3−14 揶揄い
「わかったよ……」
「ありがとうございます」
手を合わせ嬉しそうに言ったオネットは何を思ったかリベルテの手を取った。
「ちょっ!」
「こちらです!」
まるで幼い子供が気を引くために大人の手を取る様な仕草に、リベルテはされるがまま連れられた。
「路地裏を通るのは危ないんじゃ無い」
「魔術師が二人揃えば大丈夫ですよ」
建物の影と壁の隙間から溢れ出す陽光によって二人の姿はマーブル状に照らされる。
一度路地裏に入れば人々の喧騒は壁に遮られたかの様に遠い物になった。
「このまま東の方向にある住宅街にあるらしいんですよ。すごく怪しげな雰囲気で建物を見ればすぐわかるそうです」
「ラシラスの令嬢がそんな怪しげな場所に入るのはいただけ無いんじゃない?」
「ふふ、バレなけれ問題ありません」
そう言いいローブのフードをわざとらしくかぶる姿はとても楽しそうで、リベルテは握られてい右手が何故だか汗ばむのを感じた。
「もう、手を離してくれる」
「迷子になりませんか?」
「なるわけないでしょ」
大通りに繋がる抜け道は幾つもあるが人通りが全くない道でオネットを見失う訳がない。
可笑しな事を言う小娘をジト目で睨むとわかったよ言う様な表情でオネットはリベルテに手を離して再び前を向き歩き出した。
「照れてます」
「照れてない」
ふふふっと何が可笑しいのかオネットはやたら上機嫌に笑い。リベルテを揶揄う姿は意地悪い。
「機嫌っが良いね」
「ええ、一度リベルテさんとこうやってお出かけしたかったんです」
「揶揄いたかったの間違えでしょ」
「それはすいません、調子に乗りました」
素直に謝り認めるオネットにその後ろ姿を訝しむよな視線で見た。
一つに結ばれ左右に揺れる黄土色の髪は今はフードにしまわれている。恐らく上機嫌に揺れているであろうそれを想像して何故だか目を逸らしてしまった。
「リベルテさん」
名を呼ばれ再びオネットと目を合わせる。
その背にある、強い陽光が刺すのは庶民街の抜け道だろう。フードから見える薄い榛色の瞳や黄土色色の前髪が陽光によってその色を変えていた。
「ここから市民街ですもうすぐですよ」
「何その手」
「迷子防止です」
差し出されたその手を尋ねれば案の定可笑しな返答が返ってくる。
「そんなに繋ぎたいなら仕方がない」
リベルテを揶揄うことが相当笑いのツボにハマったのだろうオネット、その心情はニコニコとした表情から読み取れたため、リベルテは要望に応える事にした。
ただし素直に従う言われはない。
迷子防止を歌うならもっと良い方法があると思いついたリベルテはその魔術陣を浮かべた右手から透明な鎖を表し差し出すオネットの手を拘束した。
「え!」
オネットは驚いた声をあげて自身の腕に巻き付く拘束魔術を見やる
「ちょっと、目立ちますよ!」
「迷子防止」
えーっと声を上げるオネットを何故かペットの様に連れてリベルテは先を歩く。
「あの、場所知っているんですか?」
「見ればわかるんでしょ、あの角の建物とか」
そう言ったリベルテの視線の先には赤茶の煉瓦作りの壁に黒い屋根が被された蔦だらけの建物物だった。
「そうです、あの建物です。よく気づきましたね」
「シンプルな異様さだね、気持ち悪いとは思わない程度に……」
地元の子供からはお化け屋敷と言われそうな雰囲気が平家の家のドアにはOpenのプレートがぶら下がっており。店だと言われればそうであるとわかり、扉に手を近づけるとドアノブが勝手に周り「どうぞ」と言う様にリベルテ達を向かい入れた。
「面白い魔術ですね」
「そう?まぁ魔術使用が制限されている所にいた君には新鮮か…」
雑談をしながら店の中を見渡す。書店と言う事もあって中は壁や天井と一面本で埋め尽くされており。それも、本棚など整理するための仕切りも無く。雑然と本が積み重なる風景があった。
店の雰囲気を出すためか。宙に浮かんだ状態の本もあり。ペラペラとページをめくる音が店の効果音として機能していた。
「なんだか……ウズウズしたくなる光景です……」
「魔術師の本の扱いなんてこんな物でしょ」
「そう思うリベルテさんは店主の方と気が合いそうですね」
どう言う意味だと内心思いながら店の奥に進むと背後で静かな扉の閉まる音がした。
その瞬間に全身を覆われる様な感覚がしてこの建物内は結界が敷かれているのだと理解した。
本でできている柱を避けて店の奥を見るが店主の姿は無い。
敷き詰められた本の壁から一冊抜けば出入り口すら魔術的史観を感知できなくなる。この本を持ったままあの扉を開ける事はできない。
どうやら店主はズボラな様で。店番を雇うのも放棄して。盗難防止に結界を張っているのだろう。
会計はどうするのかと思ったが、リベルテは本を買いに来たわけでは無いので。そっと本を元に場所に差し入れ。足元の少女を見る。
「荷物になると思うけど」
埃っぽい床にスカートの裾が付くのも構わず。オネットはしゃがみ込んで手元の本のを物欲しそうに見つめている。
一言苦言を申してみると。口を引き結んだまるで我慢する子供の様な顔でリベルテを見上げた。
「この魔術書、内容が学生には不適切だとして学園には貯蔵されていない本なんです……」
手元の本は灰色の冊子をしており角の部分が剥げている古臭い本だ。
リベルテはその本を一度読んだ事があり、作者の過激な思想が綴られている事を知っている。
確かに柔軟な考えを身につけるべき学園の生徒が読む事を推奨はされない。
「そんなに面白い内容じゃ無かったよ、ページをめくる事に同じ結論が繰り返し書かれていて。文章すらまともに習っていないじゃ無いかと書籍化した事に疑問を覚えた」
「読まれたのですか?面白かったですか」
「面白くないって言ったよね」
立ち上がりぐいっと体を近づけるオネットにリベルテは一歩引き半目で答える。
「どの様にどんなふうに面白く無かったんですか」
「君、興味のベクトルが変だよ」
「ですが、最後まで読まれたのでしょう?」
尚もグイグイくるオネットにリベルテはまた一歩下がる。
「途中でやめたに決まっているじゃ無いか」
「なら本当の結論がどうなっているから。知らないんですね」
途中で読むのやめるほどつまらないと言ったのだが。何故かオネットは嬉しそうに埃っぽい本の冊子と共にグイっと最後のひと押しと言う様に近づく。
「買うための理由を作りたいんでしょ、おっと」
何故か自身に向けられる圧から逃れるために、もう一歩下がると。背中が本の柱にぶつかり、軽い衝突音が響き。柱をグラグラと揺らした。
咄嗟に開いている左手で拘束魔術を使用して。本の柱のバランスをとる。
「ビックリした」
「すみません…」
「あんたら人の店で何騒いでいるんだ?」
静かな店内に低い老人の声が響き二人は慌ててそちらを向くと。逆さまの老人の顔がそこにはあった。
老人は一度引っ込むとロープを垂らしそれを伝って一階に降りた。
屋根裏があるのだろう、よくみると天井にもびっしりと並べられた本達の間にぽっかりと、人一人分程の四角い隙間があり。ライトで照らされた埃が吸い込まれていく様子が見えた。
ストンと床に足を下ろした老人は思いの他小さい体格で、オネットよりも背が低い。
いかにも魔術師と言う風貌の紫色のローブは長く床に着いてしまっている。
「お客さん?」
リベルテ達を見上げてそう問う老人にリベルテはすぐに返答をしなかったが。オネットははっきりとした返事を返した。
「はい!この本を購入したいです!」
ズイッとリベルテがつまらないと評した本の評しを老人に見せると老人は特に表情を動かす事なく。金額を言った。
「内は一律金貨三枚」
「ぼったくりでしょ」
魔術書は基本高いが。数年前に発行されたしかも埃だらけ古本につける値段では無いとリベルテが言うと老人はキッとリベルテを睨んだ。
「価値もわからない小僧め、魔術書は古ければ古いほどその価値を生み出すの物だ」
「書によるでしょ。数十、数百単位じゃ無いと。只の古本だよ」
「リベルテさん、お店の方に失礼ですよ」
何故か臨戦体制のリベルテにオネットはタジタジなりながら諌めると彼は拗ねた子供の様にそっぽを向いてしまった。
「すみません、金貨三枚ですね」
気まずい雰囲気から抜け出すべく、オネットは代金を店主に渡すと、店主も不機嫌ながらも代金を受け取り、オネットはリベルテの背を押しそそくさと店を後にした。
店を出た途端オネットはため息を吐いてリベルテを見上げる。勢いよく背を押したからか、先程よりも不機嫌顔をしている。
「どうされたのですか、魔術書なら金貨三枚くらいどうって事無いでしょう?」
今までに聞いたこと無い貴族らしいオネットの発言にリベルテは顔を顰めてオネットを横目に見下ろすと、彼女の手に抱えられて本をその腕から抜き取った。
「君、気づかなかったの?あの爺さんは魔術師じゃ無いよ」
「え……」
ペラペラと本をめくるリベルテから発された言葉にオネットは思わず驚きの声をあげてしまった。
いかにも魔術師と言った風貌の老人に、あの魔術書に対するこだわりっぷりや、店内に施された魔術から、老人が魔術師では無いとは思いもよらなかったからだ。
「気づきませんでした。いつのまにか探索魔術を?」
「会った瞬間気付くでしょう、店に魔術を施した魔力と爺さんの魔力は違った、魔術師が自分の店に使う魔術を他に頼む?僕は嫌だね」
話ながらもペラペラとめくる本から視線を外さないリベルテをオネットはなんとも言えない表情で見上げた。
体内の詳しい魔力の流れを知るには相手に直接触れる他無いが。探索魔術を使わずに個々の魔術を感知できるのは、力量差に他ならない。
「それは、図書館の司書さんが勘違いされたのですね。魔術書を専門で販売している方を普通は魔術師だと思いますし……」
「君って、僕の話意外と信じるのに、僕の意見は聞かないよね。こんな古本を金貨三枚で買うなんて…………やっぱり胸糞悪いほどつまらない」
酷評しながら、パタンと勢いよく閉じた本をリベルテはオネットに差し返したためオネットは両手で受け取ろうとするとヒョイっと持ち上げ意地悪なフェイントと仕掛けてきた。
ムッとして再び取り返そうとすると。リベルテは本をオネットの頭上に落とした。
コンと言う音と共に僅かに感じる痛みに耐えて、両手で本を自身の頭に押さえる形で受け取りリベルテは見ると彼は一足先に歩き出した。
「こう言った意地悪をするからですよ、イマイチ信頼できません、あ!ですが信用はしていますよ。魔術に関しては特に」
不満そうな顔から一変、ニコニコとリベルテを見上げてそう言った。
「人を揶揄う事に関しては君にだけは言われたく無い」
「まぁ、お墨付きをくださるのですか」
始まったとリベルテは思った。どうやら先ほど頭を叩いた衝撃でスイッチも入れた様だった。
魔術はそこそこ程度だが。口先だけが達者なのだから。真っ向からの相手はごめんだと思い、話しをそらす事にした。
「その本、寝る前の読書をするにしても、相性がいいとは思え無いけど。本当に中身が気になるの?」
「ええ!個人の思想なんて物を言葉以上に表した物なんて本でしかあり得ませんから、優れた魔術師になるには。こう言った相反する思想を取り入れ無いと、それにリベルテさんも読まれた本ですし、弟子として、私も読む必要があります」
「……誰が弟子だって?」
的外れに発言の連続にどこから指摘してやろうかと考えを巡らせ初めたところで、聞き捨てならない単語が聞こえリベルテは足を止めた。
「私です!」
「誰の?」
「リベルテさっ…どうしたんですか!?苦虫を噛み潰した表情をされて!」
不思議なことは何も無いと、その名を呆気楽と口にしかけたオネットは瞬時に酷い表情をしたリベルテを慮った。
「弟子なんて……いない」
「私がそうです!安心してください」
リベルテの苦し紛れ声色から何を読み取ったのかオネットは安心と言う見当違いな言葉を使った。
リベルテは最上級のタチの悪い揶揄いをされた気分になった。
「ハッ!もしかして体調が優れないのですね!そう言えば昨日の晩から何も口にしていらっしゃらないですよね」
「気分は悪いが、体調は悪く無い」
「さぁ、アルメさんと合流して食事にしましょう!」
「君まだ食べるの?」
弟子発言を撤回させたいが、背中に周り込みその背を押すオネットにこれも新たな揶揄い行為として今回は流す事にしたのは決して諦めるたわけでは無いと。そう思った……。




