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くいかえし  作者: Kot
スイトピーの様な
49/101

2−23 未練


ふと何かの気配を感じ目を開けた。


自分にそっくりな太い眉を下げて、心配そうにこちらを見るアシヤはノワールと目が合ったのを確認すると声をかけた。

「団長、毛布も使わずに仮眠なんて、風邪を引きますよ」


騎士団宿舎だからか。ノワールをそお呼んだアシヤは茶色いソファーから身を起こし後頭部を寝癖で跳ねさせ髪をガシガシと掻く団長にさらに小言を続けた。


「風呂どのくらい入っていないんですか?」


「……二日」


衝撃の言葉を聞いたアシヤは驚きで声を出さずに一歩後ろに下がるが、すかさずノワールが息子の手をガシリと掴み、先程二日も洗っていない自分の頭を掻いた手で、乱暴にアシヤの髪をガシガシと撫でた。


「やめてください!」


「ハハ、二日入ってないぐらいで騒ぐな。冒険者どもは一週間風呂に入っていない奴もいるんだからな」


「入れ無い環境にいる物と貴方は違うでしょう。何のために部屋にシャワーが備え付けられているんですか」


ガサツな父親の腕から解放されたアシヤは短く切られているとはいえ、ボサボサになってしまった髪を軽く撫で整えた。


この息子は自分に似て大雑把のところがある癖に、騎士団員入りを果たしてからこうやって繊細な物言いをする様になった。稽古疲れでそのまま風呂に入らずベット寝ていた時代も。早朝お互いに寝癖も気にせず、家の庭で稽古をつけていた時代も、今思い返すと懐かしいと感じる。

今までに無くシンミリとした気持ちになるのは。懐かしい記憶、その夢を見たからだろう。


「水を持ってきましょうか?」


アシヤをボー見ていたからだろう。再び眉を下げて心配した表情をしノワールにそう聞いた。


ノワールは少し考え喉の渇きを感じたので、頼もうとし口を開こうとしたが、それは虚しい腹の音に変わった。


「……腹減ったな」


「サンドイッチでも持ってきましょう」


そう提案したアシヤ、しかしノワールはその言葉に甘えることなく立ち上がった。


「いや、久々に家に顔を出したい。この時間だが残り物くらいあるだろう」


「団長がどんなにいいと言ってもシェフは大慌てで夜食を作りますよ」


「じゃあ、適当に買って帰るか、土産も欲しいな」


魔術師総会との連携のため数日王都を離れていた第三騎士団。戻って来てからも王宮魔術師の駒使いや。エグレゴア、グランとそれに関係する貴族の調査や見張など休日のない日々を送っていた。


ただでさえ幼い娘は、悪人顔負けの父親に距離をとってしまっているのだ、家に帰れないとあっては完全に父親と認識されなくなってしまいかねない。


ノワールはソファーの背もたれに無造作に掛けていた第三騎士団の黒い隊服を肩に羽織ると思い出した様にアシヤに尋ねた。


「そういえば、あれはどうなった、えーと()()()だったか」


思い出したのはエグレゴア本部をリベルテが襲撃する前、その男は王都郊外の騎士団詰め所に全身を拘束魔術で縛られた状態で入り口に投げ捨てられていた。


異様な光を目のあたりにしたのは王都を守護する役割を担う第二騎士団。

王都を守護するのは第二騎士団管轄なので基本王都に点在する詰め所に第三騎士団員は配属されていない。

そのため魔術の専門知識が無い騎士は持ち物からその男が魔術師であると判断し、その後すぐ第三騎士団に報告がなされノワールの知るところとなった。

 

「騎士団本部の地下で幽閉されています」

 

ブラン、その名がわかったのは、エグレゴアが襲撃されたあとアシヤを含む調査を行った団員によって伝えてられた。


グランは魔力を多く持つ身寄りもない孤児達を見つけては地下で育成をしていた様で、ブランもその内の一人だと言うことが明らかになった。


「薄気味悪いのは相変わらずですね、数名の貴族が男の早期死刑を進言しています」


「ぬるま湯に浸かっているやつらが、死刑などとよくその言葉を知っていたな」


「本部内でその姿を見た事は一度もありませんが、一応グランが総帥になる前から在籍をしていた物達です」


「どうせ、実力もなく肩身の狭い奴らだろう、ルガルデが除籍しない事をいい事に、顔だけでかくなったボンクラども」


ルガルデの死は実験の事故死とエグレゴアから表明された。当然リーブルやノワールはその事を信じてはいなかったが。貴族が多いエグレゴアにいくら騎士団長のポジションにいようと。いくら公爵または魔術師総会のポジションにいようとも、内部からの進言を覆す証拠が出なければ、真実は隠されたままだった。

そしてルガルデの死が原因で貴族間での派閥争いに発展する事を恐れた中立派筆頭のラシラス家と王家によって事態が一時凍結状態になった。


そこからノワールが何度か内部調査を開始する旨をエグレゴアついには王家に進言したがそれが叶う事はなかった。

理由は悲しい事に、ルガルデの出身が孤児だったために王家はそこまで問題視をしなかったのだ。

貴族席でも無い孤児出身の魔術師の死よりも、派閥の分断を恐れた。


それはノワールにとって生ぬるい判断で。腐った部分を面倒だからとそのまま放置した行為そのもの。腐敗はもちろん進むに決まっている。


「ブランの発言はおかしな物ですが嘘はついていないですね、彼はグランから殺しの指示を受けていました。その対象は魔獣から人まで範囲は広いのですが誰を殺したか、またその理由は知らない様です」


「死刑の進言をした貴族は、グランになんらかの支援をしていた奴らだ。地下の存在を知っている奴が牢屋にいるとなっちゃ、困ることがあるのかもな」


ノワールは苛立ちを感じた様で笑ながらも吐き捨てる様にそう言った。

「可哀想な奴だよ、あいつはどう見ても研究堅気だ」


思い出すのは牢屋の中。後ろでに両腕を縛られたブランの姿。傷だらけの顔と胴体、そして一番目についたのはその体だった。

他の団員からの説明を聞き確認した時、目に映ったのは。自身の体を実験に魔術語を切り刻んだ跡だた。


『面白い事してるな』


『ハッハ、あんたもどうだ?魔術の構築をより直に感じられるぞ』


『後何人、同じ手法をする物がいる?』


『しらねぇー、グランでも気味悪がっていたからなぁ、フフ俺の専売特許だろうなぁ』


牢屋でも会話を思い出しノワールは呆れを通り越した笑みを浮かべた。


(あそこまで体を鍛えられる上に魔術にも貪欲。グランに出会わなければ第三騎士団で顔を合わせる日が来たかもしれないのに。勿体無い)


「あいつはまだ殺すなよ、証言者は多い方がいいからな」


「はい、王宮魔術師もそれには賛成しています」


「あの人らは単純な興味の方が勝っているだろうな」


「同感です」


やれやれと話を区切った二人は、その後も話をしながら宿舎を出た。




ルガルデ死んでも、グランが死んでも、王都の光景はそうやすやすとは変わらない。

時計が0時を指す少し前、夜の暗闇の恐れを知らない人々が店の明かりに集まる姿を捻くれた物達はまるで蛾の様だと揶揄するだろう。ルガルデ死んでから数年はノワールもその捻くれた者の一人だった。


いつもはくだらないことでも笑う家の主人が、暗い表情で酒を飲む姿を何度も見せたのだ。家族であれば心配しないわけがない。

簡単に励ましの言葉をかけることなどできるはずなく。妻も息子であるアシヤもそして使用人も皆長い年月よく見守ってくれたと感謝の気持が湧いてくる。


それと同時に悲しみなどくれる暇は無いのだと過去の自分を殴り飛ばしたくなる。

自分が悲しみに暮れている間ルガルデの息子は暗い地下に閉じ込められていたのだから。


結界の存在はあるだろうと思っていた。エグレゴアには代々結界魔術を相伝しているグレイ伯爵家が在籍しているのだ。


確かな証拠がないから?内部からの告発が無いから?


当時まだ騎士見習いだったアシヤがエグレゴア内で独自に探索をしその度に何の証拠も掴めず落ち込む姿を見て来た。


大人気ない、怪しいとわかっていたはずなのだ。

反感を買っても内部の調査を強行すべきだった。


どれもこれも今となって言えることだ。


結局はリベルテが自分の力でグランと対峙し地下から解放された。


……本来ならば背負う必要用の無い錘を背負って。


あの時あったリベルテは自責の念に押しつぶされている様に見えた。十年も自分達親子に何もしなかった周囲に憎しみの感情を露わにして良いはずなのに。距離を取る様に自分は罪人だと背を丸める姿は痛々しさを感じさせる。



「……アシヤ……」


「何ですか?」


先ほどから無言になってしまった父親、何か考えごとを始めた様でアシヤは、名を呼ばれるまでその背をみていた。


「……もし親父を殺されたら、お前は周りを憎まないか……」


質問の意図はすぐにはわからなかった。自身の父親は目の前で健康体でいる。


「何故もっと早く助けてくれなかった……そう思わないか」


現状の言葉から連想される人物はリベルテのことだろう。しかしアシヤとリベルテでは置かれている環境が違うため父親が知りたがっているリベルテの感情を答える事はできない。


バカ真面目なアシヤはできるだけ父親の憂いを増やさぬ様に、答えを出した。


「俺は自分を憎みます。何故助けてやれなかったのだと」


「……」


「そして父親を憎みます。どうしてあの程度の雑魚にやられたのかと」


それはアシヤらしい答えだとノワールは思った。

真面目な声色で返してくれたその答えに笑ってはいけないとわかっていたが、口角が自然と上がってしまう。


「そうか、なら憎まれない様に生きなきゃな」


「……えぇ」


いつのまにかルガルデを自分に重ねてノワールは返事していた。


そして気づいた、ルガルデが簡単に殺されるわけがない。剣も体術も苦手だと、まともに相手になった試しはがないが。魔術一つでそれらを凌駕する奴だった。


不意打ちを狙われようが、人質を取られようが、タダで死ぬわけがない。

きっとルガルデは、成せる全てを使ってリベルテ(息子)を守ったのだろう。


生半可な覚悟で、父親になったわけではないのだから。


……背負う物が多いと身一つでは足りないなルガルデ……


街の明かりで普段は見えにくい星空は何故だかよく見えた気がした。


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