3ー5 廃村
「子供じゃあるまいし、大事な調査中に水遊びだなんて」
海辺の宿を出た四人は図書館に借りた本を返しに来ていた。
「水遊びじゃ無い、素潜りだよ。リベルテも食べれば良かったのに」
「知らない生物の中身を載せたパンなんて食べるわけ無いだろう……」
早朝の浜辺で、何処から持ち出した鉄板にパンとアルメの取った棘皮動物の内臓らしき物をバターで焼き始めた姿に、リベルテは今までになく引いた。
さらには朝食だと言われ、リベルテ達に振る舞うのだ。無論リベルテは断ったが、驚いた事にオネットは嬉々として食した。
「お待たせしました」
そんな令嬢らしからぬ行動を取った張本人は。受付で本の返却を済ました今現在、何事もなかった様に振る舞い。さらには怪訝な目で見てくるリベルテを不思議そうに首を傾げて見返した。
「どうされましたか?」
「……いや、そろそろ行こうか」
こちらを伺う疑問の瞳から目を逸らしオネットの横を通り図書館の出入り口に向かった。
「どうかなさったのでしょうか?」
「さぁ、腹でも空いてるんじゃ無いか?あいつの飯食ってる姿見て無いし」
リベルテの心情など全くわからない二人は疑問を口にしながらも、リベルテに続いて図書館を出た。
「もう禁足地に向かわれるんですか?」
「ああ、試したい事があるんだ」
オネットに聞かれたリベルテはそう言うと一直線に街の出入り口に向かった。
アルメはカイカームを出る前に再び青い海を振り帰り、その藍色の瞳を碧色に染めた。
*
カイカームを離れて、一同は再び禁足地に訪れた。
「何を試すんだ?」
そうアルメが聞くと、リベルテは無言で皆から離れて禁足地の堺に立ち手をかざした。
現れたのは黄金の防御壁、リベルテはその状態で一歩足を踏み出すとを「ジジッ!」互いの魔力を拒否する音が響いた。
「高魔力同士の塊の衝突によって壁がある状態になっているんですね」
オネットの考察を聞き、確かに壁がある様にアルメには見えた。
しばらくすると、先日も使用した金の糸が現れリベルテを中心に内側から防御壁にふれた。
アルメは固唾を飲みその異様な光景に、「大丈夫なのか?」とオネットを見ると少女も杖を握りこんで、心配そうにリベルテを見ている。アルメが止めるか尋ねたがオネットはしばらく思案し何かに気づいた様だ。
「大丈夫です。アルメさん私の想定があっているなら。現状リベルテさんの身には何の負担もかかっていません」
「そうなのか……」
オネットが自身げにそう言いったのでアルメも防寒する事にしリベルテに視線を写すと、彼の防御壁が先ほどよりも大きくなっている事に気がついた。
「デカくなって無い?」
「自身の魔力で構成している防御壁を禁足地の魔力を使用する様に回路魔術で変換しているんだと思います」
魔術のことをあまりわからないアルメでも、賢いと思ってしまった。
人が呼吸できぬほどの魔力の塊。その存在は一般の魔術をぶつけても何の変化も起こさないが。
使用すると考えれば、少しずつでも塊を消化するこちができる。
そうして輝く黄金の防御壁はその現れた魔術語の数を増やし、何十にも重なる様にその厚みを増している様だった。そしていつに間にか、拒否反応を示していた音もアルメ達の耳には聞こえなくなった。
「終わった」
「お疲れ様です!」
リベルテが防御壁を解き、そう呟くと、隣でうずうずしていたオネットが満面の笑顔でリベルテに駆け寄り、労いの言葉をかけた。アルメも後に続いて禁足地の境界、僅かに雑草に色がが変化している手前で足を止めた。
「これこっから先入ってももう大丈夫なんだよな」
「……入ってみれば」
何故か断言することなくそう言ったリベルテ。自分で確かめろと投げやりに言われたアルメはムッとした表情をしたが、少し悩み意を決して踏み出す事にした。
「えい!」
アルメが一歩踏み出すその瞬間オネットに先を越されてしまった。
「すごい!魔力の淀みを一歳感知しません!」
振り向きキラキラした瞳でそう言ったオネット。
「大丈夫です!アルメさん奥に行ってみましょう!」
声をかけ、オネットは駆け足で奥に進んで行った。
子供の様にはしゃぐ姿にアルメは微笑み、そっと、禁足地だった地に足を踏み出した。
靴越しに感じる地面の感覚は同じで、正面から僅かに吹く風も何か特別な事が行われたのを知らない様だ。
「オネットから説明されて、思ったんだけど……」
少し進んで足を止めたアルメはリベルテの方を振り向きながら、疑問に思ったことを言った。
「禁足地の魔術を使用してあの巨大な防御壁を作ったんだよな?」
「そうだよ」
「リベルテは前にコイツの魔術がまるで食べられている様だって言っていたの思い出したんだ、もしかして、コイツの魔術でこれから先の禁足地もどうにかできるかも……なんて」
いい案を思いついたと、リベルテに提案したつもりだが。その目は少し細められ何か検討違いな事を言っているのかと言葉の最後が尻窄みになった。
「君の言う通り、彼の魔術から発想を得たんだ。あの感覚を経験しておいてよかったよ」
ジトリと白髪の男を横目で見たリベルテ。確かに実質手を出そうとしたのは彼が先だが。リベルテもガンガン好戦的だったとアルメは記憶している。
「じゃあ、コイツでもできるんだな」
「できるだろうね、けど安全性の保証はできない。僕がどうして防御壁を使用したかわかる?」
「いや」
初めから考えていないのか。はたまた話を進めたいのか、すかさずアルメは返事した。
「……禁足地に魔術をぶつけると、魔術は破壊されるんだ。大なり小なりその衝撃は派生する」
一旦言葉を区切ったリベルテは。自身も堺をまたぎ、元禁足地の先に進み始めた。
「過去に魔力循環を働かせるために数人の魔術師で魔術を行使したそうだけど、禁足地は変化なく。ただ魔術師達が怪我を負ってしまっただけ。でも守りに特化した防御壁なら、その反動は無いんだ。」
説明を受けながら、アルメもリベルテの後をついて歩く、元々は村が会った場所なだけあって、奥に向けて視線を向けると煉瓦の外壁に残骸や。屋根だけ残された家の跡が目に入った。
「彼の魔術の仕組みが理解できていない内は、やらない方がいいだろうね」
チラリとアルメは背後を歩く彼を見る。珍しそうに周囲を見渡していた男は、視線に気づいてアルメと目を合わせた。
「なぁ、今更なんだけど、私って厄介者扱いで使われた?」
アルメがそう思った理由としては。魔術師の総本山とも言える総会が特殊な魔術を持つ男のことをわからないままで、送り出すだろうかと思ったからだ。
リベルテの様子から、彼の魔術は未解明なままであると予想でき、そして今の現状を垣間見ると、恐らく調査したがわからなかった、と言う方がしっくりくる。
あれだけ人で不足を醸し出す総会で、二時間おきに食事の催促をする男など厄介者以外の何者でもない。
「そうだろうね」
「え〜」
なんの淀みもない声色でそう答えたリベルテの背後でアルメは疲労を滲ませた声を出した。




