3ー10 置き所
転移術とは、魔術師にとって生まれた持った資質が試される。理不尽な代物だ。
「本当に転移旅だな。楽だけど感動がない。オネットの気持ちがわかったよ」
「理解していただけましたか。オワシスは自身の足で辿りつくからこそ有り難みを感じるのです」
廃村。エグレゴアによって禁足地にされたであろうその場所の調査を終えたリベルテ達は、また新たな禁足地の調査に向かうため近くの街に来ていた。
元いた廃村から王都方面、通常なら三日ほど馬車を乗り継いだ場所にある街にアルメ達は転移しおよそ一秒で到着した。
朝起きて、荷物をしまい、魔術で生み出された水で顔を洗い、転移。
実際まだ寝ぼけてまなこで、朝食を食べる間もなく背景が変化したアルメは、昨晩保存用の袋に忍ばせておいた栗ご飯のおにぎりを頬張りなが、先導するリベルテの後をフラフラと歩いていた。
訪れた街は、まだ店が開いておらず。朝の早いパン屋の煙突から上煙から焼けている最中のパンの匂いが香ってくる。
「お腹すいたなー」
「……アルメさん」
現在進行形でおにぎりを食べている娘から出る言葉ではないでが、寝癖を左右に揺らしながら、街を見渡すアルメをオネットは優し気な瞳で見ていては、どちらが年上かわからない。
「昨日は野宿に付き合ってあげたんだ、今日は野宿しないから」
背後で文句を言う少女等にリベルテは一応と釘をさした。
「はいはい、そんな嫌だったか?」
「災厄だった。特に君が言う「子守唄」と言う不協和音」
「悪かったな音痴で」
「私はすんない眠る事ができましたよ、まるで深海から響く孤独な声……」
「クジラかな私は……」
しんみりとそう言った、オネットの例えは存外自分の歌が他者からどう聞こえるのかアルメに具体的に想像させた。
「でも意外でした。リベルテさんはお一人で街に行かれるのではと思いました」
「一度転移で街に行って、それから君たちを迎えに転移を使って再び街に行くために転移を使う。
合計三回も転移術を使わせてられるのはごめんだからね」
「使わない選択肢もありますよ、自らの足で大地を踏み締め。風と共に進むのです」
目を閉じ。旅の風景を想像するオネットにリベルテは呆れ半分な表情を作った。
「君って意外とロマンチストだよね、魔術師なら効率重視するべきだよ」
そんな会話をしながら見つけた宿は。街の入り口からそう離れていない。二回建ての煉瓦作りの小さな宿屋だ。特に観光地として有名なわけでないこの街は、カイカームと比べれば静かで。街の人々が生み出す穏やかな雰囲気が道通り抜けている。
「角部屋がいい」
「たった数泊程度でそんなこだわるか?どっちでもいいよ」
今回は二部屋取る事でき無論男女での部屋訳になるのだが。その部屋割にリベルテが直ぐに注文を入れた。
数日泊まる程度の部屋にこだわりがないアルメは、若干面倒くさそうにそう返し、受付から受け取った角部屋に当たる鍵をリベルテに投げ渡した。
「じゃ、またね」
そう言いそれぞれあてがわれた部屋に入ったアルメは、まず自身の荷を解き。武具に不備が無いか確認し始めた。
「アルメさん……あの」
「ん?」
旅ぐらしのアルメの慣れた習慣を目で見届けたオネット。その声は少し心配気でだった。
アルメはナイフに刃こぼれを確認していた顔を上げてオネットを見ると。少女の目線は部屋に入ってすぐ二つ並ぶベットの片方に向かっている。
「流石に、殿方の目を気にしない時間が欲しいのですが……」
ベッドに座る白髪の男は自身のことを言われているのにまるで気づいていない様で、呑気に干し肉を噛みちぎっている。
オネットに言われるまで、当たり前の様にアルメ達と同じ部屋にいることに気にしていなかった。
完全に空気である。
がそれはすでにその存在に慣れてしまっているアルメだけで、オネットは流石にそう言うわけには行かない。アルメは立ち上がり無言で男の腕を掴みベットから下ろして立ち上がらせると。その背後に周り込み男の背を強く押して。無言で彼を部屋から追い出した。
「これでいい」
仕事を終わらせたアルメは振り向き、オネットを確認したが。残念ながら彼女の安心した表情は見られず。さらにその視線はベットに注がれたままだった。
「……アルメさん」
視線の先、振り向けば直ぐあるベットの上には追い出したはずの白髪の男が無機質な赤い瞳で干し肉を咀嚼している。
振り向けば男がいるこの現象。何処か懐かしい物があるが、現状喜ばしい物ではないのは考えずともわかるだろう。
どうしたものかと頭を悩ませれば、すかさず思い浮かぶ人は一人しかいない。
アルメは再び男を部屋から引っ張り出し。二つ先の角部屋をノックした。
「リベルテこいつを頼む」
「お守りは君の仕事でしょう?」
面倒くさそうにそう応対しそう言ったリベルテは、突っぱねる様に部屋のドアを閉めようとした。
「いや、部屋を一人で使う気か!」
「何言ってるの?初めから僕と君達で分けるって話でしょ」
「普通は男女で別れるだろ!」
「……今更、気にするなんて」
リベルテは何故かどうしようもない物を見る様な目でアルメを見た。
「カイカームの時は部屋が無かったから仕方なかったけど、今は違うだろう」
アルメなりにリベルテの表情を察し、白髪の男の背を押し彼を部屋に入れる様に示すがリベルテは目をすがめ、扉の前から退く気がない様だ。
「僕はこれから調査結果をまとめないといけないんだ。彼を気にする暇は無い」
「コイツをその部屋から勝手に出ない様にするだけで済むだろ?」
「集中したいんだ」
「……コイツはホラ物静かだから」
言葉を並べて彼を託すが部屋の主は徐々に扉を閉め否を示し続けている。
アルメはムッとするが、そんな表情をしたとしてリベルテの心情は変わらない。無口で食べているだけのそんな扱いやすい存在のどこにここまで拒否をする理解があるのか。
「……彼の魔力を感じ無い君が羨ましいよ」
「それこそ今更だな、総会本部でずっと一緒にいただろ」
白髪の男がアルメを追って総会本部から出ようとしたためアルメの一時身の預かり場所としてアシヌス邸に勤めていた時の事を指して言うと。リベルテは指三本分の扉の隙間から金の瞳をすがめて、吐き出す様に言った。
「だから嫌なんだ」
そうして扉は無常に閉ざされた。
「……お前……何したんだよ…」
リベルテの様子からそう彼に問うが、その目は何も語らなかった。




