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くいかえし  作者: Kot
バーベナと孤独
99/101

4−21 アルメの記憶


見慣れた赤い目がこちらを見ている。


朝起きて必ずする身支度、顔を洗って寝癖を整えてその行為は人して必要で、けれども鏡の向こうにいる自分の赤い瞳を見ると、一瞬だが、黒い獣を連想させた。


「おねーちゃん!」

妹のニアが名前を呼ぶ声が聞こえて、アルメは返事し素早く身支度を終えて、家族の集まる、ダイニングへと向かう。


「おはよう、アルメ」

「おはよう」

「おねーちゃんおはよう」

父親と母と妹、アルメの家族が、皆それぞれ挨拶する。

皆同じ、黒い髪と藍色の瞳を持っていて、その光景にアルメは思わず笑みが浮かんだ。


「おはよう、ごめんなさい寝坊しちゃって」

アルメも挨拶を返すと、腕まくりをして母と一緒に朝食の準備の手伝いをする。

「昨日、夜更かししたんでしょう〜、ニアと騒いでいた声聞こえたよ」

「え、そんなに響いてた?」

「笑い声はねー」


穏和な母は、スープを器に移しながら、そうアルメに言い、タレ目がちな目をさらに緩めてアルメに器を差し出した。


「はい、持っていって」

「はーい!」


差し出された器をアルメが受け取ると、脇からヒョコっとニアが顔を出して、母が器を差し出すのを待っている。


「ニアも夜更かししてたのによく私より早く起きれたね」

「わたしはカームに起こされたんだよ、おねえちゃんはニアが起こしたの」

「うん、おでこペチペチされた」


今朝方の優しく、しかし執拗な衝撃を思い浮かべて、アルメは苦笑いを受けべながら、ダイニングテーブルに器を並べると、足元をフワフワとした感触が通り過ぎた。

 

カームというのは白と黒い毛が混じった犬だ、名主(みょうしゅ)宅からもらった子犬はすっかり大きくなり、我が家の番犬であり、集落の猟犬だ。

一足先に朝ごはんを食べて、カシャカシャと爪の音を鳴らして、今は父の隣で伏せている。


「町で買った絵本、気に入ったか……」

「うん、ニアが毎日読んでってせがんで来るんだ」

「夜更かしもほどほどに、背が伸びない」

「はーい」


父は寡黙で厳しい人だが、同時に優しい人で、集落で一番の弓矢の名手だ。

弓矢の糸を張り、狩の準備をしながらアルメを見る。


「今日は、登る、数人で追い込むから、笛を頼む」

「うん」

アルメも十を超えた頃、父について周り、狩を教わっている。

特に決まり事では無いが、集落の娘はこぞって手仕事を覚える中で、アルメだけはスカートではなくズボンを履き、髪を短く切り揃えて狩を覚えた。


手仕事が苦手な訳でも、男のようになりたいと思った訳でもなく唯狩がしたかったのだ。

今の身なりの理由も、狩にはスカートが不向きなだけで、髪を短くしたのは、洗うのが楽なだけだった。


そんな少し変わったアルメを両親は咎めもせずに見守っていた。


「いただきます」

手を合わせて、母の作った朝食を見る、

野菜スープに目玉焼き、ベーコンに黒パン

みんなでこねた保存の効く少し硬いパンと庭で採れた野菜と卵、そして父達が狩った鹿肉。


全てが両親の手から生み出されたもので、それらに感謝しながらアルメは美味しい朝ごはんをみんなと一緒に食べる。


穏やかな朝、仲の良い家族、少しのコンプレックを抱えた少女の当たり前の日常がその場所にはあった。


 

「上京したーい!」

「おはようハンナ」


叫ぶ三つ編みの少女の背に、アルメは話かける、同年代で幼馴染のハンナは街に憧れを持つ少女で、黒い髪と藍色の目は、猫のように丸く可愛らしいと評判の娘だ。


「おはようアルメ、今日も狩?」

「うん、一時間後にタロの所と一緒に行く」


「そっかー、タロが足を引っ張らないように祈る」

「絶対ないから」


近くの家の窓から顔を出した少年がアルメ達にそう声をかけた、こちらも同年代、幼馴染のタロで、村の男にしては長い髪を一つに括っており、アルメが髪を切り始めたとき、ハンナから逆じゃないかと揶揄われた記憶がある。


「おや、さては今起きたでしょう?後一時間だってさ」

「ハンナの声で起こされたんだよ、毎日毎日」

「毎日は言ってないって!」


気の向けた顔でシバシバと目を瞬かせながら文句を言う少年にハンナは否定の言葉を言う。


「毎日ではないけど、最近は頻度多くなってる。名主とまた喧嘩したの?」

「そうだよ!上京を夢見る娘は大変なの!」


何もない集落を出て、街に憧れる子は多い、ハンナもその内の一人に過ぎないが、名主の一人娘のため、中々説得が上手くいかないようで、集落の外れ付近にある、アルメとタロの家周辺でこうして、そこそこの声量で思いを叫ぶのだ。


「ハンナおねーちゃん、おはよう」

アルメの背後からひょこりと顔を出した妹のニアは、照れながらもハンナに挨拶する。

「おはようーニアちゃん、飴ちゃんあげる」

「ありがとう」


一人っ子のハンナは兄妹がいるのが羨ましいと、アルメやタロによく話しをしている。

そのためか、ハンナはニアには飴やらアクセサリーやらをプレゼントして、懐柔しようとするのだ。


「俺にもちょうだい!」

タロがのぞいていた、窓の向こうにはいつのまにかタロより一回り小さな少年がいた。

わんぱく小僧のイオ、タロの弟で、歳はニアの一つか二つ上だが、元気が良すぎるあまり、ニアが大人びて見えるとよく言われる。


「嫌よ、もうない」

「えー!」


そしてハンナはこのわんぱく小僧が可愛くないらしく、弟は望まないらしい。


「ちょうだい!ちょうだい!ニアだけずるい」

「イオ、窓から出るな」

自分の名を出されてニアがアルメの背に隠れる。イオはバタバタと窓に足をかけた所で、背後から伸びたタロの手に襟首を掴まれて、中に引き戻された。


「そうやってねだるから、ニアを見習って、まずは朝の挨拶をしたらどう?」

ハンナは、自分よりもずっと幼い子供に意地悪い笑みを浮かべてそう言うと、集落で一番華やかなスカートをひるがえして、スタスタと歩いて行った。

「行っちゃった」

「何か良い文でも思い浮かんだのかもね」


ハンナは文字を書くのが好きらしい、彼女が街での暮らしを夢見るのも、小説家になりたいからだと聞いた事がある。


「文字ならここでも書けるのにな……」

窓の向こうからそんな声が聞こえた、都会を夢見るハンナに対して、タロは何処か否定的だ、本人には直接言わないが、遠回しに、街は人が多くて埃っぽいだとか、すぐに飽きてしまうだとか、そんな事をいって、ハンナが心代わりしないかと伺っている。


「タロも、ついて行けばいいのに」

「なんでだよ、ここには家族がいるのに街にはいないだろ?」

「確かに」


個々人が持つ優先順位は違う。アルメやタロは家族が一番で、ハンナは夢が一番。

どちらも譲ることはできない、だからそっと、寂しさを潜めて応援するか、相手の心変わりを期待し、あわよくばずっとこのままの日々を望むのだ。


これがアルメの日常の風景。変わらない日々の中に成長が少垣間見え、穏やかでも決して飽きることのない世界を透き通るような赤い瞳で彼女は見ていた。


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