4−3 横暴な交渉
「うーん、人が多いですね」
静かに雪が降る街を、高台から見渡したオネットはそう言うと、同じく隣で街を見下ろしていたリベルテが、手すりに寄りかかったまま呟く。
「これほど頼りない発言を、魔術師である君から聞く事になるとは思わなかったよ」
「先程のお返しですか?その言葉……」
「どうだろう……」
「魔力が停滞して感知しにくいのかと思いますが、恐らく結界の中に入られているのでしょう。アルメさんに、宿を取るのをお願いしておいて良かったです」
「北部唯一の街だかね、人が密集して魔力が停滞しているのは仕方がない…こっちは魔獣の遭遇率は低いとはいえ、大きい野生動物の個体が多いし。大型魔獣の発生も自然多くなる。知ってる?この街、これだけ大きな壁を作ってるけど、過去半世紀の間に四回も壁を壊されたらしいよ」
「はい、学校で土地ごとの魔獣発生率を調べた際に資料集に載っていました。北部は最大で十メートルにもなる魔獣が現れると」
「冬は特に、周りは雪景色で接近に気づくのが遅れてしまうらしい。まぁでも、これだけ人が住み続けているって事は壁が少し破壊された程度では身の危険には及ばないのかもしれないね」
砦の様な薄灰色の壁には過去破壊された傷痕は無い。
「さてと、ここにいても寒いだけだし、そろそろ彼らと合流しようか」
「そうですね」
二人は来た道を戻る。口呼吸をするたびに漏れる白い息、オネットはリベルテの背について歩きながらその光景で遊んだ。
*
「そろそろ内臓まで冷えてきたかも……」
人通りがまばらな通りを歩くアルメと白髪の男。北部の気温とフローレの村の気温差に風邪をひきそうだと体を震わせる。
魔術師探査はアルメには出来ないため、旅慣れているあアルメは宿を取る為に別行動を申し出た。
(こんな寒いのに……みんなよく出歩けるな……)
早く暖かい、せめて冷たい風を遮る場所に入りたい。アルメは土地勘の無いながらに宿の看板を探す。
「おっと」
雪降る街、足元を気にせず歩いていたせいか足を滑らせしまい、咄嗟に隣を歩く男の腕を掴んだ。
「ごめん、ありがとう」
別に助け起こされたわけでは無いが。転ける事なく済んだ礼を言うと、当然ながら無言で返される……
「うん……」
「………………おま、今っしゃべった!」
「どうしたんだ……今までそんなそぶり無かったのに」
「…………」
「おーい?」
どうやら奇跡の一言だったらしい。
「なんだ、期待したのに……」
それなりに長い時間を過ごし、ほぼ空気の様な存在になりつつある彼に何か変化を求めてしまっていたのかも知れない。
いや成長だろうか?時々考える、このまま無口で無表情のままの彼とずっと一緒にいるのかと、当然無いと思うがリベルテ、オネットと別れた後きっと彼とも別れてまた一人、冒険者として只々魔獣を狩って食べる生活に戻る。それは自分が望んだ今だったはずだが。どうしてかこの騒がしさが、常に誰かが側にいてくれる感覚が無くなってしまうのは寂しいと思う。
(転換点、かも知れない……)
受け入れるための時間はもうとっくに過ぎてしまって、意地だけが残ってしまっている今を……
不意に肩を掴まれた。なに事かと彼を見ると赤眼は真っ直ぐ人通りの向こうを見ている。
(二人がいた?こんな反応見た事ない)
初めて見る表情にアルメは彼の目線の先を確認するが。人が行き来するばかりで何を見ているのかわからない。
「知っている人でもいたのか?」
そう尋ねるが返答は無い、静かに様子を伺いやがてアルメの肩から手を離した彼は、いつもと同じ無機質な表情をしている。
アルメは、まじかで僅かな表情の変化を見て先程のあの行動は警戒ではと思い至った。
(そう言えば、追って来たあの男エグレゴアって……嫌だな、私はともかく、こいつは目立つからすぐ気づかれる……)
ふと思い出し、アルメが周囲を見渡すと通り行く人々がことらを見ている事に気がつく。
道の真ん中で立たずんでいれば目立つのは当然だがこちらと言うより彼を見ている視線が多いのでアルメは彼の手をを引いてこの場を離れた。
「寒いし顔を隠せる物買おう」
しかしアルメは思い出す。(あ、この時間は流石に)夜中と言う時間では無いが、夕食時を過ぎたこの時間帯まで普通の店は開いていない。
「なんか持って無かったかな?冬物は重なるから基本持ち歩いていないんだよな……」
道から外れて一旦路地に入ったアルメはリュックを下ろして中を漁る。(手袋、耳当て、……これは腹巻)、どれも部分的に体を保温する物だ。
「あれ、これ……」腹巻を首回りに使えば多少は顔を隠せるかと思い思案していると、カバンの隅に灰色の布の塊を見つけそれを引っ張り出して広げる、
「これは確か…ゴーデンで買った!」夜の街ゴーデン、エグレゴアの本拠地前に情報収集も兼ねて立ち寄った街で、アルメがリベルテの手によって置いて行かれた場所だ。
「お前とリベルテを追う為に、老婆に扮した時使った奴だ……後貴族街に入る時も」
つい先日の事なのに懐かしさを感じる。シミジミと見ていたアルメはこれは丁度良いと白髪の男に被せた。
「丈短いな」
老婆の変装衣装は自分も普通に着たら短めだ。
「まぁ、このサイズ感のもあるのはあるし」
フードを深く被らせて、その上から腹巻を被せてフードがズレ無い様にする。
「うん、これで良いか。寒そうな格好だったし多少は暖かくなったんじゃないか?」
彼の赤眼は隠せる物が無いため顔を見れば目に入るが、雪降る街でシャツとベストだけの格好よりかは街に馴染んだ姿になったと思いアルメは再び彼の手を引いて路地から出た。が、すぐに少し進んだ先にある路地裏に逃げ込んだ。
「凄い視線……」
うなだれて先程の自身の感受性を疑う。
「変って思ったら「変」って言って良いんだからな」
何かを期待して彼にそう言えば、言葉通り彼はアルメに着せられた物を脱ぎ、行動で意識を示した。
無言で返されたのを無言で受け取る。
「お前用に買うか……」
何の時間だったのか。大人しく無駄な時間を終えてアルメ達は路地から出た。
「おっと」
再び宿を探そうと歩き出した時、また彼に腕を掴まれた。振り帰ると彼は先程と同じ様に道の先を真っ直ぐ見ていた。
(何なんだよ)
先程からこの行動の真意が掴めない。やはり危険な何かがあるのだろうかとアルメは人混みを注視し異変が無いか探った。
時間的にこれから外食をする人か、家路を急ぐ人が行き交うレンガ作りの道は、皆厚手のコートとマフラーをしている。ちらほらよ旅装の集団も見るため冒険者の一団なのだろう。
只の街の風景、これと言って不審な人物は見当たらないと思っていると。数件先の店から何処かで見たことのある青年が出て来た。
黒いローブ、赤茶の髪は先程フローレの家で見た姿と完全に一致していた。意外にもすぐに見つかったその男、アルデラは視線に気づきこちらに顔を向けた。
(ヤバい、目が合ったこれはどうするべきだ、関係者なら私は逃げるべき?追うべき?)
少しの間だが思案するアルメ、それと同時に相手も驚き何か迷うそぶりをしたが、すぐに背を向けアルメ達から逃げた。
「え!追うぞ」
逃げられたのなら追うしか無い。
アルメは人を避けながら追うが荷物もあってか向こうよりも身軽に走る事ができない。
「おい!あいつを捕まえてくれ」
背後を着いてくる男にそう声をかけると彼は理解しアルメを追い抜いた。
てっきりお得意の転移でもするのかと思っていたが、足の長さも合ってか自分より速く走れる事にも驚いた。
…しかし、男は足を滑らせ顔から転倒した。
「知ってたよ鈍臭い事!」
リュックを地面に置いてアルメはアルデラを追う。
身軽な体で、人混みを避ける為に滑る外壁を蹴り登り、家の屋根に手をかけ勢いのままに転がり上がった。滑って踏ん張り難いが勢いと体の体制で飛躍を上げて家々の屋根を飛び移り。
目的の人物を捉えた。
背後を確認してアルメ達の姿が見えない事に気がついたのか、足の速度が弱まっていたアルデラに、アルメは狙いを定めて飛び降りた。
上からくるとは思ってもいなかったのだろう。
周囲のざわめきで気づいたアルデラは、目を見開き咄嗟にローブの中から杖を取り出しアルメに向けた。
「魔術使うな!」
アルメは自身に向けられた杖の先を掴み落下の勢いを押さえ、アルデラは女一人分の体重に抑えられ、バランスを崩して転倒するが、アルメが彼の胸ぐらを掴み着地をしたため頭だけ浮いた状態で地面に倒れた伏した。
異様な光景に周囲は騒然とし、騒ぎに駆けつける声を聞いてアルメは我に戻ってアルデラの杖を奪い胸ぐらから手を離した。
「これ、返して欲しかったら着いてこい!」
街の警備隊に補導されればリベルテにどんな小言を言われるだろうかそれ以上に冒険者としての信用もあるので。アルメは来た道を逃げる。
「おい待て!」
アルデラの追う声が聞こえたのでアルメは先程置いていたリュックを手に持ち急いで路地裏に逃げこんだ。
奥に進むにつれて細くなる路地裏、人がギリギリ通れる隙間進み出口を求め、灯りの射す反対側の通りに出た。
手に持ったリュックが形を変えて勢い良く引っ張り出されると、アルメは辺りを見渡した。
どうらやこちらは人通りが無くアルメは体に着いた蜘蛛の巣を払い。リュックを背負った。
「おい、返せ」
アルメが声のする方を振り返ると、アルデラが息を切らせていた。服が綺麗なことから通りを回って追って来たらしい。
「魔術師って以外と運動神経いいよね」
「ふざけているのか!」
怒りはごもっとも、追われて倒され盗まれて、アルメに散々な目に合わされた男は怒りを露にしている。
「あんたの事追って来たんだ、この街に。逃げなければ危害は加えない」
「なっクソ!座標を追って転移して来たのか」
自身の失態を目の当たりにした魔術師は、前髪をぐしゃりと握る。
「なぁ、あんたエグレゴアのにん」
「違う!」
間髪入れずに否定した嫌悪の混じる表情は、何処かリベルテと似ている。
「そっか、じゃリギースリ」
「誰が教えるか!」
話が早い男である。まぁこちらの目的はすでにフローレの家で聞いているので想定しやすいのだろうが、しかし頑なな態度を取られ続けられると話が進まない。
「わかった……悪かったよ逃げられてこっちも焦った……杖、返す……」
渋々と言ったふうを装いながらアルメはアルデラに近づいた。
「ちょっと待て」
しかし、アルデラは何かに気づいたのかアルメを止める。
(動物用に持ってる麻酔針ぶっ刺そうとしたのバレた?)
作戦変更かと、言われた通り足を止めたアルメは男が別の事に気を取られている事に気がついた。
何故か見てはいけない物を扱う様なそぶりで視線を向けずに、人差指で横、アルメが抜けて来た隙間の方を指さす。
「あれはお前の連れか?」
「へ?」
指を刺されている方角を見れば思わず気の抜けて声がでた。
詰まっているのだ…アルメもギリギリ通れるその細い隙間にあの白髪の男が。
「え、何で?」
いつも、アルメがヘトヘトになって進むその背後で、汗一つ欠かずに立たずむ男は今や心なしか困った表情をしている様に思う。
「何でだよ、転移ミスでもしたのかよ」
アルメは駆け寄り男の腕を引っ張る。壁に足をかけて力いっぱい引っ張るが、けれども白い男は抜けない。
「杖を返してもらえれば、その男を助け出せるが」
「……」
アルデラにそう言われてアルメは動きを止めた。
自身の脇に抱えた杖、返すと言ったが返す気はサラサラ無いこの交渉道具を、アルメは無言で持ち直してスッと、白髪の男の頭上を超えて路地裏に投げた。
「おい!」
「どうせ返したら逃げるんだろ!させるか!手伝え!」
横暴である。アルデラの不運は、会話の成立するリベルテやオネットが不在中のアルメ達に出会った事だろう。




