3−15 招かれざる
その異変は胸のざわつきと共に訪れた。
騒がしい一日を終えてたリベルテは、明日街を主発するため次の行き先の座標の再確認をしていると、ふと何かの魔術が発動したのがわかった。
深夜の時間、自分以外は完全に寝静まっている。いや一人白髪の男が無表情ながらも何か物言いたげな。赤眼でこちらを見ている。
昨晩、特に問題なく寝入っていたアルメだったが、やはり一人でベットを使いたいと。彼をリベルテに押し付けるために。部屋の床に膝を降り座り込み。手だけ拝む様な姿勢で頭を下げられた。
了承得るまで動かないと言わんばかりに座り込みを決行されたのでリベルテは仕方なく折れる形になった。
そんな押し付けられた男、自分がリベルテに預けられたことを理解していないのか。当たり前の様にアルメのいる部屋に行こうとするので。拘束魔術でグルグル巻きにし魔術抑制陣を施す事になる。
これらに対応が面倒でリベルテは彼の面倒を見たく無い、そして何より。彼の底知れない魔力の影響で周囲の魔力を探知する感覚が鈍くなるのも、リベルテにとって不快な状態だった。
だからこそだろう。異変が起きたのが。アルメ達の部屋であると気づくのが遅れたのは。
いや正確には街全体でその異変は起きていた。
彼を拘束したまま引き連れ、アルメ達が眠る部屋のドアをノックする。すでに寝入っているであろう二人がこんな小さいノック音で起きるわけが無いと思ったリベルテは、しばらく経って返事が無い事を確認すると。無言でドアノブに手をかけた。
「鍵が開いている……」
一応ノックを終えたので、扉の鍵を開くために魔術を使用しようとしたが。開錠の魔術を使うまでもなく扉はすんなり開いた。
急いで中を確認すると、もぬけの殻。いやアルメの大きなリュックがベットの影から覗いており。人だけが姿を消している様だった。
「参ったな、出かける時は一声かけるはずだし」
椅子にかけられたローブ、ベットの脇に揃えられた靴。二人で出かけるにしては。共に連れていくべき物達が置いて行かれているのは、不自然以外無い。
誰かが部屋に入って二人を攫った、いやオネットならともかく、一人旅に慣れているアルメが寝込みを襲われる際に何の抵抗もせず。ましてや部屋の侵入に気付かないなんてあるのだろうか。
いや、あり得るな。
実際。過去に不用心にも泊まっている部屋の鍵を閉めていなかったこともあった。まさか今回もそれをして呆気なく連れ攫われたにだろうか。さすがに起きて叫ぶくらいしそうだが。野生身が強い割には、ボケっとしているので考えたら全てありそうで切りが無い。
リベルテは手取り早く街全体に探索の魔術を使用する事にした。
「少し、遅かったかな」
アルメの魔力量は感知できるほどでは無いので。オネットの魔力を追ったが、微かに感知できた程度。彼女の魔力量でこの程度しか感知出来ないはずがない。しかもその魔力はまるで風に吹かれ霧散するかの様に消えてしまった。リベルテが感知できたのはほんの一瞬。後一拍遅れていたら。手がかりが何も残っていない状態になってあだろう。
「出かけるよ」
背後で先程から身を捩っている男はリベラルに声をかけられても、不快そうに拘束魔術から逃れようとしている。
あまりに激しくもがくので転移で一緒に飛ぶため体に触れたいのだが憚れるれる。
「彼女達を迎えにいくんだ。協力してよね」
躊躇している時間も惜しいのでその腕を伸ばし肩に触れた。
飛んだ先は、昼間来た店が並ぶ広場だ。
背後で彼がバランスを崩して。転がる音が響くが。リベルテは気にせずに。広場の中央で地面に手を置く。
(微かに転移術を使用した跡がある。でも座標を追えないな。この転移術は僕が使用した事ない魔術語の羅列が使われている)
何故この広場で魔術を使用したのか、昼間自分達が訪れたこの場所でオネットとアルメのみに作用した魔術干渉。
思考しながら痕跡を辿るとかなり大きな転移術が使われた事がわかる。
(二人だけを連れるには無駄な魔力だな、八人、いや十人連れて行かれている)
そっと、地面から手を離す。立ち上がり広場全体を見渡せば、微かな魔術陣の痕跡が確認できた。
幾つか瞬きを繰り返すと先程よりも痕跡が薄くなっている。
「魔女か弟子か。攫い方が大胆すぎるし、大喰らいだな」
僅かな痕跡も消え去り、何事も無かった様な広場に戻っている。
「さて、君はわかる?」
背後で地面に転がっている白髪の男。その体を覆う拘束を解けば、彼は自由になった両手を使い起き上がる。そっとその目はリベルテを、いやその背後のさらに向こう。街を囲う防御壁の向こうに何やら思いを馳せている。
転移魔術は場所の座標を魔術陣に入れる事でその場所に転移できる。
彼の様にアルメ単体を目的地にして転移している様な光景はあり得ない。リベルテは彼の日頃の行動から彼がアルメの座標を感知できるのではと結論付けた。
ジッと同じ方向を見る彼、その様子を確認したリベルテは魔術抑制陣を解く、その瞬間彼の中の魔力が魔術陣を構成した。
「おっと!」
彼の転移術をリベルテが追跡する事は出来ない。ただ彼の魔力は特徴的で、エグレゴアにいた時、彼との初対面でその魔術を身を持って体感したリベルテは、彼がいる方向を感知する事は出来るが、転移術は魔力を多く使う上、距離が遠ければ一度で転移すると低魔力症状になる危険性もある。
そのため、すでに相手によって構成された魔術陣の痕跡を使用するのと。自分で魔術陣を一から構成する転移術を使用する際は、相手元に辿りつくのにかなりの差が生まれる。
オネットとアルメ達を攫った者の住処がどれほど離れた距離に存在するのかわからない今、彼一人で転移してしまっては心配しかない上、結界魔術が使われては、彼の魔力を感知する事が出来ない。
慌てて彼の腕を掴み、後一歩で置いて行かれるのを阻止した。一拍置いて浮遊感から解放されると、僅かにバランスを崩しかけたリベルテは彼に触れてから魔術を解くべきだったと後悔し、軽く頭の横側をグリグリと右手の平で押さえいると。不意にカチャカチャと陶器同士がぶつかる音が聞こえた。
「何これ……」
乱雑な転移の酔いが覚めて、あたりを見渡せば、オレンジの明かりが灯る薄暗い部屋に大きなダイニングテーブル、その机の上には所狭しと様々な料理が並んでおり5人の人間が一心不乱に食事をしていた。
異質な光景だがリベルテが一番異様だと思ったのは、今し方席に着き食事を始めた彼を覗き、5人が皆年若い女性だったからだ。
「これは……何か関連性があるのかな」
何らかの魔術感知を受けているのか、突然現れたリベルテ達にも反応せず、まるで取り憑かれた様に食事をする人達を見渡し思考したリベルテは、直ぐ近くで6人目になっている彼に目を向ける。
彼の場合は常に食べる事に囚われているので、周りに様に魔術的干渉を受けているわけでは無いだろう。ただ、こうなった彼は意地でも動かないので、後々面倒な事になりそうだとリベルテは思った。
「あれ」
周りを観察しながらどう行動するか考えていると、ふと彼の影に隠れて黒い髪が見えた。
よく見てみるとそれはアルメだった。




