番外編.リーリエの思い出 4
そん日、タイバンの街は華やいでいた。大通り、市民街、商店街までもが屋根から屋根にカラフルな旗が並び。
露店の数や着飾る人々はこの日をより非日常へと変える。
「何これ?」
「ギルド係員の腕章」
朝早くギルド長がアルメとリーリエに差し出したのはギルドのマークが入っている紺色の腕章。
「うちからも係員を出すんだが人手がたりない。主に試合会場の掃除を任せたいだそうだ、難しく無いからお前達にもできるだろう」
「お駄賃出る?」
「厨房の皮剥きよりはな」
アルメはそれを聴き腕に腕章を付けた、リーリエもそれを見て付ける。そんな二人を見てギルド長は満足したように笑みを見せて二人の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「十時に魔術師総会の南入り口に集合だそうだ、わかるか?」
「あの、白い塔が沢山あるところだよね?」
「そう、南入り口はギルドから一番近いから、あーほらでっかいホテルあるだろ金の字でタイバンって書いある」
リーリエはわからず首を傾げるがアルメは良く目にしているのですぐ思い浮かぶ事ができた。
「すごい金ピカな看板。良く目に入るから知ってるよ、あそこの目の前だね」
「そうだ、遅れないようにな」
アルメが時計を見ると時刻は九時を少し過ぎたところだった。
今から行けば待つ事になるが、遅れるよりは良いのでついでリーリエに街を案内しようと早めに出ることにした。
「リーリエ、あそこのパン屋は土曜の夕方になると惣菜パンが安くなるんだ」
「あそこの鍛冶屋は私もよく利用する、店主が良い人でギルドでもよく素材の依頼を受けるんだ」
などと案内しながら目的地に着く。アルメの想定通り南門は金色の文字で「Taiban」と書かれたホテルの前にあった。
「本当に金ピカだ」
二人は南門の入り口から目の前の高いビルを見上げる。白いビルは高く八階建てでタイバンで一番高い建造物だった。しかしリーリエがもっとも驚いたのは今いる南門、いや魔術師総会の敷地を区切る柱にある。
目の前のホテルより高い放物線の柱が均等に並んでおりその真っ白な壁には汚れ一つ無い。
入り口の部分だけその放物線がくり抜かれた様に開いており、中はそのまま長い通路が続いていた。
「入るのは初めてだな、こんな大きな建物どうやって作ったんだろう」
アルメもホテルから目を外し奥へ続く通路を見る、高く長い通路は灯りらしい物はないのに天井の隅まで見通せる程均等に明るい。
そうやって見ているとやがて、南門にはアルメ達と同じ様に腕章を付けた人が集まり初める。
やがて時間になると警備服を着た人に通路に奥に案内され説明を受けた。
「ギルドからの協力感謝する。あなた方には主に観客席の掃除、怪我人の運搬を任せたい、また不審な物がいたらすぐさま巡回している警備隊に報告する様に」などと説明を受けた。
「掃除だけじゃなかったね」
リーリエは今ではギルドにお世話になっているが、今までは平凡な村人だったため怪我人の扱い方や不審な人物の見分け方はわからない。
少し不安そうに言ったリーリエにアルメは優しく声をかけた。
「大丈夫だよ、私達は他に人にお願いして観客席の掃除メインにやらせてもらおう」
アルメはそう言うと、近くの人物に声をかけた。
「ラシオンさん、私とリーリエは観客席の掃除メインに行って良いですか?」
声をかけられた相手は黒縁の四角い眼鏡が印象に残る青年で、厳しい目つきと無表情から、冷たい印象を受けた。
「……アルメは怪我人の運搬用に待機、お前は俺と一緒に観客席の掃除と巡回だ」
まるで命令する様に指示を出した男にリーリエは驚いた。アルメはと言うと、えーと嫌そうな顔をしたが、特に反論する事なく受け入れている。
青年は、アルメ達から離れると他の者達のも同じ様に指示し、それぞれに役割の振り分けをした。
「何者?」
「あーギルドの職員だよ、すごく真面目で、怖い」
「怖い?」
リーリエは気になる単語を聞き返すとアルメは小声でリーリエに話した。
「ギルドって元は無法者とか身分の無い人の働き口として開いてるんだよ、だから荒くれ物が多いんだそれでよく、報酬や依頼内容で受付で騒ぎを起こす人達が結構いるんだけど、何故かあの人が出ると、みんな大人しく引き下がるんだ」
「へー、ヒョロっこいのに」
リーリエの失礼な発言にアルメは苦笑いを浮かべる、ラシオンに視線を戻すと既に何人か移動し始めているのが見えた。
「……」
ラシオンは戻ってくると無言でリーリエを見下ろし。
(もしかして、聞こえてた……)
謎の圧をかけられたリーリエを置いてアルメ「それじゃ」と声をかけるとそそくさと他の人達を追ってしまった。
「行くぞ」
「はい」
リーリエはどうやら目をつけられた様だでその後の仕事はラシオンと行動する事が決定した様だった。
ラシオンは前回の遠征試合もスタッフとして参加したらしく、丁重にリーリエに説明していった。
「試合は午後から開始する、それまでに事前に観客席内に怪しい物が無いか確認する」
広いドームの空気は試合会場を上から見る事ができる様になっていた。
向かい席は小石程の大きさみ見える程距離が離れており、この中をくまなく確認するのかと気が遠くなった。
「始めるぞ」
「はい」
座席の下、柱の影、くまなく探したが特に何か見つかる事はなく、やがて試合を見にきた観客席で座席は埋まってしまった。
「警備員が巡回しているが俺らもおこなう、お前はとにかく変だと思った事は何でも俺に伝えろ」
「はい」
リーリエは盛り上がっている試合場に背を向けひたすら観客席を凝視した。
「あのおじさん、頭に変な者着けています」
「あれは外の露店で売っている物だ問題ない」
「あの人眼鏡すごく飛び出ています」
「ただの双眼鏡だ」
「でっかい、鈍器持っている人がいる」
「あれは食べ物だ」
「猫?」
「退場願おう」
などと言いながら問題なく試合は進んでいった。
「いよいよだな」
突然ラシオンがそう言いリーリエに指示を出す。
「下に降りるぞ」
試合はどうやら終盤に入った様で、会場の盛り上がりも絶好調だった。中にはローリエの冠を手に持ちソワソワしている人達もいるのだから、何かあるのかとリーリエは身構えた。
「これを持て」
「箱?」
何処から取り出したのか、ラシオンは両腕で抱える程の大きさの箱を取り出した。周りを見ると同じ様に作業していたスタッフも数人降りて来て箱を抱えている。
不思議に思っているとキンキンと剣のぶつかる音に意識が向く。試合会場は四つに区切られており、一対一で試合が行われていた。上から見ている時は観客の声援により聞こえなかったが今、目の前で行われている試合の激しさに驚きさらにバチバチと魔術を発した衝撃はわずかに肌に感じられ鳥肌がたった。
「おおー!」
「あまり近づすぎるなよ当たれば痛いじゃ済まされない」
「み、見ればわかりますよ。毎回こんなに激しんですか?」
「ああ、剣の刃は潰してあるがメインは魔術の攻撃」
剣には魔術語が刻まれておりそれぞれの意思で魔術を纏い放たれる。
「魔術の練度は魔術士団が優勢だが、王国騎士団はどの部隊よ実戦経験が豊富だ」
そう言いったラシオンは視線で試合会場を指す。
白い騎士服をきた魔術士団員が地面に手をつけると剣に描かれた魔術語が光を放ち魔術を発動した。すると地面がぬかるみ液体の様に波打つ。
しかし王国騎士員は完全に液体になる前に素早く距離を縮め、相手の懐に入り、剣を持っていない手で下から相手の胸ぐらを掴み、自分と相手の体の位置を反転させて、ぬかるんだ地面に押し倒した。頭から倒れたためその顔はぬかるんだ地面にめり込んでおり顔が泥の中に沈んでしまった。
「あれは、ありなんですか?」
「ありだ」
もがいていた、魔術士団員はやがてパタリと動かなくなってしまった。
「しっ!」
「死んではいない」
泥から相手を引きずり出した騎士は、さらに剣の腹で相手の腹を殴り付けた。
「ひどい」
「何処がだ?」
ラシオンの言葉にリーリエはギョッとしてしまったが、四つん這いになって泥を吐き出す騎士を見てなるほどと思った。どうやら勝ちは王国騎士団員の様だ。
頭を泥だらけにされた負けた方は背を丸めて下がっていった。
「あ!アルメ!」
何組か決着が着いた様で怪我をした騎士の搬送にアルメの姿を見つけた。泥だらけの姿に何があったのかと問いたくなるが、仕事中のため無理だ、後でめいいっぱい話を聴こうと我慢した。
「……お前」
ラシオンは何故か厳しい視線でリーリエを見る、意図がわからずリーリエは首を傾げる。
「?」
「ギルドでは緊急で討伐を組事がある、個人々の実力を把握する事が重要になる事だ、もしギルド職員になるならこれも勉強だと思いしっかり見ろ」
「はい」
どうやら、アルメに気を取られていたことが不満だった様でお説教を受けてしまった。
ギルド職員になる。まだそう決まったわけでは無いがリーリエはそれも視野に入れていたため素直に返事をした。
視線を再び試合に向けると不意に空からの頭に軽い衝撃を受けた。頭に手をやるとそれはローリエの冠で上を見ると次から次に降ってくる。
「拾うぞ」
「はい」
持たされた箱はローリエの冠を入れるためのものらしい、次から次に降ってくる冠をリーリエは忙しなく拾った。
「なんで投げるんですか?」
「知らん、本来は親族から渡されるぐらいの物だが、数年前からこうやって投げこまれる様になった、理由はまぁ想像つくが」
ラシオンはそう言うと冠の一つを手に取る、ローリエの葉に紛れカラフルなリボンが結ばれておりそこには、何やら名前が書いてある様だった。
「ファンレター、みたいな感じですか?」
「そうだろうな、大概は同じ騎士の名前が書かれてあるから後で分けて本人に届ける」
「これ全部⁈」
手に持つ箱はもう一杯だ。それにローリエの葉をこれだけもらってもどう消費するのか、一昨日の捜索を思い出し、ぜひギルドに寄付すべきだと思った。
投げられた冠をまた一つ拾うと一際大きな歓声が上がった。
試合場を見ると、いつのまにか試合が終わった様で黒い騎士服の大柄な男が剣を肩にかけて、退場していく騎士を身をくっている。
「終わり?」
「ああ、拾い終わったら、出入り口の整備にいくぞ」
ラシオンはサッサっと箱に詰め終わった様で一杯になった箱を担いでスタスタと歩き始めた。
リーリエも慌てて箱を抱え、早歩きでラシオンの後を追った。
表彰が終わっても観客の興奮は冷めやらぬ様でザワザワとした人の波に酔わない様にリーリエは必死だった。
やがて静かになった会場で清掃をしたり、ローリエの冠の仕分け作業を始めた。
「本当に同じ名前しか書いてない」
リーリエが仕分けをしていると続々と同じ名前が出てくる。
仕分けはすぐに終わり、再び箱を抱えリーリエは他の係員とラシオンについて歩く、長い廊下を歩いて着いた先に数人の騎士がいた。白い服も黒い服もそれぞれ混じって会話を交わしているので控え室の様な場所なのだろう。
ラシオン達が姿を現すと、一人の大柄騎士がすぐに近寄ってきて全ての箱から一つ冠をとって名前を確認するを繰り返したあと肩を落として下がっていった。
「ああ、ありがとう」
一人の騎士また一人の騎士と箱を受け取っていく、リーリエの持っている箱の名前を確認した騎士がリーリエの手からそれを持ち上げたその拍子にローリエの冠が一つ箱からこぼれ落ちた。
「落ちましたよ」
「あーあげるよ」
え、と声をあげるリーリエを気にせず騎士は去っていった。
結局、置き場の無い冠をリーリエはギルドに持って帰ってしまった。
「おかえり、お疲れ様」
「あれ、アルメは?」
清掃を終えたら自由解散だったため、リーリエはそのままラシオンと行動を共にしていたのでアルメとは合流することはできなかった。
ギルドの食堂にもおらず、厨房にいたスナイサにも尋ねるが、「どこいったんだろうね?」などと首を傾げた。
「リーリエ!」
すると二階に階段からアルメの声が聞こえ、リーリエは声のする方にすぐに向かった。
「おかえり遅くまでご苦労様、ギルド長が読んでる、話があるみたいだよ」
「話?」
「そう、多分ギルドで働くかって事だと思うよ」
ギルド長やスナイサに何度かそう言った相談をしていたため本格的にギルドでの雇用を考えてくれている様だ、リーリエはアルメに礼を言うと駆け足で階段を登り、ギルド長のいる部屋に入った。
しかし、数分後リーリエは肩を落として部屋から出てきた。
「何があったの?」
「うーん、働いてもいいけど、正規雇用はまだだって」
「あー〜うん、まぁ、そうだよね、でも続けていれば雇用されるんですよね?」
アルメは初め言葉を濁し、少し不安そうにスナイサを見上げた。
「そうさね、雇用の件はあの人が一任しているからはっきりとはいないけど。
問題なければそのまま正規で雇用される子が何人かいたからリーリエちゃんなら大丈夫よ、手伝い真面目にしくれるし」
スナイサは片手を頬に添え、眉を下げてそう言った後こう付け足した。
「先の事を考えのも大切だけどリーリエちゃんはまだまだ若いから、いろんな物見て、付きたい仕事に着いたらいいよ、ギルドでの仕事はそのための準備だと思ったらいいし、不安い思う事もないよ」
「スナイサさんもこう言っているし、大丈夫だよ」
「二人とも今日は体たくさん動きたから疲れたでしょ、ご飯しっかり食べて、しっかり睡眠をとりな、はい!まかない!」
「おおー」
スナイサはそう言ってリーリエ達にお皿を手渡した。
大きななお皿には黄色い三日月の様なオムレツが、デミグラスソースの夜空に浮かんでいた。
「お手伝いありがとうね」
スナイサに笑顔で見送られてリーリエ達はせっかくなので勝手口から出て裏庭で食事をすることにした。
ギルドには職員の寮の様な建物もあり、裏庭からはそこに繋がれる渡り廊下が見える。
中庭は綺麗に整備されており、ガーデンテーブルとイスはスナイサの趣味で置かれた物だ。
二人はそこに座り今日の事を振り返った。
「でね、起きあがろうとして私の手を掴んだ拍子にまた滑って私も一緒に転んだの」
リーリエは観客席の不審者探索をどの職員より真面目に行いすぎていた様で、その間一切試合を見ていなかったが、騎士達が使う魔術はどれも迫力があり、怪我人回収の際に他の試合中の選手の攻撃が当たらないかアルメはヒヤヒヤしながら仕事をしていたらしい。
「風魔術で煽られた泥が直撃した時は最悪だった周りの人みんな避けたのに私だけ泥だらけだったんだ、すごく笑われた」
「それは、見たかった」
「見られてなくってよかった」
プンスっと怒りながらも充実した一日らしく、アルメはすぐに笑顔になりオムレツを口に入れた。
フワリとした食感の卵と、中に入っている挽肉とじゃがいも、キノコなどの具沢山のオムレツは食べごたえ抜群で、デミグラスソースの相性もバッチリだ。
「リーリエも色々あったみたいだね」
ドンドン食べ進めながら話したアルメはスプーンを置きリーリエの頭を指刺さした、そこに結局置き所を無くしたローリエの冠が乗せられて。
「落ちたのもらったの、ファンからのものなのにすんなりあげるって」
「ふーん、私も今回初めてだったけどいきなり投げこまれてビックリした、そうゆのは試合が全部終わった後に渡される物じゃないんだね」
「強い人は一つももらえてなかったな、ショボンとしていた様な……最後の試合はアッサリだったね」
「うん、さすが王国騎士団だよね魔術も防御壁を使わずにすんなりかわすし、あと倒し方が面白い」
「泥に顔を沈めたの見たよ」
「あれは、みんな笑てった少し可哀想になったよ」
気づけば食べ終わっていたお皿を厨房に返しにいく、するとギルド長がおり大量の料理が乗ったお盆を片腕でうずつ持ち上げ更に頭に乗せていた。
「曲芸見たいだろ、今から騎士達と宴会するんだって」
スナイサが戻ってきた二人にそう言うと、二人に気づいたギルド長は笑いながら二人にお願いした。
「丁度良かった、残りの料理運ぶの手伝ってくれ」
「ダメよ、今日は仕事終わり、ラシオンに頼みな、あの子も付き合わせるんでしょ」
「ああ、そうだった、あいつは何処だ?」
「向かい側だろう、今日はどうせ人来ないからもう終わらせてあげな」
「ラシオンー!!」
ギルド長はよく見ると頬が赤い、どうやらお酒が入っている様でたまに頭の上のお盆が揺れる姿にハラハラしたがスナイサは気にせずアルメ達に話しかけた。
「明日もよろしくね、アルメもまたお手伝いよろしく」
「うん、おやすみなさいスナイサさん」
「おやすみなさい」
あっと言うまだったが長くも感じられた一日、リーリエにとってこんなにも多くの人と関わって過ごしたのは初めての事だった。それでも恐怖はなくただただ驚くばかりの日、そんな日が明日も続くのはとても楽しみだった。
リーリエはそっと頭の冠に触れそう思った。ローリエの葉は生き生きとしていて料理に使うにはもう少し時間が必要の様だった。




