2−7 ローリエの仕事
「ヨダレが出てるぞ」
アルメとローリエはチクチクと縫製の仕事をしていた。こう言った技術職は交代制で行わず部署として存在するのだが、卒業パーティーの準備により人で不足の様で、アルメ達他の使用人も簡単な針仕事を回された。
「集中しているから話しかけないで」
そう言ったローリエは針仕事に集中しているわけではない、手元は数分前から動いておらず半開きの口からはヨダレが垂れ始めた。
今いるお針子専用の仕事場は、人数が多く一見静かに仕事をしている様だが、幾人かコソコソと話の花を咲かせている。
なるほどどうやら体を常に動かし回る仕事よりは会話しやすく、それに今は特に色んな部署の人で不足要因が集まり密度も高いためか、近い距離感だからこそ話しやすいのだろう。
小さな話声は、ハッキリとは聞こえない声量で無言で仕事をしている人達にとっては気にならないかBGM様に聞こえているのかも知れず注意される事もない。
ローリエはそんな小さな情報を拾おうと集中している様だった。
(これは私がフォローしなきゃな)
アルメとローリエに任させた今回の針仕事は制服のほつれ直し、魔術師総会が運営する学園の生徒達のもので、魔術の訓練などでよくボタンや穴が空いてしまう様で、小さい物なら買え変えず、学園に申請すると無料で直してもらう事ができるらしく、そう言った仕事もこの部署の仕事の様だ。
そんなかごいっぱいの仕事をアルメは気合いを入れて取り掛かった。よく意外に思われるのだがアルメは手先が器用でよく自分の服の修繕をするのため、針仕事も慣れた手つきでこなしていった。
やがて半分程終わった時、アルメ達と共に配属になったカーシェが休憩の誘いをしに来た。
「あら、ヨダレが」
ローリエの手からは既に仕事は回収しており、ヨダレを垂らし、壁にしなだれている状態で放置されていた。
「貧血みたいで、しばらく休んでいたんです」
運良くすみの方で仕事をしていたアルメ達、皆手元に集中しているためローリエの異変に気づく人はおらず、直ぐに簡単な嘘で誤魔化せた。
「そうなの、ヨダレが大変ね」
(この人疑う事をしないな……)
カーシェはポケットからハンカチを取り出し、ローリエの口元をむぐった。
されるがままのローリエ、しかし急にスイッチが入った様に立ち上がり焦点のあっていない目でこう言った。
「気分が、悪いので、休養室に」
「そうね、なんだがボーッとしているみたい、最近忙しいから疲れがでのかしら」
恐らく別の疲れが出たのであろうローリエは、何人かの先輩方に心配の声をかけられながらフラフラとした足取りで部屋を出て行った。
そうして休憩時間が過ぎても戻って来ず、アルメは本格的に心配をした。残りの仕事をせっせと終わらせ、次の仕事場で向かう間にローリエの様子を見に行こうと決めたのである。
(休養室ってここの先だよな)
ようやく、その時が来て足早に休養室に向かい中を確認するが部屋の中には誰もいなかった。
ソファーとしきりで隠されたベット、そのどちらにもローリエの姿は無い。
疑問に思ったがいないのなら仕方がない。ローリエの分も働こうと休養室を後にし廊下を歩き始めた。
シクシクと擬音が聞こえたのはその直ぐのこと、聞き覚えがあり、尚且つ心あたりがあるためアルメは迷わずその声の元へ向かった。
「ローリエ、大丈夫か?」
ローリエは階段の下で蹲っていた。アルメの声に下を向いていた顔を上げると、涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「何があったんだよ」
「う……わからないんだ」
「仕事の方?」
もちろん、使用人の仕事のことではない。
「うーーーーーーー」
唸り頭を抱えるローリエ、見かねたアルメはその内容を尋ねた。
「なぁ、私にもできる事があるかも知れないだろう、教えてくれよ、後でギルドの方にバレたら謝るから」
「ほんど?」
「本当」
ローリエはその言葉に背を押された様で、意をっけしてアルメに伝えるため耳打ちしようとした
「ちょっと待って」
しかしその顔は涙鼻水だらけ、流石に汚いにで一旦スッキリしてもらうためアルメはハンカチを手渡した。
「ちーんして」
「ありがヂーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンンヂヂヂンックシュン!!」
長い上に大きな一発を出したローリエ、すっかりスッキリした様だが、薄いハンカチ一枚だけでは心元なかった様なので、用意周到なアルメもう一枚ハンカチを差し出した。
二枚のハンカチを犠牲にした後ローリエは改めてアルメに耳打ちをした。
「………………まっ」
その言葉を聞きアルメは出そうになる言葉を押さえてローリエを見た、その腫れぼったい顔はコクリと頷き事実である事を告げた。
魔女がいる、この魔術師総会の敷地内に。
ローリエがその事を聞いたのは、アルメが騎士団に連れられ、おしかりを受けた直ぐ後のこと。
*
酒場と併設されたギルド二階はタイバンギルド長のサイモスの執務室、などはなく来客が訪れた際に通す客間になっている。
元々騎士団に所属していたサイモスは四十を越えてた今でも、体を鍛える事は日課で、タイバンの郊外では日夜新人冒険者を指導する姿を見る事ができる。
そんなスパルタ精神を持つサイモス、もちろん怒った顔わ怖く、泣く冒険者も黙る気迫を駄々やわせる。
ローリエは向かい合った反対側のソファーに座り背筋を伸ばし、先ほどまで長々とした説教を受けていた。
「すみませんでした」
「お前はよく気分が上がる仕事とプライベートの堺がわからなくなる、気おつけないと本当に大事故に繋がるからな」
「はい」
自身の欠点を言われ撃沈するローリエ、サイモスはなんだかんだ言うも世話をしている若者達には甘いので、ここら辺で良いかと組んでいた腕を解き眉間の皺を緩めた、それだけで一層優しい面立ちに見えるのはなんと不思議な事か。
「気おつけろよ」ギルド長はそう言うと向いそソファーから立ち上がる、ローリエはやっと解放されたと肩の力を抜くが、その瞬間客間の扉がノックされた。
そのノックの音にローリエは再び肩を振るわせる。キッチリとしたズレのない音程、たかがノックに癖などないが、ローリエはその人物を意識し過ぎてそんなわずかな音でさえ、見分ける事ができた。
「失礼します。ギルド長」
「おお、ラシオンやっと帰って来たか」
「帰り際に色々頼まれてしまって」
ラシオンとギルド長、二人はギルド内では上司と部下と一つ離れた距離をとっているが実際は親子であると言うのはギルドでは暗黙の了解、いささか脳筋な部類に入るサイモスを常に陰から補佐するラシオン。
一見親子に見えないためローリエも始めお世話になった時は気づかなかった。
「なんだ、向こうは魔術士団と連携するんだろう?こっちはこれ以上情報ねぇぞ」
「えぇ、一応今はそれで終わりです、別件の事で依頼が来てまして」
「うっ!」
話込む二人、そんな二人に気を使いローリエはソロリソロリと気配を消して部屋から出ようとしたが、二人を横切る途中で魔術により拘束されてしまった。決して逃げた訳ではないのに、まるで泥棒を見る様な視線を上から浴び、ローリエは項垂れてしまった。
「こいつはまた何かしましたか?」
「いや……離してやれ」
サイモスはそんなローリエが可哀想になり、はぐらかすが残念ながらラシオンわずかな間で察したのかサイモスに冷たい視線を送る。
「……ちょっとな、大した事じゃない」
「……まぁいいでしょう」
ラシオンはそこで引き下がるが、内心は違う、後で本人から聞けば良いと今ここで問いただすのをやめただけだ、ローリエを拘束したまま気を取り直す様に眼鏡を上げ直し再び口を開いた。
解放されないローリエをサイモスはチラリ同情の視線を送った。
「次の依頼についてですが、本筋からなので……」
話題に入る前にラシオンは空いている手で一度人差し指を軽く回した。
それは部屋の防音機能を使って良いかと言う合図、貴族関連など情報が外部に漏れない様にするためだ。
サイモスは頷き先ほど座っていたソファーに座り直した。ラシオンも向いのソファーに座り、今だ拘束されたローリエは床に正座した。
「……座らしてやれ」
「ここで、いいです」
落ち込んだ声でローリエはそう返した。隣に座る恐ろしさより、見下ろされる方がマシなのだ。
ラシオンは眼鏡を上げ仕切り直して話し始めた。
「次の依頼なのですが少し面倒でして、確定では無いのですが本部内の邸内で魔女がいると言う報告が上がったそうです」
「魔女……どうやって入ったんだ?」
「それが不明で、そもそも報告と言っても使用人の間で妙な噂が流行っているだけの様で」
「わざわざ、ギルドに頼む事か」
「その噂無視するには信憑性もそれなりにあるとか、後……もう直ぐ卒業パーティーがあるので余計な心配事で延長は避けたいと……」
「……おい、もしかして」
「えぇ、丁度良いですしローリエにいかせます」
「え……」
「ローリエの魔術はなぁ、確かに噂話には持ってこいだが、肝心の問題解決にはならんだろう」
「魔女がいるかいないかハッキリさせれば、後はなんとでもなるのでしょう、リーブル総帥が知りたいのはその噂の発生元、噂を広めたのが魔女自身だった場合」
「その魔女は人食いか……」
「場所が邸内、雇われている使用人が全て魔術に心得がある訳ではありませんから…
学園は学期が終了しているので、卒業生以外はほとんどの生徒が帰泊しています、魔術士団は現在エグレゴアの件で少ない部隊を裂いていますし、ギルドが受けるのも納得かと」
頭上の上で交わされる難しい話、ただローリエは名前を呼ばれた犬の様にその会話に耳を傾けてていた。
「…そうか、まぁ、向こうにアルメもいるし、丁度良いな、ついでにフォローしてもらえ」
「?……はい」
疑問を浮かべたまま頷いた少女、そんな少女に頭の中を見透かす様にラシオンから見下ろされる視線を感じながら、ローリエは次のお説教に悪寒をさせたのだった。




