3−23 行方い
のどかな風を感じる田舎の町。放牧している牛や羊、店は雑貨屋が一店それと商人の荷馬車が来るのみのど田舎は、けれども王都から半日程の距離のためそれほど不便でも無いという。
「いい所だなー」
「はい」
隣に並ぶオネットも丘の上から微かに風で髪を揺らしながらそう返す。
今現在アルメ達は、リベルテが担った禁足地の調査とは別に人探しをしたていた。
「こんなのどかな村からでもすごい人って生まれるんだなー」
「むしろこう言ったのびのびとした環境化の方が発想を求める魔術分野に置いて、必要なのかもしれません。王都はそれこそ豊かですが。閉鎖的とも言えますし」
「そうなの逆なイメージ」
「確かに様々な方はいますが。だからこそ人は自己の正当化のために人を見る事はありません、考え方や価値観が違えばそれはストレスになり余計に視野を狭めて自己防衛をしてしまうんです」
「なんか……大変そうだな」
「えぇ、一度に様々な考えの人に合うと胃が潰れます」
自身の経験もかみして発するオネット、その目に影はさしていないが。闇が皆見えた。
「君達、そろそろ行くよ」
背後からリベルテに声をかけられてアルメ達は振り向く。雑貨屋から出てきたリベルテが手を振り珍しく大きな声を出している姿にアルメは口角を上げた。
「何笑ってるの早くして」
通常の静音で放たれた言葉はしっかりアルメにも聞こえて笑みを消す。
「確かに超超閉鎖的な空間で育つと、精神が参るよな。人に当たりが強くなる」
「……」
リベルテの場所は特殊でオネットは何を言えばわからず口元を曲げるしかなかった。
そんなやり取りを丘の芝に寝転がり聞いていた白髪の男は羊の群れに襲われていた。
「おーい食われてるぞ、起きろー」
アルメは羊をかき分けて男の脇に手を入れて持ちあげ立たせる。のどかな村はそんな四人を静かにもてなした。
*
「リギー・スリス?」
「そう、彼は魔術発展の功労者でね。多くの論文、魔術書の制作。それに多くの魔術師を育てた。僕の父も彼から魔術のほとんどを学んだそうだよ」
「そんな人が何で急に居なくなったんだよ」
「さぁ、解らない。すでに七十を越える年齢で隠居したんじゃないかとか。病気になって、一目の無いところでポックリとなんて。色々噂は出回っているけど。どれも冗談めいた物で何の根拠も無いみたいだね」
「最後のは冗談でも言って良いことじゃ無いだろ……」
どれだけ優秀でも、思いやりの無い言葉で飾り立てられる物なのかとアルメは顔を顰めた。
「そもそも探して欲しいって絶対じゃないだろう?禁足地の解放が済んでからでいいじゃ……まぁすでに終わった物だけど…………と言うか私いつまでついていけばいいの?」
「さぁ……」
特に考えてすら無いであろう言葉で返されて「はぁ?」と呆れた声色が出ると隣を歩くオネットがなだめる。
「まぁまぁ、アルメさんそんな悲観せずともいいじゃありませんか。私は皆さんと、色んな街を回れるの楽しいですよ、何より旅費も出ますし。本部の方から何か指令が来るまで気楽に楽しみましょう」
「まぁ、確かにお金の問題から解放されたのは嬉しいな。移動も楽だし」
「感動が無いんじゃなかったけ?」
などと会話をしながら四人はかつて「リギー・スリス」が暮らしていた故郷に訪れ彼の家に向かっていた。
この場所の情報については噂話などではなく。スリス氏を教師として雇っていたアシヌス家からの情報で確かな物だ。
「オンボロ」
「外見わね」
リベルテに連れられてきたのは家々が並ぶ一角。平家の家だ。
数件の家がまばらにある田舎の風景は家よりそれぞれが持つ畑の方が広い。
目の前の家も畑があるが。庭に草は伸びており作物を育ててる様子はない。
「手が空いた時に村の人が交代で、ある程度は手入れをしているそうだよ」
確かに人が住んでいない割には蔦は貼っておらず、庭の草もくるぶしほどの高さで生い茂っていると表現するほどでもない。そしてリベルテが鍵を開け扉のノブに手をかけると。ノブは錆びた様子もなく正常な音を響かせて開いた。
「空き家では何んだな……」
「一応はスリス氏の土地として管理されている様だよ……でも中の荷物はほとんど売りに出したって……」
「ソファーある……」
扉を開けると直ぐにリビングとキッチンが目に入る。
村の人に聞いた話ではスリス氏の知り合いが彼に頼まれて中の物を運び出したと聞いていたため、想像と違う光景にアルメ達は驚いた。
「このまま住めそうな感じですね」
オネットがリベルテの肩越しから中を見て言う。リベルテは無言で中に足を踏み入れ全体を見渡す。
「埃はちょびっと。やっぱたまに掃除してるんだな」
ニスの塗られたダイニングテーブルにうっすらと張っている埃は指先で絵を描くには足りないほどだった。
「そのご友人は何を持ち出したんでしょうか……」
「友人知人じゃないかもね」
続いて家に入ったオネットはそうリベルテに尋ねるとリベルテは空の本棚を指差した。
「書物……魔術書ですか?」
「こっちの部屋開けていいかな」
リベルテとオネットの脳裏に幾つかの推測が生まれる中。アルメはリビング奥の扉を指差す。
簡素な作りの家はその扉以外にもう一つあるが。こちらキッチンからほど近いので。風呂などがあるのだろう。
「寝室ですかね」
「そう見たいだ」
扉を開ければ五帖くらいの広さでベットフレームと机、椅子が置かれていた。
「殺風景だな……誰も住んで無いから当たり前だけど……家具とか売りに出されたんじゃ無いのか?また戻ってくる予定なのかな」
「そこまではわからないけど、魔術書が一冊も無い。ソファーや家具類ならまた買えばいいけど。魔術書は直ぐ絶版になるから一度手元に置いたら売りに出す人は滅多にいない」
「高そうだもんなー。その売りに出されたって言った人に当時の様子詳しく聞くか?もしかしたら。盗人かもしれないし」
「聞いたところで、少なくとも完全に消息をたったのが四年も前だからね。今の居場所に関わる手がかりを探すには。確実性のない物だ別の手がかりが無いか探そう」
手がかりと言われても、とアルメは思ったが家具などは残されているため。くまなく見て回るしか無いだろうと思い、机の下に潜った。
「まず、机の下なんだね」
アルメの迷いの無い行動にリベルテがそう呟く。
「机の裏とか落書きしない?潜ってここで本を読んだり」
「……」
無言のリベルテにこれは心当たりあるなと内心微笑むアルメは机から這い出る。流石に良い歳をした大人がそう言ったことはしなかったらしく。特に何もなく何の傷もなく綺麗だった。
それからそれぞれが気になった場所をくまなく見て回るが、それほど大きな家では無いため見る場所は直ぐに無くなってしまう。
「物がほとんど無いからな。やっぱ持ってかれた魔術書になんかあるんだよ」
「研究手帳や資料も当然あっただろうからね。彼は総会本部にも研究室をもらってたらしいけど、休日はほとんど本部内には居なかったみたいだから。ここに帰って来てたんじゃ無いかな」
アルメもリベルテもやはり消えた魔術書の行方いを探すべきかと考えて始めると風呂があるであろう扉からオネットが両手に何かを持って出て来た。
「オネット、何それ?」
「奥の方、トイレの裏側にありました」
「トイレ……」
それも、裏側なんて明らかに故意に隠されていた事がわかる場所に合ったのは、一枚の絵だった。
木製の額縁に入れられたそれはスケッチブックほどの大きさで、描かれているのは水彩画。
それも下書の線がくっきり残っているため。趣味で誰かがスケッチした物だろう。
スリス氏の趣味か、気に入って譲り受けた物か。それは本人にしかわからないが。隠された場所はともかく、花の咲き誇るその景色にアルメは単純に綺麗だと思った。
「この場所、実在する場所何です」
「見たところスケッチ画のようだし。そうなんだとはわかるけど。それがどうしたの?」
どうやら全く興味の無いリベルテ。と言うか顔に若干嫌悪感が滲んでいるため。絵が見つかった場所が受け付け無いらしい。もしこの絵が手がかりなのなら顔を近づけ見るか。触れて魔力を確認しなければなら無いからだ。
「この絵を見て何か違和感ありませんか?」
「無い」
「違和感…………あ!」
即答したリベルテだったが。アルメは気にせず絵を見つめると。不思議な光景に気づいた。
「この花、菜の花です。しかしこちらは紫陽花、そしてこの花はスイセンに見えます」
「花の種類なんて絵で見てわかるの?」
「本当だ」と頷くアルメの背後で若干距離をとったリベルテがそう言うとオネットは眉を下げ、困った顔をして話を続ける。
「どれも、わかりやすい見た目をしていますし。それに私はこの風景を見た事があります」
「え、この季節ごちゃ混ぜ植物の風景を?」
自然に触れて生きていたアルメだからこそ。その風景は幻想だ。しかし後ろのリベルテは冷静に言う。
「普通に魔術による物だろうね。植物なら周りの温度調整で何とかなるし」
「やった事あるのか?」
「無いよ……」
確かに魔術なら何とでもなるだろうが。その後の質問の答えに思わず真顔になったアルメ。
リベルテは何事も無かったかのようにオネットに尋ねた。
「で、その狂い咲の景色を見た事がある君は、僕らをその場所に案内してくれると?」
「えぇ、この場所。魔術師の中でも知る人ぞ知る場所なんです。私も幼い頃……本当に幼い頃、母に連れて行ってもらって……内緒の場所だと言われました」
少し、しんみりした口調で手元の絵を見つめるオネットにリベルテは考えて口を開く。
「まぁ、魔術書の行方を追うより良いかもね……運が良ければ、その内緒の場所に本人がいる可能性もあるし」
確かに額縁に入れられ。そして隠されていたのだ。これほどの手がかりもあるまいとアルメは思い賛成した。
「その場所。ここからどのくらいの場所なんだ」
「あの……一度戻る形になります」
「へー、どのくらい?」
「タイバンの街……」
「え!」
「から、さらに奥の最西端にあります」
「…………」
「……遠いな」
とわ言え……
「まっ、転移できるし行こうぜー」
と何の苦労もしないアルメはずっとソファーでくつろいでいた白髪の男の頭を軽く叩いて……
「ほら、行くぞ」と促し言った。
当然苦労する側のリベルテははぁーと軽いため息を吐いて。オネットに……
「一応手、洗っといてね」と言うのだった。
「はい……すいません」




