2ー14 卒業パーティー
太陽が夕日になる少し前にそのパーティーは始まった。
卒業パーティー。六年間魔術を学び極めた生徒達が、多くの魔術師に自らを売り出す場。
そんな煌びやかな会場の隅に一人の少女がカーテンと同化する様に立っていた。
パーティーということもあって、普段着用している学園の制服ではなく淡いミントグリーンのドレスに身を包んでいるオネット。
王宮魔術師長を父に持ち、家柄もよく、若くして入学を認められたその少女は心なしか目が据わっておりその榛色の瞳から放たれる威圧からかパーティーが始まって反刻立つと言うのに少女に声をかける者はいなかった。
オネットはもちろん、自分が周囲から距離をたられている事は知っている上にその状況をありがたいと思っていた。
そんな彼女の不機嫌の理由はもちろん、自身の婚約話についてだ。魔女騒動の次の日には言われた通りに反省文を書き、直接せつアシヌス邸に提出をしにいったオネットは、当初また何かしらの理由で門前払いをされるのではと思っていたが、意外とすんない邸内に入る許可を得る事ができた。
しかしそれは大きな罠で、待たされた挙句現れたのは何とアシヌス家の次女と三女。
二人の令嬢に挟まれオネットは気の遠くなる様な一切興味の無い貴族の噂話や世間話を聞かされてしまい、うんざりしているといつのまにか二人の姉妹は何処かにいなくなった。そしてやっと現れたリーブルは説教をしながら反省文を受け取ると、忙しいを言い訳にオネットを置いて執務室に戻ってしまった。
オネットは理解した。この邸宅の人間がオネットを受け入れる事はない。
双方の利益、そのためだけの婚姻に何故オネットだけが自分を殺さないといけないのか。
周囲を睨みつけるその鋭い視線は会場をくまなく観察し自分の現状を打破できる人物がいないか見回す。幾つか人だかりができており、主に二つの大きな輪が気になっていた。一つは恐らく理事長、すぐに視線を外しもう一つの人の輪を見る。
その人物は人の輪の中心にいながらも、高い身長からかその白髪を確認することができた。
立食スペースはその人の壁のせいで近寄りがたいが、しばらくすると男が移動を開始し周囲を気にするそぶりを見せず。人の壁が切り開かれてその姿を見せた。
(あの人、赤い瞳)
通りで注目の的になるはずだった。魔術師の間では有名な話で、魔力量がとてつもなく多い物に現れる特徴をその男性は持っていた。
唯我独尊と言うイメージ、幾人か話かける者がいるが。男はチラリとも視線を向けずに、いやたまに視線を向けるのだが、無機質な表情でジッと見るだけで返事らし物はせず、ずっと食べ物を口に方張るばかり。立食ではあるがカトラリーの使い方に何処か幼稚さを感じれ、オネットは男が貴族席の人物ではないとすぐにわかった。
仮に取り入ったとしても助けては見込めない。そもそもこの様に思考を巡らせているが、王宮魔術師長と魔術師総会総帥の意向に口を挟めるものなどいないのだ。
駄々を捏ねても現状は変わらない。ならばやはりアルメに協力をしてもらい、冒険者になるしかない。家出ともなればさすがの父でもオネットの心情に向き会うかもしれないし、もし何の反応も示さずとも、そのまま初めてできた信頼する友人と冒険する未来もとても良いものだと思った。
そのためにはアルメをここから解放させなければならない。タイバンギルドと総会は繋がりが深いから、あまり無理に連れ出してもアルメの冒険者業に支障を来たしてしまう。
オネットはここでアルメがこの場所から出れない理由を思い出した。
(そういえば、アルメさんが巻き込まれた原因って)
オネットは再び白髪の男に視線を向けた。周囲の人だかりは無く、男の態度に皆一応に眉を顰め距離をとっている。数人の嬢令が頬を染めているが、懲りたのか話しかけずにその場を後にし、その後いくつかの人の輪の中に消えていった。
(今が絶好の機会!)
オネットはそう思い白髪の男に接触しようと一歩踏み出した時だった。
「オネット嬢」
その声は、過去に二、三度聞いた事のあるもだった。
「クラージュ・アシヌス 様」
オネットはその人物を見て貴族の挨拶をした。
「そんな畏まらなくても、私とあなたの中ではないか」
どんな中なのだろうか。そう、このクラージュこそ、オネットの婚約者予定の男。
初対面時にたった数分話しただけで、オネットに苦手だと言った男である。
そんな弱気な発言をした男は。体格はよく、父親譲りの黒い短髪に黒い瞳。他の参加者のドレスやタイシードとは方の違う衣装は、魔術士団の礼装の衣装だった。
決して親の七光ではなく士団員としての実力は高く。若くして一部隊の隊長を務めているのはオネットも知っている。
しかしどうにもこの男。自身も乗り気でないはずなのに、父親であるリーブルにはその事を伝えていない様で、二十後半。しかも役職も与えられた立場になっていながらも、流されるがままなのがオネットには理解できず。また苛立つ要因だった。
「魔術士団は首も回らぬほどお忙しいとお聞きしておりますが?」
暗に貴方はお暇なのですか?と嫌味を込めたのだが。クラージュは気づいたそぶりはなく、素直に返答した。
「私も、出席は困難かと思ったが。未来の士団員達と良好な関係を気づくのも団長の義務だと言われてな、それにアシヌス家の子息としての役目も果たせるからな」
穏やかな笑みは父親とは似ておらず。いつも謙虚で周囲への感謝を忘れない姿勢は、誰もが良い印象を持つだろう。
「そうですか。それではこんな隅で苦手な相手と話してはその役目も果たせませんよ。
ほら、あちらに貴方様を待っている方々がたくさんいらっしゃいます」
視線で他に行く様に促しながら二言目は直接的な嫌味を言う。
「…苦手などとは、あの時は…君はその…………冷静ではなかった様だから」
オネットは心外だった。確かに、卒業を控え未来に希望を抱いていた時にきた縁談話にオネットは驚き、動揺のあまり何故この話しが持ち上がったのか、多少食い気味に詰め寄ってしまった記憶はあるが。一番はクラージュ自身がどう思っているのか知りたかっただけだ。
クラージュは先日の失言を撤回しようしたのだろうが、結局言い訳を口に出してしまい。歯切りが悪そうに、オネットから視線をそらす。
「おっしゃる通りです、先日は動揺のあまり必要失礼な態度をとってしまいました」
オネットは目を伏せて申し訳無いと表情を作った。
「いや、こちらも驚いた……君の動揺は理解できる」
すかさず、クラージュはオネットを気遣う言葉をかけた。しかしその様子をチラリと横目で見ていたオネットは男の視線が先ほどからある一点に向けられていることに気づいた。
「しかし、あの時は苦手だと言ってしまったが、学園での君の成績も素晴らしく、何より魔術師長の愛娘。家の決めた事とはいえ、私は君とは良好な関係を気づけると思っている」
「成績、家柄、それだけの情報で良好な関係を築けると……私はそうだとは思いません。何より、アシヌスの名は私には荷が重いのです。」
オネットは俯いたまま手を摩る仕草をした。
「以前はお話し致しませんでしたが。私は卒業後、古代魔術の研究に専念したいと思っています。
そのためには、多くの時間と更なる知識を学ぶ必要があります婚約者としての役目を到底果たせるとは思いません……」
「そうは言うが、親同士の決めたことだろう。それに、魔術の研究なら我が家でも充分すぎる程可能だ」
それは違うとオネットは思った、自身も公爵の身分を持つ家に生まれからこそわかるのだ。その立場に嫁いだ者の役割は決して楽な者では無い。
「…………わかっていらっしゃらないのですね…………」
それは、オネットが求めている物ではない。しかし先ほどからオネットに視線を向けず話すクラージュに、オネットは初めから理解を求めていない。
そんな彼女の心情には気づけないクラージュは、パーティーの夜らしい誘いをオネットにした。
「どうだろう、せっかくのパーティー、互いの事を知るために一曲踊っていただきたいのだが…」
差し出された手をしばらく、見つめた後オネットは深くため息をついた。
「ダンスは苦手なのです。何せ魔術の勉強ばかりして来ましたので」
「私はこれでもリードは得意なんだ、安心して手を取ってくれ」
「…………わかりました……それではワンテンポごとに、足を踏み潰してしまいますが、よろしくお願い致します」
「はい?」
冗談だっと思っていたその言葉は、オネットによって見事に実行された。




