番外編.リーリエと思い出
一章完結しました。
番外編です。過去の話になります。
ある日、アルメがタイバンの街のギルドに行くと、ギルド内は騒然としていた。
走り周るギルド職員や、何人かのパーティが職員によって案内されている。耳を澄ませば、どうやら近隣の村で魔獣の襲撃があったらしい。
「あの、私も何かできますか?」
まだ駆け出しの冒険者だったアルメは、ギルドに馴染むために積極的に行動していた。
狩をするために背負った弓矢は魔術的攻撃ができないため魔獣のとの戦いは出来ないが、襲われた村人の手当てや魔獣の解体ならできる。
「アルメさん!お願いします!」
話しかけた職員は猫の手も借りたい状況なのだろう。アルメの提案を心良く受け入れた。
討伐隊はすでに向かっているらしく、アルメはギルドの裏で薬や魔術具の準備を手伝ったあと、数人の職員と村に向かった。
村はタイバンに向かう山道の途中にあり、小さいながらも宿屋や鍛冶屋があり冒険者の出入りが多い、しかしそんな村でも魔獣の襲撃に遭う一匹や二匹では無い、俗に言うスタンピードと呼ばれる現象は、大気の魔力の流れが影響していると言われている、だがわずかな魔力の流れは人の目には見えないためこれらの現象は憶測の息を出ない。
「ひどいな」
アルメが村に到着した時、すでに魔獣は討伐されたようで何匹もの大きなトカゲの魔獣がその巨体で家や畑を下敷きにし村を占拠していた。
その悲惨な光景に足が竦む、数ヶ月前アルメも同じ経験をしたのだ。それでもアルメは足をなんとか動かし怪我人の治癒に向かった。
一人、二人と手当てをする、武器を持つ冒険者は周囲の警戒をしながら瓦礫の撤去し、ギルド職員も怪我人の治療や搬送で奔走しており討伐された魔獣はそのままにされていた。
やがて最後の怪我人の搬送が終わったギルドの職員やほとんどの冒険者はタイバンの街に戻っている、今村にいるのは遺体守りを行う冒険者と、魔獣の解体をする者のみだ。
アルメは並べられた遺体の前で立ち竦んでいた。弔うために死体にかけられた麻布の上に花が置かれている、近くに群生地があったのだろう。ムスカリの花、アルメの故郷にも群生している花だ。
思い出す事は苦しく辛い事だ、しかし逃げる様な事はしたく無い、忘れないためにこの苦しみは必要だ、だが月日と共に薄れかけていた苦しみを、こんな状況で思い出したくはなかった。
「おい、あんたボーッとしているんならこっち手伝ってくれ」
魔獣の解体をしている冒険者がアルメに手を振る、遺体守りをしている大柄の冒険者がアルメの肩に手を置いた。
「解体された魔獣の素材は、この村の再建費に使われる、体力があるなら手伝ってくれ」
背を押されるように、アルメは歩き出した。
全ての魔獣から解体された鱗や牙、爪は戻って来たギルド職員に渡された。
村の遺体もその時彼らによって丁重に扱われ、魔術師やタイバンの街の神父により弔われた。
全てが終わった頃には日が沈み、残っていたのは村でも比較的無傷の者達、そして壊された村の防御壁を修正する魔術師と変わり者の冒険者だ、彼らは何か思うことがあるのか、近くの山に入り魔獣の痕跡を追うのを見た時、アルメは驚いた。
今から山の中に入るの?危険じゃ……
別の方向からは、魔術師が何故防御壁が破壊されたのか話しあっている。
犠牲者の墓の前でいつまでも泣き続ける声に、まだ終わりでは無いのだとアルメは思い、立ち上がった。
山に入った冒険者の後を追う、新人ながらに何かできることがあるのではと思い、男の様子を見ながら後を追った。
見るとそれは、村人の遺体守りをしていた大柄の男で、かなりの手馴れなのだろう、男は山の中を真っ直ぐ進む。その行動に違和感を感じ、アルメは気配を消して、男の後を追う、やがて立ち止まった男、その目の前には人が倒れいた。
「なんで……」
「うわっ!」
男はその大柄な体格とは裏腹に突然現れたアルメに驚き、情けない声を上げた。
「ついて来ていたのか……スタンピードがあると、……山や森の中に逃げむ奴がいる、深傷を追った状態だとそのまま山の中で息絶えて、見つけた時に骨だけ……よくある話だ」
どうらや魔獣の痕跡では無く、逃げた村人の痕跡だったようだ。
「まだ、何人か逃げ込んでいるみたいだ、俺はこのまま捜索する、お前は気にせず村に戻れ、防御壁を張り直してあるから、ここより安全だ」
「……私も手伝いたい、早く見つけた方が、いいでしょう?」
「善意はいいが、自分の身の安全も考えろ」
「気配を消すのは得意なんだ、……ギルド長に気に入られるなら安いものだよ」
男は眉をあげる、普段は冒険者の前に姿を見せないため、アルメもすぐに気づけなかった、数回見たその姿は勇ましく、噂では元王国騎士なそうだ。
「……助かる、今わかったているのは後三人だ、一人はあっちに、地面の足跡を追え」
「わかった」
「いいか、見つけたら、そく担いで山を出ろ、もし魔獣に遭遇したらそいつが死んでいようが、生きていようが、置いて逃げろ」
「いっ生きてても?」
「お前が担いで逃げ切れるのか、できなければ初めてから関わるな」
「わかった」
ギルド長はボリボリと頭を掻き、「気をつけろよ」そう言い、捜索を開始した。
アルメも進む、今回は獲物では無いが、痕跡を追うのもアルメの得意なことだ。
足跡は裸足の様で、指先の後も残っているアルメより歳下なのだろう小さい足跡からは必死な様子が伝わった。急ぎながらも周囲に気を配り進む、そして山の獣道から逸れた草むらの中に少女を見つけた。
赤髪の少女は外傷はなく、行き倒れている様だった。
「よかった、まだ息はある」
アルメは少女をおぶるため背中に背負っていた矢筒を前側に抱え直し、少女を背負う。
予想うよりも重く、少しよろめいたが、しっかりと背負い直し少女を助けるために足を動かした。ギルド長の言うとうり、アルメでは、もし魔獣に遭遇した場合少女を背負って逃げ切る事はできないだろう。
暗い山の中、それでも月明かりが差し込むのは、この山がしっかりと人の手が入っているからだろう。
泥濘んだ場所を避け、足を取られ無い様に進む、少女はの顔はアルメの肩に乗っているが、呼吸音が聞こえず、今こうしている間に少女の命が消えているのではないかと不安になる。
こっちだったよね、
順調に村に戻っていたが、帰りの道に見た事無い足跡があり、アルメは周囲を警戒した。
大きな足跡、人の物では無い、四つの指、先が尖ったような跡は爪だろう。
魔獣がいるのか?この大きさはそれしか思いつかないな。
その恐れは十分にある、しかしギルド長の言葉を思い出し、アルメは暗い気持ちになる。
死んでいようが、生きていようが、置いてんげろ
無責任だ、その言葉を聞いた時そう思った、しかし実際に少女を背負った時に感じた物は、アルメには重すぎた。
来た時には無かった足跡、ほんの数十分の間に付けられたものだ、魔獣は確実にこの近くにいる。
昼間見た光景と、無惨な故郷の光景が被り、蘇る。
そうだ、忘れないために、決めたんだ。
アルメは少女を下ろす、ほんの数ヶ月前、一人生き残った時に抱いた、感情、複雑な形をした感情はアルメの中で、日に日に答えを出した。
喰い返してやる
復讐心、それがアルメの出した答えだ。
少女は気絶したままだ、胸に耳を当てると、心音が聞こえた。もちろんまだ生きている者を置いていく事はしない、必ず村までの連れて帰る。
矢を一本取り出す、その矢尻には魔術語が刻まれており、少しずつ貯めたお金で用意した物だ。
魔獣の強力な防御壁は多くの魔力を使うため常時発動はしない、攻撃の気配や大きな魔力を探知した時に働く防衛本能が防御壁を出すようだ。
気配を消すのが得意で、魔力を全くと言っていいほど持たないアルメ、自身の考えが当たっているのなら、防御壁を発動する前に、魔獣に攻撃をする事ができる。
近くに腕の良い冒険者や魔術師がいる、試すにはうってつけだ。
アルメは上着を脱ぎ、少女の頭の下に敷く、
すぐ終わらせるから。
少女から離れたアルメは、夜に溶けるように、月明かりすら当たらない木々の間に身を秘め、周囲の音に耳を傾ける、聞こえるのは葉が擦れる音、その規則正しい音は風により起こされた物だ。
次は、パキリと聞こえる枝が折れる様な音、近くの木が少し揺れ、小さな動物がかけていった。
いや逃げて行ったのだろう、少しずつ、こちらに近づく低い音、重い体から出る音だ。
静かな山のなか、明確に方向を感じ取る事ができた。
見えた!
薄らと光に照らされた。巨体、村で見た猛禽類の様な目、体を覆う鱗、どうやらスタンピードに乗りそこなった個体らしい、ドス、ドスっと周囲を見渡しながら村の方角に進んで来ている。
落ち着け、気づかれて無い、私も、あの子も、
どうやら、行き倒れの少女の少ない魔力には反応する事はないらしい、少し安心し、アルメは狩の準備にかかる、用意できた矢尻は一発、強力な爆破を起こす魔術語が刻まれており、強い衝撃により爆破する仕組みになっている。
弓に矢をつがえ機を伺うとすぐにその時は来た、木々の隙間から一直線、魔獣との距離もあり、葉っぱ一枚の障害物も無い、その瞬間を逃さずアルメは矢を放つ。
一瞬、月明かりに反射し矢尻が光る、当然魔獣の視界にもそれは入った。
僅差だった、魔獣が防御壁を張る前に、矢は防御壁内に入り爆破は魔獣に直撃した。
衝撃だけで無く、高濃度の魔力を糧に威力が上がる仕組みになっているため、魔力が多いければ多いほど大きな爆破が起こる。刺さった傷口から出る血を追うように体内にも爆破の衝撃が伝わり、数秒後魔獣の防御は消え去り、頭が吹き飛んだ死骸は重い体を地に付した。
これはアルメが実質初めて魔獣を討伐した日のこと。




