第17話『逆光』
それから30分以上が過ぎて。
太陽が西の空に傾いている中、私とレンは私の家の前にいた。
駅前でお茶をしたこともあって、いつもより長く歩くことになってしまった。
でも、レンと一緒だったから、全然苦にはならなかった。
「送ってくれて、ありがと」
「別に……通り道だし」
クールぶって、そっけなく答えるレン。
だけど、本当は天然なところもあるんだよね。
私はクスッと笑うと、家の門を開いた。
あまり大きくはないけれど……一応、庭付きの一戸建てだ。
「じゃあね」
「ああ。また明日、学校で」
レンは軽く手を振ると、くるりと背中を向けて歩き出す。
西日を受けて長く伸びる影。
その姿が、だんだんと遠ざかっていく。
赤く染まり始めた景色に、なんだか寂しさを覚えて——。
「——レン!」
私は、咄嗟に彼の名前を呼んでいた。
「……なに?」
振り返ったレンは逆光の中で笑っていて。
キラキラと輝いて見えて、思わずドキッとしてしまった。
「あ、あのね……今日は楽しかった」
「ああ、俺もだよ」
「……え? レンも楽しいと思ってくれたの?」
「当たり前だろ。じゃなきゃ、こんな時間まで一緒にいねーって」
「そっか……そうだよね」
その言葉が胸の中に染み渡って。
なんだか、とても嬉しくて。
「また! また一緒にお茶しよっ!」
私は思わず叫んでいた。
「ああ、またな」
レンはそう言って笑ってくれた。
「ふふふ、うふふふ〜♪」
余韻に浸りながら、上機嫌で玄関の扉を開ける。
「お帰り、結衣」
そこには、お母さんの姿があった。
「ただいまー。お母さん、今日は早いんだね?」
「お仕事が早く終わったからね」
そう言って微笑むお母さん。
「……ところで~」
不意に、その手がぽんっと叩かれた。
これは、私に聞きたいことがあるときのお母さんの癖だった。
「ねーえ、結衣?」
「なに?」
手を洗って、うがいをしながら私は答える。
「さっきの子って、小学校のとき同じクラスだった月島さんちの蓮くんじゃない?」
ぶーっ!!
思わず口に含んでいた水を吐き出してしまった。
「げほっげほっげほっ!! な……なんでそれをっ!?」
「うん? ほら、結衣の嬉しそうな声が聞こえてきたから、窓から覗いてみたのよ。そしたら見覚えのある男の子がいるじゃない?」
「べ、別にレンは今のクラスメートだしっ! 友達だしっ! そ、それだけっ!」
私は飛び散った飛沫を手早くタオルで拭くと、逃げるように階段を駆け上がる。
お母さんは、
「なんだ、友達かぁ。……あ、でも今度、うちに連れてきなさいなー」
って言ってたけれど、聞こえないふりをして自室に飛び込んだ。
制服を脱ぎ、部屋着に着替え、ふぅっと一息をつく。
特に部屋ですることもないので、また一階に降りてリビングのソファーにぽすんと腰を下ろした。
テーブルの上のリモコンに手を伸ばし、何の気なしにテレビの電源をつける。
「今日は、色々なことがあったな……」
ぼーっとテレビを眺めながら膝を抱えた。
帰りにみんなでお茶をして。
ニックネームを決め合って。
そして、ミユとユウトくんを二人きりにして。
パリピ男にナンパされて、無理やり連れて行かれそうになって。
でも、それをレンが助けてくれて……。
二人でクレープを食べて……。
吐息がかかるくらい顔が接近したりもして……。
そして、手を繋いで走って……。
あ……間接キスもしちゃったんだ……。
「あのときはレンの反応が面白すぎて大笑いしちゃったけれど……思い返すと、すごいことしてるよね」
不意に、逆光の中で微笑むレンの姿が浮かんできて。
膝を抱えたまま、ソファーにころんと横になる。
こうすると胸の鼓動がより伝わってきて、自分が妙にドキドキしているのがよくわかった。
たくさん話もして、いっぱい笑い合って。
でも、切ない瞳をするレンも見て……。
『周りの期待に、応えられないときだってあるんだ……』
そうつぶやく姿は、深い悲しみを背負っているみたいだった。
私の知らないレンがいるという現実を、強く思い知らされる。
でも、それは当たり前だし、仕方がないことだけど……。
そう思う反面、なんだか寂しくて胸が苦しくなったりもする。
「なんか……変なの……」
頭の中は、色々な感情がぐるぐると駆け巡っている。
でも、結局その答えは出てこなくて。
私は、ふぅ……とため息をついた。
キッチンからは包丁のリズミカルな音が聞こえてくる。
きっと、お母さんが晩ご飯を作っているんだろう。
さっきまでの非日常なひとときから、日常の空間に引き戻された気がした。
テレビでは、新作アニメのコマーシャルがやっている。
『ショウマには、私の本当の姿を見せる』
『アイ、君は……』
『私は魔法少女プリンセス・ラブ!』
『君が……魔法少女だったのか』
どうやら、さっきまで新作発表会がやってたみたい。
テレビの中ではピンク色の髪の女の子と、青い髪の男の子が見つめ合っている。
『私はアイ!』
『僕はショウマ!』
『ねぇ、私たちって相性ピッタリだと思わない?』
『アイとショウマ、略してアイショウだからね!』
『魔法少女シリーズ最新作! 魔法少女プリンセス愛、毎週日曜——』
あれ?
魔法少女シリーズってどこかで聞いたような……。
誰かが話していた気もするけど、それが誰だったかまでは思い出せない。
「明日、学校でアイリに聞いてみよーっと」
なぜか急にズキンと痛んだ脇腹をさすりながら、私はつぶやいた。
それからしばらくして、お父さんが仕事から帰ってきた。
3人で席についての晩ご飯。
今日は私の大好きなオムライス、だったけれど……。
学校帰りに食べたチーズバーガーとクレープがお腹の中に残ってて、なかなか口に運ぶことができなかった。
そんな私に、お母さんが笑いかける。
「あらー? 結衣は胸がいっぱいで食べられないのかしら? やっぱり蓮くんと……」
「蓮くん!? それはどこの誰だ?」
「聞いてお父さん。結衣ったら今日ね」
「ち、違うからっ! 食べる、食べるって!」
本当は、胸じゃなくてお腹がいっぱいなんだーって言いたかったけれど……。
うっかりとはいえ、あんな時間にあれだけ食べてしまったことに罪悪感を覚えて。
出されたオムライスを、なんとか完食した私でした……。
……うっぷ。
「ううぅ……。今日は絶対食べすぎだ、私……」
自室に戻った私は、食べたカロリーを消費しようと運動を始めた。
ストレッチをして、その場ウォーキングをして、エア縄跳びをして……。
レンは、よく食べる女の子っていいよなーって言ってたけれど。
さすがにこれ以上太るのは私が嫌なので、一生懸命頑張った。
そんなことをしていると、スマホからメッセージを受信したことを告げる音が聞こえた。
手を止めて確認すると、それは私、アイリ、ミユのグループチャットだった。
差出人はミユだ。
『ユイぴょん、お腹痛いの大丈夫ー? アイリんは、寂しがり屋のイツキくんは大丈夫だったー?』
という文面から始まって、
『あのあと、ユッたんといっぱいお話しちゃったー』
『ユッたん、いい人だしー、カッコいいよねー』
『ユッたん、私のこと可愛いって思ってたんだってー!』
『ユッたん、おうちで犬飼ってるんだよー。写真見せてもらっちゃったー』
ビックリするくらいの長文の中に、ユッたん、ユッたん、ユッたん
……。
もー、ユウトくんのことが、びっしりと書かれていた。
「ふふっ」
嬉しさが溢れてるそのメッセージに、自然と笑みが浮かんでくる。
私はスマホを持ってベッドに横になった。
「よかったね、ミユ!」
スマホの画面の向こう側にいる親友。
きっと、ニコニコ笑顔でメッセージを書いていたんだろうなー。
なんてことを思っていると、
『ちょっとミユ、長文すぎ! でも、よかったわね』
シュッと、アイリがメッセージを返した。
私も返信しようとスマホに指をかけたとき……。
——ピコン。
と、新たなメッセージを告げる音が響いた。
「……え!?」
思わず顔が引きつる。
だってそれは……。
停学になっていた、ショウ先輩だったから!
『こんばんは、ユイちゃん。元気してる? 寂しい思いをさせちゃってゴメンね。俺、明日から学校に復帰するから。また、ヨロシクー♪』
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