3ー3 図書館
一騒ぎあったが、その後は街の鮮やかな風景を楽しみながら図書館に到着できた三人は目の前に現れた厳かな建物に口をあけた。
「おおー要塞」
「外観は二百年も前のまま維持なさっている様です。海風から書物を守るため、壁の厚さは1メートル半程あるんですね」
嬉々として語るオネットは観光地には良くある建物の説明文が書かれたプレートを読み上げ、目を輝かせている。
カイカーム唯一の図書館は入り口が全部で二つあり、魔術書と一般の書物を分けて管理していた。
そんな豪奢で重い扉を開き中に入ると確かに壁は厚くそして二重扉になっていた。
カイカームには何度も来ていたアルメでも図書館など来る機会がなかったのでその雰囲気に心臓を弾ませながら二つ目の扉を開いた。
そこは、一面本の世界だった。
びっしりと本棚が並び、その広さ高さに全体を見渡せばなんと天井にまで本棚があるでは無いか。
「上の本は落ちる以前にどうやって取りんだ……」
「恐らく持ち出し禁止の本ですね、図書館関係者や王宮魔術師程の研究機関しか閲覧できないのでしょう」
なるほど、地位の高い魔術師専用の本棚らしい、相手が魔術師ならあの高さから本を取るのも簡単なのだろう。
「ここから探すのか……メモのタイトルはなんだ」
「古代の魔力の流れの調査書とアクラシアの波、あとキルガナとハルメアの三冊ですね」
後半二冊の内容はサッパリ想像がつか無いがタイトルだが、アルメは気にする事なく探そうと本棚に近寄った。
そして直ぐにつまずいた、本棚全てのタイトルが魔術語で表記されていたからだ。
「…………オネット、私、魔術語読めない……」
「大丈夫ですよ、本の場所は司書の方に聞けば良いので」
「なんだそうなのか」
確かに読みたい本を借りるのに、この中から探し出そうとしたら丸一日はかかってしまうだろう。
安堵したアルメは入り口付近にある受付カウンターにオネットと共に向かった。
「すみません、このタイトルの本をお借りしたいのですが」
「はい、拝見します」
眼鏡をかけた優しそうな顔立ちの司書が丁寧な仕草でメモを確認すると、直ぐに申し訳無さそうな表情を作った。
「申し訳ありません、アクラシアの波は現在貸し出し中になっておりまして」
「そうなんですか……では残り二つお願いします」
「かしこまりました、あちらの席でお待ちください」
残念な事に、探している一冊は貸し出し中の様だったがオネットは特にガッカリした様子もなく司書とやり取りをした。
「良くある事なのか?」
「有名な書は特にですね、これ程の大きさの図書館なら数冊は寄贈してあると思いますが、今日は運がありませんでしたね」
司書に案内された読書スペースにこしかければ、そこにはローブを羽織った人々が本に釘付けになっていた。なんとなくだが、喋る事をはばかられたアルメはそれ以降口を閉ざし視線を彷徨わせると、また彼がいない事に気づく。
「まただ、探して来る、オネットは待ってて」
「はい、見つからなければ手伝います」
司書を困らせるわけにはいか無いのでアルメは一人彼を探しに席を立った。
いつもは気にしなくとも勝手に後ろを着いて回る男は少し合わ無い間に活発的になった様だ。
入り口まで一緒に入ったのは確認しているため、外に出ていなければ図書館内にいると思うが、いかんせん広いため奥にフラフラと行って、行き違いになるのは面倒だと思いながら探していると。
ふと魔術語だらけの図書館にアルメでも読める文字が目に入った。
(共通語だ……)
その周囲の本棚は全て同じ共通語のタイトルで綴られており、隣の本棚を見ればこちらも読む事のできるタイトルだった。
見れば音が響か無い様に敷かれてある絨毯の色も青から赤に変わっており、そこはどうやら共通語で区切られた場所らしく本棚の側面にはプレートでこう書かれていた。
「よ、幼児用……」
本棚から一冊抜き取り、本の中身を見れば、共通語の下に魔術語が書かれているため変換用の辞書に様な物らしいとわかった。
(そもそも、なんで魔術語でタイトルを書いてあるんだ、魔術語って魔術を発動させる文言だよな……)
疑問に思ったアルメは後でオネットに尋ねようと思い、本を棚にしまった後、赤い絨毯の敷かれた先に彼がい無いか再び探し始めた。
「いた」
意外と直ぐに彼を見つける事ができたアルメはその光景に驚ろいた。なんと言葉を一切喋らない白髪の男が本を手に取り開いていたからだ。
(あいつ字読めたのか⁉︎)
失礼であるが、そう思うのも仕方の無い事だ。彼が何の本を読んでいるか気になったアルメは静かに近づきその手元に本を覗き込んだ。
そこには花の名称と説明文が書かれておりどうやら植物の図鑑の様だった。
「探したぞ……」
アルメが静かな声でそう声をかけると男はゆっくりとこちらを見た。
「何か面白い物でもあったか?」
明確な返事は返ってこないだろうと思っていたが、彼が食べ物意外で自ら行動する姿を見た事が無いので、どの様なジェスチャーを繰り出すのか気になっていた。
「……」
数秒程アルメを見たまま微動だにしなかった男は、その視線をこちらに向けたまま首を傾げた。
「なんだその反応、面白い物なかったか?」
「フーン……(鼻で行きを吐く音)」
「悩ましげだな……」
彼はその後、ページをペラペラとめくり終えるとパタンと図鑑を閉じた。
「花言葉?」
何故か本棚に戻さずにアルメに手渡された本。そのタイトルは「身近な植物の花言葉」と言う物で、通りで見覚えがあるはずだとアルメは思った。
自然に囲まれた狭い村では、遊びになる物が少なく、子供はそれぞれ楽しそうな物を探したり、作ったりした。
中でも女の子の間では花の花冠を作ったり花占いなど、誰しも経験した事がある思い出だろう。
その延長で、今自分が花冠にした花がどんな名前で、どんな花なのか興味を持つ子も現れる。
村にあった図鑑はそんな子供達によってページをめくられる日々を送っていた。
「そろそろ戻ろうか、オネットが待ってる」
本棚にぽっかりと一冊分空いていた空間を埋め。アルメは彼に一緒に戻る様に促すと、彼は満足したのかアルメの後を大人しくついて歩いた。元きた通路を戻りながら次からは一声かけてから自由行動してほしいと言うと、静かに頷いた。
やはり初めて会った時よりコミュニケーションが取れる様になったと改めて気づく。
「アルメさん、見つかったんですね、よかった」
入り口付近に戻ると、オネットが両手で本を抱えていた。
「お待たせ、幼児用の所にいたよ……」
「翻訳書が並ぶ棚ですね、懐かしいです」
オネットは頬を綻ばせそう言うと、アルメは疑問に思った事を尋ねた。
「魔術語って魔術を発動する時に使う物だろう?、共通語からの翻訳ってよくわからないんだが……」
「魔術語と言ってしまえば、そう解釈してしまう方も多いですね。あれは言わば古代語なんです」
「古代語?」
「はい、古代語は魔術を発動できる文ですので現代では魔術語と呼ばれています」
「へぇー、じゃあ、古代語で書かれた花の名称や人名に魔力をこめるとどうなるんだ?」
「その場合、魔術は発動しません。魔術語は単純に魔術を発動する文では無いんです。古代語の中にも魔力を具現化する文法、言わば動詞や形容詞などもありまして、……長くなるので完結にお伝えしますと、魔術は古代の遺産なので、現代の私達が魔術を使うにはその古代語を理解できななければなら無いのです」
スイッチの入りかけたオネットだが、目を点にしこちらを見るアルメに気づき。すかさず簡潔に内容を伝える事にシフトした。
「何となくわかった。古代語の中にも魔術を使える言葉と、そうじゃ無い物があるんだな……」
「…簡潔に言えば、私達が古代語を習得するのは、その魔術語の発掘と新たな文を構成するためです。」
「すごいな、歴史学者でもあるって事だよな……いっぱい勉強したんだな」
魔術師の勤勉差はアルメの想像以上のもので。呆気に取られた声でオネットにそう伝えると、彼女は恥ずかしいそうな顔を作り、小さな声で訂正いた。
「最も、今はこうやって翻訳書まで多く出ているので、学園で学ぶのは暗記がほとんど、基礎と基礎の組み替えの様な、魔術しか生み出されていませんが……」
少し、寂しそうなオネットはさらに小さい声で、「もっと早く、生まれていれば」などと聞こえる。
アルメなら、便利な時代に生まれた物だと思うが、研究意欲が高いとそうは思わないのだろう。
疑問が解消しスッキリしたアルメは、再び違和感に襲われた。
そう言えばこの白髪の男は、魔術語を使用せずどうやって魔術を使っているのだろう……と。
「そう言えば、リベルテやコイツの様に、魔術語の書かれいる道具を使わずに魔術を使うのってどうやってるんだ?」
「それは、化け物だからです」
「へ?」
再びアルメから投げかけられた疑問、オネットが嬉々として話してくれると思っていたアルメはその端的かつ、理屈や理論も無い返しに、思わず気の抜けた声が出てしまった。
「昔……リベルテさんのお父様に同じ質問をした事があります。魔力を使う時に魔術語を頭の中で構築するそうですが……サッパリできませんでした。恐らく体の構造から違うのでしょう」
そう結論づけました。と良い笑顔で言うオネット。
できない物はできないと、見切りをつけるその判断力は幼い頃からの片鱗なのだなと、アルメは思った。




