2−18 子守役
昼。襟首を掴まれ、もがきながらラシオンと共にギルドに搬送されたローリエを見送り。
アルメはあっという間の一日を終えた。
ようやく待ち望んだ日が訪れローリエと共に借りていた部屋の掃除を済ませ、大きなリュックを背負い女性寮をでた。
向かう場所はアシヌス邸。使用人時とは違い正門の前に向かえば、心得た門番が扉を開き案内人によってアルメはある部屋の前まで通された。
「この部屋でお待ちください」
(そんな逃げる様に離れなくっても)
走ってはいないが。来た時よりも若干早歩きで帰って行く案内人の背を見送り。アルメは扉をノックした。
……返答は無い。中に誰もいないのを確認しアルメは扉を開いた。
「わぁ!」
思わず扉を閉めたのは中に人が居ただけでは無い。白髪のゾンビがアルメ目掛けて突進してきたからだ。
ドワノブを握り、反対側からくる圧力に耐える。ガチャガチャと異常な程回転しようと力がこもるドアノブに破損の文字が頭に浮かんだアルメは慌てて扉の向こうの男に声をかけた。
「わかったから!とりあえずそこを退いてくれ!」
言うや否やドアノブにかかる力が抜けた。部屋の中はシンと静まり。男が扉の前で棒立ちをしているのが安易に想像できた。
冷や汗と言うまででも無いが。疲労からくるものを流しながら、アルメはそっと扉を開けた。
「つっかえてるから後ろに下がれ」
何かに当たる感覚がし。どんだけ至近距離で扉に前に立っているのかと突っ込まずにはいられないなかった。
呆れながら今度は先程よりも勢いをつけて扉を開こうとすれば。また衝突した。
「はぁぁぁー」
ため息を吐きながら。言うのが面倒になったアルメは開いた扉の隙間から中に入った。わずかにリュックがつっかえたがすっぽと音とともに抜け出すことができた。
「久しぶりだな。言っても数日だけど……」
口を半開きの状態で扉の前を占拠している男はいつもの様に何も答えず。ジッとアルメを見ている。
「他に誰も居ないんだな……」
安定の反応なので、気にせず部屋を見渡せば彼以外誰もおらず。整えられたベットが二つと高級そうなソファーが二つ。そして壁一面に並べられた本棚が特徴的で、大きなダイニングテーブルには食事の後。と言うか現在進行形で食事していたのか。大皿にはミートパイが三分のニ程食された状態で置かれている。
「朝食途中だったのか……私に気にせず食べたら?」
部屋を観察中もずっとアルメを見ていた彼は、その言葉にノソノソとソファーに腰掛け食事の続きをし始めた。
「お前、今も二時間おきに飯を貰ってるんじゃ無いだろうな」
なんて至れり尽せり、コック長のコック帽の下の問題は何も魔女騒動で起きた盗難事件だけではないのかもしれない。
彼はモグモグと咀嚼しながらアルメを見上げる。口いっぱいに頬張っても大きなパイの一切れは四分の一も減っておらず。ぎっしりと詰まった肉の香ばしい匂いが先ほどよりも強く感じられた。
「……ぅ…うまそうだな……」
赤い瞳をジッと見れば、彼は是非と言っている様に見えた。
……
「何やってるの?」
声をした方を振り向けば。金髪の青年リベルテが訝しげな目でミートパイを頬張るアルメ達を見ていた。
返答に応えるためゴクンと飲み込みアルメは答えた。
「今日で使用人仕事は終わりって言われて、この部屋で待つ様に案内されたんだよ」
「……ついているよ」
左頬に指先を当てて指摘するリベルテ、アルメはすぐに拭った。
「その様子だと詳しい話はまだ聞いていない様だね」
「ああ、私は元の生活に戻れるのか?」
「冒険者業には戻れるだろうね。君は、僕達と一緒にグランが残した証拠集めの調査に出てもらうことになったから」
「調査?、それ私でいいのかよ……」
リベルテはソファーに近づくが、座ることなく。立ったまま白髪の男に視線を向けた。
「君は、彼のお守り役だよ。僕が魔術抑制陣をつけていても。距離や僕の魔力量次第では解かれてしまうからね。それなら調査に連れて言ってしまった方がここでの面倒事がへるし。彼の魔術なら護衛としても使えるだろう」
理解はしたが納得がいかない理由にアルメは顔を顰めた。
「お守りって……ここから出られるのはありがたいけど……と言うかこいつが護衛なんてできるのか……」
「そこは君の匙加減だろう。君が導けば、彼は攻撃対象を間違えることはない」
「まぁ、言えばやってくれるからな……」
「君だけだよ」
「そうか?試したのか?それにこいつ変なこだわりあるからな、メシのことになると。言う事聞かないし」
アルメは今まで奪われた食べ物の事を思い出した。
「逆にそれ以外は聞くんだ。対した問題じゃない……それにほら」
目線で彼を見る様にうながされ。そちらに目線を向ければ。完食した様で。うつらうつらとした瞳でアルメを見ていた。
「寝そうだな……」
「君と離れてから。睡眠をして居ないんだな……四六時中起きて居たよ」
「そこそこ日数合ったと思うけど……」
「自然睡眠ではないんだろうね。魔力が多いと体力はその分回復可能。今は外部に使えない様にしてあるから尚のこと魔力があり余って仕方がない。これは……そう安心をしているんだろう、精神的面での睡眠かな……」
リベルテがそう言うとまるで正解のだと言う様に彼はソファーに沈んでいった。
「まぁ、それなら仕方がないか。報酬も出るんだろうし……調査なら私達の他にも何人も魔術師が来るんだよな?」
「後一人、リーブル総帥がかなり評価している魔術師がつくらしい。少人数なのは、僕らえの配慮もあるだろうけど。人員が少ないのもあるだろうね」
「魔術師ってそんなに少ないのか?」
「魔術師は独立主義が多いんだ。エグレゴアや総会の様に組織に入っているのは全体の三分の一そこから分配してそれぞれ組織に入っているから。総会本部は動かせる魔術師の数はそこまで多くない」
それを聞くとやたらと人で不足と言って居たのが納得行った。
魔術師は研究を好む人も多いらしいので。それを投げ打って今回の調査に協力したいと思う人はあまりいないのだろう。ほんの少しだけラシオンの苦労が見えた気がした。
「それと、あらかじめ言っておくけど。その動向する魔術師、かなり正確に難があるらしいから喧嘩しないでね」
「お前は、私をどう解釈しているんだ」
心外だという顔を作って。アルメもソファーに沈み込んだ。
すでに我が物顔で部屋に馴染んでいるアルメを見て。リベルテは自分の解釈がそこまで外れてはいないと、考えは変わらなかった。
そんな会話を終わらせ。一時は静かになった部屋にノックを音が響いた。
何故か元々この部屋を利用していたリベルテではなく。アルメが返事をすると、家主であるリーブルが入ってきた。
自身を呼び出す相手が誰かわかって居たであろうにアルメは驚き、ソファーから立ち上がった。
「そのままで構わない」
「てっきり呼ばれると思って居たけど。わざわざ来てくださるなんて」
「彼をあまり部屋の外に出すと皆怯えるのでね」
「……そうですか……」
気まずさにオドオドするアルメを横目にリベルテがリーブルに問う。
「調査開始は明後日だったと思うけど、どうして彼女を読んだの」
「そろそろリベルテを解放してやりたいと思ってね。調査に出るまで、資料の確認に集中したいだろう?」
「確かに。お守り役を代わってくれるのはありがたい」
どうやらアルメの子守役の仕事は今から始まるらしい。二人の魔術師は、軽く二、三語話したあと白髪の男をアルメに任せて部屋を出て行った。
「そう言う……ことですか……」
誰も聞いていない言葉を放ちソファーを見れば、口をモゴモゴと動かした男が深い眠りについていた。




