4−22 アルメの記憶
そんな静かな集落に客人が来た。
弓矢のしなる音、森の中は静かだが、風が葉を靡かせる音と小鳥の声に混じり、自然の一部に溶け込んでいる。
太く雄々しい腕が矢を解き放ち風を切った矢は決して矢先を振るわせることなく、獲物に付き刺さった。
(獲った!)
アルメは倒れた猪を確認し、合図の笛を鳴らした。
高い笛の音は、遠くに響き別行動している、他の狩人に獲物を獲った事を伝えた。
首に矢が貫通した猪がピクリとも動かなくなった頃、獲物を仕留めた父、アークが身を隠していた茂みからそっと体を出して獲物に近づき、アルメもその背を追った。
倒れた猪に近づくにつれてその大きさがわかる、全長は十五のアルメ程あり、大物だ。
「でかいの獲ったなー兄さん」
アルメの笛の合図で、東の茂みから顔を出し合流したのは、タロとその父親。
タロとアルメの父親は従兄弟同士で、タロの父親は父を「兄」と慕って呼んでいる。
「一昨日、タロが見たやつだろう、畑を荒らされる前で良かった」
褒められた父は、わずかに笑みを浮かべてそう言った。
「うん、背の柄がおんなじだ」
自分と同じ背丈程ある大物を、タロも目をキラキラさせながら見ている。
狩は毎日行わない、狩すぎても狩らなすぎても山の環境を悪くしてしまう。
大きな猪一匹で集落の食卓は数週間は豊かになる。
「牙と毛皮はしっかり肉を削ぎ落として、乾燥と鞣しをすると高く売れる」
血抜きが終わり、もう何度か父親に習った解体作業を見てもらいながらアルメは父の教えを頭に入れる。
「魔獣の牙や皮の方が高く売れるんでしょう?」
同じように作業をしている手を止めて、タロがアークにそう尋ねると、父は頷きそして少し怖い顔をした。
「だが、魔獣を狩ろうなんて思うなよ、基本魔獣を狩るのは数人の冒険者や騎士で行う物だ、それも魔術ありきでの討伐が前提だ」
「はーい」
タロは狩りたかったのか、口を尖らせて作業を再開した。
「それに、集落は先祖の結界で守られている、石碑の外に足を踏み入れない限り、魔獣に遭遇することはない」
アルメ達が住む集落は、古代にこの地に根をおろした人によって作られた山の麓にある四つの石碑に囲われて守られている。
…………子供だけで、石碑のそばに行っては行けない…………
それがアルメの住む集落の掟だった。
「アルメ!」
翌日、倉庫で畑道具の手入れをしていたアルメの元に、タロが叫びながら走ってきた。
「どうしたの?」
開け離れた扉ではなく、アルメが作業しているすぐ背後の窓から顔を出したタロは、息を切らし、その顔は切迫詰まっている。
「イオのやつ勝手に集落の外に出やがった!」
「はぁ?、もうわんぱく小僧だな」
「シルノの姉ちゃんが森の方角に行くの見たって!」
わかっているなら何故止めないのかと、アルメはため息を吐きながら立ち上がるとタロはさらに信じられないことを言った。
「ニアもいないんだ、二人揃って図書館で本を読んでた、家に帰ってないならイオに付いて行ったんだ!」
アルメの額に青筋ができる。わんぱくすぎる小僧め、大切な妹を危険な場所に連れ出すのはやめろと再三に言い聞かせたはずなのだが、兄同様記憶力がないらしい。
「何で俺を睨むんだよ」
「いや、別に」
赤い瞳を少し眇めただけだが、タロはビクリと体を跳ねさせ、オドオドと窓から体を話した。
「ほら、行くよ」
出入り口付近に掛けてある弓矢を背負い勇ましく森の方に向かうアルメにタロは慌てて自身の家から弓矢を背負い追いかけ声をかける。
「アルメそっちじゃなくて、西の方」
「くっ!」
すかさず方向転換し、アルメとタロは西の森に走った。
「イッテ!」
「うるさい」
獣道を進み、草木を掻き分けている最中にタロのオデコに細い枝がシッペをした。
タロは口達者ではないが騒がしい、何と言うか反応が騒がしのだ。成長しだいぶ騒がしさはなりを潜めたが、それでも焦ったりすると昔の姿を見せる。
「いた」
「えっどっか打った」
「違う」
オデコを抑えながらそう言ったタロは、アルメも自身と同じように木々のイタズラを受けたのかと思ったらしいが、残念ながらアルメは早々に森の歩き方を熟知している。
アルメは背後を歩くタロに振り返り、人差し指を口元に当てて静かにするよう合図すると、タロはボケた顔を引き締め、アルメが指刺す方向を見る。
「やっぱり石碑の所にいたんだ」
「知らない人がいる」
タロの弟イオは、以前から集落を囲う石碑に興味心身だった、自分では到底早々もつかないほど昔の人が作った物だと聞いて、何処かオカルトじみた興味が沸くのは理解出来るが約束を破ってまで見に行くとは、連れ戻した時に詳しく話を聞かなければとアルメは思った。
「どうする、走って回収する?」
「いや、よく見て杖のような物を持ってる」
本当だと、タロは言いアルメと目を見合わせた。
魔術師の事は大人の話で聞いた事がある、どう言ったいでたちかも集落のおじさん達が武勇のつもりか話してくれた。
杖を持っていて魔術に長けた人、火やら水やら簡単に出してそれはそれは神秘的だと言うが、同時に冷静な大人はこう言った。
「力ある人間が皆良い人とは限らない、お前達も弱い子ウサギや鳥を攫う鷹や狐を見た事があるだろう?人間も同じだ」
魔術が使えない物は使える物に簡単に食われてしまう。
「あの人、人攫いかな俺が大人を呼びに行こうか?」
「そうしたいけど……その間に何かされたら、一人じゃあの二人を背負って逃げる事もできない」
様子を伺いながら悩んだ二人、結局森に入る前に大人を頼らなかった自分達の落ち度だ、狩を覚え数回獲物を仕留めただけで大人になった気でいたのかも知れないとアルメは自身を恥じた。
「とりあえず、毅然と近づこう、余所者を警戒する勇ましい狩人のように」
「う、うん」
アルメの説明した姿をイマイチ想像できないのかタロは僅かに首を傾げて頷いた。
想像力が無いやつめ、だからハンナを射止められないのだと内心罵倒しながらアルメは妹達がいる石碑に向かって足を伸ばした。
「こらー、イオー、子供だけで石碑まだ行ったらダメだろー」
「おね「にぃちゃん!」
茂みから足を出して最初に声を出したのはタロだった。
気の抜け感じで余裕そうな声は意外とアルメの想像していた姿に近いと言うか、アルメの想像していた、姿は父親達なので、タロはまんまタロの父親そっくりだ。
「ニア、嫌なら嫌ってちゃんと言わないと、またイオに着いていたんでしょ」
「ごめんなさい」
アルメも見知らぬ魔術師に緊張の様子を見せることなく、駆け寄り抱きついてきたニアの頭を撫でた。
「この人、旅の人?」
「うん、魔術師だよ!」
タロがイオにそう聞くと何故か誇らしげにイオは言い、このガキめとアルメは赤い瞳を眇めた。
イオが指を示した先にいたのは老人だった、白いローブに長い杖、絵本に出てくるまさに絵に描いたような魔術師の姿にアルメはどうしてか警戒心が薄れそうになり、グッと意識を目の前の魔術師に集中させた。
「お爺さん、この先の集落には何も無いよ、魔術師なら名主のおっさんが歓迎するだろうけど…そんなうまいものも出ないなー名産品なんて皆無だし」
アルメよりもタロの方が余裕な狩人を演じているというか素の姿だろう。
もともと人見知りもしない子供だったので気の抜けた声ですんなり人の輪に入る事が出来るのだ。
アルメも変に喋る事はせず、ここはタロに任せてニアをそっと自分の背後に誘導した。
「あ、あぁ、そうなのか……」
魔術師はどうしてか困惑の表情を浮かべていた、何か目的があってこの場所に来たのか知らないが、先程からアルメを凝視する姿にアルメは顔を隠したくなった。
「ははは、何?外の人から見ても珍しいの?」
「うるさいよ」
シシシと少年の揶揄いを含んだ笑い声に、ムカッとアルメは噛み付く、あまり町に降りる機会はないが、父に付いて言った時、目の前の老人と同じ反応をされたことは何度かある。
アルメの集落だけでなく、この赤い瞳は外の世界でも珍しいらしく、ただでさえみんなと違う色なのにますますこの色が好きではないのだ。
「いや、すまないまさかこんな山奥でお目にかかる日がくるとは……」
老人は我に帰りぽつりとそう言った。
「お目にかかる?」
アルメも王業な言い方だと思った。
「その赤い瞳はね、魔術師に間では、特別な印なんだ」
老人は目元を緩めて優しそうな顔でこう言った。




