番外編.リーリエと思い出 3
ローリエ
ローリエ
ローリエ
「あった!ローリエ」
そう言いアルメは赤毛の頭に手を置いた。
「リーリエ!」
リーリエはアルメの手をブンブンと払う。このやり取り実に三度目のこと。
「無い、ローリエだけ無い……」
お使いを頼まれたアルメ達。メモの確認もこれで何度目か、順調にこなしていたが最後の一つが見つからず途方に暮れていた。
「あと行っていないのは……大通りの露店、これで無かったら仕方ないな」
「ローリエ、何処にでもありそうなのにね」
「ねー」
二人はお使いをしているうちにだんだんと打ち解けていき。さらにはローリエ探しに奔走しているといつのまにか軽口を叩くまでになっていた。
「おおー!!」
「はは、大通りは賑やかだからね」
リーリエは、今までずっと村から出ずに暮らしていたため街に来たのは初めてのこと。華やかなその様に何度も目を奪われ驚きの声を上げた。その反応はアルメが初めて街に来た時と同じで、アルメは懐かしい気持ちでその様子を眺めていた。
「あればいいけど、うん?ローリエ!迷子になるよ!」
「リーリエだよ!」
露店に気を取られたリーリエはいつのまにかアルメと距離が離れていた、さらに人混みに紛れその小さな体は隠されてしまい人の間からピョコピョコと赤毛が跳ねるのがわずかに見えるだけだった。
「転ぶなよー」
「はぁー、追いついた」
「リーリエ」
アルメは近くの露店を指差した。そこにはいろんな調味料が販売されておりその中に……
「あった、ローリエ!」
乾燥されたローリエの葉が瓶に詰められ並べられていた。
「おじさん、これください」
「まいどあり!」
達成感に心を弾ませながら少女たちは早歩きでギルドに戻った。
「おかえりなさい、遅かったね」
「すいません、ローリエが見つからなくって」
「ああー、そういえばもうすぐ王国騎士団との遠征試合があったね」
「遠征試合?」
「そう、一年に一度ね。ほらタイバンは魔術師総会の本拠地だろう、そこの魔術士団と王国騎士団の試合。身内に騎士がいるとその勝利を願ってローリエの冠を贈るんだよ」
「それで中々見つからなかったんだ……」
「懐かしいわー、うちの人が騎士やっていた時も作ったね」
酒場のスナイサはギルド長の奥さんだ、やはりギルド長が昔、王国騎士団にいたのは本当らしい。
「おーい、パイできたかー」
「出来たよ、熱いから気を付けて食べてね」
そんな話をしながら、買ってきた物を整理していると厨房にギルド長が入ってきた。
「おおー出来たてかー」
「こら」
先ほど焼き上がったばかりらしいアップルパイ、甘い香りに負けてすでに切り分けられたそれをギルド長は一つ摘もうとし、奥さんにペシッと手を叩かれた。
「お客様に出すんだろ、もー急に作れと言われたこっちの身にもなりなよ、紅茶もすぐ持って行くから、さっさと戻りな」
お叱りを受けたギルド長は厳つい顔で唇をとんがらせて、拗ねる様な素振りを見せながらアップルパイの乗った大きな皿を持っていった。
「二人とも、皿と紅茶をお客様にお出ししてくれる?」
「えっ、接待なんてやったことないよ」
「大丈夫よ古い友人だから、机の上に並べるだけで、さぁお願い」
紅茶と皿の準備がされたトレーをそれぞれ差し出され、アルメ達はオドオドしながら言われた場所に向かった。
ギルドの2階、職員しか立ち入らない場所には来客用の応接間がある、そこから聞こえる騒がしい声にアルメ達は迷うことなく扉をノックした。
「おーありがとうな」
すぐに開かれた扉からギルド長が顔を出す。大きな体に遮られ中の様子は見えないが、声からして数人の大人がいるのだろう。
ギルド長は軽く礼を言うと二人が持っているお盆をヒョイと片手で持ち上げた、どうやらこれ以上は何もしなくて良いらしいと察し、アルメ達は、お辞儀をして厨房に戻ろうとしたが突然アルメ達がいる廊下の奥から怒鳴り声が響いた。
「サイモス!お前のとこの便所また詰まったぞ!!」
「ぁあ!お前のクソがデカいからだろ!!責任持って直せ!!」
いかにも仕立ての良い服を着崩した大男、黒と紺のラインが入った服には、国のシンボルが胸元に刺繍されていた。
ギルド長はズンズンと男の元に向かい何やら言い合いを始めてしまった。応接間の扉は開かれたままになっておりその部屋を横目で見ると、奥にも同じ格好をした大人が三人ソファーでくつろいでいる。ジッと動かないアルメ達に部屋の中の一人が片手で下がる様に合図を送る。その顔には苦笑いが浮かんでいるのであの言い合いも、もしかしたらよくあることなのだろうと思い、アルメ達は再び礼をして厨房に戻った。
「王国騎士団だよね、あの制服」
「リーリエ、見たことあるの?」
「2、3年前に、村に滞在したことがあるんだ、もっとカッコイイイメージだけど」
「確かに、でもギルド長の古い友人って聞いてすぐに納得した。シルエットが似てる」
「それ私も思った」
そうやって、ギルドの手伝いをしながら過ごした一日は驚くほどあっという間だった。
翌日は二人別々にやらねばならないことがあり、アルメとリーリエは朝軽く挨拶したのみで、そこから夕方になるまで顔を合わせる機会がなかった。
「アルメちゃん、よかった、」
一日の用事を済ませ、ギルドの酒場で晩御飯を選んでいたアルメにスナイサは声をかけ手招きした。眉を下げ、悲しそうなその表情に困りごとかとアルメはすぐに近寄る。
「ごめんなさい晩御飯前に、アルメちゃん、今日リーリエちゃんに会った?」
「朝挨拶したけど?……それ以降会ってないよ」
「そう、本当は過干渉は良くないってわかっているんだけど。……アルメちゃん、今日はねリーリエちゃんのお婆さんのお葬式だったんだよ」
魔獣被害で死亡した場合本来葬儀は遺族によって行われるが、リーリエの様に身寄りも無い子供が残された場合はギルドや役所が代わりに手配をするのが近年義務づけられている。
また子供が自ら働くことのできない年齢の場合は、預かり先を見つけるのもその一つ。
リーリエは、今年14歳とアルメより一つ下の少女で、働きに出ても問題なくまたまだ庇護下に置かれても良い年齢なので本人の希望によりこの先が変わる。
「あの子、辛いだろうに葬儀の時も泣かずにね、終わったら一人になりたいって言って、この時間になっても戻ってこないんだよ」
「探してきます」
すぐにギルドを出ようとしたアルメをスナイサは呼び止め手に持っていた物を差し出した。
「これ、二人で分けて」
それは丸いクッキーで、手の平程の大きさの袋にぎっしり詰められており袋の口は赤いリボンで結ばれていた。
「多分ね裏の高台にいると思うの、そこに行くの見た子がいたから」
「呼んできます」
「ありがとう、お願いね」
スナイサに見送られアルメはギルドを出た。すぐ横の路地に入るとすぐに開けた場所に出る、夕陽に照らされた芝生とツツジの花に隠れる様に高台に上がる階段がある。
高台への近道であるこの道は、ギルドに良く出入りするものしか知らない。
「いた」
一つのベンチと整理された花壇、小さな水飲み場、夕日に照らされた場所でもその赤毛は
すぐに見つけることができた。
木の柵に肘を置き、ボーっと夕陽を見ている後ろ姿にアルメは声をかけた。
「リーリエ……」
「……何?」
「スナイサさんが心配しているよ」
「ごめん、すぐ戻るから」
もう少しだけ、というようにその場を動かず、またこちらにも顔を向けない。アルメはクッキーの袋のリボンをときながらリーリエにならび夕陽を見る。
「スナイサさんが、二人で分けなって」
「……ありがとう」
リーリエはクッキーを一つ摘み口に入れた。サクッと良い音がするクッキーはほんのりアーモンドの香りが口の中で広がる。
「…………迷っているんだ」
サクサクと音を出しながら、二人で夕陽を眺めているとリーリエは話し出した。
「ここに残るか?」
「……村には帰らない……私ね、親に置いていかれたんだ。今どこで、何をしているか知らない、写真とかも家には無いから、どんな見た目かもしらない、」
「うん」
「おばあちゃんは、押し付けられるみたいに私を預かったんだって、近所の人がそう言ってた」
「うん」
「だから、すぐに働きに出たいって思ってる、自分で暮らせるようになりたい………………でも……でも、このまま進んだらきっと私はすぐに昔の事とか忘れちゃうと思ったんだ」
少し掠れた声にアルメはリーリエを見る、その横顔は下を向き赤髪で隠されわからない。
「…………忘れてしまいたいんだ、私は」
アルメは逡巡した、同じ境遇のスナイサもそれを配慮して、アルメにリーリエを呼びにいかせたのだろう。しかしその胸の内、忘れたいリーリエと忘れたくないアルメ、二人は違っていた。
「アルメは、冒険者になったんだよね」
「うん、駆け出しだけど」
「魔獣を討伐したって聞いた、私を助けてくれた時」
「うん、危なかったけど、なんとか」
「怖くなかった?」
「怖くは……すこしだけ」
「…………ねぇ、どうして冒険者になったのこの街なら、私達にも安全な仕事を紹介してくれる」
少し詰まり、考えたリーリエとは違う自分の思い、それでもアルメは本当の気持ちを話した。
「私はね、許せないんだ……大切なものを全て食べられてしまったから、だから……食い返してやろうってそう決めた」
「食い返す?」
「うん、食われたから食い返す、命も肉も何もかも」
「強いんだね、アルメは」
「……リーリエも強いよ……自分の進みたい方向を見つけてる」
忘れたくないと思うことも、忘れたいと思う事も、悪い事ではない。
立ち向かうアルメが強いのか、前に進むリーリエが強いのか、答えなんてきっといくら探しても見つからない。
「……だからリーリエ、迷う必要はないんだよ、進みたい時、進みたい場所に向かえばいい」
リーリエは顔を上げる、夕日は半分顔を隠してしまっている。
「うん、そうだね」
「お腹すいたね、残ったクッキーは後で分けよう、お肉食べたいなー」
アルメは柵から手を離し、袋の口をリボンで結び直した。
「リーリエは何食べたい?」
「うーん、……かぼちゃスープ」
「良いね、私も頼もうかな」
二人は夕日に背を向けて来た道を帰る。
夕日が沈むまでの短い時間少女達はまた少し大人になった。




