2ー4 友達いないので
魔術師総会総帥、リーブル・アシヌスは忙しい。
総帥としての務め、貴族としての務め、そして自身の研究。
それら全てを仕事として捉えるのなら、 リーブル・アシヌスに休日は無い。
そして今、彼はまた一つの役目をこなすためにある場所に向かっていた。
アシヌス家は代々、魔術師総会本部の防御壁の管理を担っているため、その邸宅は本部の敷地内に存在している。
広い庭園と共に区切られた豪邸、中庭も勿論存在し、その場所にリーブルはカツカツと靴音を立てて向かっていた。
中庭に続く扉を開ければ、ティーセットの用意されたガゼボに、ベージュの髪を一つに束ねた魔術師の姿が目に入る。
オネット・ライラス、王宮魔術師長の愛娘であり、そしてこの度リーブルの長男の婚約者となる。
その予定だったが。
「待たせたな」
「ええ、本当に」
リーブルは、はっきり言ってこの娘が苦手だ、在学している学園の理事長にも当たるリーブルに対して、この娘は簡単に毒を吐く。取り繕はないのではない、意図して毒を吐くのだ。
「私がいくらとり合ってもお会いしてくださらなかったのに、いざ呼び出したとなればこれだけ人を待たせるなんて、相変わらずその神経を疑います」
姿勢は正したまま、その微笑みからわ想像もつかない言葉をツラツラと話し出す。しかしオネットがそう言った態度を取る一端を理解しているからかリーブルは受け流す事にしている。
「すまない、どうにも忙しくてね。早速だが君の意思を聞こうか」
あまり謝罪の言葉をつのってもいいわけがましく聞こえるだろう。そう思い、リーブルは率直な話題転換をした。
「婚約の件、ご遠慮いたします」
そうだろうと思ったが、こうも力強く拒否されたら、親心からか自身の息子を拒否されている様で堪えるものがある。
「ご子息、アシヌス家に不満があるわけではございません。理事長、私は魔術師を続けたく存じます」
「オネット嬢、何か勘違いをしている様だが、こちらも君にぜひ魔術師として活躍をして欲しいと思っている」
「ですが、魔術師としての活動は制限されるのですよね」
リーブルは、腕を組みオネットを見据える。アシヌス家は代々、魔術師総会本部の結界の維持、学園の理事などを務めている。また貴族としても公爵の地位を拝命しているため、その婦人となった者も、それなりの役目が与えられる。
「正直に申します、アシヌスの家紋は私には荷が重いです」
言葉は消極的だが見据えた瞳は鋭く、意志の強い者の目をしていた。
「私は君が適任だと思っている。学園でも優秀な成績を収め、家柄も申し分ない」
「ですが私は魔術師です、それも素晴らしい目標を持った」
理事長の話をぶった斬る様にオネットは言葉を発した。
「卒業論文、私を婚約者と定めたからにはお読みになられたでしょう、私は研究職に付きたいと考えております、ですがそのためは、時間と経験、より高度な学術を学ばなけれなりません。」
「……」
「アシヌス婦人に、お会いした際に婚約者としての務めをご教授していただきました」
気が早い妻の行動にリーブルは頭を抱えたくなった。まだ婚約前の状態だが、長男が良い年なのも関係あり、妻はすっかり嫁を迎えた気分になってしまったのだろう。
「その件はそこまで気には止めなくて良い、しかし妻から教わった通り、アシヌス家に嫁いでもらう以上、その務めは果たさなければならない」
「だからこそ、私は婚約の件辞退したいともうしております」
少しイラついた様な声を出してオネットは再び結論を述べる。
「アシヌス婦人は魔術師は男性のなる職務だと申しておりましたよ」
リーブルは組んでいた片腕を額に添えた。身振りで自身の想定とは違うと伝えたかったからだ。
「すまない、妻は魔術に関して興味がなくってな」
「存じております、とても熱烈な恋愛の末婚約されたとか、ご子息様もそうなさったら良いのでは?」
何故この婚約にこだわるのか、遠回しにそう問われ、リーブルは口ごもる。
「理事長、父から何か言われたのでしょう、しかし当人同士が納得していないのにそれを進めるのはいささか厚かましく存じます」
「当人同士?」
「ええ、一度お会いした際に言われました、君の事は苦手だと」
額に添えているだけだった手に重しがかかる、本気で頭を抱えてしまった。
「安心してください、父には幾度も手紙を送っています、返事の方は時期に送られてくるでしょう。つきましては、理事長からも言い添えをお願いいたします」
まるで、この件は解消されたと言わんばかりに話を進ませるオネット、リーブルも論争には自信があるが、今回は言いくるめそうにはなかった。
「オネット嬢、お父君は君のことを……」
「父は、自分のことばかりです、当人と向き合わず自分の感性を押し付ける。あんな方が王宮魔術師長の座を務めているだなんて、最先が不安ですね」
「オネット嬢、流石に口が過ぎる」
「理事長、父に伝えてください、文句があるなら本気で向き合えと」
オネットは席を立ち上がり、リーブルにお辞儀をして退室しようとした。引き留めようとしたがこのまま言葉を交わしても堂々巡りであると思い立ち、リーブルはその背を見送った。
親も親なら子も子だと。どちらとも思う冷えた茶会の事。
オネットは足を早めてアシヌス邸からお暇した。婦人に会うのはごめんだからだ。
貴族は嫌いだ、特にプライドばかり大きな貴族の女は。
オネットが婦人に呼び出されたのは、父から見合いが決まった旨の手紙が来た二日後だった。
すでに魔術師として研究に身を投じる意思を固めていたオネットにとってその手紙、その誘いは憂鬱以外の何物でもなかった。
実際訪れればその憂鬱は最たるもので、婦人からはオネットが魔術師である事に対して忌避感を感じる発言が幾つも感じられた。
実際、魔術師の才能が無い婦人が代々魔術師の家系、それも魔術師総会の大元に嫁ぐ事に周囲からの弊害が多く、そのため魔術、特に女性の魔術師に対して良い印象を持っておらず、そのため、オネットに魔術師をやめる様に遠回しの口添えをしてきたのだ。
婦人の気持ちは同情するが、しかしながら婚約に納得いっていないオネットにとっては婦人の気が早い行動はそれこそ忌避感を覚えるものだ。
思い出すだけでも、良い気分がしない。屋敷から正門までは遠く転移術を使いたいが、敷地内での許可のない転移は違反行為なのでグッと我慢して早足で向かう。
静かな邸内、外に出ても続く静寂は少しの話し声でも拾うことができる。
ふと聞こえたその声もオネットの耳は拾った。普段なら気にならない声だが、つい最近聞いた様なその声にオネットは気になり、何気なくその声の元に向かった。
「だからなんでいるんだよ!」
「似合って無いねアルメ」
「話をそらすな!」
「アルメさん!」
つい先ほど別れてしまった、お仕着せ姿の二人にオネットは笑顔を浮かべて駆け寄った。
「オネット!、さん」
「オネットで良いですよ!」
ローリエの胸ぐらを掴んでいる、アルメの手を握り込みオネットはぐいっと顔を近づけ興奮した声でアルメ達に詰め寄る。
「またお会いできるなんて!お二人はどうしてその様な姿を?」
「詳しい話は言えないけど、ここでしばらく働く事になった……」
「オネット、私ローリエ〜」
「ローリエさん、お名前をお尋ねできないままだったので、心苦しく思っていました。改めてましてオネットと申します」
礼儀正しい口調だが、ローリエに両手を力強く握る姿はアルメから見たら年相応で微笑ましいが、いかんせん勢いが強い。
「もしかして、近々行われる。卒業パーティーのための人員としてギルドから派遣されたのですか?」
「そつぅ……」
「そうだよ」
アルメはなんのことやらだが、ローリエはあっけらかんと答えた。
「そうなのですね、それなら隙を見てお二人に会いに行けます!あ、もちろんお仕事の邪魔はしませんので」
キリッとした顔を作りそして少女はまた花やいだ笑顔をアルメ達に向ける。
「本当に嬉しい、私お友達がいないので、ぜひお二人とは仲良くなりたいと思っていました」
友達がいないなどとこうも堂々言えるだろうか、悲しげな様子見もなく言い退けた姿にアルメが拍手を送りたくなったのは、自身と同族なのではと親近感からきている物だ。
「オネット、卒業パーティーはどんな事をするの?」
「どんなこと?」
ローリエの唐突な質問にオネットが数秒考え答えた。
「そうですね、聞いた話ではOBの方々や、魔術師総会に所属している魔術師の方々が出席されるとか、言わば卒業する魔術師の売り込み場、と言ったところでしょう」
「ご飯でないの?」
「そっちかい」
「出ますよ、立食形式でワインも飲み放題ですよ」
「本当」
「ローリエ、出席できるわけないのに食べられるわけないだろ」
「あまりがあるかもしせないじゃん〜」
「いじきたない」
二人のやりとりはクスクスと言う笑い声によって終わった。
「お二人は本当に中が良いのですね、ギルドに入った時から明るい声に心弾ませました。私もこういった仲間と出会えるのではと、でも……」
急に暗い雰囲気になり、アルメとローリエは沈黙を貫き、オネットの次の言葉を待った。
「それでは、また時間を見てお尋ねしますね、お昼休みぃよりお仕事終わりの方が良いでしょうか?」
「「いや!気になる気になる!!」」
二人が声を揃えそういうとオネットはスッとした表情でアルメを見据える。
「聞いてくださるのですか?」
「聴く聴く」
うんうんと首を縦に振るとオネットは笑顔になり
「聞いてくださるのですね!」
と声を弾ませ、そして。
「でしたら本当の理由を教えてください」
「へぇ?」
「理事長、いえリーブル総帥に何を言われたのですか?」
圧がすごい。しかしこれは早くこの場所から出るためのチャンスなのではと考えたアルメは、オネットに現状を伝えることが良い結果になることを祈りながら。全てを話した。




