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くいかえし  作者: Kot
バーベナと孤独
83/101

4−5 害敵

四つの刃が防御壁に阻まれる、間近で見たそれはかなり特殊な魔術語の組み合わせをしており、今までに見た事がなかったが、想定外を食らったのは相手の方だった。

「チッ!クソジジイィ!」


悪態を浴びせ、後方に下がる男の顔は歪んでいる。


「下に沈めろ!」


目の前の男が声を上げると同時にリギー足元が沈む、防御壁ごと地中に沈める気だと理解し。リギーは杖先を地面につけて、魔術範囲の地面に自身の魔力を流し、上書きする。


「ぁっ」

背後から聞こえた声は、もう一人の者だ。自身の魔術の主導権が奪われた事に驚き後ずさる。


「こらこら、街を壊してはいけない」


石畳の地面は元の硬質な靴音を響かせ、それを確認したリギーは、目前の男をみやる。

 

「魔術を使わないのかね?」

「ッ……」


「下の者ばかりにやらせてはいけないよ、目上に立ちたいのなら尚更」


ギリリと奥歯を噛み剣先を向ける男、その魔力は揺らぎ怒りをこちらに伝える。


「あの地下で育ったのだろう…………辛かったね」


目を伏せ哀れみを込めてそう言うと、男は怒気を強め、リギーに切りかかった。


「っ孤児共と!!一緒にするな!!」


背後の子供の魔力が、その混乱を表す。


フードを深く被っていてもわかる華奢腕は体に見合わぬ武器を持たされ、震えている。


……どこまでも、落ちた事をする……

グランが死にバラバラになった彼を担ぎ上げた物達は、解体された後も己の身可愛さに子供を利用している。それが身内でも、血の繋がらぬ子でも関係なく。


「無駄だよ、この防御壁はリガール魔術を組み合わせてある、君が想定している防御壁とは違う」


「チッ!攻撃魔術だ!!」

ハッと我に返った子供が、リギーに向けその剣先から青く燃える炎の弾丸を形作る。

しかし、それは放たれる前に霧散した。突如として道を挟む家の壁から陣と共に鎖が伸び、子供の体を拘束した。


「おい!グッ」


男は伸びた鎖を剣で払いのけ、再びリギーから距離を取るが背後に迫る人に気づき、体を硬直させた。


「先生に……何をしている!!」

風が吹き外されたフードから、見えた赤茶の髪は総毛立ち、怒りの声をリギーを襲う男達に向ける。

「すまない、アルデラくん」

男の背後、前方から来る青年の姿にリギーは、申し訳無いと眉を下げ、心配をかけた事を謝罪する。


二対ニ、一人は捕まり身動きが取れず。男の魔力の揺らぎには、怒りと不安が入り混じる。

それは背後に子供からも、そしてこの街全体からも伝わってくる。


空を見上げる。雪が降っていたはずだが、大きな翼に遮られ、月明かりも降り注がない。

元の素体から肥大化した体は、自然の摂理から外され、黒い体はまるで……


逃げて隠れた。あの場所の風景をリギーは思い出す。


……………………………………



十年前


疲れた足取りで初老の老人は家路についた。自身が席を置く魔術師総会の研究室では無い。

成人の頃、領主である父が祝いくれた一件家でこの世で一番安心できる場所だ。


「何故……」


家に入りローブも脱がずに椅子に座り項垂れる。


…………ルガルデが死んだ……


その報は突然だった。

魔術師総会総帥、リーブル・アシヌスから呼び出をうけ、急いで向かったその先に顔色の悪い…………かつての教え子がいた。


「先生、エグレゴアから手紙が来ました……」

「ルガルデから?」


リーブルは無言で首を振る。


「……宛名はグランから」

 

「……」


「……内容は……ルガルデが……魔術実験に失敗し…………逝去したと」


「…………ありえない」


真っ先に口から出た言葉。

……………………そう、ルガルデが死ぬはずはない、ルガール魔術があるはずだ……………………


涙は出ない、それが事実とは思わない、そうだろうリーブル……


…………しかし教え子は、冗談に笑うそぶりもせずに、堪えた様に体を小さく震わせている。


一度同じ姿を見た……そうだ……前アシヌス当主、友であり師である彼の父が病で亡くなった時だ……


…………自分もルガルデも………誰かを失くす痛みを知っている……知っているはずだルガルデ……だから君は私達をおいては行かない……そうだろう……

 

「リベルテ……」

リーブルは、はっと顔を上げた。

「あの子はどうしている?」

「手紙には……」

「行かなければ……」

「せんせっ」


ルガルデは死なない……ましてや魔術実験でなどありえない。

誰かが殺した……どうやって……もし最愛の我が子を人質に取られていたとしたら……


リーブルの制止も聞かずに、本部内の転移陣を使い王都にあるエグレゴア本部に向かった。


総帥の死、それも魔術実験で失ったとされば本部内は静けさも、悲しみも無く只々慌しかった。

そんな中のリギーの突然の訪問はすぐに受け入れられる事はなかったが、総会本部からの使いと言えば渋々と応接室に案内された。


「申し訳ありません、グラン様は総帥就任の準備で大変お忙しく」

「……それは時期尚早ではありませんか、前総帥の葬儀もまだ行っていないでしょう」

「いえ、葬儀は終えたと」

「……終わった?魔術師総会(我々)には何のお声がけもされていませんが」

「混乱を避けるために内々にお済ませに……」

「…………前総帥のご子息は今どこに」

「突然の事で心身にご負担がかかった様で。精神科医の元におります」

「どこの病院ですか?」

「今は、お教えする事はできません、ご理解ください」


……違和感に苛まれる。


幼い頃より、人の魔力の()を感じ取ることができたリギーにとって相手が嘘を着いているかいないかを知る事は容易だった。


(嘘は付いていない……)


そうして違和感を探る、リギーは案内人の魔力に混じりる何かを感じとった。


(これは……忘却魔術)

異常な事が起こっている。杖に握る手に力を込め目の前の睡眠魔術をかけた。


忘却魔術は悲惨な現場を目撃した者への医療行為か、騎士団や魔術士団管轄の元で行使される事はあるが、強くかけると精神に影響を来たすため一般の使用は禁じられている。


力の抜の抜けた案内人をソファーに寝かせた。


……リベルテを探さなければ


寂れた部屋に閉じ込められていないだろうか……焦る気持ちを落ち着かせ、冷静に建物内を探索するため、リギーは杖の先で両足を軽く突き魔術を発動させる。


界隈では隠密魔術だの言われているが、自身の身体に結界魔術を付与し認知の阻害を行う事が出来る。


廊下ですれ違う人々を避けながら探るが、リベルテらしき魔力は見当たらない。

しかし、探れば探るほど足元……地面の下の塊が気になる。

 

……ここ(地上)じゃ無い……あの子を隠すにはもっと……

  

元々が貴族家の屋敷を建て直して使われている本部には、地下の存在がある事をリギーは知っていた。

貯蔵室だったであろうその場所は、現在使われていないと聞いたが、()はどうかと向かう。


……しかし中はもぬけのからだった。


僅かな明かりを灯して探るも、子供の姿もなく。何も飾られていない古びた棚があるだけだが、常人の魔術師より魔力感知に優れたリギーは対象に近づく事が出来たため違和感の正体に気がついた。


……結界魔術……


結界魔術は感知されない事が本質だ。隠し物をするには打ってつけの地下にその魔術を使う可能性は一つしか無いだろう。


杖を四方の壁に向け、探知魔術を行う。一瞬だが空気が揺らいだのを目視し、その場所に杖の先を打ち込んだ……


…………現れたのは、黒い扉。


ルガルデが総帥をしていたころと違い、どうらや()は地下の使用を行っているらしい。


怯えも躊躇も見せず、リギーは扉に手をかけた。


「うろちょろと、ドブネズミがいるな」


気配も無く、背後から聞こえた声に振り帰ると、見知った顔の今や自分と同じく老いた学友がいた。

 

「……カリヤ」

「久しいな、一応、どうやって解いたか聞こうか?」

「君とは長い付き合いだ、魔力の特性も知っている……と言いたいところだが、単純に君の結界を私の魔力で押し切った」

「押し切る」

「エグレゴア本部に張られた物とは違い、この地下は君一人で結界魔術のみを使用している様だね。この程度なら、無理矢理押し入る事はできる」


学友なら軽口だが、実際に二人の中は友人と言えるほどでは無い。良く言えばライバルだが……悪く言えば……

 

「リギー・スリスがここまで無礼者だとは知らなかったよ」

「そうかい、私は知っているのだがね、君が非道な人間だと」


狭い地下室に結界魔術が敷かれたのがわかった。カリヤの物では無いそれに、自身が囲まれたのがわかり身構える。


「安心しろ……おまえは私一人で殺してやりたいと思っていたからな!」


カリヤはこちらに杖を向けて炎魔術を放つ。怒りで乱れた魔力にその攻撃の単調さを見てリギーは呆れた。


(昔と何一つ変わらない)


変わる事が、成長する事ができない男。それが学生当時から抱いていたカリヤへの評価だった。


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