表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/36

第2話『時の足音』

 春休みが終わった。

 新学期、桜の花びらが舞う校舎。

 私たちは今日から2年生だ。


 昇降口に張り出されたクラス分けの表に一喜一憂する生徒たち。

 その中には私たちの姿もある。


「また3人一緒だねっ!」

「ふふ、今年度もよろしくね」

「大きくなってもー、ずーっと一緒にいようねー!」


 2年生になったアイリはますます綺麗で。

 2年生になったミユはますます可愛くて。

 失恋ですり減った心が癒されていく。


「も〜っ! 私、将来は二人と結婚するっ!」


 そう言って抱き着く私。

 ギュッと強くハグをする。


「ちょ……ちょっとユイ、やめてよ! いきなり変なこと言わないで!」

「あははー、周りの人に見られちゃってるよー」


 逃れようとするアイリに明るく笑うミユ。

 はっきりと感じられる確かな温もりに、私は声を上げて笑った。




 * * *




 2年生の教室、新しいクラス。

 黒板に貼られた座席表を見てそれぞれの席に向かう。

 私の席は1年生のときと同じ。

 窓際から1番目の列、後ろから2番目の場所。

 ここは温かい陽射しと、校庭で咲き誇る桜の木が見えて、とても幸せな気持ちになれる。


 ……残念なのは、アイリとミユとは席が離れてしまったこと。

 二人は1つ席を挟んだ窓際から3番目の列。

 アイリが後ろから2番目、私と同じ並び。

 ミユはその1つ前だ。


 でも、幸いなことに私とアイリの間の席の人はまだ来てないみたい。

 というわけで、私はその席を借りて二人のお喋りに混じっていく。


「ユイぴょんが、だーい好きなバンドでー、NOZAEL(ノザエル)っているでしょー? 今度、凱旋ライブやるみたーい」


 NOZAEL(ノザエル)、女性ボーカルのヒカルと男性ギター、ベース、ドラムの4人組ロックバンド。

 実はメンバー全員がこの高校の卒業生ということで、在校生として誇り高い。

 NOZAEL(ノザエル)の魅力は美しくも激しい旋律、そして(つや)やかでノビのあるボーカル。


 ……と世間では言われてるけど、私はそれだけじゃないと思っている。


「やっぱね、ヒカルの嘔吐感あるような歌声もサイコーなんだよねっ!」

「その表現……ちょっとわかんないから」


 ため息をつくアイリに、私は笑って返す。


「あははっ、やっぱこの感じいいわー! 女同士がサイコー!」

「ユイは、またそうやって勘違いされそうなことを……」

「だって、こうやって気兼ねなく話せるのって良くない? これからの私は恋愛よりも友情に生きるんだ!」


 決意表明。

 胸の前で拳を握ってみせる。

 だけどアイリは冷静な目で私を見つめた。

 

「そんなこと言いながら、また先輩みたいなイケメンに告白されたら(なび)いちゃうんでしょ」

「そ、そんなことない! まぁ……ショウ先輩のことは舞い上がってたのは認めるけど……でも、イケメンだから好きになるとか、ありえないからっ!」

「ユイぴょんは面食いじゃないもんねー」


 そう言って、ミユはうんうんとうなずく。

 でも、好みに関しては彼女の言う通り。

 5人組アイドルがいたら、私が好きになるのはいつも4番人気の人だったし。

 やっぱ人は見た目より性格が大切なんだと、今回の件で更に強く思った。


 そんなことを考えている私に、アイリが静かに口を開く。


「ユイは、流されやすいタイプだから心配なのよ」


 真剣な表情のアイリ。

 少し言葉が強くても、それは私のことを本当に心配してくれるからだと知っている。

 友達思いで面倒見の良い彼女。

 だから……。


「大丈夫! だって私、もう免許ないしっ! 知ってる? 免許がないから3年に1度の更新も行かなくていいんだよ」


 だから私は、少しでも安心してもらえるように努めて明るく答える。

 その言葉にアイリも納得したようにうなずいた。


「ねぇねぇ、ユイぴょん」


 ミユが私の顔を(のぞ)き込む。


「ユイぴょんはー、今までいいなーって思った男の子はいなかったのー?」

「いいと思った人? うーん……」


 いい男の人。

 実は、いたことはいたんだよね。

 時は、小学6年生まで(さかのぼ)るんだけど……。




 当時、私は泣き虫だった。

 何かあるとすぐに泣く、とても気の弱い子だった。


 小6のとある夏の日の放課後、私は家族旅行で買ってもらったお気に入りの〝猫の飾りが付いたキーホルダー〟を落としちゃって。

 いくら探しても見つからなくて。

 ショックと悲しみと両親に申し訳ない気持ちで、泣きながら家路についた。


 キーホルダーなんか買ってもらわなければ良かった!


 とか、楽しかった旅行ですら嫌な思い出になってしまいそうで。

 そんなことを思う自分も嫌で、ずっと泣き続けていた。

 涙で(にじ)む世界がどれも色あせて見えて、ここから消えてしまいたいとすら願った。

 今考えると、そこまでのことじゃないかもしれないけれど、そのときの私にとってはそれが全てだったんだ。


 家に帰ってからも泣き続けていた私。

 両親は仕事で家にいなかったのは幸いだった。


 ――そのとき。


 ピンポーン♪

 と鳴る玄関のチャイムの音。

 涙の目を(こす)ってモニターを見ると、それは同じクラスの男の子だった。


 彼の名前は月島(つきしま) (れん)

 明るい性格で、クラスでも目立つ存在。

 私とは住む世界が違う人だって、幼心で勝手に思っていた。


 そんな人がうちに何の用?


「はい……」


 恐る恐る玄関の扉を開けた私に、レンが勢いよく拳を突き出してきた。


「ほら。手、出して」


 言われるがまま、その手の下に両手を広げてみると……。

 チャラッ!

 レンの手から落ちてきたのは、無くしたはずのキーホルダーだった。


「こ、これ、どこで?」

「そこの道に落ちてた」


 軽くそう答える彼。

 でも、キーホルダーには動物の毛が付いていて。

 袖や裾から覗く彼の腕や足は()り傷や切り傷だらけで。

 レンが私のために頑張ってくれたことは容易に想像できて。

 それが本当に嬉しくて、気が付いたら私はまた泣いてしまっていた。


 そんな私にぎょっとした様子のレン。


「ちょ……! ば……な、なんで泣くんだよ!」

「だって、だって……」

「あー、もう! 泣くな!」


 不意に両の肩に伝わる温もり。

 肩を掴むレンに驚き、思わず顔を上げる。

 その瞬間、彼と目が合った。


「もう、俺がユイを泣かせねーから!」


 その真剣な眼差しに、私の中の時が止まった気がした。

 次の瞬間、彼は優しく微笑んで。

 その笑顔に私の胸は大きく脈打った。

 ――小さな胸の奥で、キュンという音が確かに響き渡ったんだ。


 その日からお気に入りのキーホルダーは、私の大切な宝物に変わった。



 それからというもの、レンがいると密かに見つめてしまう自分がいた。

 彼の行動の一つ一つ、手の振りからその指先に至るまでが気になって、こっそり目で追いかけていた。

 たまに彼と目が合いそうになると慌てて()らして、そしてまた追いかけて。


 初めて芽生えた感情。

 その正体がわからない戸惑い。

 でも、それは決して嫌じゃない、むしろ嬉しさすらあって。

 胸の奥が、なんだかくすぐったくて。


 そんな気持ちの狭間(はざま)に揺れて過ごす日々だった。

 そのときから、私の泣き虫もどこかに行ってくれた気がする。


 そんな彼は小学校の卒業と共に親の転勤で引っ越して、中学校はお互い別々になってしまった。

 当時はスマホも持ってなかったし、彼の新しい連絡先も知らなくて。

 その気持ちの正体を確かめることもできず、心の奥底にそっと仕舞い込むしかなかった。


 きっと、あの瞬間から私の時は止まったままなんだ……。




「――ユイぴょん?」

「あっ! ううん、ごめんミユ!」

「どうしたのユイ。心ここにあらずって感じだったけど?」

「う、うん、ごめんアイリ」


 いけないいけない。

 昔のことを思い出して、思わずボーッとしちゃった。


 あのときのキーホルダーは通学カバンにつけている。

 今でも私の宝物だ。

 でも、過去は過去。

 もう戻らないことはわかってる。

 だから、今は前を見て進まなくちゃ……。


「……あのさ、そこ俺の席なんだけど」

「え? あ、ご、ごめんなさい!」


 不意にかけられる声に反射的に謝罪する。


 なんか私、謝ってばっかだ。

 心の中で苦笑しながら席を立つ。

 無造作に机の上に置かれるカバン。

 彼の顔を見た瞬間――。


 ――えっ!?


 頭に浮かぶあの夏の日。

 思わず息を呑む。

 目の前の彼に、あのときのレンの姿が色濃く見えた。

 胸の鼓動が大きくなっていく。


 止まっていた時の足音が聞こえた気がした。



 最後までお読み頂きまして、ありがとうございます!


「面白い!」

「続きが読みたい!」

「更新が楽しみ!」


 と、思って頂けましたら、

 ブックマークや、下にある☆☆☆☆☆から作品の応援を頂けたら嬉しいです。


 これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
投稿お疲れ様です 友人とは高校生生活エンジョイしてますね やはりネックは前回の野郎だけですか この流れだとその思い出の子と再会ありそうですね 免許を手放したのは早かった気はしますねあの野郎のせいと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ