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くいかえし  作者: Kot
バーベナと孤独
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4−2 罪悪感


薄暗い部屋、僅かに灯る明かりは机の上だけを照らしている。


足元は真っ暗で部屋の出口も見えない。まるで部屋の主の心の底を表している様だ。


その老人はかつては名のある魔術師だった。いや()()その名は知れ度り、ある時は何気なく手に取った魔術書に、ある時はかの有名な魔術学園で、そしてある時は老人をよく知る物達から。彼の身を案じるその度に名を口にされた。


ふと部屋にノック音が響く。静かな控えめな音はけれども無音の部屋にはよく響いた。

部屋の主は返事をしなかったが、その代わり扉が開く。ノックをした人物が開けたわけではない。人の()を借りずに開いた扉はしかし彼らには当たり前の光景でとびらの向こうにいた男は戸惑う事なく部屋の中に足を踏み入れた。



「先生ただいま戻りました」


先生と呼ばれた老人は机から視線を上げ体をそっと背後の男に向けた。それと同時に柔らかな灯りが部屋を灯した。


「おかえり、アルデラ。すまないねお使いを頼んでしまって……何かあったのかい?」


 師は穏やかな声でそうアルデラに尋ねると僅かに首を傾げそう尋ねた。アルデラは流石だと思い。僅かに肩を落とした。きっと僅かな魔力の揺らぎで自身の心情を感じ取ったのだろう。


「…………実は帰り際にフローレ様の所に久々に尋ねたのですが。お客様がお見えになられていまして」


「ほう、フローレ様の村にそれは珍しい。ここ数年は私達以外の()()()は招待されておられなかった様だが」


師は長く伸びた顎髭を撫でて腕を組む。どうやら客人に興味を持ってしまった様で出来れば言いたく無いアルデラはさらに気落ちしてしまった。


「どうしたのかね、そんなに落ち込んで。君の知り合いでもだ尋ねていたのかね?」


「っ……その知り合いと言う程では無いのですが」


鋭い師匠の言葉にアルデラは言葉が詰まった。言いたくは無い、しかし師が返答を求めているのだから答え無くてはならない。


「私が昔いた組織の人物がいまして。それと魔術師総会の魔術師も……」

絞り出した答えはかなり濁してしまった。名前も言いたく無いあの場所。かつて自身が囚われていたあの場所で見たあの少年の影を思い出し、アルデラの表情は暗くなる。


師は彼の答えに続きがあるとわかっているのか。ジッとその続きを持っている。

「……あの時、師匠の探されていた少年らしき人物を見かけまして」

また濁してしまった。まるで叱られるのをわかっている子供の様だと思いアルデラは俯きがちだった視線を上げ師を見やった。


師は僅かに目を見開きすぐに目元を和らげた。

「…………そうか、リベルテが……いや、あの組織が解体されたと聞いていたからもしかしてと思ったが。そうか総会本部の元に……よかった……ルガルデはやはり守り通したのだな……」


意外にも落ち着いた様子にアルデラは拍子抜けしてしまった。当時の取り乱し様を思い返せばきっともっと慌てふためくであろうと想像したからだ。それも今すぐにでも飛び出して会いに行ってしまうのではと……


「ありがとう、アルデラ、おかげで少し肩の荷が降りたよ。リーブル君の元に身を寄せているならきっと大丈夫だ」


師の抱えている荷が少しは降りたのなら喜ばしい事だが。しかしどうにもモヤモヤとした気持ちが湧き上がってしまい。アルデラは後に後悔する言葉を言ってしまう。


「確かに総会の魔術師が着いていましたがあまり実力がある様には見えませんでした。どう見ても貴族の令嬢の様ですし。それに一人は魔力を感知でき無いほどで出立も冒険者の様でした」


「魔力を感知出来ない……」


「えぇ……」


少しあの男に関して嫌味を兼ねて言った大した内容でもない言葉は、しかしどうやら師匠にとって聞き逃せない単語が含まれていた様で師の先程まで穏やかだった雰囲気は変わった。


「その魔力を感知出来ない子供、いや()|は()()()()()()|を持っていたか覚えているかい?」

師の瞳がまた誰かを探しているかの様に揺れ動きアルデラはまたモヤモヤとした気持ちになる。

  

「男?いえ私が感じ取った人物は女性でしたよ」

「そ、そうなのか女性……」

「はい、黒髪で、藍の瞳だったと思います、僅かな横顔からしか確認できませんでしたが……」

「………………」 

「師匠?」

「いや、すまない考え事をしてしまって」

突然黙ってしまった師にアルデラは心配になり声をかけると。師はすぐに穏やか笑みを浮かべて席を立った。


「アルデラ長い旅でお腹が空いただろう。君のおかげでエグレゴアが解体された事も事実である事がわかったんだ。久々に外に食事をしに行こう」


「…………はい師匠」

そっと笑みを浮かべて答えたがきっと今の自分の心の内は師には筒抜けなのだろう。

彼の師はそっとアルメデラの背中に手を当て共に部屋の外へと向かった。暖かな手を背中に感じながら。この場所を隠す結界の外に二人の師弟は歩み始めた。


無言の時間。あまり喋らない人のもとで育ったアルデラにとって心地よい時間だが、最も肝心な事を話さずにいる罪悪感がアルデラの魔力を揺らがせる。


きっと師匠は自分が隠し事をしている事に気づいているのだ。

そして待っている、アルデラが自ら話し始めるのを。


だが自分は嫌なのだ。総会の魔術師がリギー・スリスを探している事がではない。

 

あの男が……師がかつて身を危険に晒してまで救い出したかったあの少年が


あの頃と変わらない黄金の面影を持った男が、自身の師であるリギー・スリスに会おうとしていた事が、嫌で仕方がない。


きっとこの感情は罪悪感からくるのだろう……本来であれば、あの時助け出されるべき存在は自分では無いはずだったのだから。




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