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1話「入学式」

◾️プロローグ◾️


「好きです」


 相手の耳に届くか届かないかギリギリの声量が自分の喉から発せられた。


「…?」


 どうやら話しかけられたことに気付いたらしい隣の席に座る少女は、こちらを向いて首を傾げる。聞こえていたのだろうか?特に変な反応は見られないが、当たり前だ。初対面の男子から急に告白を受けたのだとは夢にも思わないだろう。


 状況を把握できていない様子の彼女は、話しかけたまま固まっている俺を見て少し困ったような顔をする。それも可愛い。超可愛い。好きだ。しかしそれらの言葉を口に出す事はなく、自分が今とんでもない発言をしたという後悔が心の中に急速に芽生えてくる。


「ごめん、何でもない」


 俺がそう言うと彼女は不思議そうな顔をして、教員が立つ黒板の方を向いた。幸いなことに教室の中は他のクラスメイト達の声で騒がしく、先程の自分の発言は誰にも聞かれていないようだ。


「ふぅ、落ち着けよ俺」


 危ない危ない。1日目からヤバい奴扱いをされる所だった。いや、初対面の女子に告白している時点で、その表現も間違ってはないのだが。


 入学式を終えて教室に戻ってきた俺たち1年Bクラスは、これからお世話になるであろう担当教師の学校設備の説明や質疑応答に耳を傾けていた。


 お気づきの方も居るだろう。何を隠そう今日は入学式、青春を代表する高校生活の始まりの1日目である。


 そしてこれは俺の、自他共に認める公式ぼっちの、恋の記録である。


--------------------------------------------------


『入学式』


 新たな学校生活が始まる事に希望と不安を感じながら、俺は今日から通う事になる高校に向かうバスに乗っていた。小学校、中学校で一度も友達と呼べる存在を作れなかった俺は、高校こそは!と地元から離れた高校に入学した。ここでは誰も俺のことを知らない。「あいつは暗くて面白くない奴だ」と陰口を叩く同級生も居ない。


 高校で俺は生まれ変わる!友達を作って遊んだり、彼女と制服デートしたり…想像してみたがそんな未来が起こる気がしない。


 元々の俺は人見知りでも他人が嫌いというわけでもなかった。幼稚園の頃は友達も居たし、なんなら小学校低学年の頃までは周りと変わらない普通の子供だった。あの事件が起こるまでは…。


 ぼーっと昔のことを思い出していると、目の前に見覚えのある制服が現れた。黄色い鷹の校章がトレンドマークの、俺が通う高校の制服だ。何気なく顔を上げて相手を見ると、どうやら二人組の女子らしい。


「今年も一緒だといいね〜!」


「離れたら泣くかも」


 談笑をしていて俺には気付いていないようだ、クラス替えがどうたらって内容の会話をしている。上級生だろうか?

 ずっと見ていても仕方がないので、俺は窓の外に目を逸らす。綺麗に整えられた植木と真っ白な壁が見えてきた。俺が通っていたボロい校舎の小中学校とは格の違いを感じるこの学校こそ、俺が通う「聖明高校」である。

 

 運転手に会釈をしてパスを降りると、先程見ていた女子二人組以外にも何人かの生徒が乗っていたようでパラパラと下車してきた。


 時計を確認すると時刻は8時11分。入学式は9時開始なのでかなり余裕をもった到着だ。前を歩く生徒をゆっくりと追いながら、入学式仕様に飾られた正門をくぐる。オープンキャンパスと受験の時に2度訪れてはいるものの、改めてとんでもなく広い敷地をもつ学校だと認識する。


「早すぎたか…」


 とにかく外でブラブラしていても仕方がないので、生徒の流れに沿って入学式が行われる体育館へと向かう事にした。


 体育館の入り口に着くと、受付担当らしき人物から声をかけられたので、学年と名前を伝える。


「1年生の篠宮晴人です」


 名前と座席番号の書かれた紙を手渡され、それを持って体育館の中へと進む。1年生の座席が壇上の正面に固められており、その1年生を挟むように2年生と3年生の席が横並びになっている。


 まだ時間が早いこともあって全体的に2.3割程度しか集まっていないようだ。すぐに自分の席を見つけて座る。まだ両隣の生徒は来ていないようで、なんだか少し寂しい。

 

 周りではすでに何人かの生徒が連絡先を交換しあっているようで、ちょっとした盛り上がりを見せている。しかし自分の席とは少し遠い場所のため、疎外感を感じながらも無表情を意識して自分の携帯を取り出す。特に見るものもないのだが。


 4月は新しい生活のスタートとなる時期だ。ネットサーフィンをしていると似たような内容が大量に出てくる。#春から社会人 #新卒 #fjk といった投稿を見ながら時間を潰す。


「君はBクラスの生徒だよね?」


 携帯を眺めながらボーッとしていると、右側から誰かに声を掛けられた。自分に話しかけられていると思わず反応が遅れる。

 

「………えっと、あぁ、そうだけど」


 緊張して無愛想な返事になってしまう。


「よかった、僕もBクラスなんだ、今来たところで誰かと話さないと不安でさ」


 俺の無愛想な態度にも、優しく微笑み返すようにその少年は返事をしてくる。どうやらその少年は俺の右隣の席らしい。


「俺もさっき着いたばかりだ。よろしく。篠宮晴人だ」


「僕は綾瀬透、よろしくね篠宮くん」


 俺は改めて目の前の人物を見る。整えられた髪、女子に人気が出そうな甘い顔立ちをした少年、綾瀬透は柔らかい笑顔を向けてくる。


「モテるだろうな」


「えっ?」


  思わず自分の口から本音が飛び出してしまった。目の前にいる綾瀬透は、今まで一度も関わることのなかったタイプの人間、テレビに映る男性アイドルが目の前に居ればこんな感じなのだろうか。バレンタインで1つもチョコが貰えないといった悲しい出来事とは無縁の生活をしてそうだ。


「えーと、篠宮くんはどこの中学なの?」


 沈黙している俺を前に、綾瀬透は話題を振ってくる。既に俺のことを多少変な奴だと認識はしているだろうが、今は1人でも話せる相手が欲しいのかもしれない。


「俺は…この辺の出身じゃないんだ。学校名を教えても知らないと思う。綾瀬はこの辺が地元なのか?」


「そうだね、僕は新ヶ浜中学校出身だよ、きっと他にも何人か居るんじゃないかな?」


「そうなんだな、一緒にこの高校に来た友達は居ないのか?


 俺がそう聞くと綾瀬透は少し悩んだような顔をして、こう答えた。


「一緒にこの学校に入ろうって約束した子は居たよ、でも…色々あってさ、ほら、この学校って人気だから倍率も結構高いし」


 なるほど、確かにここ「聖明高校」は、県を代表する高い進学率と入学した生徒の自由を尊重する方針を誇る人気の高校であり、倍率も中々のものだったはずだ。つまり綾瀬透とその友人は共に聖明高校を受験したものの、力及ばず友人は受からなかった…という所だろう。


「それは何というか、残念だな」


「うん…篠宮くんはこの辺が地元じゃないんだよね?どうしてこの学校を選んだの?」


「俺か?理由はーーー」


 俺の言葉の続きはスピーカーを通して物が落ちる音と共に掻き消された。どうやら壇上で準備をしていたであろう教員がマイクを落としたようだ。


「話してる間にみんな揃ってきたね」


「そうだな」


 いつの間にか周りの席は殆ど埋まっていた。俺の左側の席はまだ空いているが、時計を見ると8時40分、遅刻でもなければそろそろ来る頃だろう。綾瀬透に向き直ると、どうやら隣の女子に話しかけられているようだ。やっぱりモテるのだろうか。


 とにかく話す相手が居なくなってしまったので、周りの同じクラスであろう1年生達をなんとなく眺めてみる。座席は1クラス5列ずつで分けられており、前からAクラス、Bクラス、Cクラスという編成のようだ。俺はBクラスの真ん中、中央列にいるため、前後の2列はクラスメイトという事になる。


『えー皆さん、おはようございます。まもなく入学式を開始致しますので、自分の座席を確認の上あまりうるさくならないよう着席してください』


 先程マイクを落としたと思われる教員が壇上で話し始めた。それに伴って立ち上がっていた生徒達も指定された座席に戻っていく。俺は左隣を確認するが空席のままだった。まさか入学式から遅刻するタイプの不良だったりするのだろうか。


「隣の子、まだ来てないみたいだね」


 綾瀬透が話しかけてくる。どうやら先程話していた女子とは連絡先を交換したようで、その女子生徒は嬉しそうに笑顔を浮かべていた。このモテ男め。


「不良じゃないと良いんだが」


「はは、入学式に遅刻となると悪目立ちは避けられないだろうからね」


 そんな会話をしていると綾瀬透の視線が俺の背後へと移動した。察した俺が振り向くと、どうやら噂の隣人は無事入学式に間に合ったようだ。


 かなり急いで来たのだろうか、肩を上下させながらこちら側に向かって歩いてくる。その様子を凝視する俺に気付かないようで、スタスタと俺の左隣に到着するとそのまま勢いよく椅子に座った。


「ふぅ…間に合った…」


 火照った顔を両手で仰ぎながら、左の隣人は独り言を呟く。しばらく呼吸を整えた後、背筋を伸ばして前を向いた隣人は俺の視線に気付いた。


「え…な、何かな?」


 少し慌てた様子で見つめる俺に声を掛けてくる。遅れてきたクラスメイトを訝しむ視線だと思ったのかもしれないが、実際は違う。


 俺は見惚れていた


 長く艶やかな黒髪、こちらを覗き込む瞳は人生で見た事が無いほど美しく、吸い込まれそうになる。


「おーい?」


 その声にハッとする。目の前の少女は手をひらひらさせながら「大丈夫?」と聞いてくる。ジェスチャーでOKと返すと、少女は安心したようで壇上に向き直った。


 そこから先の記憶はあやふやだ。程なくして入学式が始まり、校長先生や在校生からの歓迎の言葉を聞いていたはずだが、何も頭に入らなかった。俺の脳内は左側に座る少女の事でいっぱいだった。


『新入生代表、橘詩織さん』


 それまでは呆然としていた俺だったが、見知った顔、それもつい先程見惚れていた顔が壇上に現れてハッとする。左隣を見るといつのまにか席を立っていたようで空席になっていた。


『聖明高校の先生方、先輩方、初めまして、この度は新入生代表としてこのような舞台に立てた事をーー』


 彼女・橘詩織の柔らかく心地のいい声が体育館内に響く。間違いなく彼女は1年生の中で有名人になる事だろう。容姿端麗で新入生代表、つまり1年首席という事になる。神は二物を与えずという言葉があるが、彼女には与えすぎでは無いだろうか?


 新入生代表の挨拶が終わり、程なくして入学式は終了し、教室へ移動して担任の先生から学校設備などの説明が行われる事となった。クラス単位での移動となるため、体育館に並んでいた順番で担任の後ろを着いていく。出口は左側にあるため必然的に橘詩織が俺の前を歩く。


 いい匂いがする


 シャンプーや柔軟剤の匂いでは無い、何か別の、女子特有の香りが鼻腔をくすぐる。そんな事を考えながらまるで自分は変態じゃないか、と脳内でセルフツッコミをしておいた。


「ここが君たち1年Bクラスの教室だ」


 担任教師が一度廊下で全員揃っている事を確認し、黒板に掲示されている座席表を指す。俺たちは各自でそれを確認し着席する。体育館でもそうだったが、どうやらこの学校は名簿順で生徒を並ばせる訳ではないようで、俺は窓際の1番後ろ、いわゆる主人公席を手に入れた。やったぜ。


 直後、そんな小さな幸せなど吹き飛ばす幸運が訪れた。なんと橘詩織が隣の席に座ったのだ。一瞬自分の幻覚かと考えたが違う。正真正銘本物の橘詩織が俺の隣人のようだ。神よ、ありがとう!(無宗教だけど)


「よろしくね」


「おっふ、うん、よろしく」


 あまりの衝撃に呼吸が乱れたが、無事に隣の女神と挨拶を交わす。それから一度深く深呼吸をして、黒板の前に立つ教師の話に耳を傾ける。程なくして学校の説明は終わり、質疑応答の時間へと突入した。


 ある程度の私語は許されているようで、クラスメイト達はかなり好き勝手に喋り出す。教師への質問を行う数名と、それに関係ない話で盛り上がるその他のクラスメイト。


 それをチャンスだと認識した俺は、隣の橘詩織に声をかける事を決意する。しかし、どう切り出せば良いものだろうか。この15年4ヶ月の人生で自分から女子に話しかけた事など何回あっただろうか。


 ええい、考えても仕方がない、話しかければ何とかなる!そんな無謀とも言える決意を胸に、俺は勇気を出して口を開いた。


「好きです」

 

 相手の耳に届くか届かないかギリギリの声量が自分の喉から発せられた。


「…?」


 どうやら話しかけられたことに気付いたらしい隣の席に座る橘詩織は、こちらを向いて首を傾げる。聞こえていたのだろうか?特に変な反応は見られないが、当たり前だ。初対面の男子から急に告白を受けたのだとは夢にも思わないだろう。


 状況を把握できていない様子の橘は、話しかけたまま固まっている俺を見て少し困ったような顔をする。それも可愛い。超可愛い。好きだ。しかしそれらの言葉を口に出す事はなく、自分が今とんでもない発言をしたという後悔が心の中に急速に芽生えてくる。


「ごめん、何でもない」


 俺がそう言うと橘は不思議そうな顔をして、教員が立つ黒板の方を向いた。幸いなことに教室の中は他のクラスメイト達の声で騒がしく、先程の自分の発言は誰にも聞かれていないようだ。


「ふぅ、落ち着けよ俺」


 危ない危ない。1日目からヤバい奴扱いをされる所だった。いや、初対面の女子に告白している時点で、その表現も間違ってはないのだが。


 この日は入学式と簡単な学校の説明を受けて、帰宅という流れになった。


 




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