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くいかえし  作者: Kot
バーベナと孤独
88/101

4−10 結びつく運命

白髪の男が、引っ張り落とされたであろう付近を走り回ったアルメは、リベルテやオネットどころか、引っ張られた男の姿すら見つけられなかった。

入れ違い状態になっているのか、はたまた自分を置いてどこかに転移したのか。リベルテには前科があるため、あり得るとアルメは思った。


探し回っても疲れるだけだ、そう思うと、向こうから探して見つけてくれたほうがいい。こちらにはないが、向こうには探索魔術がある。それに期待し、アルメは今街で一番《目立つ》場所に向かった。



「あの魔獣はどうするんですか?」

街の中央に落ちた魔獣は建物の屋根をいくつか破壊し、翼を広げた状態で死んでいた。

すでに騎士団が魔術師や冒険者に何やら指示をしており、作業が開始されていた。

アルメは人探しもかねて、魔獣の体にロープを通している冒険者に尋ねた。


「とりあえず、デカいから街の外に出すってよ。この血の量じゃ、転移がまともに機能しないみたいでな」

「この血って、どうやって片付けるんですかね?」


話している最中に、頭上から魔獣の体を跨いで通されたロープが降りてきて、アルメは思わず手に取り、魔獣の体を縛る手伝いをする。


「魔術師が片付けるらしい。俺は攻撃魔術しか使えんから、どうするかは知らないが」

尋ねた冒険者は唐突に上を向いた。アルメもそれにならって見上げると、消えたはずの頭上を覆う防御壁が再び発動し、張り直され始めていた。


「おー、良かった。無事発動したみたいだな」

「……あの防御壁、こんなにすぐ復活するんですね」

「あんた、旅の奴か? 北部はデカい魔獣が多いから、この街の防御壁が突破されんのは、そう珍しくはないよ。本体の陣は別の所にあるから、一回魔力を通し直せばすぐ発動する」


「へー」

「まっ、今回みたいに街が血まみれになったのは初めてだがな」

やれやれと冒険者は肩をすくめて作業に戻った。アルメは苦い笑いしかできず、罪滅ぼしのつもりで魔獣を外に出す手伝いをした。


幸いなことに、今回の騒動で死者は出なかった。潰れた家の住人や、中央付近にいた人々は魔獣の影から逃げるため、皆逃げていたらしい。

防御壁を突破されるのも、そう珍しくないらしく、家の中は安全ではないと、子供の頃に教わるのだそう。皆、大抵は地下か、個々で防御魔術がかけられている建物、ギルドや騎士団関連の建物などに避難するらしい。


「魔獣の発生率が低い弊害だよな、あのデカさ。あんた、最北端の国境沿いには行ったことあるか?」

「ありませんよ、そんな危険な所」


国の最北端、国境沿いのその場所は年中一面雪景色で、一応はこの国の国土になっているが、実際はどの国も手をつけられない場所だ。

魔獣の発生率も北部にしては高く確認されており、魔力の流れが不安定だと言われている。


両翼を広げた状態で落ちた魔獣は、ロープで縛られ、どうにか街の出口までの道を通ることができるようになり、騎士や冒険者によって運び出しが始まった。

「あっ、そうだ。すいません、金髪、金眼の若い男を見ませんでしたか?」

作業に集中しすぎて、尋ねそびれてしまいそうになり、アルメはリベルテの特徴を先ほどの冒険者に尋ねた。


「金髪金眼? そんな派手な奴見てないな」

「そうですか……」

残念ながら、この場所には来ていないようだ。仕方がないため、アルメは引き続き魔獣の搬送の手伝いを開始し、解体が始まったら、魔獣の肉を一欠片いただくことにした。



「アルメさん! ここにいたんですね」

街の外に運び出された魔獣、その刃物のような羽をロープで引き抜く作業をしていたアルメの元に、街の門から出てきたオネットが走り寄ってきた。


「オネット! 良かった、見つけてくれて」

「探し回りましたよ。どうして街の外に?」

「いや、私も探したんだけど、見当たらなかったから……魔獣の落ちたところにいれば見つけてくれるかな〜と思って……」

「それで、流れで魔獣の解体の手伝いを?」

「うん、手間かけさせてごめん」

「いえ、こちらも実は、建物の中に移動していまして。アルメさんが目立つ場所に移動してくださったおかげで、すぐに見つけられました」


オネットは微笑み、あたりを見渡す。

大きな騒ぎがあったのに、今は静かに自分にできることをしている。

アルメも普段冒険者として過ごしているうちに、そういった精神が身についていたのだろう。

その証拠に、オネットと合流したにもかかわらず、アルメは作業を続けている。


肥大化された魔獣でも、慣れた手順で作業を進めていく……

「魔術師は魔術師の仕事をしましょうか……アルメさん、私は街の中央の清掃に協力してきますね」

「わかった、解体が終わったらそっちにぃ!」

グッとロープを引っ張り、抜けた羽根が、舞うことなく地面に沈む。

「ふぅ、行くから」

「はい!」




………………………………




 

繁華街から離れた。住宅地、街の騒ぎも落ち着き、逃げていた人達が少しずつ戻って来ておりちらほらと人の声が家から漏れ出る。

しかしその家は閉ざされた様に静かだった。


「魔獣の魔力を移送したらしい。僕は立ち会って無いから事実かは知らない」

結界に守られて、外の世界とは遮られた空間は、普通の住宅だった。魔術師らしい本の壁はなく、二つの本棚に綺麗に収められている程度だ。

 

家の主、リギー・スリスは、医者の様に白髪の男の手を持ち、その体に宿る魔力を見ている。

「……魔獣では……無い、やはりこの魔力は……」

「知っているの?」

彼の赤眼を見た時の動揺からリギー・スリスは、この男、いや魔術移送実験で移される前の持ち主を知っている。

リベルテはエグレゴアの地下の事を思い出す。身寄りもない、魔力の多い子供。

……その中にいたのだろう。


「あの子の魔力だ……何から何まで人から奪うのか」

「先生」

白髪の男から手を離し、項垂れる師の背をアルデラは支えた。

「この魔力の持ち主は寂しがり屋かなにか?。ヒヨコみたいな感じの」

気持ちはわかるが、この男の魔力を知る機会を有耶無耶にしたく無い。リベルテは彼なりに気を使いながら。話始めた。

「ヒヨコか、私から見れば鶏の様だった。年下の子供達の面倒を見ていたよ………」


「……そこまで見ていたのなら、あんたは、エグレゴアの孤児達の事を」

「違う!先生は孤児についてはご存知なかった!……総帥が……変わってからは……」

アルデラがリベルテの疑心を払拭する。

まるで、食らいつく様なその表情はリベルテは見覚えがあった。

「君は……あの時の」

「……」

思い出した。自分はリギー・スリスに、アルデラに会っている、十年前に。

 

「……元々、孤児達は別の場所で管理されていた、場所はわからないが。その当時のエグレゴア総帥を欺いて集めるなら。グランの生家、モルデン伯爵領内の、何処かだろうとは思うが……」

アルデラの言葉通りなら、グランは、リベルテの父ルガルデがエグレゴアの総帥をしていた時から、孤児を集め、実験をしていたのだろう。

確かにそうでなければ、ルガルデの失脚後に、いきなりあれだけの孤児を攫うなんて事をすれば、流石に騎士団も異変に気づく。

 

「…………タイバンの街の更に西側、地図にも載って無い様な小さな集落の子だった……」

項垂れていたリギーが喋り出す。

「私が、その子に出会ったのは……エグレゴアからアルデラを連れて逃げた五年後……その子は当時十四歳だった」


「かなり、歳を重ねているね、その年齢な孤児としてではなく働き手として暮らる」

「あぁ、狩猟をして暮らしているらしく。その子も弓矢を扱える様だった。言動も大人びていて………………」

その当時を思い出し、語る姿にアルデラは目を伏せる。自分はその場には同行していない。

当時はフローレの村に身を寄せていたアルデラはそこで二人から魔術を教わっていた。

師は稀に、周辺の魔力調査をしており、当時は地図にも載っていない集落を見つけたと、穏やかな顔で話し聞かせてくれた。


「その一年後だ私は再び、あの村にアルデラも連れて訪れようとした」

「訪れようと……」

「…………集落には入る事が出来なかった……」


顔を上げず、そう言う老人。

まるで、罪を告白する、罪人の様な姿だ……

そんな彼にリベルテが弔問する、権利はない。

「僕達は今、総会から禁足地調査を依頼されている」

「禁足地の?……」


ここから先は好奇心に近い行為になってしまう。

だからリベルテは自身の持っている。情報を提示することにした。


 

「本来であれば、人の住めない魔力が停滞しやすい場所に発生する禁足地化が、何故か近年は廃村、最近まで村として機能していた場所に出来始めたらしい」

リベルテはそこで言葉を切り、リギー・スリスにルガール魔術を見せた。

黄金の糸がリベルテの手のひらの魔術陣から広がり出て、部屋を漂う。


「ルガール魔術……」

「僕達は、ルガール魔術を使って、禁足地化した廃村を正常化し、原因の調査をした。そこでわかったのは、大気中の魔力が大規模な消失をしたこにより起こった収縮現象が原因だった。そしてその要因を作ったのは村での魔術行使……かいつまんで説明すると村にある防御壁を作り出す石碑をか書き換え、大気中の魔力を使用し大規模な魔術を使用した」


リベルテがルガール魔術を解くと、黄金の糸が溶ける様に消えた。


「その廃村が禁足地化してからおよそ六年経っていたらしい。そんな長い期間、魔力の密集していた場所で二つの魔術痕を見つけた。転移魔術と炎魔術、実際に使用されたのは、それをかなりいじった物だろうね……」


「転移魔術は土地を通す。元々痕跡は強く残りやすい。そして炎魔術だが、恐らくそれは魔獣が放った魔術だろう」

「調べていたんだ」


「いや…… あの集落内での調査は出来なかった…………これは憶測だ」

「憶測?」

「先程現れた魔獣……あれの実験を何処でするのか……」

「……」

「リベルテ、君は答えを知っているのだろう」

「……そうだね、僕はグランが肥大化させた魔獣の実験をしていた事を知っていた」

「!」

リベルテの発言にアルデラは彼に胸ぐらを掴む。

「落ち着きなさい」

「勘違いはしないで欲しい、僕は実験自体に関わっていない、言い訳になるけど、地下にいたからた。()()()()()()()だよ」


「アルデラ……」

師に止められ、アルデラはリベルテから手を離した。

「何処で実験していたかは、知らなかった。けど断片的な情報と今回の調査を始めるにあたってエグレゴア関連である事は聞かされていたから。自ずと答えがわかった」


「リーブル君も気づいた上で君に調査させたのか……」

「これが僕の罰らしい……軽いよね」

話がそれてしまったことに気づき。リベルテは顔を上げて、リギー・スリスを見る。

「……」


「どうしたの?」

リギーはなにか考えを巡らせているのか。黙ってしまったが、リベルテが尋ねるとゆっくり口を開いた。

「いや、集落は禁足地化ではない……」

「禁足地になっていない?」


リベルテの想定は外れた様だ。その理由を聞くためにリギーの続きの言葉をまった。


「……あれは、結界と同種の魔術だろう」

「結界か……」

まだグランと決着を着ける前、アルメと別れあ後、白髪の男が交戦した魔術師に攫われた先も、グランによって結界が張られていた。


何かの実験の痕跡もあったため、常用的に使用していた場所なのだとわかった。

別の場所にも同様の実験上を設けていたのだろう。


村に結界を張り、実験をして禁足地化。

実験次第では魔力の大規模喪失からなる収縮現象が起こらず、そのまま実験場として使用していたとも考られる、どちらにしてもグランは悪趣味な男である事には代わりにないと、リベルテの顔に影が落ちた。


「移送実験をするなら攫ったんだろうけど、五年……四年前か……あれだけに魔力量を保持した子を持ち帰ったなら、グラン周辺が騒いでも可笑しく無いけど」


当時まだ地下にいたリベルテの耳にはその情報は入っていない。いつのまにか白髪の男の魔力移送実験は終わっていた。

「もし、あの子を攫っていたなら、その肉体も……多量の魔力を生まれ持った体は常人よりも丈夫だと聞く……」

リギー・スリスの顔色は悪くなる。アルデラは心配の表情で師を見守る。


「……たまに、訓練で死んだ遺体の処理をさせられた、もしかしたらその中にいたかもしれない。外見の特徴は赤眼以外に無い?」

真実を知るのは怖いだろう。だが肉体も実験に使われたかわ、わからない。そのまま用済みとして処理された方が、まだ救いがある……魔力を抜き取られた人間は常人ならば生きる事はできない。


「黒髪だ……赤眼は多量の魔力の影響で表面化する印の様な物だから、あの子本来の肉体の色があるはず」

「黒髪…………集落にそいつの親族はいなかった?その外見の特徴は」

髪色や目の色は遺伝する。リベルテも父親と同じ色だ。

リギーやアルデラはリベルテに口調が変化したことに驚き、訝しんだが。リギーは記憶を辿り、思い出した。


「あの集落は皆同じ色をしていた。地域の特徴だろう……確か綺麗な藍色だった」


ガチャと扉の開く音がした。

結界は張ってあるが、魔力を察知されないためのもの程度で、この家には扉を開ければ簡単に入ることが出来る。

「帰ってきたね」

リベルテは、机に頬杖をつき、家の出入り口の方角を見る。結界を通った瞬間から感じた魔力でそれが誰だがすぐにわかり、警戒は無い。


「ただいま、戻りました」

「リベルテ、私一応探しまわったんだぞ、建物に入る前に合流しろよ」

「君を探すのは無理だね、見つけて欲しいなら人並みの魔力を持ってから言って欲しいよ」

入って来た明るい声は。その場の暗い空気を払拭した。

 

白髪の男が立ち上がり、親鳥の帰りを喜ぶ雛の様にふらふらとアルメに近づいた。

 

リベルテは、アルメの故郷が四年前に魔獣に襲われた事を知っている。奇妙な合致はしかし続くと嫌でも脳は勝手に繋げて、答えを浮かび上がらせる。

そして何より……


「わかってる、ちゃんと持って帰って来たから。お前の後始末大変だったんだぞ」

「血まみれでしたもんね」

白髪の男の伸びる腕を交わしす。アルメとそれを笑うオネット。


「彼がどうして彼女について回るのか、わかったよ……切り離されても魔力は本体と同期している」

「彼女……は……」

掠れた声を出してリギーは椅子から立ち上がった。

 

知らない老人の様子にアルメは萎縮したが。すぐにオネットが二人の間に入り、それぞれ紹介をした。


「アルメさん、こちらはリギー・スリス先生、今回の探し人です」

「……あ、初め、まして?」

アルメは思わず尋ねる様な口調になってしまった。

「スリス先生、こちらはアルメさん、今回私達の調査協力をして下さっている。冒険者の方です」

「アルメ……そうか気づかなんだ……」

気まずそうな老人にアルメは首を傾げた。






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