3−6 村の守護者
かつて穏やかな場所だったであろう廃村。散策すれば未だ形を止めた家の柱や、投げ捨てられたクワ、朽ちたジョウロなど、生々しい生活の痕跡が目に入る。
下唇を噛み締めその光景から視線を外し。白髪の男を振り返った。
先程まで周囲を見渡していた男はその興味を失ったのか。無表情な赤い瞳でアルメをジッと見ていた。そんな男の腹に軽く拳おぶつけると。アルメは先に進んでいるオネットを追って駆け足で先に進んだ。
魔獣が蔓延る世界で外壁も無く自然に溶け込む様に村が存在できるのは、先人達が受け継いだ高度な広範囲用の防御壁が高い魔術の壁がなくとも、魔獣から村の存在を守ってるからだ。
村の中央には錆びた骨組で囲われた石碑が存在しており。彫られた魔術語は村を守る防御壁を構成している物で、骨組は鳥籠の形をして石碑を囲み、その骨組にも良く見れば細かな魔術語が確認できる。
「禁足地になっても、その存在を維持しているなんて」
オネットは骨組の先にある石碑に視線を向けて、そう一人ごとを呟いた。
少しの沈黙の後、追いついたアルメに振り返り悲しそうな笑みを浮かべた。
「アルメさんは、防御壁の仕組みをご存知ですか?」
「えっと、たしか骨組が周囲の魔力をその石碑に送り込むんだよね」
「えぇ、大気中に存在する魔力のみを取り込み防御壁を生成することで。魔力に強く反応する魔獣を周辺に引き寄せない構想になっているんです」
一石二鳥を体現した仕組みにアルメは感嘆の瞳で石碑をみた。
村や町によってその形は千差万別で、まるで、何処からか削り取られた石の断片が見える物あったことを思い出し。魔術語の仕組みをオネットから聞いたアルメはその正体が古代の遺跡から抜き取られた物なのではと想像した。
「すごいな……」
「カイカームの街もその手法を応用した防御壁を展開している様です。昔は円柱の柱を繋ぐように、それは高い壁が聳え立っていた様ですが。街規模の防御壁の構成に成功しその後、壁を取り払い今の様な柱が残る形になったのですね」
アルメはカイカームの柱の高さを思い出し。かつての街を守っていた高い壁の姿を想像した。
綺麗な海があるのにそれが見えない光景はさぞ息苦しかっただろうと。今のカイカームを思い浮かべると自然とそんな考えが浮かんだ。
「壁を取り払った時は、さぞお祭り騒ぎだっただろうな」
「想像に難くありませんね」
鮮やかな青を思い浮かべたオネットは、悲しげな表情を潜めて。穏やかに笑みを浮かべている。
そんなオネット達に背後からリベルテの声がかかった。
「そろそろ、仕事始めてくれるかな」
「仕事?」
「忘れたの?禁足地の増加がエルデゴアが関係しているか。調査するんだよね?本当に足で纏いできたの。新人魔術師様は」
「忘れていません!」
リベルテに指摘されていそいそと動き出したオネット。
アルメすっかり手持ちぶさたになってしまった。
「なにするかな」
同じく手持ちぶさたな男と目を合わせたアルメは軽く思案た。
カイカームに行きたいがために野宿を先送りにしたのだ。今回こそは野宿をするだろうと思い。
山菜とりでもするかと。廃村跡から少し離れることにした。
「それにしても。六年も放置された場所にしてはスッキリしている」
少し離れた傾斜に上り木々の間から見える廃村跡を見渡せば。崩れた家々の様子が良く見える。
人がいなくなれば家は朽ち、草や木に飲み込まれてしまうものだが。魔力の影響か、植物はその色のみ変化させ。蔦は家を覆わず少し手を伸ばしたところで成長を止めている。
「変な光景だな」
その光景を背にし傾斜を登りきれば。僅かに紅葉が混じったいつもの風景が広がっている。
「この季節、食べ物が多いんだよ」
そう言い、足を進めて周囲の散策に出たアルメは当然の様に背後からついて来る足音に、ピタリと足音を止めて振り返った。
「お前は、ダメだ」
厄介払いだろうと。一応言われたことに反するのは違うと思ったアルメ。
彼の護衛としての任務を果たさせるために。人際指をまるで小さい子供に言い聞かせる様にあげて、自分より頭一つ高い男に向かって言った。
「リベルテ達にところにいろ。二人に危害を加えそうな奴魔獣が来たら……退治しろ」
彼に対する指示は今までにしてきたが。いざ意識して言うとなると何処か疑問感が生まれた。
そもそも、魔獣を殺せなど。自分も参加しない狩に対してそんな命令をして何様なのだと思い、言葉が詰まった上にリベルテがいるのに魔獣の護衛が必要なのかと根本的な疑問もある。
そして何より、一歩も動く様子が無い男に自分が誘導する側では無いと痛感してしまった。
今更ながらこの男、ある程度自身の利害の一致がなければ行動しないのでは無いだろうか。
「…………とりあえず」
アルメは彼の背後に周りその背を押し導きながら来た道を一度戻り。石碑の近くまで押した。
「これあげるから、ここでジッとしてて……」
背負っていたリュックを一度下ろして。中から保存用の皮袋を取り出し、男に差し出す。
常備している干し肉がぎゅうぎゅうに詰められた袋を彼は両手で受け取ると、早速一枚拝借し噛みちぎり始めた。
「あー、軽い、ついでに荷物番もお願いな、勝手漁ったら飯抜きな」
今度はスラスラと言葉が出てきて。彼はすんなりその場にとどまった。
誘導とはこうするのか、などと考えながらアルメは旬の食べ物を探して森の中を歩いた。
人の気配が無い静かな場所に来たのは久々でアルメは身軽さもあり両手を上げて背伸びをした。
木の根を見ればキノコ、枝を見れば木の実。ギルドの依頼では採取はしないが。魔獣の肉の付け合わせとして収穫する時がある。
カイカームで素潜りした時と同じ様に足元に丸い棘の塊が落ちている。その栗の木はすっかり木の実を落とし、少し寂しいがまだ踏ん張っているまん丸な棘がかわいいらしく、見ていると木のてっぺんから小さな生き物が降りてきてアルメの視界に入った。
「あ、リス」
小さな体ですばしっこく動くリスはアルメから少し遠のいた位置で。地面に大量に落ちている木の実を頬袋一杯に詰め始めた。
「私も、詰めるかな」
そう言ってアルメは地面に転がる棘を踏み中の栗の実を取りだし、持ってきていた空の小袋に詰め始めた。
夢中になり。選別しながら実を拾っていると。アルメの周りが恐ろしいほど静かになった。
虫の声も微かな小動物の足音も聞こえない。その感覚にアルメ良く覚えがあった。
反射で体をかがめたまま幹の太い木の影に身を潜める。虫も動物も皆アルメと同じ様に身を潜めているだろう。
(あぁまずったな……リュック置いてきたんだった)
以前はほぼ毎日の様に相対していた相手。けれども僅かな時間でもその存在から離れてしまうと。抑えようとしても。緊張感が湧いてくる。
黒い体に赤い目を持つ四足の魔獣が、血肉をめて徘徊していた。




