア兵を、私はラリマーの女の子を捜してるんだ。何か聞いてないか?」

「あら、じゃあ、ここ数か月、貴女がヴィドールの船を襲っていたのは、その子が理由だったの?ヴィドール専門の海賊になったのかと思ってたわ。早くここに来てくれたら良かったのに」

サラがそう言って小首を傾げる。

「ここに来なかったのは、捜す方に意識が向いていて、あんたの事は全く思い出さなかったんだよ。いつも、アクセサリー屋としてしか会ってなかったからな。副業の事はすっかり忘れていた」

「そうね。此処に顔を出す時は、いつもアクセサリーを買いに来てたものね」

沙羅がそう言って笑う。

「ああ。うちの妹達と母親が、この店のアクセサリーが大好きだからな。それに、部下たちも土産に買って帰ってたしな」

「ええ。ブルネットの船のみんなは、常連客でとってもありがたいわ」

サラはそう言って長い爪に華やかな緑色のマニキュアの塗られた指を組みニコニコしているが、実際のところ、ブルネットの部下たちはお土産を買いに来たというのは口実で、サラ目当てにこのアクセサリー屋を訪れていた。

「それじゃ、話を戻すけど。お役に立てそうよ。何で支払ってくれる?」

「これで頼む」

そう言って、ブルネットはポケットから小さな布の袋を取り出した。そして、中に入っている大粒の真珠を取り出して見せた。それは、予めラリマーの長に渡されていた品だった。

「あら素敵」

サラは、掌に落とされた真珠を調べ満足そうに微笑んだ。

「じゃあ、こっちは、これを」

情報料が必要なのだと察したエトワスが、襟元から首にかけていた鎖を引き出し、通してあった指輪を一つ外す。それは二つ対になった指輪で、エトワス個人を示す紋章が掘られ、同じく彼を示す明るい緑色の宝石が嵌め込まれていた。ファセリア帝国の貴族達の風習で、全く同じデザインの片方は伴侶となる相手に渡すのだが、相手がいないため現在はエトワスが二つとも持っている。その指輪の一つを手渡されたサラは、しげしげと興味深そうに観察した。

「1つで足りないなら、もう一つ」

そう言ってもう一つをエトワスが取り外そうとすると、サラは先に受け取った方の指輪をエトワスに差し出した。

「ダメよ、お兄さん。これは価値がありすぎるわ。純粋に品物自体の価値もそうだけど、これはきっと、大切な相手に渡すものでしょ?」

そう言って微笑む。

「無くしてもまた新しく作れるのかもしれないけど、大事にしなきゃ。さっきの話を聞いてると、渡したい相手もいるみたいだし」

と、悪戯っぽい笑みを見せ大きな瞳でウインクする。

「でも、それ以外、受け取って貰えそうな物が他にないんだ」

エトワスが、困った様に言う。戦場に出ていてそのままブルネットの船に乗ったため、金銭も大して持っていなかったが、他に渡せそうな物も無かった。

「あ。一応、俺がロベリア王国とファセリア帝国のお金なら持ってるけど。どれくらい必要かな?」

フレッドが思い出した様に言う。ロベリアのものは、ロベリア王国で別れた先輩I・K達が選別として渡してくれた物だった。しかし、元々持っていたファセリア帝国の通貨と足してもブルネットが渡した大粒の真珠の価値には到底及ばない額に思えた。

「足りなきゃ、ファセリア帝国のインペリアル・ナイトが皇帝に授けられる帝国の紋章入りの剣とかもあるけど。それなら、個人の番号も入った限定品だから価値はあるんじゃないかな?」

フレッドがそう言うと、翠とエトワスが驚いて視線を向けた。

「それは、ちょっと……」

翠が苦笑いし、エトワスも呆れた様に言う。

「マズイんじゃないか?」

「でも、エトワスの指輪よりはいいだろ」

「逆に、指輪の方がマシじゃないか?」

三人のやり取りに、サラがクスリと笑う。

「いいわ。大丈夫よ。この真珠だけで充分だから」

サラの言葉に、エトワス、翠、フレッドは、ブルネットの顔を見た。ファセリア人側は何も対価を支払わない事になってしまうからだ。

「良かったじゃないか」

そう言って、ブルネットが肩を竦める。

「それじゃ、私が持ってる情報だけど」

と、真面目な顔になり、サラが話し出す。

「ヴィドール人はもちろん、周辺の国でも噂として知られてる事なんだけど、ラビシュの中心、センタービルで働く学者でもある研究員達は、古い時代の遺跡を調べたりその文明を研究したりしていて、兵器になる魔物を生み出しているの」

サラはそう言って、4人の顔を見た。

「それは、オレらの国にもフワッと伝わってるよ」

翠が答え、エトワスとフレッドが頷く。

「そう。実は、もう一つ、別の噂もあるの。超古代には存在してたけど今は絶滅したと言われてる、3つの種族の人間を甦らせようとしてるっていうのが。この話も、ラビシュの人間は結構知ってる人もいるんだけど」

もちろんファセリア人3人は知らず、ブルネットも知らなかった。

「ここからが重要よ。しっかり聞いててね。数か月前、ラビシュの学者達は、その絶滅した種族の末裔か何かしらの関係のある人間を何処かで見付けて来て、魔物達と一緒にセンタービルに連れ帰ったらしいわ。人数は二人って聞いてる。そして、男女それぞれ一人ずつ。連れ帰った時期は別々らしいわ。でも、その人達が貴女達の捜している相手かどうか迄は分からない」

サラの言葉に、4人はハッとする。

「二人を連れ帰って、その後はどうなったんだ?」

ブルネットが眉を顰めて尋ねた。

「具体的な事は分からないけど、同じ様に連れ帰ってる魔物達みたいに、絶滅したはずの人間を甦らせるための研究対象として調べられたり実験されたりしていて、センタービル内の研究所エリア、通称”聖域”に捕らえられてそうね。ああ、でも。二人は魔物じゃなくてあくまで人間だから、自由は奪われていても、人として扱れてはいるかも」

4人の心情を察し、サラが付け加える。

「もっとずっと前、20年以上前にも、子供が一人センタービルに連れて行かれたって話もあるんだけど、その子が同じように絶滅した種族と関係があるのかどうかは分からないけど、今もその時の子はビル内で暮らしているらしいわ」

最悪な状況にはなっていない……殺されてはいない、サラはそう伝えていた。

「……」

「何だよそれ!?」

サラの言葉を聞いたエトワスは無言で、フレッドは声を上げた。ブルネットと翠は、眉を顰めて”訳が分からない”といった面もちをしている。

「3つの種族って奴には、“水の種族”ってのも入ってるのか?」

ブルネットが尋ねた。

「ええ。水、空、地底、この3つよ。神話に出て来るでしょ?あの3つ。厳密に言えば4つね」

「水の種族の伝説はうちの島に昔から伝わってるが、それ以外は聞いたことないぞ」

ブルネットの言葉に、サラが「あら」と言って小首を傾げた。

「そうなの?それなら、ヴィドールだけに伝わる話なのかしら」

「その3つの種族について、聞かせてくれないか?」

エトワスの言葉に、サラは快く頷いた。

「ヴィドール国に伝わる古い神話にあるのよ。私達の様な大地で生きている人間達は”地上の種族”という種族で、それ以外にも3つの種族の人間達がいたって」

サラはそう言って、ブルネットに視線を向ける。

「まずは、ブルネット達の島にも伝わっているという“水の種族”ね。その人達は、水辺もしくは水中の都市で生きる人間達で、次は“空の種族”。どこかの空に浮かぶ大陸にある、空の都市に生きる人間達、そして最後の“地底の種族”は、お察しだと思うけど、地底にある都市で生きている人間達。それで、それぞれの種族は、生まれながらに決まった属性の力を持っていて、水の種族は水と水に棲む生物を、空の種族は風や光と羽を持つ生物を、地底の種族は大地や闇と、自分達と同じ属性の魔物を操る事が出来たらしいわ」

「地上の種族は?」

と、フレッドが尋ねる。

「神話では触れられていないわ。だけど、地上の種族は、魔術として色んな属性の力を使える人達もいるらしいじゃない?何でも使いこなせちゃう万能な種族なのかも?」

そう言ってサラが笑う。

「本当に、聞いた事ない?」

サラの問いに、ファセリア人3人は首を横に振った。

「そう。ヴィドール大陸には宗教として根付いているからかもしれないわね。この大陸の光の神を信仰してるものは、空の種族を崇めるものなのよ。そしてもう一つ。信者は少ないけど、闇の神を信仰しているのは、地底の種族を崇めてるものだし」

「ヴィドールの研究員達は、その種族を甦らせて神にするつもりなのか?新たに水の神を加えて」

ブルネットが尋ねた。

「さあ、どうかしら?研究員達は、兵器として魔物を生み出してる訳でしょ?だから、別に宗教を興したいとかじゃなくて、3種族の人間の方も、それぞれの属性の力を持った兵器として生み出したいんじゃないかって気もするけど」

サラの言葉に、エトワスは不快げに眉を顰めた。

「自分達が神にでもなるつもりか……」

「傲慢よね。うちの父も、“神を冒涜している”っていつも言ってるわ」

そう言ってサラが笑う。

「ラビシュに行くんでしょ?店の片づけを手伝ってくれたらいつでも出られるけど?」

「ああ、その事だけど、他にも連れがいるんだ。少なくない人数だけど大丈夫か?私達まで入れて15人だ」

ブルネットが尋ねた。

「あら、他にも兵隊さん達を連れて来てるの?大丈夫よ、問題ないわ。そうね、出発は1時間後でいいかしら?ブルネットはいいけど、お兄さん達のその恰好は、いかにも外国の、しかもどこかの兵士さんの恰好だって一目瞭然で目立っちゃうから、地元に溶け込める服装に変えた方がいいわね」


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