4−12無価値
タイバンの街から西側、幾つかの村や町を超えた先にアルメの故郷があった。
地図には載っていないが、座標はリギーが記憶している。
「獣道だね」
「長い間、誰も整備していないから仕方無い、中腹周辺に転移したいが、やはり魔力圧でずらされてしまったか……」
かつてこの道を通ったリギーを先導に三人は集落に向かった。
「リベルテさん、本当に解除なさるんですか?」
「禁足地化していない、エグレゴアの実験場……当時使われた魔術も禁足地で得た情報よりも鮮明なはずだ」
「……それが、アルメさんの故郷でも?」
リベルテの後に並ぶオネットが、そう声をかけと、彼は振り返らずに淡々と述べた。
「壊されたのは彼女だけじゃ無い、知り合いだからと言って、彼女の意思を尊重して証拠を放置するのは、これから先のためにならない、それに本人からも了承を得ているだ」
そう、アルメ自身からも了承を得ている。
…………………………
…………
……
「それじゃ、その結界を破りに行こうか」
「……今なんと」
椅子から立ち上がり、そう言ったリベルテにオネットは思わず聞き返してしまった。
「結界を破りに行くんだよ、ルガール魔術があればできるだろう」
アルメとオネットを見下ろして、無表情にそう言ったリベルテは、いつになく冷たい印象を受けた。
「リベルテさんは、調査をしたいだけではないですか」
「それもあるけど、墓参りぐらいはした方がいいんじゃないかと思って」
ふざけいるのか真面目なのか、オネットがもう一度嗜めるため、口を開きかけたとき、小さな声でアルメが呟いた。
「…………そうだな……私、あれから一度もみんなに会いに行ってない……」
手元に視線を落としたまま、言葉を続ける。
「…………けど………………今は、まだ無理だ……心の整理が追いついていない…………」
「アルメさん」
「……」
「それに、エグレゴアが関係してるなら調査自体は、しておいた方がいいんだろう?私はここで待っているから」
「そう、それなら、いつでも墓参りできる様にしておいてあげる」
アルメはそう言うが、いつもよりも小さなな声にその内情が伺える。
……触れて欲しくない、自分以外、誰にも……
その思いは誰にでもある、オネットにも、リベルテにも。
「……わかりました。リベルテさんが荒らさない様見張っています」
引く気の無い男を見据えてそういうとリベルテは顔を背けて、リギー達の方を見る。
「……、お爺さんは」
「なんだその呼び方は」
「構わないよ、アルデラ……」
リベルテを見守っていたリギーは等々に聞かれて口籠る、彼の心情も今は複雑だ。
ずっと、知りたかった、助けたかった。
僅かな時間もでも、追われる身となり、魔術界から切り離された場所にいたリギーには、強く心に残る時間だったから。
だからこそ、何か出来ないかと、そう思っていたが……
アルメの方に顔を向ける。もしそれがお節介なら、自分は距離を置くべきだ。
「うん、大丈夫……その……ありがとう………………みんなのこと、集落のことを心配してくれて……、あと杖奪ってごめん」
「いや、何も出来なんだ……」
「……つ」
アルメは小さく笑みを浮かべて、そう言った。
「すぐ戻るから、外には出歩かないでね……」
そうして、リベルテとオネット、リギー・スリスは、アルメの故郷に向かった。
沈黙が降りる室内、まだ整理が追いつかず、三人が消えた後を呆然と見ていたアルメの頬に何か不意に押し当てられた。
左頬を押されながら振り向くと、白髪の男が、保存袋を押し付けていた。
「あぁ、忘れてた」
彼の白い手から保存袋を受け取る。
しっかりと密閉されたそれからは、生臭さも、切り取った時に感じた生温かさも感じ無い。
魔獣の肉……それはアルメの復讐を形にしたもの。
間違っていない、この行為は……食い返す事はアルメが自分を生かすために選んだ答えだ。
怒りにままに歩み出した、ずっと胸から離れない悲壮感も伴って。
だけど、今、手の中にある塊に……気持ち悪さを感じた。
……私はなんでこれを食べているんだ……
復讐相手は間違っていない、アルメの家族は友達は、故郷の人々は魔獣に喰われた。
…………でも、意図的に行われたのなら、これは違うんじゃ無いか……
魔獣が蔓延る世界……「魔獣なんて自然災害」だ。そこから自分が納得できる生き方を実現してきた。
………………していたと……思ってた………………
でも、実際は…………
………………違った……
全く違う復讐をして……本当に滑稽だ……
「それは何だ?」
「っ……」
手元の中身をアルデラに尋ねられ、アルメは顔を上げた。
「えっと……これは……非常食、コイツ腹減ってるんだな」
立ち上がり、アルメは魔獣の肉をリュックの奥にしまう。
「先生の事、追いかけてなくてよかったのか?」
「客人を残して、いくわけないだろう」
アルデアが残ったのは以外だったが、確かに自分達の住処に外部の人間だけを置いていくのは不安だろう。
「リベルテの事、信用したんだ」
「違う、お前よりかは信用できるだけだ」
フローレの村で出会った時よりかは大分落ち着いた姿だ。リギー・スリスとリベルテの会話中も落ち着いている様だったため、自分がいない間、誤解が解けたのかと、アルメは静かに笑みを浮かべた。
「…………お前、なぜ笑っている」
「え、いや、微笑ましいなって……思いまし……て」
言葉を続けるにつれてアルデラの目が鋭くなる、尻込みしながら苦笑いで誤魔化すアルメをアルデラは目を細め冷ややかな視線をした。
「会話の流れから、その男がお前の魔力を奪った事になるが、お前はその男をどう思う」
「どうって……」
「赤眼の魔力は古代の面影とも言われている。実際に千年続く魔術師の家系の者には、赤眼が継承されいる」
「遺伝でなる物なのか?じゃぁ私の先祖が赤眼持ってた魔術師ってことか?」
「それは知らん」
そうだろう、アルメもそう言った話は一切聞いた事はない。
「先生がお前を弟子に誘った理由は、お前が非道な魔術師の家系に目をつけられる恐れを想定したからだ」
どうやら、アルデラが本当に言いたかった事は、師匠の事らしい。確かにアルメはリギー・スリスが集落に来た時、やたらと弟子に誘われた。
魔術など一度も出来た事も、まずしようと思った事ない。その上、集落から出ることは到底受け入れられないので断った事も覚えている。
断片的にだが、当時を思い出すアルメにアルデラは話を続けた。
「魔術を生業としている貴族には、魔力が多い子供を見つけると、親元から離して身内に入れようとする奴がいる」
「……」
「それとは逆に魔力が少ない子供が生まれると、遠い血筋の物として扱うか、初めから居ない者として処理する。どちらにせよ、元の親から引き離す事に躊躇のない奴らは多い」
「なんでそんな事を?魔術なんてなくても生きていけるし、貴族の仕事は領地運営だけだろう?」
「貴族には領地を持たない物もいる、貴族席は金で買う事も出来るし、家業として特質した物を持てば爵位を与えられる事もある、魔術もその一分野だ」
庶民以下のアルメには小難しい話だ。
「複雑だな、何となく魔力の多い子供が欲しいのは理解出来るけど、捨てる理由はわからない」
「家の名前に傷が付くからだろう。今の時代、ほとんどの家はより優秀な魔術師を輩出する事を最大の利益にしている。名声には家紋がつくからな、王家からの信頼に伴って役割りも与えられる」
「それなら尚のこと、捨てたり、連れ去ったりしたら、周りから非難されないか?犯罪だろ」
「魔力は生まれた頃にわかる、大抵は死産にするだろう。それに地図にも載っていない集落の子供一人攫うになんて容易い、その後は魔獣被害にして集落事消せばいい……お前も身をもって知っているだろう」
「…………」
別世界の話、別世界の人間、それがこちらに被害を与えるその理不尽さ、そして語源化できない感情に、アルメは何もいえなくなった。
「今後、その男と過ごすなら、特に派手な髪色の魔術師には気を付けろ、赤毛とかな」
「いや、赤毛の風評被害だろ……」
アルデラは、自身の髪を指し、なぜか赤毛を例に出した。
赤毛は珍しいが、庶民にも普通にいる。ローリエが可哀想だとアルメは思った。
話の区切りで、少しの静寂が訪れた。
部屋の中を包むその静けさを破るように、クルルル……と小さな音が響いた。
「…………」
「そんな目するなよ。お腹が空いたんだ」
音の発生源に二人の男が視線を向け、アルメは頬を赤らめながらお腹を押さえた。
その様子を見て、白髪の男は立ち上がり、カバンから先ほどしまった肉を取り出す。
「……だから、それは……今は無理だ」
アルメが顔をそむけた瞬間、彼の白い指先から保存袋が滑り落ちた。
ベチャ、と床に落ちる音がやけに大きく響く。
「どうした? 食べ物落とすなよ」
アルメが怪訝そうに言うが、男は動かず、その顔を見ると、僅かに口が開き、珍しく彼の動揺が見えた。
「人の家で揉めるな。腹が減っているなら、これでも食べておけ」
アルデラはため息を吐き、キッチンから紙袋を持ってきてアルメに渡した。
「いいのか!」
「……冷めているがな」
嬉しそうに袋を開けるアルメ。
中には小分けにされたピザとミートパイ。
その瞬間、白髪の男がなぜか両手を広げ、覆いかぶさるようにしてきた。
「うわぁっ!」
「貴様ら、よそでやれ!」
「違うよ!」
アルデラは呆れたように背を向け、部屋を出ていく。
残されたのは、気まずい沈黙と二人だけ。
「信用できないんじゃなかったのか。離れろ」
押しのけたアルメが見上げると、男は唇を強く結び、何かを堪えるようにしていた。
「な、なんだよ。お前の分もあるからさ……」
ミートパイを一つ取り出し、包みを剥いで口元に差し出す。
男の目がそれを見つめる。わずかに口が動いた。
「……ご…………め………………さ…い」
掠れた声。
その一言に、アルメは驚いたが、何故かそれよりも先に表情は暗くなってしまう。
「なんでお前が、謝るんだ」
憎んでなんかいない。
この男が自分の魔力を持っていてもアルメに悲壮感み生まれない。
「別に気にしないよ。私にそれは、必要ない……」
そう言って、アルメは彼の手にミートパイを渡した。
そのとき、
——ガチャリ。
静まり返った部屋に、外から小さな音が響いた。




