ヘタレ君はヘタレ君のままでいい
平凡。
それは、これといった優れた特色もなく、ごく当たり前で、並みな事。
そして、ヘタレとは、俗に、弱々しく、気力に乏しいよう。
また、そのような人の事を言う。
俺の名前は、佐藤太郎。
どこにでもいる平凡な高校二年生だ。
顔も、スタイルも、頭も、運動も、名前ですら、全て平凡である。
そして、性格はヘタレで、少しだがオタクだ。
平凡な両親から生まれたのだから仕方がないのだが、何故か、三歳年下の生意気な妹、はるかは、
平凡ではない。
はるかは、同じ両親から生まれたとは思えない程、頭が良く、顔も良く、人気があり、
運動神経も良く、何でも出来て、今度、芸能界という所に行くので、
今、両親と準備をしている真っ最中である。
そんな三学期の後半のある日、太郎が部屋で、一人で勉強をしていると、コンコンと、
ノックの音がした。
「お兄ちゃん? はるかだけど、入っていい?」
それは、はるかだった。
はるかは、太郎の返事も聞かず、部屋に入ってきて、太郎に声をかけた。
「ねえねえ。何してるの?」
「見れば分かるだろ。明日の試験勉強だ」
「ふぅ~ん。どれどれ?」
はるかは、太郎の勉強道具を眺め、また話し掛けてきた。
「へぇ。高校生って、こんな簡単な事が試験に出るんだね。あっ、ここ。感じ間違ってるよ!
んぅ、もう、お兄ちゃんたら。おっちょこちょいなんだから!」
「はるか。何の用だ?」
太郎が聞くと、はるかは、新品のスマホを見せびらかしてきた。
「用って、用はないんだけど。ねえ、見てみて! 新しいスマホだよ!
お父さんに今日、買ってもらったんだ。今度のスマホ、いっぱい機能が追加されててさ……」
「さっきも言ったろ‼ 邪魔するなら、出ていけ‼」
太郎が怒鳴ると、はるかは泣き出してしまった。
すると、その泣き声を聞いた太郎の両親が、慌てて、太郎の部屋に入ってきた。
「はるか⁉ どうしたんだ?」
「まあまあ。はるかちゃん。どうして泣いてるの? お兄ちゃんに何か言われたの?」
「太郎‼ お前、はるかに何をしたんだ‼」
太郎の両親は、太郎を攻め続けた。
その両親と、はるかの泣き声で、太郎のイライラは爆発した。
「うるさいって言ってんだ‼ みんな、出ていけ‼」
太郎は怒鳴り、壁をドンッと、家が揺れる程、叩いた。
すると、はるかは腰を抜かし、スマホを落とし、一度、目をパチクリさせた。
「うわあぁーーん‼ お兄ちゃんのバカアーー‼」
「あっ! はるかちゃん⁉」
はるかは泣きながら部屋を出ていき、母が、それを追って出ていった。
太郎が不貞腐れていると、父は、また怒鳴った。
「「太郎‼ お前は兄のくせに、どうしてたった一人の妹に、あんな酷い事が出来るんだ‼
はるかに謝りなさい‼」
「嫌だ‼ 出ていけ‼ あんな妹なんて、いらねえよ‼」
太郎が怒鳴り返すと、バンッと、父が太郎を殴り、睨んできた。
「気がすんだら、出ていけ‼」
殴られた太郎が怯まず、怒鳴ると、父は呆れた顔をして、出ていった。
「いってえな……」
太郎が父に殴られた所を手で摩っていると、ふと、はるかが落としていったスマホが気になった。
「あれって、最新のだよな……。俺のなんか、五年以上前に買ったリユース品だったってのに‼」
太郎のイライラは、さらに増し、勉強を止めた太郎は、ベットに転がった。
そして、自分のスマホで、動画を視出した。
「おっ! また、推しが上げてるじゃん! 早く、見よっと!」
それから、太郎は、そのまま動画を視続け、寝落ちした。
次の日、太郎は目が覚めて、スマホで時計を見た。
「うわっ⁉ もう、こんな時間かよ。勉強出来てねぇ……。
まあ、所詮、模擬試験だし、今更、勉強してもなぁ……。だけど、大学の判定がbは、欲しいし……」
太郎は、スマホをベットに置き、ベットから下りた。
「はぁ……。憂鬱だ。また、何か言われるんだろうな……」
肩を落とし、太郎が歩いて行くと、はるかのスマホが、まだそこに堕ちていた。
「はるかの奴。スマホを放っていやがる……。折角、いい物を買ってもらったくせに‼」
嫌々ながらも太郎は、はるかのスマホを拾った。
「たくっ‼ 大事にしろよな‼」
そして、スマホを持ったまま、太郎が居間に行くと、母が明るい顔をして、話し掛けてきた。
「太郎ちゃん。おはよう。良く眠れた?」
「まあ、いつもどおりだ」
「そう。じゃあ、朝食にするね。今日は、太郎ちゃんの好きな物ばかり作ったの。
沢山、食べてちょうだいね!」
「母さん。あのさ……、ちゃんずけ、止めてくれ」
「どうして? ずっと、そう呼んでたのに?」
「何言ってんだ?」
太郎は、異常な事に気付いた。
「変な太郎ちゃん。朝食、食べて、しっかりしてね。今日は試験があるんでしょ?
今回も、トップの成績取って、帰ってきてね!」
「母さん。俺が、一番になんか、成れる訳ねえだろ?」
「何言ってるの? 太郎ちゃんは、いつもトップだったじゃない。
いつもどおりの力を出せば、簡単に取れるわ!」
太郎は、いよいよ、この異常が恐ろしくなった。
朝食を少しだけ食べ、太郎は逃げるように、部屋に戻った。
「どうなってんだ⁉ 母さん、一体、どうしたんだ?」
太郎は縋るように、自分のスマホを探した。
「どこだ? 俺のスマホは?」
すると、コンコンと、ノックの音がした。
「太郎ちゃん。どうしたの? 食欲ないの?」
「い、いや……」
「何か、探し物?」
「スマホを探してんだ」
「それなら……」
母は、太郎にスマホを差し出した。
「えっ? これは、はるかのじゃないか?」
「何言ってるの? これは、太郎ちゃんに、昨日買ってあげたやつよ」
母が差し出したスマホは、先程、太郎が居間の机に置いた、
昨日、はるかが見せびらかしてきたスマホだった。
「冗談、きついって……。俺を揶揄うのは、もう止めてくれ!」
「冗談言ってるのって、太郎ちゃんの方よ。
さあ、いつまでも、ふざけてないで、学校に行ってらっしゃい」
そう言って母は、はるかのスマホを置いていった。
「どうなってんだ⁉ 何か変だ‼」
太郎は、また逃げるように家を出て、学校へ向かった。
「これは夢だ‼ いつか、覚めるはずだ‼」
太郎は何度もそう言って、学校に到着した。
しかし、事態は、さらに恐ろしい方向になっていた。
「あっ! 佐藤君。おはよう!」
「キャァーーーッ‼ 佐藤先輩‼ こっち向いて‼」
「よっ! 太郎。今日も、モテモテだな」
太郎は、全校生徒から絶大の人気があった。
有り得ない状況に、太郎は逃げるように愛想を振り巻き、教室へ逃げ込んだ。
ガラッとドアを開け、太郎が教室に入ると、そこでも、クラスメイトが次々と挨拶をしてきた。
「太郎。おはよっ。昨日は助かったぜ」
「な、何か、俺、したっけ?」
「何言ってんだ? バスケの助っ人だよ。メッチャ、助かったぜ‼
お前のおかげで、競合相手に勝てたんだ‼」
「はは……。それは、良かった……」
「おい、太郎! 今度は、サッカー部の助っ人も頼むぜ‼」
「いいや‼ 野球部が先だぜ‼」
太郎は逃げ場を失った。
どうなってんだ? 俺がいつ、そんな事をしたんだよ⁉
太郎が混乱していると、先生が入って来た。
「はいはい。みんな、席に着いて。もうすぐ試験が始まる。携帯を持っている者は電源を切りなさい」
そして、太郎が鞄を見ると、何故か、はるかのスマホが入っていた。
「な、何で、これがあるんだ‼」
太郎は大声をあげた。
「どうしたの。佐藤君?」
「い、いや……。何でもありません‼」
はるかのスマホは、確かに家に置いて来たはずだった。
しかし、太郎の鞄の中にしっかりと入っていたのだ。
何がなんだか、分からない⁉ 俺、所謂異世界って所にでも来たのか?
太郎が呆然としていると、試験が始まった。
うわ……。こんな状況じゃbどころか、赤点、決定だ……。
ところが、答案用紙を見た太郎は驚いた。
はっ⁉ 何だ、簡単じゃないか‼
太郎は、スイスイ回答していき、残り時間半分以上で回答を終えた。
一応、終わったけど、周りは終わってないみたいだな。
見直しをしても、残り時間が半分は、あったので、太郎は寝る事にした。
どうせ、これは夢だ‼ 昨夜、動画、視過ぎたせいだな。
どうせなら、正夢で、夢から覚めて答えが分かってればいいのにな……。
すやすや眠っていると、試験が終わったという号令で、太郎は目が覚めた。
そして、後ろから答案用紙が回ってくると、後部座席のクラスメイトが話し掛けてきた。
「佐藤君。さすがだね。僕なんて、全然、時間が足りなかったってのにさ」
「あ、いや……。ははっ」
太郎は苦笑いをして、後ろから集められてきた答案用紙に、自身の答案用紙をかさねた。
そして、それらを前に回した。
次の試験までの空き時間、太郎は考えた。
ありえない……。俺が、意図も簡単に回答出来るなんて。それに、何なんだ? 俺が、学校の人気者?
運動神経が抜群だと?
そして、太郎は、一つの答えを導き出した。
これは、やっぱり異世界だ‼ 俺は、何でも出来る世界に転移したんだ‼
太郎が導き出した答えどおり、その日は何でも出来た。
残りの試験は全て簡単に解け、昼飯も、いつもなら残っていない人気の焼きそばパンが、
二つも残っていて、二つ共、買えたのだ。
全てが太郎の思いどおりになり、気分良く、太郎が帰宅しようとすると、声をかけられた。
「おい、太郎! サッカー部の助っ人、頼む‼」
「ああ。いいよ!」
「よっしゃぁ‼ 今日も、勝ち、いただきだ‼」
「だと、いいな」
「何、謙遜してんだよ‼ 頼りにしてんぜ‼」
太郎はサッカー部の 助っ人にいった。
何でも叶う世界に転移したんなら、これぐらい出来るよな‼
やはり、太郎の思いどおりになった。
数人からマークされた中を、太郎はすり抜け、ゴールを連発し、
太郎に向け、黄色い声援が飛び交った。
「試合終了‼」
そして、審判の号令の後、太郎はグラウンドを離れた。
「さすが、太郎! 凄かったぜ‼」
「いやぁ、大した事ないさ」
太郎がクラスメイトと話していると、また黄色い声援が飛んできた。
「佐藤先輩‼ こっち向いて‼」
「キャーーッ‼ 格好、いいっ‼」
いよいよ、この世界の居心地の良さに、太郎は気付いた。
調子に乗った太郎が、黄色い声援の方へ手を振り、ニコッと笑うと、さらに大きな声援が挙がった。
凄い事になった! この世界なら、何でも願いが叶うのかもしれない‼
太郎は、その後、クラスメイト数人と帰る事となった。
帰り道、あるコンビニに寄る事になった太郎は、ふと、ある事を思いついた。
今の俺なら、籤運もいいはず‼ 今日から、俺の好きなアニメの、いっち番籤が始まってる!
勿論、狙うは、主人公のフィギアのA賞だ‼
太郎は余裕を見せながら、いっち番籤を一枚だけ買う事にした。
「太郎⁉ いっち番籤、お前、一枚でいいのか?」
「ああ。俺、a賞、当たるから!」
「どこから、その自信がくるんだよ?」
他のクラスメイトは数枚の籤を買ったが、太郎は一枚だけ籤を買い、引くと、
結果は、太郎の思いどおりだった。
「嘘だろ⁉ a賞じゃんか‼」
「本当だ! さすが、太郎! もってる奴はもってるね!」
「よしっ‼ 俺も、太郎の籤運に肖って買うぜぃ‼」
他のクラスメイトも籤を数枚、買ったが、a賞は当らなかった。
「太郎は、いいな。俺なんか、f賞が二つと、i賞だぜ?」
「俺も、俺も。i賞二つと、h賞だよ」
「俺なんか、f、h、i一つずつだよ」
「ははっ。偶々だって。俺も三枚は買おうと思ってたから、その分、何かおごるよ!」
「えっ⁉ マジで?」
他のクラスメイトにおごり、太郎の気分は絶好調となった。
すると、コンビニの前をはるかが一人で通り過ぎた。
「あれって、太郎の妹じゃないか?」
「ああ、そうだな」
「こんな時間に、中学生が一人で出歩いてて、いいのか?」
「いいんじゃねえか? あいつは父さんと母さんのお気に入りだから、何をしても怒られねえよ」
「ふぅーん。そんなもんか」
そして、太郎がa賞の景品のフィギアを持ち、コンビニから出ると、あるクラスメイトと出くわせた。
そのクラスメイトとは、太郎が気になっていた女子、竹内あゆみだった。
竹内あゆみは、眼鏡を掛けた地味な女子である。
特に美人でも可愛い訳でもないが、太郎は、高校一年生の時から彼女の事が気になっていた。
その竹内あゆみは、太郎と目が合うと、何かを言いたそうにした。
うわっ⁉ 竹内あゆみだ‼ 何で、こんな時に鉢合わせになるんだよ⁉
俺が、こんなアニメ好きのオタクって思われるじゃんか‼
太郎が動揺していると、竹内あゆみは、何も言わず去って行った。
な、何だったんだ? まあ、今の俺なら彼女は何とも思ってない……、はず‼
太郎は、そう自分に言い聞かせ、家路に着いた。
「ただいま」
「おかえり。太郎ちゃん。夕食、出来てるわ」
「分かった。すぐ行く」
太郎は自分の部屋に行き、景品のフィギアを、箱に入ったまま、棚に飾った。
「いい感じだ……」
フィギアを眺めた太郎は、満足し、頷いた。
「あっ! そう言えば……」
ある事を思い出した太郎は、自分のスマホを探した。
「ないな……。今の俺なら、推しに昨日送ったdmの返事が来てるはずなんだが……」
ベットの隅々まで探したが、太郎のスマホは見つからなかった。
「おかしいな。今朝、時計を確認した時まではあったんだけど……」
「太郎ちゃん。夕食、食べよう!」
「はい、はい! 今、行くって!」
太郎はスマホを探すのを止め、夕食を食べに居間へと向かった。
「おぅ。太郎。今日は、母さん特製のシチューと、からあげだ」
「やった! 二つ共、食べたかったんだ‼」
「それは良かった。いっぱい食べてね」
太郎は席に座り、夕食を食べようとした。
だが、ある事に気付いた。
「あれ? はるかは?」
「知らないわ。あんなコ」
「どうせ、友達の所だろ」
父と母は冷たい態度をとった。
「はるかなんか放っておいて、太郎、自分の事を考えなさい」
「俺の事?」
「そうよ。太郎ちゃん。ほうらっ!」
そう言って、母は、何かの紙を太郎に見せた。
「これは?」
「実はね、太郎ちゃんに内緒で、芸能事務所に写真を送ってたの!
そして、一次審査の合格通知が来たのよ!」
「えぇっーーーーー⁉」
「父さんも、びっくりしたよ。
だが、太郎、将来の事、お前は国立大学にいくも良し。芸能界に挑戦するも良し、
何をするにしても、父さんも、母さんも、お前の選択をおぉ円するから。じっくり決めなさい」
「そうよ。太郎ちゃんが、ちゃんと決めた事を二人でおぉ円するからね」
両親は、太郎に期待していた。
今まで、特に期待等、された事のない太郎は嬉しかった。
こんなに期待されると、何でも出来る気がしてきた‼
太郎は気分が良くなり、夕食が、どんどん腹に入っていった。
「御馳走様。美味しかったよ、母さん」
「そう言ってもらえると、嬉しいわ」
「じゃあ、さっきの件。考えとくよ」
「自分の事だ。しっかり、決めなさい」
「分かった。父さん」
太郎は、わくわくしながら自分の部屋へと戻り、ベットに寝転んだ。
(あんな風に父さん達が言ってくれるなんて! 何て、いい世界に転移したんだ‼
誰かにこの事を言いたい‼)
そして、太郎はスマホを探した。
しかし、太郎のスマホは、やはりなかった。
そこで太郎はベットから起き、鞄の中を覗いた。
一応、これって、俺のだよな?
太郎は少し弱腰になりながらも、はるかのスマホを使う事にした。
ベットに戻り、また太郎は寝転んだ。
さすが最新の者は違う! こんなに画像が綺麗だなんて!
あっ! そう言えば、推しに送ったDM、どうなったんだ?)
太郎は確認した。
「何だよ⁉ 返信ないじゃんか‼ 折角、期待してたのに……」
しかし、ふと、太郎は思った。
もしかして、このスマホじゃなきゃ駄目なんじゃ……。
太郎はゲームのガチャをしてみた。
どうせ、無料ガチャだし、大したものは当った事はないけど、今の俺なら……。
またもや、太郎の思いどおりになった。
「やった! レア来たぁーーー‼」
そして、太郎は、はるかのスマホで遊び続け、時刻は既に夜中の一時となっていた。
「やべぇ⁉ もう、こんな時間! 眠くなる訳だ」
太郎は、はるかのスマホで遊ぶのを止め、寝ようとしたが、
いつの間にか、はるかのスマホにはアルバムが出来ていて、見る事を薦めてきた。
「なんだ? 俺、そんなに写真なんか、撮らないのに……」
太郎は、それを見る事にした。
「これって、はるかが撮ったのか?」
はるかのスマホのアルバムには、五年前からの写真が次々とスライドされてきた。
友達と写るはるかがメインだったが、それに紛れ太郎と一緒に写ったものや、
隠し撮りしたと思われる、太郎の写真までもが、次々とスライドされてきた。
「何で、はるかの奴、俺の写真なんか撮ってんだ?」
太郎がアルバムを見続け、はるかのスマホの画面に触れると、あるアルバムのタイトルが出てきた。
☆*☆*☆
「大好きなお兄ちゃん」
☆*☆*☆
太郎は暫く、言葉が出なかった。
はるかの奴、何考えてんだ⁉
太郎が、恥ずかしい気持ちと、もやもやした気持ちに襲われ、目が冴えてくると、
頭に、ある言葉が浮かんできた。
「ああっ‼ やっぱ、これ、はるかのスマホだ‼」
それを発した後、太郎は、スマホをはるかに返す事を決めた。
太郎は深夜にも関わらず、はるかの部屋を覗いた。
「おい、はるか。ちょっと、入るぞ」
太郎が声を掛けたが、返事はなかった。
まあ、こんな時間だから、寝てるわな。置いとけば、気付くよな。
太郎は、こっそりスマホを返そうと思い、はるかの部屋に入った。
しかし、はるかはいなかった。
「お、おい? はるか⁉」
太郎は一瞬、息が出来なくなり、頭の中が真っ白になった。
「まさか、まだ帰ってないのか?」
太郎は、今までに感じた事のない不安に襲われていった。
どうすればいいのか、全く考えが浮かばなかった。
「くそっ‼ どうすりゃいいんだ?」
太郎は怒鳴り、自分の手に握られた、はるかのスマホを見た。
「そうだ! おい、お前‼ はるかを呼べ‼」
太郎は、はるかのスマホに話し掛けた。
しかし、何も起こらなかった。
「おい、ふざけるな‼ 何でも出来るんだろ? さっさと、はるかを出せ‼」
それでも、何も起こらなかった。
「くそっ‼ この役立たずめ‼ 壊すぞ‼」
太郎が怒鳴ると、はるかのスマホは、太郎を揶揄うように、太郎が推しているsnsを上げてきた。
「そんな物はいらねえ‼ こんな世界もいらねぇ‼ さっさと元の世界に俺を返せ‼
はるかをどこにやったんだ?」
太郎が怒鳴ると、はるかのスマホは暫く沈黙し、ある映像を映し出した。
「これって、今、騒がれてる、行き場のない子供が集まってる場所だよな」
太郎は、そう言って、また、はるかのスマホに話し掛けた。
「ここに、はるかがいんのか?」
たろうが、そう言うと、はるかのスマホは、ピコッと音を出し、文字が映し出された。
☆*☆*☆
「バッテリー残量が低下しています」
☆*☆*☆
その文字を見て、太郎は、言葉が出た。
「はっ⁉ こいつ、意味が分からん‼」
太郎はムカついたが、はるかのスマホが最後に映し出した場所へ行く事にした。
人気はなく、静かな街を太郎は、その場所に向け走った。
「これで、あそこにいなかったら、お前の画面をバキバキにして、ぶっ壊してやるからな‼」
「……。バッテリー残量、低下」
「こいつ……、急に喋りやがった⁉ 最新のは、そういう事も出来るってか?
じゃあ、水没させてやんからな‼」
独り言のように、太郎は言いながら走って、その場所に着いた。
すると、意外な事に、人がいて、半分は中学生から高校生ぐらいの男女だった。
「ニュースで言ってたとおりだ……」
そう呟き、太郎が歩いていると、キャッ、キャッと、はしゃぐ聞き覚えのある声が聞えてきた。
「はるか⁉」
太郎が叫ぶと、数人のなかに、確かに、はるかがいた。
「お兄ちゃん? 何で、いるの?」
「何でじゃない‼ お前こそ、何でこんな所にいるんだ‼」
「別に、いいじゃない」
「いい訳ないだろ‼ 帰るぞ‼」
「嫌よ‼」
太郎と、はるかが言い争っていると、他の男女が話に割り込んできた。
「ねえ、この人。はるかのお兄さん?」
「そうだよ」
「えーーっ‼ 格好いいんですけど‼」
「そう? ただのへたれよ」
「そんな事言わないで、紹介してよ!」
話に割り込んできたのは、はるかと同じくらいの歳の女と、太郎より数歳年上の男だった。
女の方は、太郎に好意を見せたが、男の方は、そうではなく、
ガッチリとした体つきに、髪を金色に染め、如何にも、悪だった。
「お前、はるかの兄なんか?」
「そ、そうですけど?」
「ははっ。はるかにこんなダサい兄がいるなんてな」
「ダサくても、俺は、はるかの兄です。はるかを連れて帰らせてもらいます」
「はあぁ? 何言ってんだ、お前?」
その男は、太郎に詰め寄ってきた。
近づかれると、その男とは、見上げる程の身長差があり、太郎はビビッてしまった。
「お兄ちゃんさぁ? 何か、文句あんの?」
「い、いや……」
「だってよ、はるか。お前には、こんなダサい奴より、俺の方が、相応しいよな?」
太郎が何も言えずにいると、はるかが心配そうな顔をして、太郎を見ている事に気付いた。
ここは、まだ何でも叶う異世界……、のはずだ。だったら、俺は……。
太郎は意を決し、その男に言った。
「はるかは、お前みたいなダサい男には、相応しくねぇよ‼」
「な、何だとぉ‼」
「はるか‼ 逃げんぞ‼」
太郎は、はるかの腕を引っ張って、その場から走って逃げた。
その男が追ってきたが、急に、ゥワウゥヴーン!とサイレンが鳴り、警察官が十数人集まってきた。
「こちらは警察です。青少年の保護の観念から、君達を保護させてもらう」
「やべっ‼ 察だ‼」
「えっ⁉ 嫌っ‼ 補導されちゃう⁉」
「待ちなさい‼」
その場は混乱したが、太郎達は無事に抜ける事が出来た。
ふう。一応、このスマホの奴が願いを聞いてくれたんだな。
太郎は、はるかと無事に家に帰る事を願った。
しかも、こんな感じで。
どこかの漫画みたいに、悪党を、バッタバッタ倒して、
はるかに良い所見せるっていう手も考えたけど、へたれの俺には、これで十分だ!
そう思いながら、はるかの手を離さずに、太郎は、はるかと無言で家に帰り着いた。
家に入っても、太郎は、はるかに何も言わなかった。
すると、はるかが太郎の後ろから話し掛けてきた。
「お兄ちゃん」
「二度と、あんな奴等と関わるな」
「ごめんなさい」
振り返らず太郎は言って、はるかのスマホを置いた。
「お兄ちゃん、これは?」
「これは、お前のだ。充電してやれよ! おやすみ!」
太郎は最後の願いをして、はるかに、はるかのスマホを返し、自分の部屋に行き、ベットに入り、
すぐ眠った。
いつものアラームで起きた太郎は、眠った感覚もなく、次の日を迎えた。
「これ……。俺のスマホだ……。元の世界に帰ったんだな」
太郎は、そう言って、また眠った。
すると、太郎の部屋のドアをコンコンと叩く音がして、はるかが部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん? 朝だよ。起きて!」
「寝かせてくれ。今日は休みだ」
「ん、もう! そんな子供みたいな事、言わないで!」
そう言って、はるかは太郎の布団を剥ぎ取った。
「眠いんだ。昨日、遅かっただろ?」
「知らないよ! 私はちゃんと寝たし!」
「はっ? お前、昨日の事……」
太郎は、思い出した。
そうだった……。もう、元の世界だった……。
太郎が、ぼーーっとしていると、はるかが大声を上げた。
「お兄ちゃん⁉ このフィギア、どうしたの?」
「ああ、それか。昨日、いっち番籤で当たったんだ」
「ええぇーーっ⁉ いいな‼ はるかも欲しい‼」
「欲しいって、お前。興味、あったか?」
「あるよ! ねえ、これ、頂戴‼」
話している間に、太郎は恐怖を覚えた。
これ、昨日の異世界で当たったヤツだよな……。何で、あるんだ? まさか、まだ異世界なんじゃ⁉
太郎が動揺していると、はるかがフィギアを抱えた。
「えっへへ。もっらいっと!」
そう言って、はるかは太郎の部屋を出て行った。
少し、フィギアに名残惜しさを感じたが、太郎は、これで良かったと思い、居間に行く事にした。
「おはよう」
「おはよう。太郎、昨日は悪かった」
「父さん?」
父は気まずそうに、そう言って、太郎を見た。
「俺が悪かった。何度も言わせるな」
「もう、気にしてない」
「太郎。母さんも悪かったわ」
「気にしてないってば」
太郎が笑いながら言うと、両親も笑った。
そして、父がまた話し掛けてきた。
「太郎、お前は将来、どうするんだ?」
「俺、大学に行きたい」
「そうか」
父のその一言に太郎は聞いた。
「そうかって、どういう意味だ?」
「がんばりなさい」
「えっ?」
「私達は、太郎の選択肢を応援してるから」
父は太郎と目を合わさなかったが、母は、にっこりして、太郎にそう言った。
「俺、反対されると思った」
「どうして?」
「だって、金、かかるし」
「父さん達も出来るだけ協力する。気にせず、がんばりなさい」
「父さん……」
「但し、自分で決めた事を途中で投げ出すな」
昨日のデジャブかと思ったけど、今日」の方が何倍も嬉しい‼
太郎は、何でもがんばれる気がした。
「はい‼」
その太郎が笑って返事をすると、はるかがタタッと小走りで今に入ってきた。
「ねえねえ。見て見て!」
「何だ?」
「じゃーーん! どう? いい感じでしょ?」
はるかが自慢してきたのは、はるかのスマホに写った太郎の部屋から奪っていったフィギアで、
そのフィギアの周りには、そのアニメのグッズが沢山並べられていた。
「本当に、好きだったんだ……」
「当たり前! ん、もう、お兄ちゃん。私の事、何にも知らないのね‼」
「悪かった」
「じゃあ、はるかも、いっち番籤、引きたい‼」
「何で、そうなる?」
「はるか、まだ起こってるんだけど?」
「はぁ……」
太郎が困っていると、母が救いの手を入れてきた。
「太郎、いいじゃない。それぐらいで、はるかちゃんの機嫌がなおるって」
「母さん。まあ、いいけど」
「良かったね。はるかちゃん。後、一年は、こうやって甘えられるよ!」
「うん!」
ご満悦のはるかに太郎は聞いた。
「後、一年って、どういう事だ?」
「「へへっ、はるかね、芸能界に行くの、一年延期する事にしたんだ!」
「な、何でだ?」
「えぇー?
だって、芸能界は来年でもチャレンジ出来るけど、
お兄ちゃんに我儘言えるのって、もうそんなにないしさ!」
「だ、そうよ。良かったね。太郎。もっと、はるかちゃんといられるよ!」
「母さん……」
太郎が呆れていると、はるかは席に座った。
「お兄ちゃん! 早く朝食、食べて、いっち番籤を引きに連れてって!」
「分かった、分かった……」
太郎は朝食を食べ、準備をして、あのコンビニに、はるかと行った。
そして、籤を買おうとすると、そこに、竹内あゆみが来た。
「あれ? 佐藤君?」
「あっ、た、竹内さん⁉」
「何か、お使い?」
「い、いや。今日は妹が、どうしても籤を引きたいって言うから、連れて来たんだ」
「へえ。妹さん思いなんだ」
「はは……」
太郎が照れていると、はるかが声をかけてきた。
「お兄ちゃん、早く、買ってよ‼」
「はいはい!」
「佐藤君、そのアニメ、興味あるんだ」
「ああ、まあね」
「私も好きだよ」
「えっ⁉ 本当?」
「うん。好きなんだけどね、そのアニメって、男の子向けでしょ? 何か、恥ずかしくって、さ……」
「そ、そんな事ないよ‼ 俺の妹だって、俺より好きみたいだし‼」
「そうなんだ!」
太郎達が嬉しそうに話していると、はるかが機嫌を損ねた。
「ん、もう! お兄ちゃん‼ こうなったら、五枚は買ってね‼」
「は、はるか?」
「それと、今度、このアニメの映画にも連れてって‼」
「簡便してくれ……」
太郎が肩を落としていると、竹内あゆみが、くすくす笑いながら言った。
「私も映画、一緒に行ってもいい?」
「えっ⁉ そ、そそ……」
太郎が顔を真っ赤にして、言葉が出ずにいると、また、はるかが言った。
「はい! 決定ね! お姉さん、一緒に行こうね!」
「うん。はるかちゃん、約束ね」
結局、強引だが、そういう結びへとなった。
籤自体は五枚買わされ、はるかが望む景品が当たり、はるかはご満悦で、
太郎の財布は寂しくなった。
だが、太郎の心は温かかった。
あのスマホがなくても、良い事ばかりだ!
まあ、へたれの俺じゃあ、あんな凄いスマホを持っていても使えない。
今後も、お前に世話になるぜ!
そう思いながら、太郎は自分のスマホをしっかりと握り、はるかと二人で家に帰っていった。
何だかんだ言って、妹に甘い兄を描いた作品にしたかったのですが、いかがだったでしょうか?
そして、小心者で、ヘタレである筆者にピッタリな何でも叶う世界!に加え
立派な機会を使いきれない筆者らしさを表現出来ている作品になっていて、
さらに読者様が楽しめた作品になっていたら、幸いです♪