4ー23 アルメの記憶
その老人魔術師は、自身をリルディオ・ギルバート・スリスと言った。
「長い名前だろう、好きなように呼んでくれ」
「リディオンさん」
「ギルバート」
「スリスさん……」
「…………魔術師さん」
言われた通り、好きなように呼ぶ子供達にその老人魔術師はホホっと笑った。
「イオ、さんはつけないと」
一番馴れ馴れしく名前を呼んだタロが、そう言うが、イオは聞く耳持たず、ギルバート、ギルバートと老人の名前を呼ぶ、どうやら音の並びが気に入ったようだ。
「俺、ギルバートになる!」
「どう言う意味」
わんぱく小僧の頭の中は、訳がわからない。
「魔術師さん……」
アルメの服の端を持ち、その影に隠れたニアが老人魔術師、「スリスさん」に話かけた。
「どうしたのかね?」
「……魔術ってなに?」
そうだ、ニアはそこからだろう。
「内に魔術を使える人はいないからなー、俺達も一度も見たことないし」
「そうなのかね」
何故こちらを見るのか、アルメは苦笑いをして頷いた。
「街に行った事がある大人が話で聞かせてくれる程度で……」
「そうなのか」
スリスさんは、心底驚いた顔をしていた。そんなに可笑しいのかと尋ねれば、どんなに小さな村でも、魔術でできた防御壁によって守られているので、村にはある程度魔術を使える物、知識がある物がいると言う、近くの村も、一定の動作や、少量の魔力で使用出来る魔術道具が日常的に使われており、その修理を担う店もあったらしい。
「この山、君達の集落には防御壁が展開されていないようだね、通常は人が集まる場所は魔力が停滞しやすいから防御壁で魔力循環を高めると同時に魔獣から物理的にも守るものなのだが」
スリスさんは、村に防御壁について少し話すと、自身の背後の石碑に視線を向けた。
「その代わりにこの石碑が魔獣避けの役割を担っているようだ、かなり古い物だが集落全体をまるで包み込むように守っている、今私が答えられる範囲で言えば、魔獣に認識阻害を与えており、障害物として避けさせているようなイメージだな」
「難しいな」
唐突な魔術の説明にタロはそう言った。アルメも難しい話だと思ったが、何となくスリスさんが言うイメージを浮かばせる事ができた。それと同時に魔術師はおしゃべり好きなのかとも思った。
「私はこの石碑を見にきたのだよ、物見遊山のような物だね、魔術師をしているが、もう隠居した名無しだ」
「名前はあるでしょ?」
そうだが、そうじゃないぞイオと苦笑いを浮かべながら、タロは弟の頭を撫でた。
「ホホ、その人の研究や成果によって魔術師には通り名があるのだよ」
スリスさんはにこやかにそう言った。
「リディオンさんはどんな風に呼ばれていたの?」
何だか、世間話が始まってしまったとアルメは思ったが、アルメ自身は何を言えば良いのかわからないため、口を開けずにいた。
「私は、「教本」と呼ばれていたね、魔術の知識を持つ者は皆一冊は魔術書を書くんだが、私は良い出版元に拾われてね、沢山本を出させて貰ったんだ」
「教本?」
「教科書だよ、知らない事を学ぶ本」
「図書館にあるやつだ!」
穏やかな会話だ、結局この魔術師は危険ではないのだろうか、アルメがそう思った時、タロも同じように思ったのか、思ってもみない事をを言い出した。
「リディオンさん、はもう帰るの?」
「いや、出来れば他の石碑もみてみたいと思ってるのだが」
「それじゃ、名主に挨拶はしておいた方がいいよ、変な人間って大人達が警戒するから」
「タロ」
集落の方向に指を指してそう言ったタロにアルメは焦るがタロはどこ吹く風で気の抜けた笑みをアルメに向けた。
「大丈夫だよ、この人ただの物見遊山だよ、石碑の見学も大人が案内すれば変な事出来ないだろうし」
それは安易だ、だってこの集落に魔術を使える人はいない、もしも大人に何かあったらと考えてしまい、アルメが不安になっていると、集落の方向から誰かがこちらにくる足音が聞こえた。
見るとそこには。弓矢を背負ったアルメの父親が険しい顔でこちらに向かってきていた。
「父さん」
「ヤバ!」
子供だけで石碑のそばに行ってはいけない。それが集落で大人と子供との約束だ、しかし今アルメ達は自分の意識でこの約束を破っている。
「……」
背の高い父、アークはあっと言う間にアルメ達の元に辿りついた。その目は鋭く怒っているとわかり、アルメは謝ろうと口を開いたが、父の手がそっとアルメの肩に置かれてそれを制した。
「魔術師か?」
「あぁ、もうとっくに隠居しているが、リルディオ・ギルバート・スリスと言う、この石碑がどういった魔術なのか少し見させてもらっていた」
突然大柄な男が現れ、スリスさんは萎縮しながらもそう答えた。
アークはしばらく、無言で魔術師を見下ろした後、集落の方向に足を向けた。
「案内役をつけよう、もし良かったら子供達に魔術を見せてくれ」
父は魔術師を歓迎したようで、アルメはよいのかと父を見上げるとその手はアルメの髪を乱暴に撫でた後、いつの間にか父の服の端を持っていたニアを抱き抱えた。
「あー!俺も!俺も!」
「イオ、おじさんに我儘ゆうな」
その姿を見たイオがアークの足に絡みついたので、タロが引き剥がそうとしたがアークはイオも片手で抱え、集落に戻った。
「荷物運び……」
まさか方法であったがイオは喜び笑っているため、アルメもタロも苦笑いを浮かべた。
「何もない所だけど、ゆっくりして行ってよリディオンさん」
「お邪魔するよ」
イオがそう言うと、リディオンは少し躊躇いながらそう言い、右手に持った長い杖をつきながらアルメ達の後を歩いた。
案内した先にある光景はアルメ達にとって馴染み深い場所だが、外から来た者にとっては見慣れないなのだろう、物珍しいそうに見渡す老人にタロは尋ねた。
「そんなに珍しい?近くの村と大差ないと思うけど」
「確かに生活様式は似ているが、見慣れないものがある。あれは何だね」
そう言い老人が指差したのは、乾燥させている猪の革だ。
「あれは、早朝とった猪だね、鞣して乾燥させているんだ」
「ほう、市場に出回る前の姿は初めて見た、確かにこれは鼻だね」
和気あいあいと魔術師の質問にタロが答える流れ出来、アルメは黙って見守っていると、ハンナが走って来た事に気づきアルメは片手を上げた。
「ハンナ、そんな走ってどうしたの?」
「魔術師が来てるって!都会の人!」
勢いがすごい、猪の如く興奮したおり、このままスリスさんを紹介すれば突進しそうだ。
アルメはそっとハンナの肩に手を置いて、タロと話をしているスリスを紹介した。
「あの人がスリスさん、隠居した魔術師らしい」
名を呼ばれ本人はハンナの熱量を察知したのか、どこか引き気味であり、タロは顔を顰めている。
「私!ここの名主の娘です!父からよければ内でご馳走すると言伝を預かってきました!」
「名主の家だけでか?今日は天気いいから外で集まって食べたらいいだろう?後この人は石碑を見にきただけだから案内したら直ぐ帰るかもしれない」
「あまり長いするのは悪いと思っている……」
前のめりになるハンナにアルメは肩に置いた手に僅かに力を入れ止めると、タロが顰めた顔のまま苦情を言い、スリスさんも遠慮がちだ。
「ええー!帰るの⁈私も一緒に街に行く!」
「何言ってるの」
「期待させてすまないが、私は今別の村でお世話になっているんだ、街には行かないよ」
そんなとあからさまなショックを表した表情のハンナに、スリスさんは気まずいそうだ、アルメはハンナの肩から手を離し、スリスさんに向き治った。
「他の石碑も見たいんだよね、そろそろ案内の人が来ると思う」
アルメがそう言うと、「おーい」とこちらに手を振るタロの父とアルメの父親の姿が見えた。
「この人がが魔術師さん?いやー絵本の中から出てきたような姿だな、石碑を見たいって?俺が案内するよ」
「私も手伝う!」
「俺も!」
(何をだよ……)
ただ、石碑の元に案内するのに手伝いもなないだろうと、アルメは呆れたが、滅多に無い事でハンナとタロも魔術師が気になるのだろうと父親達は了承した。
「アルメも行こうよ」
「来ないのか?」
「私はいいや」
アルメは魔術と聞いても興味がわかなかったため、途中で止めた道具の手入れがしたかった。大人もいるため誘いを断り、三人を見送ると父がアルメの頭に手を置く。
「手伝いは十分してくれた、遊びに行ってもいい」
「中途半端は嫌なんだ、ニアとカームも構ってやりたいし」
父の言葉にそう返答し、アルメは気になる事を尋ねた。
「お父さんどうして、魔術師の人を警戒しないの?」
父は弓矢の名手であり村の自警のリーダーも担っている、だから魔術師を簡単には集落に入れるとは思っていなかった。
「あの人からは動揺と恐れが見えた、それに髭に木片がついていた上に、左手人差し指に同じ切り傷と爪に内出血の跡があった。あれは薪割りの時にできた傷だろう」
薪割りは重労働だ。魔術師なら人を雇うか、魔術を使うかしそうだが、そうしないと言うことは魔術を使うことを惜しんでいるのだろうと想定できる。
「ローブも質が良かったが、汚れる事を厭わないで山を登ってきたんだ、本当に石碑を見たいだけなのだろうな」
アークはアルメの頭を優しく撫でそう言い、二人はたわいもない無い話をしながら家族の待つ家の帰路を歩いた。
「お父さんは魔術に興味ある?」
「無い」




