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くいかえし  作者: Kot
バーベナと孤独
98/101

4−20 声なき感情の行方


頭の中で秒針の音が響く、そうしてラシラス公爵に言った二十分後オネットは目の前の扉をノックした。


「入りなさい」

扉の向こうから入室の許可がおりる。

「失礼します」

無機質な声色で返事をしオネットはドアノブを握り、静かに扉を開けた。


「突然のお約束、申し訳ありません」

「…………」

「お話よろしいでしょうか、あまりお時間を頂戴いたしませんので」


父は書斎机ではなく、ソファーに座っていた。

声もなく視線で促された父の正面のソファーに、オネットも腰を下ろした。


「…オネット、お前を連れ戻した事についてだが……学園を卒業し、来年には成人を迎える、アシヌス家との婚約も進めようと思っている」


「その、言葉を受け入れると思っているのですか?」


感情の読めない親子の表情は、どこか似ているが似ていない。オネットの髪と瞳は父親譲りだが、顔立ちは母にそっくりだ、また魔術師としてオネットが進む道も父親ラシラス公爵とは違う。


ラシラス公爵は、慎重な人間だ、現状を変えることを良しとせず、古いしきたりを重視する。

それこそが王宮魔術師をまとめる真髄であると理解し、知っている。


当時ラシラス公爵が母の研究発表を見送ったのは、当時の貴族夫人会での母の立場を慮ってだった。


ラシラス公爵家は家格は高位に値するが、決して最高位の家ではない、王家の王妃はもちろん、他の公爵家も存在する。そんな中で夫人会は社交という貴族で最も重要な外聞を担っていると過言ではないだろう。


しかし、オネットは心底興味なく、そして母も必要最低限の参加しかしない、稀有な人だった。


それ故に、他の夫人からは評判はあまりよく無かったらしい。物静かで、取り巻きもおらず、そしてならなかった人。何より、生まれたもった魔術の才能は、魔術で爵位を授かった家からしたら、嫉妬の的であっただろう。


それは魔術師総会本部、アシヌス公爵家夫人と接していて理解する事ができた。

女性が魔術師になる事に良い顔おしない夫人、それは魔術師の家に嫁いだ自分に言い聞かせる慰めの姿にオネットは見えた。


古臭く、家のために固執する人、オネットがその評価を父に付けたのは、母の死後から一年と半年で弟の妻であった伯爵夫人の後見受けではなく、第二夫人として受け入れたことで、決定的となった。


そして自分が無い、周囲の言葉に流される人物であるとも、時を経て納得した。

 

「お手紙、お届きになりませんでしたか?私の目標と意識を事細かに書かさせて頂きましたのに、あぁ、お忙しいお父様は、家を出る娘の手紙なんてお読みになりませんよね、失礼しました」


「……オネット、口の聞き方に気おつけなさい…………手紙は読んだ……魔術師総会のアシヌス家ならこの婚約がお前の将来の妨げになるとは思っていない」


「それは、ラシラス公爵家に嫁いだお母様の日々を知っていておしゃっているのですか」

「……」

「お母様は、優秀な魔術師でした。ですが、ラシラス家に嫁いだ結果、総会からは辞任する事を選び、魔術の研究も日々の中で最低限、研究の発表だって、公爵夫人になってから一度もできませんでした」


「…………」


「貴方が守ろうとした、母の姿がその日々のなかに存在する姿なら、私は拒絶します」


悲しみの感情を抑えてオネットは言葉を続ける。


「例え、この地で魔術師としての称号を頂かなくとも、私は魔術師になれる場所に向います。

 自分の居場所は自分で作れます…………私も…お母様も」


ラシラス公爵の計らいは、結果として、シンシアの夫人としても居場所も、魔術師としての居場所も無くしてしまった。

 

それは結果そうなったに過ぎない、もし、母が今も生きていたなら、魔術師としての成果を見せる感じる機会はあっただろう。


「私はお母様のようになりたいです、あの人がやり残した事をやり遂げたい」

母が生前行っていた魔術研究は、大気中の魔力を測定する魔術具に用いるための構成だった。

予測できない大量の魔獣の動きを知ることで、防御壁でしか守られていない小規模の村も、もしもの時に安全を確保する猶予を与える事ができる。


小さな研究だ、だが今も誰も無し得ていない、成し得ようとしないその研究を母はコツコツと進めていた。


『高度な魔術壁に守られていると、外の暮らしぶりや文化を尊重するということをしなくなってしまいます。その土地の運命を決める権利は、その土地に住まう人にしかありません』

 

母の研究内容を知った時、オネットは母に「皆が魔術壁に囲われた街の中で暮らせば良いのでは?」と尋ねた。

母はその無知な問いに静かにそう答え、その言葉をオネットは今でも覚えている。

 

「そうだな、シンシアは素晴らしい魔術師だ」

父は顔を下げて一人言のようにそう言った。


「お父様は、様々な情報と事柄を考え今に至る答えを出したのでしょう、…しかし家族に関する事まで私達に尋ね無かったのは、蔑ろにしていると受け取ります」


再婚、第二夫人を受けいる事を決めた旨をオネットが父から聞かされた時、それは既に決定事項になっていた。

『母親は必要だろう…』

きっと他の親族から言われたのだろう言葉を父はそのままオネットに口にした。

『私の母はシンシアお母様だけです」


僅か、十歳にも満たない子供にそれを言わせた父の顔をオネットは見ていない、父もオネットの顔を見てはいなかったのだろう。言葉と言う表面を取り間違えた二人は、それ以降互いの表情を見ることをしなくなった。


「お父様……最後に一つお尋ねしてよろしいでしょうか」

「…何だ?」


オネットは正面にに座る父に榛色の瞳を向ける、父親も顔を上げて同じ色の瞳でオネットを見返した。


「第二夫人を受け入れるように言われた時、貴方はどういった感情を抱きましたか」


父は何も言わなかった、ただその表情を見て、オネットは安心し、そっと席を立った。


「過ぎてしまった事に、私は不満を言いません、しかし、これから起こる事に関して、障害になり得るのであれば、私は反抗します…………オネット・ラシラスはもう分別の聞かない子供ではない」


父に背を向け、外に続くドアノブに手をかける。


「どうか、その感情から目を背けないで下さい。弱った親の姿なんて見たくありません…」


………………

…………

……


静かになった部屋で、フラムは何処を見るでもなく、ソファーに体を預けている。

決して、自身の心に嘘をついて生きてきたとは思わない、唯その道を選択すれば誰も不幸になることはないと、そう考えて選んできた。


部屋をノックする音が響く、フラムが入室の許可を出すと、入ってきたのは初老の執事だった。

幼少の頃から使える執事は、深く頭を下げ、フラムに報告する。


「お休みの所、申し訳ありません」

「どうかしたか?」

「シンシア様の研究室にオネット様が入室されまして」

「構わないが…」

この邸にオネットが入ってはいけない部屋は無い、何故執事がそう言うのか、フラムは疑問を浮かべた。


「その後、清掃時に使用人が入室したのですが、シンシア様の杖がなくなっておりました」

フラムはソファーから立ち上がり、窓辺から門を見た。


ローブを羽織った、娘の姿。今まさに馬車に乗るその手には、丁重に布に巻かれた杖も、持たれていた。


「構わない、好きにさせる」

「左様でございますか」


フラムは静かにそう言った。


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