第6話『ランチタイム Rhapsody』
それから、レンの行動を観察してみた。
基本的に誰とも関わろうとはしない。
休み時間はとにかく一人。
誰に話しかけられてもクールな反応、塩対応、そっけない態度だ。
「月島、一緒にメシ食おうぜー」
昼休みの今も、金村くんが話しかけてくれたのに、
「いや、いい」
と、短く答えて席を立つ始末。
断られた金村くんはバツが悪そうに頭をかいて。
それを見つめるミユは悲しそう。
その様子を目の当たりにしていた私は……。
あ、なんか、だんだんムカついてきた!
私は立ち上がると、先回りして教室の後ろから出ていこうとするレンの前に立ち塞がった。
彼は一瞬ビックリした表情をしたけれど、すぐにいつもの顔になって私の右側をすり抜けようとする。
だけど、そんなことさせはしない!
私も右に移動して行く手を阻む。
レンは顔をしかめながら、今度は私の左側に足を向けた。
私は、すぐさま左に移動してそれをブロック。
マークディフェンスって言うんだよね、これ。
この前、テレビでサッカーを見ながらお父さんが言ってた。
ボールやスペースを守るんじゃなく、特定の選手にぴったりくっついて、その選手のプレーを制限するんだって。
あのときは「ふーん」って感じで聞いていたけれど……。
お父さん、私は今、マークディフェンスしているよっ!
何度かの攻防の後、レンは諦めたようにため息をついた。
「あのさ……何してんの?」
な……何してんのだって!?
二人にあんな顔させといて、この無自覚男!
「ムカついてんのっ!」
私は腰に手を当て、ずいっと前に出た。
「な、なんだよ?」
勢いに気圧されたのか、レンが一歩後ずさる。
だけど私は許さない。
「なんだよ? はコッチのセリフだってーのっ! 誰に話しかけられても反応薄いし、さっきなんか席を立っちゃうし! このままじゃ、ぼっちな高校生活まっしぐらじゃんっ!」
「別にいーじゃん。誰かに迷惑かけるわけじゃねーし」
「良くないっ!」
私は、勢いのままに教室の壁を手の平で叩いた。
これがウワサの壁ドン……とは違うけれど。
壁は、ピシャリ! といい音を立てた。
「いや、日野原……声でけぇーって」
「うるさーいっ! 声なんか、気にしてられるかーっ!」
私の怒りは留まることを知らない。
このままじゃ絶対に良くない!
「見てみなよ! 金村くん、捨てられた子犬みたいな目をしてんじゃん! ミユだって可哀想じゃん!」
「え? なんで木崎?」
ヤバっ!
思わずミユのことまで言っちゃったっ!
こ、ここは無理やり誤魔化すしかない!
「今はミユは関係ないでしょっ!」
「日野原が言ったんだろーが……」
レンはため息をつく。
「いやでも、日野原も周りを見てみろよ」
「は? 周り?」
何言ってんの!?
と思いながらも周りに目を向けてみる。
昼休みの教室内はそこそこ人がいて、その全員が私のことを見て……いる!?
はぁうっ!?
不意にギャラリーの、ひそひそ声が聞こえてくる。
「なになに、絡んでるの? 不良なの?」
「いや、昭和の熱血ドラマじゃね?」
「日野原さんって、あんな性格だったんだね」
あああぁ〜、ヤバいっ!
いつの間にか注目の的だーっ!
でも、あれだけ大きな声出してれば、それもそうか……。
恥ずかしさのあまり下を向く。
顔が熱い。
尋常じゃないくらいに熱い、ううっ……。
「……ったく、その周りが見えなくなるクセ、昔から変わんねーな」
レンの言葉が胸に刺さる。
でも、ごもっとも。
キーホルダーを落としたときも、そればっかりになっちゃったし。
最近では、ショウ先輩とのこともあった。
直したいのに直らない、私の昔からの悪いとこ……。
……って、え!?
「昔から?」
「ああ。小学校ときも、そんな感じだったろ。まぁ、泣き虫は直ったみたいだけどな」
思わず顔を上げた私に、レンは何食わぬ顔でサラッと答える。
でも、私はそんな風に冷静ではいられなくて。
「え? え? え? ちょ、ちょっと待って! あなたは小学校の同級生で、中学は転校しちゃった月島 蓮?」
「それ以外、誰なんだよ。っていうか、今まで気付いてなかったのか? マジで!?」
首を縦に振る私にレンは大爆笑。
慌てて私はフォローする。
「や……な、名前も同じだし、顔も似てるなーとは思ってたよっ!」
「名前が同じで顔も似てたら、それはもう本人だろ」
笑い続けるレン。
「腹いてー!」とか言ってお腹を押さえる始末だ。
そんな彼に、私は頬を膨らませた。
「だって、私のこと名字呼びだし、性格だってあの頃と全然違うから……」
「ああ……まぁな」
ひとしきり笑ったあと、彼は私に向き直る。
「俺も、色々あったからな……」
そう答える彼の黒い瞳に、少しだけ悲しみの色が浮かんだ気がした。
でも、瞬きをした次の瞬間にはいつものクールな目に戻っていて。
もしかしたら見間違いかもしれないとも思った。
「ねぇ、聞いてもいい? 今はどこから通ってるの?」
「ん? ふつーに実家だよ。小学生のときまで住んでた家。もともと親の転勤は3年で、こっちに帰ってくる予定だったからな」
「そうなんだ……。じゃ、じゃあ、もしかして、この学校には1年のときから……いた?」
うなずく彼に、私は頭を抱えた。
「マジでーっ!? 私、ぜんぜん気付いてないっ!」
「まぁ、この学校は人数も多いしな」
そう言って苦笑するレン。
そして、私の横を通って歩き出す。
すれ違いざま——。
「……俺は、気付いてたけどな」
えっ、今、なんて!?
思わず振り返った私に。
でも彼は振り返らずに。
「悪かったな。金村にも謝っといてくれ。あと、よくわかんねーけど、木崎にも」
そう言い残して、レンは教室から出て行った。
その背中を——。
そして、いなくなったあとはその空間をぼーっと見つめていた私だったけど……。
ハッと我に返り、彼のあとを追って慌てて教室を飛び出した。
「ちゃんと自分でも謝りなよーっ!」
小さくなっていくその後ろ姿に、その場から声をかける。
レンは〝わかった〟と答える代わりに、右手を高く振ってくれた。
教室に入り、自分の席に戻ると、アイリ、ミユ、そして金村くんが出迎えてくれた。
私の机の隣にもう1つ机を置いて、その周りに椅子を並べて座ってる。
机の上には、それぞれのお弁当がある。
でも、それはまだ誰も食べてなくて。
私のことを待っててくれたんだと思うと、胸の奥が温かくなった。
「ユイ、あなた凄いね……」
「うんーっ! 青春ドラマを見てるみたいだったー!」
「日野原、熱血教師になれるんじゃね?」
「や、やめてっ! 言わないでっ!」
口々に私を称えているのであろう言葉に、私は恥ずかしくて手で顔を覆う。
「今回の件、確実に私の黒歴史の1ページだわ……」
それにしても、思い返すと自分でも驚きだ。
よく、あんな行動したなと思う。
「さー、ごはん食べよー。私、お腹すいちゃったー」
明るく言うミユ。
親友の悲しそうな顔と、レンのあの態度に、考えるよりも先に体が動いてしまった。
レンにも、周りが見えなくなるクセは変わらないなと言われた。
でも、その言葉のおかげで、彼は私が知る月島 蓮だということもわかった。
こーゆーのって、怪我の功名っていうんだっけ?
そんなことを思いながら、私もお弁当を取り出す。
「よーし、それじゃ食べようぜ!」
「いただきまーす」
蓋を開けると、私の目に飛び込んできたのは色とりどりの食材たち。
美味しそうに作ってくれたお母さんに感謝するとともに、そろそろ自分で作らないとかなーと心の中で苦笑する。
おかずの1つ、卵焼きをお箸で摘まむ。
鮮やかで艶のある黄色と、ふわふわっとした弾力。
口の中に入れると、甘くて香ばしい卵の味が一気に広がっていく。
お母さんの得意料理の1つで、子供の頃から変わらない大好きな味!
それを堪能していると、教室にレンが戻ってきた。
こっちに真っ直ぐ歩いてきて、そして私たちの前で足を止めた。
金村くんが少し気まずそうに頬をかく。
「わりぃ月島。お前の席、借りてた」
「いや、いい」
謝る金村くんに、昼休みの始まりと同じ言葉を返すレン。
でも、その後に続く言葉は、そのときとは全く違ったものだった。
「あのさ……。俺も、一緒に食べて……いいかな?」
そう言って恥ずかしそうに笑うレンの手には、購買のパンが握られていた。
みんなの顔が一斉に明るくなる。
「もちろんだぜ! ほら、ここ座れよ。遠慮すんな!」
金村くんが席を立ち、座ってた椅子を勧める。
「ありがとう……って、これ、俺の椅子なんだけどな」
苦笑するレン。
素直にその椅子に座り、金村くんは自分の椅子を運んでくる。
その嬉しそうな様子に、アイリが口を開いた。
「なんだか……ご主人様に遊んでもらえる子犬みたいね」
「は? 俺、犬!?」
目を丸くして大袈裟に驚く金村くんを、ミユが優しく慰める。
「大丈夫だよー? 私、犬も好きだよー?」
「ありがと……って、なんか違くね?」
金村くんのリアクションが面白くて。
みんなでいられることが嬉しくて。
私は思いっきり笑った。
ふと横を見ると、レンも楽しそうに笑っている。
レンも、私と同じ気持ちだったらいいのにな……。
新しく始まったこの関係が、いつまでも続くことをそっと願った。
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