クラスのマドンナ
バーの扉を開けると、カウンター席のアンディが軽く手で合図をした。
ジムは彼の隣に座り、マスターにスコッチを注文する。
年季の入った店内に客の姿はほとんどなく、薄暗い照明とボリュームを絞ったジャズが還暦を過ぎたジムにはありがたかった。
ミシガン州デトロイト郊外の小さな街に、そのバーはあった。
思い出話を一通り終えると、アンディが向き直った。
「おい、ジム」
「なんだい?」
「お前、まだあのこのこと好きなのか?」
世話を焼くようないたずらっぽい笑顔は、子供の頃から変わらない。
「あのこ?」
「すっとぼけやがって。彼女しかいないだろ。クラスのマドンナさ」
「よせよ。半世紀も前の話だろ」
ジムは笑い飛ばしたが、鮮明に彼女の顔が蘇ってきた。
ジュニアハイスクール時代、友人のアンディはジムが彼女に好意を寄せていることを知り、恋を実らせようと背中を押してくれたものだった。後でわかったのだが、そんなアンディも彼女のことが好きだったらしい。
彼だけじゃない。クラスの男共は皆、彼女に夢中だった。
高嶺の花は、堅実に地元の大学へ進学した。それは彼らにとっては意外であり、喜ばしいことでもあった。
俺にもまだチャンスはある。
そのときはジムもそう思っていた。
しかし彼女にとって、この街は退屈すぎた。
「私は誰よりも有名になるわ」
マドンナはミシガン大学を中退。35ドルを手に長距離バスでニューヨークへ旅立った。