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第1話『ラブ・ストーリーは突然に』

「俺と付き合ってよ」


 呼吸を忘れた。

 強い風が吹いた。

 世界が変わって見えた。


 校舎裏に響く突然の告白。

 目の前にいるのはサッカー部のエース、不知火(しらぬい) (しょう)先輩。

 学校内でも有名なイケメンの人気者で、私とは住む世界が違うと思ってた人。

 高い身長、サラサラの髪、優しく微笑む瞳はまつ毛が長くて……。


 あああ、頭の中が真っ白になってくぅぅ……。



 その後のことは、あまり記憶にない。

 気が付いたら、首を激しく縦に振っていたことと……。

 連絡先を交換した後は、ワケが分からなくなって思わず走って逃げ出してしまったことと……。

 それくらいしか覚えていない。


 高1ともなるとクラスの中には彼氏がいる子もいて。

 そんな子たちを羨ましいと思いつつ、私には無縁の世界と思っていた日々。


 でも……この春休みの2日前。

 私、日野原(ひのはら) 結衣(ゆい)は16歳にして人生初の彼氏ができました!




 * * *




「おはよー!」

「おはよー!」


 小鳥たちの声に交じって校舎内に飛び交う挨拶の声。

 修了式の朝の風景。

 明日から春休みということもあって、みんなの声はいつもより明るい気がする。

 まー、その中でも私は特に明るいんだろうけど。


「あ、ユイ!」


 教室に入るなり、親友のアイリが声をかけてきた。

 彼女は水本(みずもと) 愛理(あいり)、私の中学からの同級生。

 お姉さん気質で美人のアイリは、シースルー前髪(バング)の黒髪ロングが良く似合っている。


 挨拶を交わしながら彼女の前の席に座る私。

 窓側から1番目の列で後ろから2番目の席。

 ここはポカポカ陽射が差し込んで、暖かくて心地よい。


「ユイ、昨日の放課後、ショウ先輩に呼び出されたでしょ? どうだった?」


 彼女の問いに、私は待ってましたと言わんばかりに振り返った。


「告白されちゃったっ!」

「え、マジ!?」

「もー、マジマジ!」

「……だから、夕べは連絡しても全然返事が来なかったのね。おおかた、一晩中ポーッとしてたんでしょ」

「あはは、ごめんねっ」


 アイリの指摘は正しい。

 あのあと先輩からスマホに入っていたメッセージ、


『これからよろしく!』


 その短い一言が嬉しくて、一晩中眺めていた。

 天にも昇る気持ちだった。

 私にも彼氏ができた。

 遠目で恋に憧れる時期は終わったのだ。


「これもイメチェンを勧めてくれたアイリのおかげだねっ!」


 ちょっと前までの私は黒縁メガネに黒髪おさげ、メイクだってしたことない、自他共に認める地味系女子。

「特に変える必要もないし〜」

 なーんて人には言っていたけど、本音は一歩踏み出す勇気がなかったから。

 性格は普通に明るいのに、見た目とのギャップがエグいなんてからかわれたこともある。


 そんなある日、アイリからイメチェンを勧められた。

「ユイは素材はいいんだから、少し自分を変えてみたら?」

 って。


 背中を押された私は、メガネをやめてコンタクトにした。

 髪は内巻きのミディアムレイヤーにして、色も明るくしてみた。

 ナチュラルメイクだって覚え、完成形になったのが一昨日(おととい)のこと。


「イメチェン大成功だよっ!」


 私は笑顔でVサインを作る。


「明日から春休みだしー、二人で映画行ったり、買い物したりー、お弁当作ってお花見なんかもいいなー! めっちゃ楽しみっ!」


 明日からのやりたいことを指折り数えているだけで、テンションはどんどん上がっていく。

 でも、対するアイリはなぜか浮かない顔。

 彼女はアゴに手を当てて少し考える素振りを見せたあと、私の顔をまじまじと見た。


「ねえ、ユイ。ショウ先輩にどんな告白をされたのか聞いてもいい?」

「うん。えーと、校舎裏に呼び出されて……私のことをジッと見つめて……『君って実は可愛かったんだね。俺と付き合ってよ』って」


 ……って、あれ?

 今、気付いたけど、なんか言われ方がおかしくない?


 アイリは短く息を吐く。


「念のために聞くけど、ユイもショウ先輩も恋愛免許証は持ってるんだよね?」

「もちろん! 私は16歳になったときにずっと貯金してたお年玉で取りに行ったし、先輩の恋免(れんめん)もちゃんと見せてもらったもん!」



 ――恋愛免許証、通称『恋免』。

 25年前、ストーカー、DV、離婚など、多発する恋愛がらみの問題に終止符を打つべく、時の政府は『恋愛法』を制定した。


【恋愛法】

 第4条 恋愛をし告白しようとする者は、公安委員会の恋愛免許証を取得しなければならない。


 この法律により、無免許での恋愛は重大な法律違反となった。

 恋愛法が制定されてから恋愛がらみのトラブルは減ったって、そう授業で習ったのは記憶に新しい。

 運転するなら自動車免許、調理するなら調理師免許、恋愛するなら恋愛免許。

 各地には免許取得のための恋愛教習所もあるし、私たちの生活を守るための大切な法律になってると思う。



「それならいいんだけど……ショウ先輩って、恋愛関係であまりいい噂を聞かないから」


 それは私も知っている。

 先輩は複数の人と付き合っていて、安全恋愛義務違反となる脇見恋愛の常習犯だって。

 更に出会ってすぐ、お互いのことを良く知らないのに告白するスピード違反。

 相手の気持ちや立場を考えずに強気で押す、一時停止無視違反なんかもあるとか……。


「で、でも、きっと大丈夫だよ! 恋愛教習所で〝思いやりの心を持つことの大切さ〟とか、〝相手の気持ちに寄り添う優しさ〟とか習ったわけだし……」

「習った人、全員がそれを実践しているわけじゃないから。交通ルールだってそうでしょ? だから、警察の取り締まりがあるわけで」


 うぐっ、それは確かにそう……。

 でもさ、でもさ、それってあくまで噂でしょ?

 何かの間違いってこともあるじゃん。

 ……うん、そーだ、きっと何かの間違いだ。

 彼女である私が信じてあげなくてどうするの!


 私は拳を握るとアイリに向き直った。


「私は、彼を信じてるから」


 そう言おうとした瞬間――。


「おっはよー!」


 勢いよく教室に飛び込んでくるショートボブの少女。

 私のもう一人の親友、木崎(きざき) 美優(みゆ)だ。

 明るくて、可愛いものが大好きで、お菓子作りが趣味という絵に描いたみたいな女の子。


「あっ、おはよー! ユイぴょん、アイりん!」


 そして、変なニックネームを付けるのが好きな女の子……。


 ミユは私の隣の席に腰を下ろす。

 そこが彼女の席だ。

 座るなり身を乗り出すようにして口を開く。


「ねーねー、二人とも聞いたー?」

「何を?」

「ショウ先輩、停学になったってー」

「えーっ!?」


 思わず立ち上がる私。

 倒れる椅子の音が教室内に響き渡った


「落ち着きなって、ユイ」

「あ……」


 静かに椅子を起こして座り直す。

 ううっ、周りの視線が恥ずかしい……。


 私が座ったことを確認してアイリは口を開く。


「ミユ、それは本当なの?」

「本当だよー。先生たちが職員室で話してるの聞いちゃったもーん。先輩、恋愛免許証の偽造だってー」

「な、なにそれ!?」


 あのとき確かに見せてもらった免許証。

 あれは偽物だったの!?


「で、でもさ、嘘をついてまで私と付き合いたかったってことは、それだけ私のことが好きだってことじゃない?」 

「ユイ……現実を見なって。相手は脇見恋愛の常習犯なんだよ?」


 うぐ……。

 希望的観測に(すが)り付こうとする私に、アイリは容赦なくトドメを刺しにくる。

 で、でも、私は先輩を信じて……。


「そーそー、その脇見恋愛なんだけどねー。お相手の一人は先生みたーい」

「なーっ!?」

「私、ばーっちり聞いちゃったもーん」

「それが本当なら本来は刑事罰だけど、世間の目の手前、今回は内部的に処罰して済ませたってことね」

「あははー、隠ぺい体質ってやつだよねー」


 探偵みたいなアイリに、事情を知らないミユは無邪気に笑う。

 だけど、当然ながら私には笑うことなんかできなくて――。


 ――ガタッ!

 と、椅子から立ち上がり、両手で机を思い切り叩いた。


「私、先輩と別れるっっっ!!!!」


 渾身(こんしん)の叫び声は、良く晴れた春の空に吸い込まれていった。


 ――こうして、私、日野原 結衣の初めての交際は一日で……。

 正確には一日持たずに破局を迎えたのでした、ううう……。




 そして迎えた春休み。

 免許センターの受付にて。


「えっ? 恋愛免許証を返納してしまってよろしいのですか!?」


 驚く受付のお姉さんに私は深くうなずいた。


「えーと……恋免を返納するのは問題ありませんが、再取得にはもう一度恋愛教習所に通っていただく必要が……」


 その言葉を、右手をずいっと突き出して(さえぎ)る。


「私、もう恋なんてしませんのでっ!」



 こうして私は無事に恋愛免許証を返納したのでした。

 さっそく親友二人に連絡したら驚かれたり呆れられたり……。

 でも、最終的には納得してくれたので、やっぱり持つべきものは友達だと思う。


 だけど、これだけは言わせて。

 ショウ先輩のばかやろ――――っっっ!!!!



 最後までお読み頂きまして、ありがとうございます!


「面白い!」

「続きが読みたい!」

「更新が楽しみ!」


 と、思って頂けましたら、

 ブックマークや、下にある☆☆☆☆☆から作品の応援を頂けたら嬉しいです。


 これからもどうぞよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
投稿お疲れ様です 高校生の青春始まったかと思ったら、 変な輩のせいで台無しになってしまいましたね(汗 せっかく免許取ったのに返納は勿体ない気はしますが(汗
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