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LAZULI  作者: 羽月
10/77

10ラリマー ~風の花~

 ブルネット達の住む島は、ファセリア大陸からは南西の海に浮かんでいた。その島はラリマーと呼ばれていて、島の中心となっている町も同じ名だった。どこかロベリア王国の城下町にも似た明るく長閑な港町だ。その町の長によりファセリア兵の負傷者は医療施設に迎え入れられ、他の者達もそれぞれ町の宿屋に滞在し世話になっていた。

「まさか、ファセリアから遠く離れた島国を訪れる事になるとはな……」

港近くの宿に滞在しているファセリア帝国の新人I・Kリカルドが、剣の稽古をする手を休めて額の汗を拭いそうぼやく。まだ怪我をした足に違和感は残っていたが、最近ようやく歩けるようになっていた。滞在している宿の裏庭から見上げた空には眩しい太陽が輝いていて、真っ白な雲が浮かんでいる。

「俺は、ここが最高に気に入ってるぞ。一度、南国に行ってみたかったんだ。こんな色の海は見た事ないし、青や黄色の魚も初めて見た。見ろ、花だってあんなに鮮やかだ!」

と、剣の稽古相手になっていたロイが、非常に楽しそうに笑顔でそう言った。視線の先にあるのは、眩しいほどに存在感を放っている咲き誇った赤紫色の花だ。

「お前なぁ……。俺達は、死んだと思われてるんだぞ?気楽なもんだな」

リカルドが呆れた様に息を吐く。

「エトワスが言ってたじゃないか。その方が自由に動けるって。その通りだろ。よし、今から釣りに行こう!滅茶苦茶釣れる良い場所があるんだ」

「いや、エトワスは、自由を満喫して思いっきり楽しもう!なんて言ってないだろ。束縛されず色々と制限がない身だから情報を集めやすい、と言っていただけだろうが」

リカルドは白い目で友人を見た。

「ロイ!リカルド~!」

と、誰かが呼ぶ声がする。今、ラリマーにいるメンバーの中で二人をファーストネームで呼ぶのは、互い以外はエトワスしかいない。しかし、エトワスの声ではないし彼はブルネット達と共に島を出てからまだ戻っていない。

「え?」

「は?」

不思議に思い振り返った二人が目を見開く。

「ルスとキサラギ!?」

「まさか!」

そう言った時、二人の元へ駆け寄って来たフレッドが、手前にいたロイに勢いよくハグをした。

「無事で良かったな!お前ら死んだと思ってたぞ!」

「お、おお?」

ロイは混乱していたが、フレッドは満面の笑顔で続けて隣のリカルドにもガシっとハグをする。

「久し振りだなー!エトワスも入れて一気に同級生3人失くしたと思ってマジでショックだったんだぞ!元気そうで良かった!」

フレッドはそう言って涙ぐんでいる。

「あ、ああ、ありがとう……?」

リカルドも訳が分からないといった表情で、未だ状況が理解できていない二人は目を白黒させている。

「ホントだよ。二人揃って無事で何より!」

フレッドとは違いノンビリ歩いて登場した翠も、元同級生に手を差し出しそれぞれ二人と握手する。

「リカルドは怪我したって聞いたけど?もう大丈夫なの?」

翠にも笑顔でそう言われ、ようやくリカルドは我に返った。

「ああ、動けるようにはなった。それより、何でお前らがこんなところにいる?ここはファセリアから遠く離れた島だぞ?それに、俺達がここにいる事は誰も知らないはずだ」

リカルドの知る限り、この島へやって来てからファセリア帝国に戻った者はいないし、手紙なども送っていないはずだ。そもそも、ブルネットなどラリマーの人間の助けを借りなければそのどちらも不可能だ。

「キサラギじゃないか!」

リカルドの背後でそう声が上がる。近くで同じ様に剣術の訓練をしていた先輩I・Kが、翠とフレッドの着ている見慣れた黒い制服に気が付いたようだ。

「どうして、こんなところにいるんだ?」

集まって来たブランドンを始めとする先輩I・K達が目を丸くして、リカルドと同じ質問をする。

「ああ、先輩方!お久し振りッス。皆さんご無事でホント何よりッス」

島に滞在するI・K達とは、ウルセオリナで雨の日に別れた時以来だ。

「いや、実は海のど真ん中で偶然ウルセオリナ卿にバッタリ会いまして」

「海の真ん中で?どういう事だ?」

I・K達は、裏庭にある宿の外壁に沿って設置されているベンチの方へ移動した。そこは大きな木の陰になっていて、強い日差しを避けられるからだ。

「オレと彼は今、任務でヴィドール国に行く事になってまして。でも、密航するしか手段がなかったもんで……って言ってもロベリア人の船長が協力してくれたんスけど、ロベリア王国から出たヴィドールの船に乗ってたんです。そしたら、その船がブルネットさんの船に襲われちゃいまして。で、ブルネットさんと一緒にいたウルセオリナ卿にも偶然会う事になったって訳で」

そう話す翠の言葉を、島にいたI・K達は怪訝そうに聞いている。

「密航してた船からブルネットさんの船に乗り変えて一緒にここに来たっスよ。ここに着くまでの間に、これまでの経緯とか先輩達の話も全部聞いてます。いや、ほんと、ビックリしましたよ~。もちろん嬉しい驚きッス」

翠が言うと、その隣に立つフレッドも大きく頷いた。

「大ショックからのまさかの大喜びって感じです!あ、俺は、キサラギ達と同期のフレッド・ルスです」

島にいた先輩I・K達とは初対面だったため、フレッドがそう言って敬礼する。

「あ、ああ。ブランドン・メイだ。そりゃ、ビックリするだろうな」

ブランドンが代表して応えるが、自己紹介などどうでもいいといった様子だ。

「それで、偶然ウルセオリナ卿に会ったのは分かったが、任務って言ったよな?どういうことだ?誰の命礼で動いている?アーヴィング殿下か?」

ブランドンだけでなく、島に滞在中のI・K達は皆同じ事を考えていた。

「ああ、それっス。一番伝えなきゃな事でした。陛下は、ヴィクトール陛下はご健在なんスよ」

翠が笑顔でそう言うと、島に滞在中のI・K6名は一瞬沈黙した。

「ハァッ!?」

「ええっ!!」

「何だって!?」

「本当か!?」

翠とフレッド以外のI・K達が、一斉に驚きの声を上げる。

「お前達が隊を離脱してから何があったのか、陛下の件も含めて教えてくれ!」


 翠が島のI・K達にこれまでの経緯を説明している頃、別の宿でもエトワスが同じ話を島に待機していたE・Kと小隊の隊長達に伝えていた。すると、やはりI・K達と同じ様にヴィクトールが健在だという報せに皆が驚愕し、その場の空気は一気に明るい物へと変わった。そして、口々に一刻も早くファセリア帝国へ戻ろうと言い始めた。

「ああ、そうだな。負傷者達もだいぶ良くなっているようだから、医師に確認してみよう。許可が出れば、またブルネットや長の力を借りる事になってしまうが、すぐに出発する。皆それぞれ、今話した事を兵達にも伝えてくれ」

エトワスの言葉に、宿の一室に集まっていた一同は、ほとんど駆け出すように喜び勇んで部屋を退室した。未だ入院中の負傷者や島に散っている兵達に知らせに行くためだ。

「あ、ライザ、ジル、マリウスは、ちょっと待ってくれるか」

部屋を出ようとしていた3人が、エトワスの言葉に足を止める。3人とも何を言われるのか予想出来ているのか、ジルとマリウスは穏やかな笑顔を浮かべ、対称的にライザは微かに眉を顰めていた。

「俺は、翠達と一緒にヴィドール国に行こうと思ってる」

「そうだと思ってました。ご同行します」

すぐにジルがそう言って笑顔を見せると、マリウスも頷いた。

「ええ、俺もご一緒します」

「私は反対します」

エトワスの予想通り、ライザだけは反対した。ジルとマリウスは、これも予想していたようで小さく苦笑いする。

「反対の理由は……」

「分かってる」

ライザの言葉を遮って、エトワスは小さく笑う。

「俺の個人的な事情でしかなくて、ただの我儘だという事も理解してる。その上で言ってる。ディートハルトは大切な友人なんだ。どうしても、翠達と一緒に助けたい。ヴィドール国についても探って有益な情報を掴んで来るつもりだし、後日ウルセオリナに戻ってから公爵閣下の説教も罰もしっかり受ける。だから、行かせてくれ」

エトワスは、じっとライザの緑色の瞳を見て言った。ライザは不満そうにギュッと眉を顰めている。

「それは、ご命令ですか?」

「いいや、頼んでる」

ライザは小さく溜息を吐いた。護衛のE・Kの身としては何としても連れ帰りたいところだが、翠達の話を聞いてエトワスが涙を流していた事にはもちろん気が付いている。彼が幼い頃から知っているが、泣くところを見たのは12年前に父親のアルベルトが事故で亡くなった時だけだ。それを思うと心が痛む。

「そうですか……。それでは、私もご一緒します」

「ありがとう!」

エトワスは嬉しそうに笑顔を浮かべ、ライザの方は「やれやれ」と言う様な表情をしていたが、その口元は緩んでいた。

「でも、俺は一人で大丈夫だ。3人にも心配している家族や友人がいるだろ。早く帰って安心させてやってくれ」

3人とも未婚で独身だったが、親きょうだいや親戚、友人はいる。帰らない3人の事を想い嘆いているに違いない。

「申し訳ありませんが、それだけは絶対に従う訳には参りません!」

エトワスの言葉を聞き終わらないうちにライザが強い口調でそう言うと、二人のE・Kも続いた。

「ええ、その通りです」

マリウスが頷き、ジルも言う。

「どうせ他の兵がファセリアへ戻れば、俺達が無事だって事は伝わるでしょう。俺達もご一緒します」

そう3人が譲らなかったため、エトワスだけでなくライザとジル、マリウスもヴィドール行きに同行する事になった。そして、その事を伝えると、護衛ではない他のE・K達も同行を申し出たのだが、彼らには負傷している兵や他の一般の兵達を無事に帰還させる事を任せ、ライザ達3人以外のE・K達には帰還して貰う事となった。



 三日後――。


ラリマーの医師の許可が出たため、負傷兵達も含めて島に滞在していたファセリア兵達は、エトワスの護衛3人以外のE・K達と共にようやくファセリア帝国へと戻る事になった。乗船するのはラリマーに来た時と同じ船で、世話になった船医も含めその乗組員も同じだったが、船長だけはブルネットではなく他の経験豊富な船長となった。ブルネットがヴィドール国行きへ同行する事になったからだ。

「ブルネットもヴィドールに国に?でも、どうして?」

エトワスが不思議そうに尋ねる。彼は今、ラリマーの長の家を訪れていた。帰還の準備を終えたファセリア兵達は、この日の午後に島を発つ事になっているため、改めて滞在と世話になった事への礼を伝えるためだった。そこへ、長に呼ばれたブルネットがやって来て、自分もエトワス達に同行すると伝えていた。

「この数か月、散々ヴィドールの船を追ったが、全く娘の手掛かりは無い。もしかしたら、君達の仲間と同じようにヴィドール国に連れていかれた可能性があるのではないかと考えたからだ」

ブルネットではなく、ラリマーの長がそう答えた。すぐ隣の席に座った酷くやつれた顔の女性が小さく頷く。この二人が、連れ去られたラリマーの少女アクアの両親だった。母親は髪も目も黒だが、父親の方は、明るい場所で見ると黒ではなく藍色の髪と目をしている事が分かる。彼がブルネットの話していた“水の種族”という伝説の一族の血を引く者だった。

天気は今日も快晴で、窓の外には強い日差しの中で眩しく輝いて見える街並みが広がり、全ての窓が開け放された部屋には少し湿度は高いが心地よい風が入って来る。旅行者ならワクワクしてしまいそうな環境だったが、夫妻をはじめ部屋の中に集まる者達の表情は明るくない。

「君達に大事な目的がある事は分かっている。だから、そちらはそちらで動いてくれて構わない。ただ、コーラルを君達に同行させて欲しい」

長がエトワスに向かい真剣な眼差しで言う傍らで、ブルネットは複雑な表情をして視線を逸らしている。

『それが彼女の本名なのか……。良い名前なのにな』

エトワスはそう思いつつ長に向かって頷いて見せた。

「もちろんです」

長は、島にファセリア人達を迎え入れ滞在中の世話をしてくれただけでなく、ファセリア兵達がファセリア大陸に戻るための船を出し、さらにI・Kやエトワス達がヴィドール国に向かう船も出してくれる事になっていた。ブルネットの同行を断る理由はなかった。それだけでなく、本当は“ブルネットと共にアクアを探し出して連れ帰る”と言いたい気持ちはあるのだが、ディートハルトと違いアクアについての手掛かりは全くなく、何処に誰が連れて行ったのか全く分からない状態で無責任な事は言えなかった。

「では、手掛かりがないに等しいので厳しいとは思いますが、出来る限りの事はしてみます」

ブルネットが言いにくい事をサラリと告げると、長は「よろしく頼む」と頷き、アクアの母親は悲し気に表情を曇らせた。

「ラリマーとヴィドール国間を行き来する船が着く、ヴィドール国の港で話を聞けば、さらに目撃者が見付かるなど何か新しい情報が入るかもしれませんね」

アクアの母親の悲痛な表情を見かねたエトワスがそう言うと、彼女は縋る様な視線をエトワスに向け、ブルネットはすぐに同意した。

「ああ、そうだな。そういった事に詳しい奴に心当たりがある。ヴィドール大陸に着いたらまずはそいつを訪ねてみよう」


* * * * * * *


 日暮れが近付き少しだけ気温が下がりはじめ、潮の香りを含んだ涼しい風が頬を撫でる。これからヴィドール国へ向かう者達と共に、ファセリア大陸へ戻る兵を乗せた船を見送ったエトワスは、一人、滞在している宿のすぐ目の前の白い砂浜に立ち海を眺めていた。ファセリア帝国では見る事の出来ない鮮やかな海は、今は彩度と煌めきが落ち着き穏やかな色へと変わっている。今エトワスが眺めている方角の先に、ヴィドール大陸はあるという。そのヴィドール大陸への出発は明日の朝を予定していた。

予想に反し、ライザはエトワスのヴィドール国行きに渋々ではあったが頷いてくれた。ただ、断固として“同行する”と譲らなかったため3人の護衛の E・Kたちも共に行く事になったのだが、それはヴィドールが未知の国である事を考えるとエトワスはもちろん翠達にとっても心強い事だった。また、E・K3名だけでなく島に滞在中のI・K全員も同行する事になっていた。ヴィクトールが健在で、翠とフレッドがその命令でヴィドール国に向かう任に就いている事が分かると、同じ任務に加わりたいと申し出たからだ。

『勘違いするな。フレイクが心配な訳じゃない。陛下のため、ファセリア帝国のために、ヴィドールを探りに行くだけだ』

特に誰も何も言った訳ではないのだが、リカルドは翠とフレッドにそう言い放った。

『俺が同行するのも、ヴィドールを偵察するためだぞ』

ロイもわざわざそう宣言した。

こうして、ファセリア人総勢12人とブルネット、そして、ラリマーの長が、アクアを救出した際にどんな事があっても対応できるようにと同行させた医師と看護師の2人もヴィドールに向かう事となった。


「……」

ふと背後に人の気配を感じた。振り返ると、少し離れた場所に子供が一人立っている。茶色の髪と瞳をしたアカシアという名の、宿の主人の娘だった。ファセリア人達が滞在するようになってから日数が経っているため、エトワスを始めE・Kや他のファセリア兵達ともすっかり顔馴染みになっている。

「はい、これ。お兄ちゃんにあげる!」

振り向いたエトワスに、小走りに近付いて来た少女がにっこりと笑って差し出したものは、何か植物の種の様だった。白い布の上に半月型をした黒い粒が無数に乗っている。

「これは?……何かの種?」

微笑みながら、少女と目線の高さを合わせるため腰を落とす。そう言えば、フェリシアはどうしているだろう?”お兄ちゃん”と呼ばれたことにより、ふと帝都ファセリアの学校へ通う妹の事を思い出しながら、彼の妹よりずっと幼い少女に尋ねた。

「うん。あのね、”風の花”の種」

そう言って顔見知りの少女は、持ってきた小さな種を布ごとエトワスの掌に乗せた。

「”風の花”っていうんだ。初めて聞いたな」

「風が好きな花なんだよ。遠い国の人が、昔々この島に持って来てくれたんだって。涼しいところじゃないとダメで山でしか咲かないんだけど、すっご~く綺麗でいい匂いの青い花が咲くの。風が強い日にね、ブワ―って、花びらがちょうちょみたいにイッパイ飛ぶの」

少女は言いながら、背伸びして両手を大きく広げピョンピョン跳ねた。

「へえ、それは綺麗だろうな」

「船に乗ったらすぐ植えなきゃダメだよ。絶対、すぐだからね」

「船に乗ったら、すぐ?」

エトワスは不思議に思い僅かに首を傾げる。帰国してからではなく?そう思っていた。

「お姉ちゃんにお花をプレゼントしたら、喜ぶと思うから」

お姉ちゃん――と言えば、ファセリア人の仲間の中に女性はライザしかいない。そうでなければ、この土地の人間であるブルネットくらいしか思い当たらなかった。しかし、それよりも、少女が“種”をくれた事に笑みがこぼれてしまった。種から育てて花を咲かせてプレゼントしろと言っているからだ。随分気の長い話だし、種を植えたとして無事に花を咲かせる事が出来るかもわからないが、聞いたことも無い花なので、余程珍しい物なのかもしれない。そうでなければ、何か粋な花言葉でも持つのだろうか。

「僕があげるより、アカシアがあげた方が喜ぶかもしれないよ?」

エトワスが笑いながらそう言うと、少女は”ダメ”と首を横に振った。

「お兄ちゃんのコイビトでしょ。ちゃんとお兄ちゃんがあげなきゃ」

何か誤解されてる。エトワスが内心苦笑しているとも知らず、アカシアは付け加えた。

「お姉ちゃん助けるの、頑張ってね」

「?(助けるの?)」

ライザなら、明日の出発に備え港に船を最終確認に行っているはずだ。ブルネットの方は自宅があるため家に戻っている。そう思いかけたエトワスの視界に、離れた所に立ってこちらを窺っているらしい二人組、翠とフレッドの姿が入る。今まで全くそこにいる二人の存在に気が付かなかった。

「ありがとう、アカシア。それで、その話……僕達が助けに行くのが、僕の”恋人”だってよく分かったね?」

薄々事情を察しながらエトワスが優しく微笑むと、アカシアもにっこりと笑って言った。

「あのね、スイお兄ちゃんが教えてくれたの。アカシアがね、”誰を助けに行くの?”って聞いたの。そしたら、エトワスお兄ちゃんの”コイビト”だって。”だ~いスキな人だよ”って言ってた」

「そうだったんだ(やっぱりアイツか……)」

エトワスが冷めた視線でチラリと二人の方を見ると、それに気付いたのか翠が手を振った。この距離では表情までは見えないが、おそらくにやついているに違いない。

「あのね、アカシア写真見せて貰っちゃった。絵本に出て来るお姫様みたいにすっごく綺麗で可愛いお姉ちゃん」

と、アカシアは頬を染める。おそらく、翠は写真付きのディートハルトの学生証を見せたのだろう。ロベリア王国でディートハルトの装備品を回収した際に見付けたものだが、突然のロベリア兵の登場に無意識のうちに自分の服のポケットに入れてしまってそのままになっていたものだと話していた。その話を今朝聞いた際に、『水没したけど綺麗なままで良かったね。はい、あげる。財布にでも入れときなよ』と言って彼に手渡されたので、今はエトワスが持っていたりする。

「……」

エトワスは訂正するべきかどうか迷った。しかし、エトワスが口を開く前に、アカシアの母親が夕飯だと彼女を呼び、すぐに『バイバイ!』と走り去って行ってしまったため、結局誤解されたままになってしまった。


「アカシアちゃん、何だって?」

近付いて来たエトワスに、笑顔の翠が尋ねる。

「これを植えて花が咲いたら、“お姉ちゃん”にプレゼントしろって」

握っていた小さな布を開き花の種を見せながらエトワスがそう言うと、翠は笑い出した。

「お姉ちゃんだなんて、一言も言ってねえんだけどなぁ」

「子供をからかうなよ」

「あれ?違うよ~。オレがからかってんのは子供じゃなくてエトワス君だから。あと、ホントのこと言っただけだし?」

笑う翠の横でフレッドは苦笑いしている。

「お前、よっぽど暇なんだな」

エトワスは、呆れたようにぼやく。

「人の事言えないでしょ。ぼんやり海なんか眺めちゃって」

翠がそう言うと、フレッドがエトワスの肩にポンと手を掛けた。

「エトワスも一緒に来てくれることになってさ、俺達めっちゃ心強いんだよ。元々二人で潜入予定だったからさ」

そう言って、肩をポンポン叩く。

「絶対、フレイクも喜ぶよ」

「そりゃそうでしょ。それに、こんだけの人数、しかもI・KとE・Kが揃ってんだから、任務は失敗しようがないよね」

そう言って翠もフレッドとは逆のエトワスの隣に立ち、同じ様にその肩に手を掛けた。

「ヴィドールの連中に、ファセリアでしてくれたことのお返しをして、ファセリア兵に危害を加えたらどうなるかをたっぷり思い知らせてやんなきゃだね」

「そうだな」

エトワスが小さく笑う。二人がわざと明るく振る舞っている事が分かるからだ。きっと、元気づけようとしてくれているのだろう。

「じゃあ、宿に帰って具体的に今後の作戦を立てて、”お姉ちゃん”を助けにいきましょーか」

そう言って、翠はエトワスの背中を押して宿の方に向かい歩き出した。

「それで、その種って何の花の種なんだ?」

気になったのかフレッドが尋ねる。

「”風の花”って言ってたよ」

「聞かない名前だな?」

「ああ。この島固有の植物なのかもな」

「でもさ、少なくともディー君の場合、花束のプレゼントよりもチョコの方がもっと喜ぶんじゃね?」

翠の言葉に、友人二人は同意して笑った。

「それはそうかもな」

「俺も、食えるものの方がいいわ」

三人にとって、無事を確認出来ない友人の事は気掛かりだったが、それでも久し振りに穏やかな気持ちになれた時間だった。

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― 新着の感想 ―
風の花、何か花言葉なり、風習なりがあるんでしょうね。 それとも再会を願う意味とか? どちらにせよ、早く合流できると良いですね〜。
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