4−4 老人魔術師
愛弟子が理不尽な目に合わされている一方、その師匠もまた、不遇な目に合っていた。
「あのぅ、どうかなさいましたか?」
「あいや、連れを待っていて」
異変に気づいたのは、何度か訪れたことのある店で料理を注文し終えた後の事、目の前に座る弟子のアルデラが目に見えて周囲を警戒し始めたのだ。
「どうしたのかね」
「いえ……すみません師匠少し気になる事がありまして」
「気になる事?」
何か隠し事をしているのはわかっていた。年頃だからあまり追及をするのは良くないと思い、彼がの自身判断で話さないならそれで良いと思ってた老人はアルデラの様子を伺った。
しかしアルデラは席から立ち上がり、「すぐ戻ります」と言って店を出てしまった。
食事をほっぽり出して気になる事……大丈夫なのだろうか。そうして食事が運ばれても帰ってこないアルデラを待って、目の前の食事が冷めていくのを眺めていた老人は、側から見たらおかしな存在だ。
料理に手を付けない客に店員は、何か不備があったのかと不安になり。周囲の客はコソコソとあれやこれや考察する。
「何?あの人」「一人で食べるにしては多いね」「お金わすれたのかも」「無銭飲食」
あれやこれやの会話はやがて店内に広がり、そしてその一端を小耳に入れた店員からは次第に訝しげな視線が送られる。
「アルデラくん……」
まだなのだろうか、何か合ったのだろうか、心なしか店の外が騒がしく感じる。
冷めた料理を前に、老人は眉をわずかに寄せ、店の外の騒がしさに神経を向けていた。店内の視線も冷たくなりつつある中、足音が近づた。
「リギー・スリスだな」
長らく呼ばれる事の無かった自身の名を呼ばれリギーは顔を上げた。
自身を探している者がいると言う事はアルデラから聞き知っていたが。近づくにつれて感じとったその人物の魔力からして自身に友好的とは思えない。
「いいえ、その様な名ではございませんが」
とぼけた顔で否定すると男の顔は険しくなる。杖を持っておらず簡素な服装の男だが質の良いシャツとズボン。そして魔力から推定するに、貴族家出身の魔術師だろう。
何より耳に着けているピアスは魔術具であるとリギーは見た瞬間から気づいた。
「とぼけるなよ、どうやって魔力を抑えているかは知らないが、あんたはリギー・スリスだ」
根拠の無い断定、しかし合っているのだから笑えない。ここで根拠を示させと要求するのは図星では無いかと思われるだけだろう。するべき事は論議ではない。
「魔力やら、リギー・スリスやら言われても……私はタイラスと言う名でして人違いです」
なおもとぼけるリギーに、男はさらに苛立たしげな顔をする。その瞬間、男の着けているみピアスに魔力が流れたのを感じた。
男は一人でリギーのいる店内に入って来たが。店のすぐ近くに二人ほど、魔術師と思える魔力が探知できる。男の表情が変わったのを見るに外の仲間から何か合図が会ったのだろう。
リギーはアルデラが心配になり、街全体を探知できる様感覚を研ぎ澄ました。
アルデラはここから南の方角にいた。朝市などを行う商店街で今はどの店も営業している時間では無いため人がいない……周囲に魔力を探知できるほどの者はおらずひとまずリギーは安堵し、眼前の人物に意識を戻す。
「いくら否定したところであんたが本人である事はわかっている、こっちは危害を加えるためにあんたを探し出したわけじゃ無い」
「はい?」
「チッ……協力をお願いしたい。大人しく着いて来てくれれば、周りに危害は加えない」
店の客に目をやる男に、まぁそうするだろうとは思っていたが実際に言われると気分の良い物では無い。ここで違うと騒いで街の騎士を頼る選択もできるが、そうなれば店に迷惑がかかるだけで無く、弟子に示しもつかないだろう。
リギーは仕方無く席を立ち上がる。男はようやく老人が自身の言うりに動いたため溜飲を下げた。
「初めからそうす」「すまないが先に会計させてくれないか?」
飄々と男の脇を横切り会計に向かう老人に男の額に青筋が浮かぶ。ここで怒鳴ったりしないあたり、周りの目を気にしているのだろう事がわかる。
(ダイヤード家かサルグワン家か)
男の容姿、魔力の性質、それと一般人との距離感から男が連なっているであろう貴族家のを想定した。
どれも家族ぐるみでグランの信者だ。中には過激な物もいて魔術師で無い物に対する扱いが目に余る貴族家もいる。
「すまないね、せっかくの食事を残してしまって、急用ができてね」
「いえ……そのお持ち帰りもできますが、いかがいたしましょう」
「そうなんか、よろしく頼むよ」
「おい」
早くリギーを連れ出したいのだろう、苛立たし気な声を上げた男をリギーは特に反応せず、持ち帰りの準備をする店員達を見ていた。
……店を被害に合わせると老人を脅した男はその態度に苛立ちと同時に恐れを抱いていた。
リギー・スリス、若い人間が彼を知るには図書館に並ぶ魔術書を一冊取るだけで良い。
男も初めてその名を知ったのは魔術の教育で使われた魔術書。名前だけ知っていた人物が今も実在し、そしてあの方が必要としている人物である事にその実力は自分以上である事がわかる。
「待たせたね」
片手に紙袋を抱える老人。ローブから見える白髪に胸の辺りまで伸びた白い髭、そこから見える穏やかな目元と声からは威厳も感じ無いが、ボケているわけでは無いなら自身の身分をはぐらかすほどの思慮深さもある。
威張る事も、身分も功績も振り翳さず掴みどころのない老人魔術師は、男にとって扱い辛い事この上ない。
「早く来い」
男の役割は老人を店の外に出し、人目のつかない場所に誘導する事だ。それが完了する事に苛立ちながらも安堵した。
「ラデアード家か」
ボソリと聞こえた単語に肩が跳ねた。主人は少し離れた路地裏にいるがこの老人は我々の家名に気づいた。
何故わかったのだ。自身はあの家系の血を示す色を持っていない、だからこそ身分のわからないこの体は駒使いとして重宝されていた。
「君はその分家かな、本家が狂信者だと大変だね」
「なんだと」
本家の意思は一族の意思。自らも馬鹿にされたも同然な発言に怒りを露わにすると耳元のピアスに魔力が通る。
『いつまで待たせる』
「っ!」
主人の声と同時に目の前の老人が目を細める。
「そろそろ、目的を教えてくれないかね」
「着いてくれば」「君じゃないよ」
「!」
いつのまにか老人の手に紙袋は無く替わりに人丈ほどの長さの杖が握られていた…そして
「っいつに間に!」
扉を開けて出た先には、店に入る時に見た人の歩く姿一つもない。
「扉に転移魔術を仕込んだ、それだけだよ。あまり遠くに行けないから安心しなさい。人通りの無い通りに出ただけだよ」
(俺に触れてもいないのに、転移した!そんな方法は確約されていないだろ!)
見せつけられた実力差、知っていたはずなのに。その差に怒り、恐怖した。
「望み通り人のいない場所に来た。それで、君に聴いているんだ。ラデアード君……」
男のピアスが反応する。
『その男を殺す』
手に余る。野放しにできない……そう判断した。
「おやおや、私をかい?」
男一人ならできるはずもない。しかし
…………突然街の上空に転移陣が発現した。
「俺一人でなわけないだろ!」
男はニヤニヤと笑いながら腕をまくる……その腕には魔術語と陣が描かれており、リギーは顔を歪ませる。
「……何と痛ましい」
「うるさい!」
両手に描かれた陣が魔術を発動し、男の両手に剣が握られる。そして自分の背後にもう一人。
騎士が使う剣より短く幅が広い両剣構えた姿たに、彼等が魔術師として育てられなかったのだと知る。
………………あの地下の子供達の様に。
「痛ましい……」
人の悲鳴が響く、頭上から現れた黒い体の魔獣は大きな羽を広げ…………赤い目で餌場を見た。




