3−25 花の村
阻まれている。あたりに人が一人もいなくなり数分後にその事を理解した。
阻まれているのであれば、障害物は破壊するしか無いだろう。判断し、何も無い道に手を伸ばす。
手のひらに感じる微かな波は体の中にある者に反応してその意味を形作る。
◾️◾️てやる……
名無しの男がその思考に染まる時。遮る声が響いた。
「いた!」
スッと視界が晴れる。森の冷え冷えとした風に暖かい風が混じる。
「見つけたよ!」
「僕が先だよ!」
高い声が聞こえる。足元に小さな衝撃と温もりが伝わる。
「おお!凄いな!お姉ちゃん負けちゃった」
「ふふ、お姉ちゃんに勝った!」
「僕が先だって〜」
優しく聞き慣れた足音が小さな声に混じって近づいてくる。懐かしい……そんな物はないのに白髪の男はその感覚に包まれた。
「お姉ちゃん!」
「ん〜?」
*
「はい、アルメお姉ちゃんどうぞ!」
小さな白い手が花冠を差し出す。
この村には子供が多く皆それぞれが遊びを見つけて走り回ったり、本を読んだり大人の手伝いをしたりと、騒がしくも穏やかな暮らしをしていた。
「ありがとう。リアは花冠を作るのが上手だな」
アルメは十歳のリアと言う少女に誘われて季節の花々が入り混じる花畑に手を引かれた。
「お兄ちゃんもどうぞ!」
「……」
「ありがとうだぞ……って言えないか……」
白髪の男は差し出されたそれを無言で顔を近づける。
「食べ物じゃないぞ……」
問答無用で口元に持って行った白髪の男の腕を掴んでアルメはそう言った。
「頭に乗せるんだよ、似合うか?」
自身の頭に乗った花冠に手を添えてアルメがそう聞くが白髪の男はジッと見つめてくるだけだ。
「……」
「そこは頷くんだよ……」
などと言ってみるが頷きはなかく、残念に思っていると男は真似して花冠を頭に乗せた。
「似合うな……」
サワサワと揺れる白髪は可憐な花々をより引き立たせ神秘的だ。白髪の男が花冠を付けるのを確認した少女は勢いよく立ち上り「フローレ先生にも渡してくる〜」と言って二人を花畑に置いて駆け出した。落ち着き無く走り回るのは子供の特権、その様子を目で追いかけ笑うとアルメは立ち上がりあたりを見渡す。
すると花冠を被ったフローレが少女を連れてこちらにくるのが見えた。
「ありがとうございますアルメさん。子供達と遊んでくれて」
「いえ、私も楽しいので」
ここの子供達は外から来たアルメ達に怯える様子は無く、むしろ積極的に話かけて来た。
それはこの場所がフローレによって守られているからだろう。
白髪の男はその異様な魔力によって弾かれてしまい。アルメ達が歓迎されている間、あの森を一人歩き周るなんとも気の毒な状態になっていた。
そして数分の間に、アルメ達がフローレの結界の入った場所から離れてしまっていたため。アルメ達も彼が結界に入っても何処から出てくるかわかないと言う状態になり、子供達にも協力してもらい見つけ出した。
「問答無用で出禁ってどんな魔力してるんだか」
揶揄いそう言ったアルメに白髪の男は特に何か発する事は無いが、その赤眼は何かを訴える様にアルメを見ていた。
「アルメさん。もしよろしければですが、この村一番の花畑にご案内いたします」
「花畑?」
「えぇ、私は花が好きで。至る場所にこう言った花の群生地を作っていのですが、その中でも自慢の場所があるんです。こうやって外からのお客様が来る機会はあまり無いので是非見ていただきたくって」
手の平を合わせて照れながらそう言うフローレに、相当自慢の場所なのだろう事が伺え、アルメは見てみたくなった。
「是非お願いします」
そうしてフローレに伴われて向かった場所は村の北側で、道中畑があり農作業をしている人々がフローレに手を振っている。
「この村はいつからあるんですか?」
不意に頭に浮かんだ疑問をフローレに問うと彼女は少し困った表情をして答えた。
「……そうですね…アルメさんが生まれるずっとずっと前…でしょうか」
(濁されたな……)
フローレは友好的だが魔女だ。その見た目以上の長い時を生きて来たのだろう。照れたり、困ったり、表情豊かな彼女は年齢も気にするのだろうかと新たな疑問が浮かんだが。アルメは口には出さなかった。
「ここです」
そう声をかけられ視線を前に向けると。そこには藍色の花々が咲き乱れていた。
「凄い。色んな種類の青い花」
「私はこの色が好きなのです」
鮮やかだが優しい色の花畑。その中央には木製のベンチが置かれており、その場所に導く道は大小様々な丸石で道が出来ている。
「私も好きです、藍色」
アルメがそう言うとフローレは微笑みベンチに案内した。
ベンチにはムスカリの花が添えてあり。数本束になりガラスの小瓶に飾られたそれは、意図的に置かれた物だとわかる。その花の存在によりこのベンチには座ってはいけないのだと理解した。
「そう言っていただけて嬉しいです。この場所は私個人の自己満足で管理しているので」
「自己満足?」
こんなに綺麗な場所なのだ。この場所に住んでいる人も皆この場所を自慢に思うのでは無いだろうか。しかしフローレの言い方はまるで周りから良く思われていない様な言い方だった。
「……アルメさんの瞳を見ているととても懐かしい気持ちになります」
「懐かしい?」
「貴方は私が最も好いていた方に似ています。その黒髪もその瞳も」
そう言われてアルメは思わず照れてしまった。彼女がベンチの方を向いているのが救いなほど、顔が熱い。自分の容姿を褒められるのは特に瞳の色を褒められるのは嬉しい。
「私の故郷ではほとんどの人が同じ色をしているんです。地域の個性みたいな物ですかね」
「地域の……」
小さくて聞き取り辛かったが。何処か真剣味を帯びている声色にアルメはどうしたのかとソワソワしてしまった。
「アルメさんは何処のご出身ですか?」
振り返り真剣な眼差しでそう問われ驚いたが。故郷のことを話すとなると、どうしても顔が強張ってしまう。
「……私の村はもう無いんです。タイバンの街からさほど離れて無い……ここから戻って村を三つ超えた先にある山奥にありました」
「そうでしたか……申し訳ありません配慮にかける事をお尋ねしてしまって」
「いえ!地図にも載って無い様な小さな村で。ほとんどの人は知り用もない事ですし、そう落ち込まないでください…」
言葉尻が暗くなってしまい。この手の話題が苦手なのは四年経っても変わらない。しかし全く関係の無いフローレにこれ以上この話を続けさせるのは憚れるのでアルメは話を変えるため。明るい声色で尋ねた。
「そのフローレさんの好いている方はどう言った方なんですか?」
魔女でも恋はするのかと半分興味を含んだ質問にフローレは再びベンチに向き直り話した。
「端的に紹介すると、私のお師匠様になります。魔術だけで無く暮らしの基本や言葉遣い、立ち位置振る舞いなど様々な事を私に教えてくださいました」
「凄い人なんですね」
「はい。人で言う、お母さん……の様な存在だったかもしれませんね」
魔女である彼女に母親はいない。しかしそれに該当する存在がいた事で今の人間に友好的な彼女が存在しているのだろう。
「魔女は分身体から派生するって聞いていたんで……なんだがフローレさんは他の魔女と違う感じがします」
「どちらかといえば劣等生でしたから。私も彼女も」
劣等生と言う聞き馴染みの無い言葉にアルメは戸惑ったが彼女が生まれたばかりの頃は魔女も集団で暮らしていたのだろうかと、アルメは思った。
「そろそろ戻りましょうか。アルメさんはいつまでここにおられますか?よければお夕飯をご馳走させてください」
「夕飯……」
是非ご賞味いただきたい。しかし滞在時間はリベルテが決めているので確認しなければ答えられな。アルメは「リベルテに聞いて来ます」と力の入った声でそう答え、来た道を振り返った。
「あ、アルメさん!」
駆け足をしようとしたアルメをフローレは呼び止めた。その表情は少し気まずそうな顔をしていた。
「すみません。これだけはお尋ねしたく」
「?」
一瞬目線を下に下げたフローレはずっとアルメの背後にいた。今は引き返すアルメとフローレの間にいる赤眼の男を見た。
「この方は、アルメさんの血の繋がったご兄妹か同じ村の方ですか?」
アルメの故郷の話に少し触れるからか、申し訳なさそうに、しかしアルメを呼び止めるほど聞きたかったのだろうその表情は真剣そのものだった。
「いえ、ほんの数週間前ですかね、出会って間もない人です……同じ村かは…絶対かはわかりませんが村には白髪の人はいませんでしたし、無いと思いますよ」
あっけらかんと言った風に答えると。フローレは「そうですか……」ととても安堵した笑みを浮かべた。
「お呼び止めしてすみません」
「いえ、じゃっ!聞いて来ます」
そうして駆け足で戻るアルメ達をフローレは藍色の花々を背に見送った。




