21.何故、食べる?
暗い月明かりがだけが照らす、森の中。夜行性の狼が、地面に鼻をつけて獲物を探し歩き回る。
不意に顔を上げた狼、その瞳がとらえたのは獲物では無い、じっと空中を見つめ耳をそばだてるその耳は微かに音を拾い狼は体を反転させ、逃げるようにその場を離れた。
リベルテは風魔術で作り出した弾丸を放つ、蜃気楼の様に揺れる影は、グランの防御壁を突破する事はできず、消えるのみ。
あの防御壁、厄介だな、
通常、連続した攻撃に対して防御壁は弱い、本来魔術師が使う防御壁の使い方は、魔術と魔術をぶつけ合いお互いに消失させる方法だ、常時防御壁を張るのは効率の良い行動ではない。
しかしそれは魔力量に制限があるから行う打開策、総帥であるグランにそんな小細工をする必要性はない。
生まれ持った才能は本物で、彼が積んできた努力も本物だ、ただ一人の人物に及ばないだけで。
「ルガール魔術は使わないのか?お前固有の魔術では私には届かないぞ」
「言われなくとも」
リベルテが攻撃を変換する、黄金の魔術陣は足元に現れ同色の細い糸が何本か陣から放たれグランに向かう、防御壁にぶつかるそれを見てグランは鼻で笑う。
「これは、攻撃性を有していない、ルガール魔術には攻撃魔術が無いのは本当の様だな」
そうそれは、リベルテがまだ記憶を取り戻していない時、自らグランに教えた事だ、憶測の域を出ないが、それは実際事実で、記憶を思い出した今、戦闘面に置いてグランに通ずる魔術が無いのに少なからず焦りはある、しかし
「それは、使い方しだいだ」
黄金の繊維は防御壁をすり抜ける、その異様性にグランは驚き咄嗟に後ろに転移した。
防御壁を破壊以外で突破した。考えられるのはグランの防御壁があの魔術を無機物と誤認した。
いや、おそらく私の防御壁と同化した!
「当っても死なないけど、お前の魔術を使えなくさせる事はできる」
魔術の主導権を覆す、あの黄金の繊維は触れたものの魔力循環に大きな影響を与える物。
防御壁は意味をなさない、しかし、魔術を読み取るのに多少の時間がかかる事はわかった。
グランは多量の知識量を駆使して攻撃魔術でいなす、魔術を使っているリベルテ自身が隙だらけなのも明らかで、魔術の操作性も落ちている。
「やはり、お前如きの魔術では私に届かない」
距離が離れるにつれて糸の動きは鈍くなる、グランは同時に幾つもの攻撃魔術を使い糸の軌道を全てそらし、遠距離型の攻撃をする。
白く鋭い刃は目に見えない速度で放たれ、リベルテはわずかに体をそらせる事しかできず、左脇に突きっさる。
「防御壁も使えない、ルガール魔術を処理するのでお前の脳は手一杯なのだろう?」
黄金の糸は消える、痛みが邪魔をして、魔術を維持できなくなってしまった。
「お前にやった十年は何だったのか、本当に使え無いな」
「ッツ!」
怒りが再熱し冷静さを欠いてしまう。リベルテは呼吸を意識する、ここで感情に任せてもグランに敵わない。
トドメを指すため現れた幾つもの白い刃は、リベルテを囲う 防御壁で耐える選択しか無い、冷や汗を流すリベルテを見下ろす、グランの口元は腹立たしく歪んでいた。
「!」
しかし先に攻撃を受けたのはグランだった。咄嗟に防御壁で防いだが、一撃を喰らっただけで、無惨に砕ける、その威力に慄いたが先にリベルテに止めを刺すべく魔術を発動する、しかし放たれた刃の先にリベルテはおらず、絶好の機会をのがした事に奥歯を噛み締めた。
「何故守る?お前を目覚めさせた事に恩を感じているのか?」
質問に答えは無いが、リベルテを背後に立つ男は、グランに向けて再び攻撃を放つ、直撃を避けるために転移して避ける、わずかな距離まで近づき近距離から二人同時に仕留め様とするが再び攻撃をくらい距離を離さず終えない。
魔術に隙がない、私の今の防御壁では容易く突破せれる。あの密度の魔力を連続して使用できるのか⁉︎
魔力を感じ再び避ける。地面に大穴を開けた攻撃に再びグランは逃げ惑うしか無く、プライドを傷つけられる。
「はーッ、鬱陶しい!」
グランの苛立ちは爆発した。
現れたのは背丈程の長さがある銀色の杖、細かな魔術語が描かれたそれは、先端に黒く輝く宝石が嵌められている。
「押し潰してやる」
結界がその姿を表し収縮し始める、建物すら結界に押され崩れ、堺の地面が抉れ、アルメ達も異変い気づく。
「こっち来て無いか⁉︎おい!大丈夫なのか⁉︎」
巨大なタコの捌き方を知らないためとりあえず輪切りにした物を鍋に突っ込み煮ていたアルメ、その奇行を焼けるパンと共に見ていた兄弟も周囲の異変に怯え始めた。
リベルテほ黄金の防御壁でアルメ達を守るために走り出した。魔力を温存するために転移を避けたのが仇になり、何処からともなく現れた、剣に阻まれる。
「あの時種撃してきた奴か、確かリシアだっけ?」
通常の防御壁で防ぎ、拘束魔術でリシアの動きを阻む、彼女がブランのお供で結界魔術を得意としている事を認知していた、そして四方からの拘束魔術を捌くのでやっとなのが彼女の力量を示している。
「こんなのしか残って無いのか、案外後がないんだね」
息を呑むリシア、このままだと、自分も結界に押し込まれてしまうが、グランから離れたリベルテを襲う事しか、自分に選択しは無い、拘束されまいと剣を振うが、グランの方角から激しい重低音が響き意識がそれてしまい捌き損ねた鎖に拘束されてしまう。
リシアの意識を奪ったのは、グランの攻撃では無い、突風に乗り、グランに攻め込み、近距離から魔術を発動させた男だ、攻撃はギリギリで避けられたが、グランのローブに穴を開けた、ヒリツク様な肌の感覚、恐怖でないと自分を落ち着かせるが、彼の攻撃は先ほどよりも早く、更にはグランの動きを予測しており、転移をしても直撃に合う、何度も直撃にあいその度砕けた防御壁、結界の収縮に焦りを感じているのか、その無表情からは読み取れない、しかし確かに感じるのは、自分が目に前の男の攻撃に対処できなくなっている事。
杖に描かれた魔術語が全て淡く光、攻撃で攻撃をいなす、男の魔力とグランの魔力どちらが先に尽きるか、冷や汗を流し、男の攻撃を真っ向から受けた。
グランが持つ最強威力の攻撃魔術、衝突した両者は均衡に見えたが、それは直ぐに訪れた。
吸収されている⁉︎
体外に流れる魔力の多さにグランは焦る、グランの攻撃を飲み込む様に、深い紫色の光は近づき、更に大きくなっていった。
今更攻撃を中断し転移で避けるには遅すぎる、漠然に広がるのは死。
「やめろ!」
魔力の底が見え始める、生まれてから一度も感じた事の無い恐怖、それは自身が多くの者に与えてきた物だ
「やめろ‼︎私をくっ」
かき消された声、彼が魔術を放ち終えると、グランは塵も残していなかった。
結界は維持できなくなり、空気に溶ける様に消え、現れた星空は争いなど無かった様に美しく光輝いていた。
「ッツ!」
「終わったのか、呆気なかったな」
体を拘束されて、息を詰まらせるリシアとは裏腹に、リベルテは息を吐く、己の手でグランに止めを刺す事ができなかった事は悔やまれるが、グランが生み出した者に食われる光景が見えただけで、胸の内が少しすく思いだ。
「あー、その、料理に全く集中できなくってな」
グランとの戦闘に勝利した彼は報酬を食べにアルメの元に直ぐ現れた。
しかしアルメの表情は芳しく無い、その原因は鍋の中で煮立たせた黒くドロドロした物だ。
「目を少し離した瞬間こうなってた、そもそも食べ物って感じしなかったし、あっでもパンは焼けたぞ!ほら!」
串に巻かれたパン、子供達も出来たてを美味しいそうに頬張っている。
アルメはとっておいたパンを彼に差し出す、キラキラとまぶされているのは砂糖だ。片手にはジャムの瓶もあり、アルメはそのまま串を瓶に突っ込んでパンにジャムを付けている。
「疲れた時は甘い物、はは、これじゃ腹は満たせないな」
彼はパンにかぶりつく、わずかなバターの風味が鼻を抜ける。
「狩でもするか、街に転移してくれたら……」
こちらに向かう蹄の音にアルメは言葉を切る、複数の蹄の音、夜に街の外を馬でかける行為ができるのは相当な実力者だ。
紺色のマントは月灯りだけでは黒く見える、しかし、覚えのある顔を見つけアルメは思い出す。
「王国騎士団、あっ!」
自身の腕につけたブレスレット、位置を特定する物だ、グランの結界で阻まれていたが結果が消えその居場所を示したのだろう。
「抵抗しない方がいい、」
リベルテの声に振り向く左脇を手押さえながら近づく彼はアルメに言ったわけではなく、白髪の男に視線を向ける、恐らく魔術で何かしようとしたのだろう。
「わぁ!」
数人の騎士達が一瞬でアルメ達を囲いその腕に枷を付ける、重くは無いが、魔術語が刻まれており、魔術的抵抗をできなくってしてある。
アルメが子供達を見ると、枷はつけれれていないが、急に現れた騎士に驚き、兄は弟をも守る様に抱きしめ身を縮めていた。一人の騎士が視線を合わせる様にしゃがみ二言三言話しかけている。その優しげな対応にアルメは安堵した。
自身の側に来た騎士に顔を上げきまずそうにアルメは謝罪する。
「悪かった、急に消えてしまって、手間をかけさせた……ご、ごめんなさい」
アシエは無言でアルメを見下ろす、一つ間を置いて彼はアルメに問う。
「これは何だ」
その指が示す先には鍋があり、中の黒い液体がグツグツと煮込まれている
「それは、あの魔獣の肉で」
「何故煮込んである?」
「食べようと思って」
「何故食べようと思った?」
「お腹が空いていたから?」
「何故尋ねる?」
「……」
「口に入れる物には慎重になるべきだ、何でもかんでも食べようとするのはやめなさい」
「……すみません」
本日二度目のお叱り、母親の様な事を言われてしまい、アルメは枷をつけられているにも関わらず、気が抜ける感覚がした。
「この件は後王国騎士団が預かる!貴様らは!エグレゴア総帥殺害の容疑者として身柄を捕縛する!」
「殺害容疑って……」
一人の騎士が大きな声で告げた言葉、それが事実なのは変わり無いが、釈然としない。
「一時的な物だ、調査途中、直ぐには解放してやれないが、協力次第だな」
アシエは、落ち着いた声音でアルメ達に言う。
「連れて行け」
退却をするのだろう、数名の騎士が残る様で、魔獣の死骸を観察したり、結界境界、えぐれた土を観察している者もいる。
その光景を視界の端に見ながらアシエについて行こうとしたら、アルメの体が中に浮き担がれてしまった。
「えっ!ちょ!歩けるけど⁉︎」
見るからに負傷しているリベルテ、何をするかわからない赤眼の男、この二人ならまだわかるが、騎士はアルメのみ持ち上げ馬車まで運ぶ、ジタバタと暴れるアルメはこの受けた恥ずかしめは自身の罰だと思うことにした。
*
トルノ山脈の頂上、決して人が訪れ無いこの場所は、ある魔女の住処の一つ。
その魔女は黒く長い髪を靡かせて、自身の分身を見下ろしていた。
「まぁ、可哀想に」
穴だらけの死骸は、数日放置されたからか肌の色がわずかに変色している。魔女といえど肉体を持つため、その死骸は他の生き物と同様に腐る。
「だれが……あら、グラン?」
不意に顔をあげ空を見る、空気に紛れ漂う魔力、微かな塊は、人の肉眼では見る事ができない。
魔女は手を肩ほど高さに上げ手のひらに魔術陣を出す。
周囲の風と共に巻き上げられ、手のひらにその魔力は集まる。風が吹き飛び黒い髪を強くはためかせ、やがて静かになった周囲は、鳥の声すら聞こえない。
魔女の手のひらには白く小さな光が漂っていた。それは命落とした人の魔力。
「危なかったわね、もう少しで、ただの魔力になってしまっていたわ、」
手の平の魔力は何かを伝える様に揺れている
「フフフ、可愛い、私を感じてここまで来たの?偉いわね」
「可哀想なグラン、肉体を与えてあげたいけど今あるのは……」
再び穴だらけの肉体を見て言う。
「これは、もう使え無いわね、少し待っててあなたにピッタリな肉体を見つけてあげる」
魔女はそう言い自身の首についている、ネックレスその黒い宝石を白い光に掲げる、グランの魔力は宝石に吸い込まれてしまい。魔女の首飾りはより輝きを増した。
「少し海の向こうに散歩にいっていただけなのに、まさかこんな事になるとはね、人間は短い時間でとんでも無い事してくれるから、本当に目が離せない」
たなびく黒髪を押さえながら、人の地を見下ろす。
「大丈夫よグラン、私に任せて、まずは……エグレゴアを取り返しましょう」
穏やかな笑み、まるで母の様な、しかしその瞳は黒く底が見えない恐ろし色をしていた。




