3−4 夜の海
図書館の後アルメ達は宿に戻る道すがら軽い観光をした。広場の大道芸人。街の至る所にある貝殻を使った壁画。それら全てはカイカームの青の一部になっていた。
「遅い」
そうして、軽い観光を済ませ、三時間ほどで宿に戻ると。出た時より機嫌が悪いリベルテが待っていた。
「そんな待たせたか?図書館からそれなりに距離があるんだぞ」
「往復一時間半もかかるの?」
「リベルテじゃあるまいし……それに少しの寄り道くらい許せよ。はい、お土産」
口を尖らせ意義を申し出たアルメは片手に持っている入れ物をヒョイとリベルテに差し出した。
「……黒いんだけど……」
「イカ墨パスタ」
「美味しかったですよ、これ頼まれていた本です」
「一冊足りないんだけど……」
「貸し出し中でした。すでに絶版になっているので、書店では取り扱っていませんでした」
申し訳なさそうなオネットと特に何か考えている訳では無いアルメの顔を見て、リベルテはため息を吐きオネットの本だけ受け取ると、再び席に戻り、手帳を開いた。
「イカ墨パスタ……」
「お腹空いて無いんだ、遠慮するよ」
「美味しいのに……」
アルメが渋々と手を下げると、横から白い手がトレイを受け取り、黒いパスタを食べ初めた。
「うまいよなー」
唇を黒く染めた彼はコクリと頷き同意した。
*
記念すべき旅立ちの日一日目はオネットの思う様にはならなかった。
リベルテとの距離に頭を悩ませるが、それよりも自身の身の置き所がわからない。
必要無い 何ができるの? 邪魔しないでね……
その通りだと思った。だからこそ、その言葉の数々が小さいながらも胸の内に消えず残っている。
だからだろう、色んな体験をし疲れが溜まったこの体が未だ眠りに着く事が出来ないのは。
オネットは自身の横になる寝台で、目を閉じて外から聞こえる海の音に耳をそばだてていた。
聞きなれない音の数々。しかし隣で眠るアルメの寝息からこの海の音はとても心地の良い物だとわかる。
僅かな灯りが瞼越しからもわかるほどで、知らない土地でもそばに人がいる気配は安心をもたらす。
リベルテは皆が寝静まった時間でも、ひたすらペンを走らせ、手帳に自身の構想を書き出している。新品の手帳はすっかり文字でその中身を半数は埋め尽くされてしまっただろう。
意識しなくともその音に耳を傾け、聴いているとふとリベルテが静かに席を立つ音が聞こえた。
音を追っていると部屋の外に出たのがわかり、オネットはそこで目を開けた。
机の明かりは消されており、カーテンの隙間から漏れる月灯りで外が部屋の中より明るいのがわかった。
そっとカーテンを開けば、障害物もなく平たい海が月明かりを反射している光景が広がっている。
しばらくその光景に魅入っていると、海辺にリベルテが現れゆっくり海を見ながら歩く姿に、息抜きの散歩を始めた様だとなんとなくだがわかった。
オネットは何気なくだがそんな光景に混じりたいと思った。
夜の海は昼間に感じた美しさと暗闇に飲み込まれてしまいそうな恐怖がある。自然の恐ろしさ、けれども目を離す事が出来ず、砂浜についた足跡を追っていると、いつのまにかリベルテに追いついていた。
「……眠れないの?」
意外にも彼の方からオネットに声をかけてきた。
オネットに気づき、振り向いたリベルテの白いワイシャツの襟が風に少しなびき、その風の冷たさにオネットは体を震わせた。
「ええ、それにしても夜の海風は冷えますね……」
「そんなんじゃ、野宿なんてしたら、もっと眠る事が出来ないね」
「……そうかもしれません」
少し、ぶっきらぼうにそう言ったリベルテにオネットは少し微笑んでそう返した。
「……君って人から好かれ無さそうだよね」
「真正面からそ言ってくださるとは、リベルテさんはやはり生真面目でいらっしゃいますね」
堰を切ったよう様に始まった言葉の応酬。少し幼稚なその光景に今は止めに入る物がいない事に気づいた二人はそれ以上何か発する事なく、しばらく無言の時間が流れた。
「……リベルテさん、その、昼間は怒鳴ってすいませんでした……あと本をお届けするのも遅くなってしまって……」
沈黙を破ったのはオネットの謝罪だった。
「別に……気にして無い」
海を眺めてながら、そう言ったリベルテ、その声は先ほどよりも穏やかだった。
「あの、本当にお手伝いできるこちがあれば、何でも言ってください。私、お役に立ちたいんです」
「……今は特には無いよ……」
そうして堂々巡りの二人、再び沈黙が訪れオネットは気まずさを覚え、チラリとリベルテの表情を横目に覗いた。
リベルテは無表情で海を見ておりその心情は読み取れ無い。
まだわからない、まだ知らない、けれどもほんの少しだけ同じ時間を過ごしたからか、オネットの複雑な心境を落ち着かせた。
凪いだ海がそうさせたのだと、僅かな海の音が囁く。
指先が冷えて来たのでオネットは体をさすり、宿に戻る事にした。
「そろそろ戻ります……」
「……そう」
リベルテはしばらくはこの場所に止まる様で視線を海に向けたまま小さい声でそう言った。
来た道を戻りながら、柔らかな砂浜に足を取られない様に宿に戻った。
シンと寝った廊下は自身の足音が良く響く事に気づき。意識して足音を抑えて進み自身の泊まっている部屋の扉を開けると、ぐっすりと眠っているアルメ達が目に入る、
どうしてそうなったのか。初め見た時はアルメのお腹を枕にして眠っていた白髪の男は完全に横向きに乗り上がっている様な体制になり、圧迫されたアルメは息苦しさを感じられる声を漏らしている。
大丈夫なのだろうか?一度起こすべきなのだろうか?
オネットが悩んでいると、アルメは目を僅かに開き、モゾモゾとお腹の上に乗りあげる男を押しのける。
「大丈夫ですか?」
「だ……」
初めての一言しかわからなかたがどうやら大丈夫そうなので、オネットも横になった。
目を閉じ体の力を抜けば、僅かな眠気に気づき。オネットはそれに身を任せた。
*
普段夢を見ないオネット、しかし昨日は様々な物を見聞きしたためか、可笑しな夢を見た気がした。どう言った物か思い出す事が出来ないが。僅かに残る何かを見たと言う意識がそれを示していて。寝起きの頭が不思議な感覚にすぐに思考を働かせた。
起き上がり、隣を見ると。眠っていたはずのアルメはすでに起きており部屋にはオネット一人だけだった。
カーテンを開き窓を開けると水色の世界が一面に広がっており、夜が開けたばかりだと気づいた。
ふと激しい水音が聞こえそちらを見ると。アルメが水辺から上がってくるのが見えオネットは驚いた。
「アルメさん!何をされているにですか!?」
「おーおはようオネット、素潜りだよ」
そう言って、下着姿のアルメは片手に持っている網状に袋を掲げた。
「素潜り?」
「そうそう、早く目が覚めたから。浜辺で海を見ていたら漁師が話しかけて来てな、話の流れで素潜りしていいか聴いたら。この黒くて長いトゲトゲのやつ大量にいるから取っていいて!」
トングで自身の成果を取り出しオネットに見せようと宿の方に近づくと。その背後で大きな水飛沫が上がりアルメもオネットもそちらに目を向けた。
「あはは、海藻人間……お前……服のまま入るなよ!」
砂浜に上がって来た男は何処を泳いだのか、首や腕に様々な海藻を付けて現れた。可笑しな姿だが、その姿はワイシャツとズボンで水に入るには不適切な姿だったため揶揄っていたアルメもすぐに冷静な指摘を入れて、小言を言い始めた。
その光景を窓から見ていたオネットはどうしてか楽しそうに見えた。
「アルメさん、私も誘ってくださればいいのに」
そう言ってオネットは軽く身支度すると。アルメ達の元に向かった。
裸足になり、オネット達はリベルテが呆れた顔で様子も見にくるまで波の打つ感触を楽しんだ。
忙しいさにかまけておりました。




