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第3話『明晰夢』

 その夜——。

 何もない暗闇の空間に私は立っていた。


 あれ?

 おかしいな。

 私は、確か部屋のベッドで寝ていたはずだけど……?


 ふと気が付けば、目の前に一人、泣いている女の子がいる。

 両手で目を押さえ、小さな体を震わせる少女。


 迷子……かな?

 私はしゃがむと、できるだけ優しい声で話しかけた。


「どうしたの?」


 私の問いに、その子は静かに顔を上げた。


「猫のキーホルダー、無くしちゃったの……」


 えっ!?

 それって……小学6年生のときの私!?


 ……あぁそっか、これはきっと夢だ。

 夢の中で夢だと気付く、明晰夢(めいせきむ)というやつだ。

 今、私は過去の出来事を追体験しているんだ。


 じゃあ、この後は……。


「もう、泣くな!」


 不意に背後からかけられる声。

 振り返ると、そこには予想通り黒髪の少年が立っていた。

 彼は月島(つきしま) (れん)

 私のクラスメートでキーホルダーを拾ってくれた子。

 そして、当時の私に謎の感情だけを残して消えた人だ。

 今思えば、あれが初恋の始まりだったのだろうか……。


「ほら。手、出して」


 レンの手から滑り落ちたキーホルダーが、小6の私の手の上で子気味良い音を立てる——。


 ——その瞬間、世界が光に包まれた。

 先程の暗闇から打って変わっての眩しさに、思わず目がくらむ。


 でも……それも時間と共にだんだんと落ち着いてきて。

 ゆっくり(まぶた)を開くと……。

 目の前にレンの顔があった。


「な、何!?」

「そこ、俺の席なんだけど」

「ええっ?」


 思わず間の抜けた声が出る。

 でも、それも仕方ないって。

 だって、小学6年生だった二人はいつの間にか消えて。

 今、私と近距離で向き合っているのは、昨日声をかけてきたクラスメートの彼なのだから!


 背が高くて、クールな立ち振る舞い。

 少し長めで軽く癖のある黒髪。

 前髪もオシャレに決めていて、小学校のときのレンとはまるで別人。


 激しくなる胸の鼓動は、まるで雷の音みたい。

 うろたえる私に、彼の唇がゆっくりと近づいてくる。


「大丈夫……俺がユイを泣かせねーから……」


 そして、二人の唇と唇が重なりあ――。




「——はわぁぁぁぁあ!!!!」


 変な声と共に私は飛び起きた。


「うぅ、ヤバイ……変な夢を見てしまった……」


 枕元に広がったままのファッション雑誌、今回の記事は春のリップ特集。

 寝る前にこんなものを読んでいたからだろうか。

 そのページに大きく書かれたキャッチコビーは……。


『——この唇で恋したい』


 わ、私、もう恋なんてしないって言ったじゃんっっ!!

 うーっ、それもこれもアイツのせいだーっ!


 昨日、あの後のホームルームで自己紹介が行われた。

 そのとき、


月島(つきしま) (れん)です。よろしくお願いします」


 と確かに言っていた。

 でもそれはとてもシンプルで。

 顔色一つ変えない姿は、あのときキーホルダーを拾ってくれたレンとは似ても似つかない。


 ただの同姓同名?

 他人の空似?


 私の頭の中は混乱しっぱなしで……。

 だからきっと、こんな夢を見たんだっ!


 くうぅ、私の心をかき乱す悪いやつ!

 こっちは失恋したばかりなんだぞ、もうっ!


 マンガでしか見たことないようなベタな夢。

 この後、よくある展開では——。


「あー! もう、こんな時間じゃん! お母さん、何で起こしてくれなかったのっ!」

「お母さんは何度も起こしました。なのに、あなたが起きなかったんでしょ」


 というのがお決まりのパターンだけれど……。

 私は時計に目を向けた。

 針は6時30分、いつも起きる時間より30分早い。


「ふふっ、私はそんなパターン通りにならない女~」


 そう微笑みながら再びベッドに横になり、まどろみの二度寝の園へ……Zzz。



 ——それから1時間30分が過ぎて……。

 現在、8時ちょうど。


「あー!! もう、こんな時間じゃん! お母さん、何で起こしてくれなかったのっ!」

「お母さんは何度も起こしました。なのに、あなたが起きなかったんでしょ」


 お決まりのパターンを繰り広げている私がいた。

 これが運命の強制力ってやつ!?


「ちょっとユイ、朝ご飯は?」

「購買で買って食べるからいい!」


 そう言いながら通学カバンをつかむ。

 あのキーホルダーが、シャラッと小気味よい音を立てた。

 

「行ってきまーすっ!」


 靴を履きながら玄関の扉を勢いよく開く。

 私を出迎えてくれる眩しい太陽と、ふわりと香る春の花の香り。

 だけどね、今は堪能(たんのう)してる暇なんてないっ!


 普段は20分ちょっとかけて歩く1.8キロの通学路。

 だけど、今の時刻は8時15分。

 始業は8時30分からだから、このままじゃ絶対に間に合わない。

 でも、学校から2.5キロ圏内は自転車通学禁止。

 バスに乗るにも普段は通学で使わないから、何時に来るのかわからない。


 ——というわけで、私が取った最善の行動は……。


「走るっ!」


 走ればきっと間に合うはず!

 だって、神様は頑張っている人を応援してくれるものだからっ!


 とか、起きることを頑張らなかったことを棚に上げて神様に祈る。

 まさに、困った時の神頼みだ。


 両の脚に力を込めて大地を蹴る。

 いつもの景色が勢いよく後ろに流れていく。

 私は今、風と一つになってるっ!


 ……なーんていうのは、ものの数秒の出来事で。

 走るのがそんなに得意じゃない私は、すぐにスタミナが切れてスピードダウンしていた。


「わ、私……将来はマラソン選手だけにはなれないわ……」


 うつむきながらそう(つぶや)く。

 そんな私を嘲笑(あざわら)うかのように、すぐ横を走り抜けていく影。

 軽やかで規則正しい足音が私を追い越して行く。


 くうぅ、これは走ることを苦にしない人の走り方だっ!


 (ねた)みと(うらや)みの気持ちで顔を上げる。


「――あっ!」


 思わず驚きの声が漏れた。

 だって、それは月島(つきしま) (れん)だったから。

 彼は長い足でどんどん加速していく。

 走ることが苦にならないどころか、実は好きなんじゃないかって思うくらい、とても綺麗なフォームだった。


「ま、待って!」


 思わず声をかけて、そしてハッと気付く。

 私、別に用事なんてなくない!?

 ごめん、今のやっぱ無し……。


「……なんだよ?」


 だけど、時はすでに遅し。

 レンは足を止めてこちらを振り返った。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい!

 会話なんて用意してないっ!

 どうしよう、どうしよう!?


 頭の中が真っ白になって何も浮かんでこない。

 そんな私をジッと見つめるレンの視線。


『大丈夫……俺がユイを泣かせねーから……』


 はわっ!?

 不意に今朝の夢——キスされそうになったあの夢が蘇って、瞬間的に顔が熱くなる。

 ヤバい……。

 今、私の顔は真っ赤かもしれない。


 何か言わなきゃと思いつつ、更に何も言えなくなっている私にレンはため息をついた。


「あのさ、急がないと遅刻なんじゃねーの?」

「え…………あっ!」

「俺は走ればギリ間に合うけど」

「わ、私……間に合う自信ないっ!」


 頭を抱えた私に、レンは再び大きなため息。

 そして、くるりと私に背を向けた。


 み、見捨てられたっ!?

 確かに私の足に合わせてたら遅刻なんだろうけど……。

 でも、せめて「頑張れよ」とか、一言あってもよくない?

 それに、あのときのレンなら絶対にこんな態度は取らない。

 やっぱり、コイツは同姓同名のそっくりさんだっ!


 がるるる!

 とその背中を睨んでいると、彼は肩越しに私に目を向けてきた。

 不意に合う視線。

 胸の鼓動が瞬間的に高鳴った。


「とにかく走るぞ! 日野原、カバンを貸せ! 俺が持つ」


 そう言うなり私の手からカバンを掴み取ると、レンは再び走り出す。


「え……? あ……ちょ、ちょっと待って!」


 予想外すぎるその行動に驚きながらも、慌ててその背中を追いかける。


 通りを走る自動車、行き交う人々、小鳥のさえずり。

 朝を(いろど)る街の音たち。

 その中で、アスファルトを走る私たちの足音が。

 そして、私の胸の鼓動が一際大きく響いていた気がした。



 最後までお読み頂きまして、ありがとうございます!


「面白い!」

「続きが読みたい!」

「更新が楽しみ!」


 と、思って頂けましたら、

 ブックマークや、下にある☆☆☆☆☆から作品の応援を頂けたら嬉しいです。


 これからもどうぞよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
投稿お疲れ様です 夢で見た事まんま現実になりましたね遅刻の件(汗 マラソンは好きでないとキツイですよね 大概冬にやりますし
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