第一章-2
「….っ、リリィ!」
「は、はい!」
ビクリと体を震わせながら返事をした。
「お父様とお母様は、今いるかしら!?」
…そうだ。
婚約式1ヶ月前ということは、まだ馬車事故に遭う前の話。
この一週間後の領地の視察で馬車の事故に遭う。
「し、執務室に旦那様も奥様もいらっしゃるかと思いますが…」
リリィのその言葉と同時に、私は勢いよく立ち上がり、部屋を出る。
急いでお父様とお母様がいるであろう執務室に足を運ぶ。
ーハア、ハアと息が上がる。
ードクン、ドクンと心臓の音が煩いほど鳴る。
3年ぶりにお父様とお母様に会える。
そう思うと、口角が無意識に上がってしまう。
執務室に着くと、胸を手に当て深呼吸をする。
そして、バンと勢いよく執務室の扉を開ける。
その音に驚き、扉に視線を向けたお父様とお母様。
私とお父様とお母様の視線が交わる。
「お母様!!」
大きな声で声を発し、扉の近くにいたお母様の胸に飛んだ。
私の行動に驚きながらも、広い心で受け入れてくれたお母様。
そんな私たちを微笑ましく見ているお父様。
「あらあら、どうしたの?」
私の頬をそっと撫でながら、目を合わせる。
「お母、さまっ」
久しぶりにお母様に、徐々に目に涙が溜まり、ポロポロと溢れ出す。
「あら….、
アイリス、どうしたの?」
小さい子供をあやすかのように背中を摩り、首を傾げ、困った表情で私を見るお母様。
「なんだ、アイリス。
お母さんが恋しくなったのかい?」
クスクスと笑いながら、私の傍に寄ってくるお父様。
「お父、さま」
お母様の腕の中から出て、今度はお父様にぎゅっと抱きつく。
「ア、アイリス!?」
驚き、戸惑いながらも私をその大きな体で受け入れてくれる。
「お父様、お母様、会いたかった…っ」
ずっと、ずっと会いたかった。
二人にーー。
この温もりは絶対に嘘じゃない。
夢じゃない。
お父様とお母様は私を見守るように、優しい空気が流れた。
*
「で、アイリス。
どうしたのかな?」
「何か話したいことがあるのよね?」
私が座っているソファーに机を挟んで、目の前にはお父様とお母様が座っている。
不思議そうな顔をする二人に私は、ゴクリと喉を鳴らし、言葉を発した。
「一週間後の領地の視察ですが、お父様とお母様ではなく、
私に行かせていただけませんか?」
私の言葉に大きく目を開け、驚く。
「どうして?今まで視察なんて行かなかったじゃない…」
お母様が不安そうに私を見つめる。
今までは視察、いや大公家の手伝いなんてしたことなかった。
ううん、違う。してこなかった。
どうせ私は、結婚してこの家を出ていく身。
そう思っていた。
けれど、今回はそうは行かない。
だって、前の人生で大公家がどうなってしまったかを私は知ってしまっている。
「何か理由があるのだろう?」
お母様の手をそっと握り、不安を取り除くお父様。
私の目を見て、今の発言が冗談ではないことくらいわかっているはず。
お父様は私をしっかりと目を見て「理由を聞こうか」と言った。
婚約式の時の私はパーティーが好きだった。
可愛いドレスを着て、私の右隣には当たり前のようにキール殿下がいたから。
ーーでも、もうその私はどこにもいない。
私は、深呼吸をしてから言葉を紡いだ。
「私は、お父様とお母さまとこの家のものたちとゆっくり過ごしたいです。
そして、心から愛する人と結婚をしたいです。」
お父様とお母様がお互いに顔を見合わせる。
「私は、キール殿下と婚約破棄したいです」
お父様とお母様の顔を見る。
一切の瞬きもせずにーー。