3−7 個体差
影に潜む無数の目を受けながらも、魔獣は意に介さないと我が物顔で歩みを進める。
そんな奴らを不意打ちで仕留める瞬間が何よりもアルメは好きのだが。しかし残念ながら下準備もなくそんなことはできない。何より片手に持っているのは栗の入った袋と。上着の下に隠している短刀では魔獣相手だと丸腰も同然なのだ。アルメがすべきことはこの場所から逃げる一択なのだが。
今回の魔獣は相手が悪い。
鋭い牙や爪は勿論のことだが、狼とは違う短い毛並みに細長い尻尾。両足の筋肉が恐ろしく発達した姿は、街で見かける猫連想させるがその大きさは木よりも高いため、元の動物の大きさも街猫とは比べものにならないほどの巨体だったのだろう。
(少しでも気づかれたらあっという間に食われる)
気配を消し、魔獣との距離が開けてから動くしか無い。
アルメは呼吸を殺して、一ミリたりとも動かぬ様に木の影からその時を待った。
しかし、恐ろし程の静寂は突如放たれた魔術攻撃によって、終わりを告げた。
「アルメさん!」
(オネット!)
魔獣に攻撃をしたオネット、その表情は悲壮感漂うもので。アルメの隠れる木影とは反対方向にその身を表し佇んでいる。
「私が惹きつけるます!早く逃げてください!」
アルメはその時、少女が自身を守るために魔獣の前に現れたのだと知り、冷や汗を流した。
魔獣は本来集団で狩る物だ。いくら魔術師とはいえ卒業したばかりの少女がリベルテや白髪の男の様にその本来の仕様から外れるとは思えない。
アルメは木影から飛び出して。わざと大きな足音を立てて、魔獣とオネットの対角線へと走り出した。
攻撃を防いだ防御壁をその見に纏わせながらも魔獣はもう一つの足音に気づき。僅かに視線をそちらに逸す。オネットはその隙に身を木々の間に身を潜めてた。
魔獣は新たに現れた獲物を視界に捉えたが。魔力の無いアルメより、先に攻撃を仕掛けたオネットに標的を定めた。元来であれば素早く動き追いつく距離の獲物を無視し。木の影に身を潜めた獲物を見透かす様に見る。
(ダメだオネットの魔力は魔獣には筒抜けだ!)
魔獣を撹乱させ互いに距離を取ることが出来れば良かったが残念ながら思い通りにはならない。
距離を取りながらも思考し、アルメの足は重くなった。
そうこうしている間に。魔獣はその身を掲げ恐ろしく発達した両手足で地面を蹴りその動作一つで、オネットとが身を潜めた一帯に突進し木々を薙ぎ倒した。
倒れ込む木々に押しつぶされない様に。防御壁でそも身を守る。
無傷であったが倒れた木々の間から抜け出すしか無いオネットはその身を魔獣の前に晒すことになった。
「っ!」
隠れることも逃げることも、もはや不可能。戦闘訓練は受けているが。魔女との戦闘を除けば実質魔獣との戦闘はこれが初めてだ。
戦闘訓練とは違い相手は待ってはくれない。人の足ほど長く胴程太い爪をオネットに向けて横凪に振りかぶった。
防御壁に打ちあたりその重量のある攻撃は直撃していないにも関わらずオネットは体を潰される様な感覚を覚えた。
事態を打破するために、防御壁越しに魔術を構築した。今自身が繰り出せる最大威力の攻撃。
杖の魔術語が光、防御壁の向こうに炎の弾丸を創り上げ、風に炎を靡かせながら魔獣に放たれた。
しかし放たれたそれは魔獣の防御壁を破壊することはなくその身を燃えたぎらせ続ける。
だが炎は消える事はなく魔獣の眼前を覆う様に防御壁に纏わりついた。
視界奪われた魔獣、しかし自身の防御壁に自身があるのか。オネットを襲う手を緩める事はなく。その身を起き上がらせ、両前足を振り下ろした。
「!」
防御壁の維持に魔力を集中させ。巨体から繰り出され攻撃に耐える。
真上から推しつぶられる攻撃に足を踏み締め耐えるが自身の防御壁がガラスの鳴く様な声を発したことでオネットは焦り頭上に向けて風魔術を放った。魔力の消費を恐れて対した威力の無い攻撃だが。
重い前脚を少し受けせる事に成功し、その瞬間自身の体を風魔術により飛ばす事に成功させ魔獣の手から逃れた。
片腕でも人の体より大きく重い魔獣腕を浮き上がらせたのだ。オネットの体を飛ばすには十分だった。
思いの外飛ばされた体、受け身を取る体制にはなれず。なすがままの体は何かに強く衝突したが。けれども硬い岩や木とは違い温かくそして自身を受け止める両手にそれが人である事に気づいた。
「アルっ」
「シッ」
アルメはオネットを受け止め抱え、共にその身を木々の影に隠れた。
随分と離れた距離まで飛ばされたオネット、しかしその身の軽さはほとんど同じ体格のアルメよりも軽い。
「オネット、息を吐いて僅かな魔力を落ち着かせるんだ」
「アルメさん」
「知ってると思うけど魔獣は魔力に反応するから、それも感情の動きよって波打つ魔力には」
オネットは同様から冷静になり静かに息を吐いた。
戦闘訓練にて同じことを教官に言われた事を思い出したのだ。
自然に流れる魔力にも動きがあるが人が生成する魔力にも動きがある、魔獣はその動きを感知し人の居場所を的確に見つけるのだと。
だからこそ、体内の魔力を自然界の魔力と同様に凪いだ状態にさせる事で。魔獣から身を隠す事も不意を突き本体に攻撃する事も可能になる。
初手でそれを行えれば戦闘面に置いて魔獣に劣る事はない。
残念ながら魔獣はすでに臨戦態勢でその戦略は取る事はできない。
しかし周囲の魔力に溶け込めばやり過ごす事はできるだろ。
オネットは目を閉じ普段魔力探知を使う際に感じる魔力の流れを意識した。
魔獣は眼前に広がる炎を払おうと首を振るが以前燃え続けている。
「アイツらそろそろ気づいてくれてもいいはずなのにな」
瞼の向こうでアルメの苛立ちを含んだ声が聞こえる。
確かにオネットは廃村の探索中。アルメがいない事に気づき心配になり魔力探知を行いアルメの後を追ったのだ、結果それは魔獣の魔力だったのだが。
リベルテや白髪の男がそれに気づかない訳が無い。
「わざとですかね」
「また試されてるって?」
「そう思います」
オネットは静かに目を開き言うと覚悟を決めた目をアルメに向け、そして少しムッとした表情をした。
「アルメさんどうして戻ってこられたのですか?」
「いや、魔獣も完全にオネットをターゲットにしているしリベルテに頼ろうとも距離があるし。アイツらなら気づくかなって……」
「そうですね。おかげで擦り傷一つしていません」
ムスッとしながらも感謝を述べたオネットは木の影から魔獣の様子を見る。
以前炎から解放されるこのはなく鬱陶しそうに首を振る。
「どうしましょうか。視界はあと少しはふさげますが……」
「防御壁は展開されてる?」
「はい、ですが完全こちらを見失っている様ですね」
「魔獣が防御壁を解いたら炎は無くなるの?」
「ええ、直撃したのは防御壁ですから」
アルメは思案した。魔獣は通常の動物から逸脱した存在。肥大化した体を持つが中身までそうだとは言い切れない。現に魔力に特化した攻撃を持つ癖にあの魔獣は魔力攻撃を一才しない上に。炎から視界を逃れるために首を振り続けている。
「あの魔獣は成り立てだろうな、バカだ」
「成り立てで頭の良さがわかるのですか?」
二人は魔獣の様子を木の影から確認しながら話を始めた。
「何と言えばいいかな、成り立ては魔獣化した事に気づいていない、慣れていないって言った方がいいかな……魔術攻撃をしていないし。防御壁、あれってもしかして解除方法がわからないのかもしれない」
「そんな生態が……」
「個体差はあるだろうね。ギルドに載る討伐対象は村や町周辺に頻繁に現れて村の人達が討伐出来ないと判断した個体だから。オネット達の教科には載るほどの事でも無いのかもな」
アルメは立ち上がり上着の下に手を入れる。
「何を」
「バカ相手なら隙をついて強行突破できる……かもね」
自身があるのか無いのかわからない返答をしたアルメだが。オネットはその長年の経験に頼る事にした。




