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くいかえし  作者: Kot
バーベナと孤独
89/101

4ー11 独り善がり


「向こうの山の中腹には集落があるんですよ、たまに薬草やら、狩った動物の皮やら売りにくるんです」


帰りがけ、風に乗ってうすっらと感じた魔力に、リギーが少し離れた位置にある山の方角をみると。

そう若い夫婦が教えてくれた。

 

フローレの村に身を寄せていたリギーは、フローレの依頼でこの村に訪れた。

数年前に、フローレの村から出た夫婦が家を建てたそうで、その祝いで家を守護する魔術をかけに来たのだ。


身を隠している今、あまり出歩く事のない日々を送っていたため、リギーは気晴らしに、その魔力の正体を追って見る事にした。


山に近づくと、獣道とは違う人の手が加わった道があった。

木々も手が入っているのか、葉の間から均等に日光が差し込んでいる。


そうしてあたりを見渡しながら進んでいると、人工物であろう大きな岩が立たされており、リギーはそれに近づいた。


「石碑、防御壁の陣が書かれているが、骨組みは無い……かなり古いもの様だが……」

すでに使われなくなったものなのか、確認のためそっと石碑に触れると。地面に魔力が伝わっているのを感じた。

「これは、魔獣避けか……」

骨組は無いは発動方法は、大気中から得た魔力を使用している。魔力を辿れば他にも三つ同じ石碑が存在している。

「周辺の魔力を感じにくいのは、この石碑が原因、いやおかげと言うべきか……」

魔獣が寄り付く原因を排除している。この石碑が囲う中心にその集落があるのだろう。


「なにしてるの?」


石碑の魔力に集中していたから、リギーは自身を除き込む魔力に気づく事が出来なかった。


「不審者?」

振り返った先には、年の頃十歳前後だろう二人の子供がリギーを覗き込んでいた。

「こんにちは、私は旅の魔術師だ」

「旅……」

二人の子供は顔を見合わせて、旅という言葉に目を見開いた。このくらいの子供の世界は狭い。きっと少しの好奇心が優ったのだろう。

「迷子?」

「こっちに集落があるよ!」

「集落か……お邪魔して良いかな」


二人のうち、少年の方がリギーの手を嬉々として引っ張る。少女の方は、少し警戒をしているが、黙ってそれを見守っていた。


「こらー、イオー、子供だけでで石碑まだ行ったらダメだろー」

「おね「にぃちゃん!」


気の抜けた声が木々の向こうから聞こえ、奥から弓矢を背負った、二人の少年が姿を現した。

同じ黒い髪の子供達。リギーはそのうちの一人を目にした時、視線を奪われた。


「ニア、嫌なら嫌ってちゃんと言わないと、またイオに着いていたんでしょ」

「ごめんなさい」


「この人、旅の人?」

「うん、魔術師だよ!」


慣れた姿で弓矢を背負う少年等は、それぞれ騒ぐ下の子供の頭を撫でる。後ろでに黒い髪を括った藍の目を持つ少年は、快活に笑い、イオと呼ばれた少年の肩を掴んで老人から一歩引かせた。


「お爺さん、この先の集落には何も無いよ、魔術師なら|名主のおっさんが歓迎するだろうけど…そんなうまいものも出ないなー名産品なんて皆無だし」

「あ、あぁ、そうなのか……」

放心しているリギーに少年は話かける。リギーはぎこちないながら、空返事を返すと少年はその様子に気づいたのか、ニィっと口を笑み、少女のと手を繋いだ少年の方を向いた。


「ははは、何?外の人から見ても珍しいの?」

「うるさいよ」

シシシと少年の揶揄いを含んだ笑い声に、揶揄われた少年は眉を顰めてそう言った。


黒い髪に藍の瞳……同じ色を持つその子供達の中に一人だけ、違う色を持つ子供がいた…………


こちらを警戒する魔力が、足元から伝わってくる………………冷や汗が年甲斐もなく流れた。

それはこんな人里離れた集落にいてはいけない子供だとリギーは思った。


 

…………………………

………………

…………

……





「おーい聞こえてる?」

リベルテの声にリギーはハッとする。

ジッとこちらを見る三人の目にそれぞれ心配と訝しみを感じ、リギーは眉を下げた。


「すまない」

「先生、体調が優れないのでは…」

「大丈夫だ、少し昔を思い出しな、年寄りには、よくある事だと思ってくれ」

師を心配するアルデラにリギーは微笑み大丈夫だと


「感動の再会だと思うんだけど……」

机に頬杖をついたリベルテが、アルメを横目に見た。

アルメは、部屋の隅にある二人掛けソファーに体を預けている、その横には白髪の男も腰をかけ、アルメのカバンを漁っている。

「集落に魔術師が来たのは覚えているよ、私も驚いているんだ」

話かけても視線をリベルテ達に向けないアルメは、手元の爪をいじっている。いつもなら見ない仕草にリベルテは片眉を上げた。

 

「君が赤眼の持ち主だとは聞いていないね。元の持ち主なら彼の事も気づいていたんじゃないの?」

「リベルテさん、その言い方は責めている様に聞こえますよ」

嫌味な言い方に、オネットは嗜めるがリベルテは言葉を続ける。

「責めているんだよ、わかっていて巻き込まれたと騒いでいたんだ、滑稽だね」


「別に魔術を使えたわけじゃない。生まれた頃から一度もだ、私はむしろみんなと違う色で嫌だった……それが無くなったとして、悲しむ事もないから……忘れてた」


「忘れるわけないだろう?君が赤眼を失ったのは、君の…「リベルテさん、思い出したくない事は誰にでもあります。一度落ち着いてください」


尚も責める男の視線をオネットは遮るために二人の間に入る。リベルテは、不服ながらも顔を背け黙った。


オネットはそれを見て僅かに笑むと、手に持っていたお盆を机の上に置いた。

四つの椅子が並んだダイニングテーブル、リベルテとオネットが座る正面にはリギーとアルデラが座っている。


「すまないね、お客様にお茶の準備をしてもらって」

「いえ、試したい事がありましたから」

「試したい事?」

リギーが疑問を口にすると、答え合わせの様にトレーに用意された茶器が一人でに動き出した。

ティーポットは宙に浮かび上がり、六つのカップに均等に紅茶を注ぐ。

紅茶の入ったカップは席の離れたアルメ達の元にも丁寧に運ばれた。


「これはフローレの家で使われていた魔術ですな」

 懐かしさを感じる光景にリギーは目を細めた。

「はい、やり方とコツを伝授していただいたので」

「人の家でするかい普通」

「教わった事は直ぐに実践に移さなければ、より良く身につきません」


機嫌が悪い顔をしながらも、リベルテはカップを手にとる。

アルメも紅茶を口に含んみ、その顔には僅かに笑みが浮かんでおり、オネットは胸を撫で下ろした。


魔術移送実験により、白髪の男に移された魔力。

その元の持ち主が自分であると明らかになったにも関わらず、アルメの顔は浮かない。それは彼女が言った通り魔力がなかろうがあろうが事実アルメにはどうでももよいことで。それよりもエグレゴア、もといグラン一派により、アルメの故郷が滅ぼされた事の事実の方が今の彼女の心を沈めるいるにだろう。


「ありがとう、オネット、美味しかった」

「いえ」


飲み終わったカップが静かにアルメの手から離れる。

「おぉー」

その光景を見て笑む彼女。自身の元に来たカップを受け取り、オネットはアルメが空元気であると気づいた。


「さて、一度落ち着いたところで話を整理しましょう。私達がいない間に様々な事がわかった様ですが」

「どこに行っていたにさ、随分と遅かったね」

「街の後処理を、手伝っていただけです。リベルテは一度喉を休ませてください」

遠回しに黙れと言われたリベルテは、無言で飲みかけの紅茶に角砂糖を五つ入れた。


「……私達がリギー・スリス氏を探せとリーブル総帥が依頼された理由は、連れ戻すことではありません、単に安否確認をされたかった様です」


アルデラはフローレの村で初めて会った時も似た様な事を言われたと思い出す。


「彼も心配性だね……」

「どうしてフローレ様の元を去った後、総会…リーブル総帥と連絡を取らなかったのですか?」

「…………エグレゴアから…………身を追われる事になり、リーブル君はフローレを介して私達の保護をしてくださった」


「はい……」


「その間、総会の依頼を受け魔術の修正や、西端周辺調査をできる限り担って来たが………四年前の出来事をきっかけに、その全ての役割を降りる事にしたんだ」


「保護下を抜けてまで?」

黙っていたリベルテがリギーに問う。

「あぁ、研究に没頭したかった、老耄が我儘を申し訳ないと思っている……」

研究……その言葉にオネットは内心慌てた。アルメの心が追いついていない今彼女の故郷の話を続けるのは良くない。

「そのれなら…少なくとも三年は研究を続けた事になるけど、解除できなかったの?あんたはリガール魔術の構造にも関わっていたはずだ」

しかし、リベルテはこの話を続ける気の様うだ……。

 

「そうだね、私はルガルデが学生時代にルガール魔術を生み出す相談も請け負っていた、その構図は理解している……ルリベルテ……ルガール魔術を完璧に行使できる魔術師はこの世に何人いるからね」


「…………僕と父さんだけだ、知っている限りでは」

「そに通りだよ、私も、私が使用できる様に調節した、似通った魔術しか、使う事は出来ない」


「……そう……循環法則はどこまでわかってるの?」

「……わかっているのは、魔術区分だけ、結界と防御その二つが混じっている、だが肝心の解除をするための綻びが一切見つけられない、魔力放出が膨大で、弾かれる」


魔術師達は話しを進める、わからない単語が並び自身の故郷の話なのに他人の話の様に聞こえた。

……実際、他人事だったらどれだけよいか。


部屋の隅、ソファーに座っていたアルメは口を開いた。

 

「私のせいかもしれない……」

何かを誤魔化す様な仕草をせず。アルメは顔を俯け、膝に置いた手を見ている。


「……君の?…」


「私の故郷の話なら私のせいだ…………魔獣に襲われた村や集落には、空き巣や浮浪者が入り込むらしい…………」


グッと拳を握る姿は罪の告白をしている様だった。


「私は………………嫌だった……もう、誰も住んでいないけど、魔獣にめちゃくちゃにされた後でも……人間に奪われるのは嫌だったっ」


………………だから



「だから、集落を守る石碑を壊した、魔獣避けも防御壁も発動しない場所に、誰も住み着かないし中腹とはいえ山の中だ、魔獣に遭遇する危険を犯してまで、寂れた廃集落に盗みに入る奴はいないと思ったから………………」


「それが、不可解な結界が発動した理由?」

「…………多分、それ以降帰ってないから、どうなったかは知らない……知りたくなかった」


アルメは下を向いたまま黙り込んでしまう。その様子にオネットは椅子から立ち上がりアルメの側により、屈んでその背に手を置いた。


「アルメさん、石碑の防御魔術はその土地に住う人を守るためにあります」

「……うん……ごめん」

「だから、私は思うんです、アルメさんが……たった一人生き残ったアルメさんがそうしたいと思ったのならそれは間違ってないと」

アルメは顔を上げてオネットを見る、その藍色の目にはうっすらと涙に膜が張っていて今にも溢れ落ちそうだった。

 

「何を意味して守るのか、それは人によって異なります。アルメさんが自身を、そして故郷の思い出を守るための行動に、間違いだと言う資格はその場所を思うアルメさん以外、誰にもありません」

オネットは微笑みを浮かべてアルメの手を取り優しく包む。


「大丈夫ですよアルメさん」

「うん…………ありがとう」


オネットの手がアルメの冷えた指先を温めた。

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