6.そういえば
短めです
一頭の狼がいる。
魔獣は生まれた頃から魔獣ではない、強い魔力の影響で、体は大きく、黒く禍々しい姿に変わる。
その狼も、元は四足歩行の太ももあたりまでの高さしかない生き物だった。
しかし、魔獣になり、肥大化した体は人を見おろすほどで、爪や牙はしまい切れていない。
「でかいな、」
数百メートル離れた場所から双眼鏡を覗き、その姿を確認したアルメは、今回の獲物の大きさを改めて痛感した。
事前に生息場所を聴いており、離れた場所からその姿を見つけ出せたのは、幸運だった。
「よっしゃ、二重囮作戦で行こう。」
アルメなら乗っても折れないほどの木から飛び降り、彼女は下で待っていた男に言った、
「いいか、あの魔獣の牙は高く売れるからな、絶対傷つけるわけにはいかないからな」
念を押す様に彼に言い聞かせて、アルメは作戦の概要を伝えようとするが、
「おい、どうした?」
彼はアルメを無視して、彼女が降りた木に登ろうとしていた。
「枝が折れるぞ」
ミシミシと音を立てる枝を見ながら、男の動作を観察する。
「おい、ここから狙って、魔獣の頭を傷つけずに倒せるのか?ちなみに少しでも傷つけたら、メシ抜きだからな」
その言葉に男は、すぐ木から降りようとしたが。枝が折れ、彼は尻餅ををつく形で落ちてしまった。
「お前、鈍臭いだろ、」
日が沈む前に討伐は行われた、魔獣は夜行ではないがその姿からして闇夜に紛れ込まれると、こちらが認知できなくなってしまうからだ、昼間ならその姿を見失うことはほとんどない。
「こっち見ろ!」
彼を囮にし防御壁を張った魔獣、その背後から大声で叫び、魔術語が付与された矢尻を飛ばす。
狼は、左右の敵に躊躇することなく。先に攻撃を仕掛けた。アルメから仕留めようとし彼から視線をずらし胴を向ける形になった
ドシュ!!
胴に大穴を開けられ、狼はその巨体を地面に横たえた。
「あっとゆうまだな、前より魔術打つの早くなってないか?」
大仕事を終えた後でもケロリとしている、本人からしたら、狼の前に歩み出て、魔術を一撃打っただけの仕事なのだろう。
囮になれと促したが、まさかトコトコ歩いて狼の前に行くとは思うはずもなく、 アルメも別の意味で冷や汗をかくことになった。
「まあ無駄な体力つかはずに済んだし早速、解体するか、」
「こんだけでかいと肉もそれなりに取れるから、楽しみにしとけよ、」
アルメはウキウキとしながら、解体に入る、
ちょうど内臓の位置がポッカリと空いたお陰で、解体もそれほど時間もかからずにできるだろう。
毛皮には大穴が空いていたが、元々巨体なので、一匹でそれなりの毛皮が取れた。
そして牙、爪はどれも、アルメの腕よりも長く太い。
「大物だな、こんなデカイ牙を持つことができる日がくるとは」
アルメはシゲシゲと両手で牙を持ち上げる。彼女は今まで一人で狩をしてきたため、事実今回の様な大物を討伐したのは初めてなのだ。
「いやー、いい経験になった、ほとんど何もしていないけど、」
牙を地面に置き、アルメは新調した鍋の中を覗く
「意外と火の通りがいいな、」
香ばしい匂いを漂わせながら、大鍋の中で肉が油を飛ばしながら焼けている。
彼の方は、その光景を眺めて口を半開きで待機していた。
今回はおとなしく、生肉にかじりつく様なことはせず、アルメはスムーズに調理に入ることができた。
別の小鍋で煮立たせていたスープは、持ち運びできる様にだんご状にした調味料を溶かし入れてある。
ハーブなども加えて香りが強くなってきたら、大鍋に加え入れて、肉に火がしっかり通る様じっくり煮詰めていく。
鍋の周りには、串に巻かれたパン生地がふっくらと膨れ、狐色になっている。焦げない様に時々向きを変え様子をみる。
アルメ自身も口を開ければ涎が出そうになる。
「うまそ〜」
だいぶ火が通り、肉を上から押し崩れたら、全体を馴染ませ完成。
木の器によそい彼に手渡す、受け取った瞬間に器に口をつけて食べ始める男に、アメルは半目になりながら木製のスプーンをさし出した。
「犬か、誰も取らないから落ち着いて食べな」
ふう、と席に戻りアルメも食事に入る。
スプーンですくい、少し冷まして口に入れる。ホロホロの肉がトロミのついたスープと絡まり、体を温める。
続けて串焼きパン、火傷しない様に串を持ち、パンを齧る。ロール状になっているので、回転する様に串から離れるのが面白い。硬めパンは、表面はサクッと音を立てる。
かみごたえのあるパンはスープを染み込ませると丁度良い柔らかになり、食べる手が止まらない。
満腹になると、アルメは眠くなるので、腹7部位に止めるが、向かいの男は黙々と鍋を空にしている。
綺麗に食べてくれるのはありがたいが、アルメは、羨ましい目で彼を見た。
「そういえば、お前、名前覚えて無いのかよ、」
ふと、ずっと気になっていたことを言う。
そもそも、この男は名前を名乗れないのでは無いか、
言えば行動してくれるところから、この男は、言葉を理解ができている様だ。
声が出ないかと思えば、食事を楽しむ舌があり、ついでに喉も正常だった。
昨晩寝言の様な物も言っていた。
「親になんて呼ばれてたのか、忘れたのか?」
彼は頷くことなく、モグモグしながら、アルメを見ている。
記憶喪失、アルメがここ数日で割り出した答えだった。
しかも日常生活に支障が出るほどの、アルメに着いてくるのも、生まれたばかりの雛鳥と同じ様な状態なのだろう。
しかし、それでは、街を出るときにに会った金髪の男に対しての反応が気になる。
明らかな敵意は、記憶を無くしても湧いてくるもの、
もしかすると、彼が記憶を無くした原因はあの男にあるのかもしれない。
「いい加減、不便になるだろ、薄っすらでも何か覚えて無いのかよ」
反応は変わらず、アルメは適当に男を呼ぶ。
「ムクオ」
「……」
「ムクチー」
「……」
「ムクタ」
「……」
無反応な男を見ていると、だんだん名前のことはどうでも良くなってきてしまった。そもそも二人旅、彼のことを呼ぶのに不便を感じ他ことはなく、「お前」や「おい」で済むのだ。
ここで決めてもどうせ呼ぶことはないだろう。
何より、勝手に名前を決めるのは、彼の親にもう訳ない気がし、アルメは考えるのをやめた。
日が完全に傾き、星が姿を現し始めた、アルメはくつろいだ姿勢で星を眺める。
「まあ、名前はお前が呼ばれたいのをいつか教えてよ、」
季節は秋、星が綺麗に見え、アルメは男が食べ終わるまで星座を探すことにした。
「あっ、」
アルメが突然声を上げたのは、星座を見つけたからではない。
「そういえば私、名前名乗ったことなかったな」
こちらが名乗っていないのに相手の名前を聞くのは筋違いだ、答えられるかはさておき。
「アルメだよ、」
今更すぎて、少し恥ずかしくなりながらそう伝えた。
男の反応は期待していなかったが、ほんの少し頷いた様な、アルメにはそう見えた。
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