4−15 理と情
ー魔女が総会本部を襲撃するその一日前ー
「アルメを行かせた理由が見えないな」
タイバンのギルド長サイモスは総会本部内にあるアシヌス邸のリーブルの執務室で、ソファーに我が物顔で座り、そう言った。
「まだ言うのかい。彼女は大切なお目付け役だと言っただろう?」
リーブルはやれやれと窓から外を見ていた体をサイモスに向け、先ほどまで座っていた席に再び腰を下ろした。
空になったティーカップ。すっかり紅茶の匂いは消えてしまっている。この二人が長い時間話をしていたことが伺える。
「優艶の禁足地、調査員の中ではそう呼んでいるよ」
「……おかわりくれ」
サイモスがカップを持ち上げてそう言うと、ソファーの側に置かれていたティーセットが勝手に動き出し、お茶の準備を始めた。
「ぬるいのはごめんだぞ」
腕置きに頬杖をついてその光景を眺めていたサイモスの言葉に、ティーポットはカタカタと揺れ、湯気を上げた。
「その禁足地は長らく調査不可として扱われていた。膨大な魔力の壁は通常の禁足地と同様なのだが、構成は魔術でできている。その魔術語は私の視認できた限りでは、後世に確認されない、消えた物だ」
「あっち!」
「わかっているのは、あのベールが囲う場所で起こった惨劇は人為的に行われたということ。他の禁足地を調べるよりグランの研究を集めることができる」
「当人の感情は無視か」
空のカップをソーサーに置き、サイモスは先ほどより低い声を出した。
「俺は直接聞いていないが、アルメは故郷の話を嫌がる」
「……」
「周りをよく見ることができる奴が、変わり者と言われる立ち位置を自分から他者にアピールしている。そのせいで協調性があるにもかかわらず、一人行動を余儀なくされている」
面倒見の良いサイモスは、その光景にいつも不安を覚えていた。
「個人の感情に寄り添うことは大切だろう。しかし、寄り添い続けることが正しいわけではない。お前も裁かれるべき人間を野放しにすることは本意ではないだろう」
ティーポットの中の紅茶をすべて注ぎ、サイモスは飲み干した。
「それに、リベルテやオネット君には何も伝えていない。彼らがリギー・スリスに辿り着けば、あの場所に繋がる。私はあくまで道を作っただけだ」
リーブルはリギー・スリスを庇護していた。そして彼がその庇護を抜けたこともフローレを通して知っている。それ故に優艶の禁足地の解明をリギー・スリスの思うがままに行わせた。グランの魔術師の動きを知るために、総会本部での調査を控えさせていたもあるが。
リーブル・アシヌスはその目で多くを視認し、そして動かすことに長けている。
「あんたのそういうところ、はっきり言って嫌いだが、否定はしない」
「初めて会った時もそう言われたな」
「それは俺じゃなくて、ノワールだろ。俺は今初めて言った」
「そうだったかな。君達は似ているから、シルエットが」
学生時代からの友人と一端のギルド職員を間違えるかと思い、サイモスは半眼になった。
「納得したようだし、もう一つの返答を聞きたい」
「タイバンに所属している、戦闘可能な職員と冒険者を壁外に配置するか……」
リーブルの想定は外れない。だからこそ街を守る最良の配置だが、魔術士団が街の防衛に加わっていないことに、ギルド長であるサイモスが納得するかは別だ。
「…………士団が一人もいない状態を飲んでも良いが条件がある」
「条件?」
「俺の配置を後方から最前線にしろ」
「ギルド長がいないと指揮が下がるだろう。君がいればいくらでも立て直せる」
「頭を使うのはラシオンがやる」
「…………そのラシオン君は今、士団預かりになっているが」
「いつまで返さないつもりだ」
身内を返してもらえず苦言を呈すが、リーブルは笑みを浮かべたまま肩をすくめるだけで、サイモスは片眉を上げた。
「たった一人、数合わせが抜けたくらいで士団は壊滅するのか?」
「私は数合わせで彼を士団に呼んだわけではない」
元より頭を使うことを得意としないサイモス。騎士団時代から常に前に出て戦うことを好んだ男に代わって、ラシオンはギルドにおいて最も重要な役割を担っていると言っても良い。
そんな頼りになる一人息子をいつまでも貸し出すのは不服であり、そして彼がいなければギルド内での指示出しはサイモスがしなければ、職員はともかく冒険者が納得しないだろう。
……適当に頷き、勝手に自身の配置だけ変えるか……サイモスがそう考え出した時、ノックの音が響いた。
「入りなさい」
「失礼します」
入って来たのはラシオンだった。士団の白い制服を纏い、すっかり様になっているが、その顔には湿布が貼ってあり、その姿にサイモスは顔を顰めた。
「どうした、その怪我」
「少し、揉めまして」
「……用件は」
サイモスが詮索しないようにか、リーブルは早々に二人の間に入った。
「私の配置をモルデン伯爵領に変更してください」
どうやら直談判に来たらしい青年は背筋を伸ばし、最高司令官であるリーブルを見据えている。
「あ?」
「理由を聞こうか」
礼儀知らずは父親譲りらしい彼に、リーブルは尋ねた。
「領内の制圧は騎士団と合同、ですか士団の中には、それ事に不満を持つ者もいます。そういう者が一人でも入れば、任務に支障をきたす」
「私の士団が私情を持ち込むとでも」
「ちょっと待て。ラシオンはギルドに戻るべきだ」
サイモスの望みとは逆の方向に話が流れていく。他でもないラシオンがギルドに戻る気がない様子に、サイモスは慌てた。
「それは必要ないでしょう。俺がいなくともギルド長が入れば制圧に問題はありません」
「いや、待て待て。ラシオン、俺の配置を知っているか。後方だぞ。お前からもあり得ないと言ってくれ」
「あり得ません」
「あり得ないのか……」
子に擁護を求める親の姿にリーブルは額を手で抑え、そう言った。
リーブルはサイモスを街を守る最後の砦として考えているが、本人とラシオンは逆の意見らしい。
「段階的に魔獣を狩り、その後ギルド長の力で、狩り損ねた魔獣の一匹残らず抹消する、そうお考えなのでしょう。ですが、犠牲有きの考えはギルド長のやり方に反します」
「反すると言う理由なら冗談として受け取るが……」
「今回の壁外戦闘で、死者を出さない方法があります」
「…………それが、サイモスの前線移動?」
「はい、最前線での魔術攻撃」
執務室にラシオンの淡々とした声が響く。
「条件として必ずギルド長より前に人員を誰一人として配置しないでください」
「……」
「必ず、死亡します」
「…その後は」
「ギルド長は一旦使い物にならなくなりますが、その後は死骸の解体作業のみになるので問題ありません」
不安も澱みもなく、それは間違いの無い真実を口にする者の表情だ。




