4−14 知らず内に
リベルテ達が、リギー・スリスに会うその数刻前。
黒い髪をたなびかせて、その女は地上を見下ろしていた。
「懐かしい」
かつて、魔女を産み魔女を殺したこの土地は。女の目には変わらず映った。
街を囲う白い壁、その中央の聳える、放物線を描く柱は、女がこの場所にいた頃から変わらない。
……西の街タイバン。
魔女の処刑と言われるこ場所は、その血が染みつき魔力が巡る。
懐かしい魔力が彼女の頬を掠める。
「ただいま戻りました」
女は慈愛の眼差し向けるが、その目の奥には長きに渡り宿された歪みが垣間見得た。
女は魔女だ、それも長い時を生きた。その鴉のように黒い髪を靡かせて魔女はかつてのその場所に降り立った。
放物線を描く白い柱、それに沿って建物を守る防御壁がある、普段は術者以外見えないそれが、異常を知らせるために、何百年と維持と改良を重ねた構築術語を、街にいる人々にその姿を見せた。
防御壁は一瞬、針を刺された衝撃は僅かだったが魔女の来訪を知らせ、総会本部の内部は緊張を滲ませた静寂に包まれた。
「風穴を開けて来るとは、客のする事ではないな」
黒い髪を一つに括り、眼帯をした男リーブル・アシヌスは、片頬の口角を上げて、魔女を出迎えた。
「こんにちは、今代のアシヌス様」
魔女はリーブルのいる大地に降り立ち、優雅に会釈する、令嬢がする仕草ではない、騎士か家臣が取る礼は、古臭く、今は誰も使わない礼儀作法だ。
「わざわざ出迎えて下さるなんて、アシヌス|の名は形ばかりになってしまったのね」
クスリと笑う魔女、その言葉の意味は古代を知らない若造にはわからない。
「魔女殿、早速だが、ご用件を聞こうか」
「ねぇ、どうして私が来るってわかったの?」
話は通じない、魔女は次元の違う場所で生きている生物だとリーブルは思っている、中には友好的な魔女「フローレ」もいるが、彼女が特別であり、その他の魔女は皆魔力生物、魔獣と同じ魔に生きる物だ。
「これでも、古代の面影の端くれでね…」
リーブルはにこやかに言い右手で眼帯を外し、ゆっくりと瞼を開いた。
「まぁ、素敵」
魔女は頬を染め上げ、その目に見入る。
現れた赤眼は片目だけだが、強く輝き、魔力の純正差を示していた。
「素敵だわ、やはり時が経っても美しい」
「魔力の流れは人一倍見えるんだ貴方のようなドス黒い塊は特に目立つよ」
魔女の賛美を受けたその赤眼は持ち主の表情に合わせて、三日月のように細められ、そして持ち主の感情を示すように、嘲を含んでいた。
熱に浮かされ、頬を染めていた魔女は、途端冷めた表情をした。
「その口は不快ね、そうね直系とは言え、アシヌス、あの方とは違うもの…」
魔女の手には黒い宝石が輝く杖が握られている。
いつの間に現れたそれにリーブル目は嘲りから警戒に変わる。しかしその口元はこうを描いたままだ。
「ねぇ、せっかくお出迎えしてくださってありがたいのだけど、貴方だけなの?他の魔術師、生徒さんだっているのでしょう」
「そうだね、ここには沢山の優秀な魔術師がいる、貴方こそ、お一人だけでお出ましかい、魔女殿?」
「そんなわけないじゃない、知っていて?、ここに来るまで何年も準備をしていたのよ」
初めて、成り立った会話はしかし直ぐに終わりを告げた。
魔女の背後に現れた黒い魔術陣。人丈よりも大きなそれから、黒い瘴気を放つ手足が這い出てその図体を表した。
「これは…随分と手のこんだ土産だな」
現れたのは魔獣、元来の物より黒く、人の手を幾つも生やしたそれは大きな体を引きずり、悲鳴のような鳴き声を上げた。
「……」
「言葉も出ないでしょう、貴方の想像通りよ……本当に人間て単純な生き物」
クスクスとリーブルの表情を心底おかしなそうに笑った魔女は、人間の持つ感情を冷笑した。
人間だ、人間を魔獣化させたのだ。それを理解し知ったとて、リーブルのする事は変わらないが、魔女の冷笑は終わらない。
「さて、今代のアシヌス様…その魔力」
魔女はあざとく首を傾げる。
「剥ぎ取らせてもらいますね」
言葉と同時に魔女が杖先をリーブルに向ける、指示を受けた魔獣がリーブル目掛け魔術を放つ、その瞬間ドッと地面が揺れ、外から僅かな悲鳴が響いた。
「まぁ、そう簡単にいかないわよね」
防御壁を展開させて防いだ姿に魔女は肩をすくめた。
「想定以下だった、次はこちらが攻撃しても」
抉られた土の先で、服を叩くリーブルは顔色ひとつ変えず、目を眇めてた。
「手加減願いたいわね」
眉を下げてそう言った魔女の顔に血が飛び散る。
反射的に避け、視線を向けた先には、地面から生えた剣山で串刺しにされた魔獣の体があった。
魔女の目つきが変わる。元々リーブル・アシヌスの手打ちを明かすために連れてきた物だが、まさかこんなに早く使えなくなってしまうとは想定していなかた。
「おや、防御壁はどうしたのかね、魔獣殿」
「貴方、ひどい人ね」
「魔獣は害意、それ以外の事実はない、魔女殿貴方もそうですよ」
リーブルの微笑みは殺意を感じさせない物だった、だからか魔女は自身の足元の僅かな魔力の変化に反応するのが遅れてしった。
「早い」
顎を掠め、血が地面に染みを作る。
次々と現れる剣山は、魔女を串刺しにするまで狙い続ける。
「鬱陶しい」
魔女は杖を振り、炎の刃で剣山を焼き切った。
「なるほど、魔女殿は気が短いらしい」
顎の手を当て、逃げ惑うネズミを観察するように言ったリーブルに、魔女は炎の弾丸を放つ。
当然、防御壁でそれを防いだリーブルだが、防御壁はその一回を防いだだけで粉々に散ってしまった。
「あら〜意外と脆いのね、警戒しすぎちゃったわ〜」
想定と想像、睨み合いと嘲り、噛み合わない二つの魔力は、けれども静かに衝突した。




