婚約者は元夫で攻略対象者~婚約破棄なんてさせません!その前に餌付けします~
見た夢を小説化してみました(笑)意外とどうにかなりました(笑)
「初めまして。ユージン・インマウトです。」
その瞬間、あ、この人元夫だわ、と思った。
そして、同時に理解した。この世界が前世でプレイしていた乙ゲーの世界で、この人が攻略対象者な事で、私が後に婚約破棄されてしまう可能性があることも。
「よろしくね」
そう言って笑った顔に、今世でも一目惚れしてしまった私。
あぁ、やっぱりこの人には敵わない。
「ケイナ・トゥアローと申します。末永く宜しくお願い致します」
私は最近身につけたばかりのカーテシーを、精一杯頑張った。
婚約が決定した瞬間だった。
~数ヶ月前~
「ケイナ」
「何?お父様」
「今度、騎士団長の息子さんと会ってみないか?」
伯爵家の三女に生まれた私に、お父様がそう言った。
「騎士団長の息子さん?」
「お前も8歳になったし、そろそろ婚約者でも、と思ってな。なに、相手は10歳で少し年上だが、お前なら大丈夫だろう」
「うーん、とりあえず会ってみるわ。どんな人か分からないし…」
「なぁに。騎士団長の息子だ。悪いやつじゃないさ。」
そう言って、8歳の私と、騎士団長の息子、ユージンとのお見合いがなされたのだった。
そして、私は早速彼の攻略を始めた。
なにせこの人、転生前からの付き合いとはいえ、今は別人。色々知っていく必要があるし…
なにより、あと数年後、婚約破棄されるのを阻止する必要があるのだ。
転生前の私は、日本という国で恋愛ゲームを楽しんでいた。その中の初期攻略メンバーの1人がこの人、ユージン・インマウトだ。
キャラの特性としては兄貴+脳筋+鈍感。
面倒見がいいけど、ストレートに言わないと分からないし、下手にアプローチをかける選択肢をとると脳筋的回答が返ってくる。
例えば
「私も身体鍛えようかな…」
という選択肢を選ぼうものなら
「そうか!鍛えてやろうか?」
となり、一緒に筋トレで好感度アップ!になるかと思いきや、筋トレについていけなくなったヒロインに幻滅、好感度が下がってしまうのだ。
あの時はつい
「えええ…」と言ってしまったものだ。
それに、確かにあのゲームの中にはライバルとしてどのキャラにも婚約者が居た。
ユージンの場合は「妹的存在の婚約者」で、ここに恋愛感情は無いが、家族的な意味で大切、というやつだ。ユージンルートでは、ユージンに恋愛感情を自覚させると、この婚約者に「妹としてしか見れない。だから結婚は出来ない」と言って婚約破棄し、主人公の元へ来て「君のおかげで、俺の世界が変わった。俺の全てをかけて、君を守っていきたい。…生涯をかけて守ると誓う」と告げるのだ。
あの時のスチル…めっちゃカッコよかったんだよなぁ…
でも、その婚約破棄をされるのは結局私だ。
つまり「妹的存在」からどうにか脱却せねばならない。そして断固!婚約破棄を阻止するのだ。
そして現在
「お嬢様。」
ふと遠い目をして在りし日を思い出していた私に、料理長が声をかける
「あ、ごめんなさい。ちょっとボーッとしちゃったわ」
「いえ。大丈夫ですよ。それより、この、お嬢様の言う通りに作ったケーキ、ですが…かなり甘くなっていて…」
「ふふ、大丈夫よ。あの方なら。あぁ、それから、飲み物にはあれをお出しして。」
「あれ、ですか?」
「ええ。」
「あれは苦くて、大人の方向けになっていますが…」
「いいの。あとお水も一緒に持ってきて。私は紅茶で。」
無事に婚約したあと、私はせっせと彼を餌付けすることにした。
これから彼とのお茶会である。
「ユージン様!」
「やぁ、ケイナ嬢」
「ケイナ、もう少し静かに足を運びなさい。お淑やかにね」
「ごめんなさい。お母様」
ユージン様のお出迎えに出ていたお母様から窘められてしまった。失敗失敗。
「ユージン様、お茶の用意は出来てますの。一緒に行きませんか?中庭に案内しますわ」
「ありがとう。」
ユージン様は騎士団長の息子の割に、そんな気難しい感じはない。
常に笑顔で、雰囲気も柔らかく、なんというか…自然と頼りたくなると言おうか、既に「兄貴感」を感じる。
ほら今だって
「ユージン様!ここですわ!お庭の薔薇が素敵でしょう?」
「ケイナ嬢、足元お気をつけて。ほらコケますよ」
ちょっとふらついた私を、手を引っ張って支えてくれるユージン様。そして、引っ張られた拍子にポスっとユージン様の胸に収まってしまった。凄い。10歳なのに身体に筋肉を感じる…って変態か私は!
「ひゃっ…!!も、申し訳ありませんっ!すぐ離れます…ってあの…」
そして何故か抱きとめたまま固まるユージン様
「ユージン様?あの、離してくださいまし…」
「あ、ごめんね。大丈夫?」
そしてやっと身体を離してもらった。…ちょっと寂しいっていうのは勝手すぎるよね。
「と、とりあえず大丈夫ですわ。ありがとうございます。おかげで転ばずに済みましたわ。…ユージン様?」
何かを考えているユージン様。…黙ってると本当に整った顔立ちで、これが成長するとあの精悍な顔立ちになるのよね…素敵。
「あの…どうかしました?」
「いや、その、不思議な感覚だが、これが初めてではない気がして」
「え?」
「なぜだか「いつもこうやって転けそうになるから目が離せないんだよな」と…」
「…ふふっじゃあ、いつも手を繋いでて下さいまし!」
私はそう言ってユージン様の手を取った。
前世でも、いつも手を繋いでいた。
足がちょっと不自由な私のために。
左手を私と繋いで、右腕に息子を乗せて、よく歩いてたね。
「うん。これなら安心だ。」
ユージン様の笑顔と、元夫の笑顔が重なる。
私の胸は高鳴りっぱなしだ。あぁもう、この人が好きすぎる。前世も、今も。
そして、お茶会
「私が入れますね」
と、カップにわざと少なめに入れたコーヒー。
それを水を足して薄めた。
「熱くないので大丈夫ですわ」
前世での、貴方の好物。
ぬるいコーヒーと、チョコケーキ。
ブラックチョコなんて認めない!とミルクチョコオンリーで作った私のチョコケーキが大好きだった。
多分、今世でもそうでしょう?
この前のお見合いで、私はそう見抜いていた。
「何故熱いのが苦手だと?」
「この前会った時に、何度もカップを持とうとしてはやめてましたもの。それに、湯気が収まってから一気に飲み干すだなんて…マナー的にはあまりよくないですわ。まぁ私の前ではいいんですけども」
「そうなのか?マナー的にダメなのか…」
「お外ではダメなんですって。コーヒーをお水で割るのも「邪道」ですよ。もちろん。私もまだお勉強中なのです。でも学園に入るまでには頑張ってマスターしますわ!ユージン様のために」
「俺のために?」
「そう!将来、立派な淑女になってユージン様に嫁ぐために、ですわ」
今世でも、貴方のお嫁さんになりたいのです。
「淑女かぁ…そっか。そのままでも大丈夫と思うけどなぁー。でも頑張りたいなら応援するよ。頑張って」
「…っ頑張りますわ!」
のほほんと笑うユージン様のしれっとイケメン発言。私、めっちゃ頑張る。
「そうそう、ケーキも食べてみてくださいね。きっとお気に召すと思いますわ」
「このケーキ?…美味しい!」
「甘いスイートショコラのケーキですの。甘いの、お好きでしょう?」
「うん。…男としては、ダメなんだけどね」
「あら、男性でも甘い物が好きでもいいじゃありませんか。まぁ食べ過ぎはダメかもしれませんが…。私はこうやって甘い物を美味しそうに食べてくれた方が一緒に食べてて楽しいし、嬉しいですわ!」
「ホント?」
「ええ!あ、でも食べたあとの歯磨きは必須ですわね!じゃないと歯が痛くなってしまいますもの。それに食べ過ぎてご飯が食べれなくなるのもダメですわ。きちんとした栄養を取らないと強くなれませんもの!」
「ケイナ嬢は8歳なのに色々知ってるんだね」
「これも、淑女になるためですわ!」
「淑女って大変なんだねー。」
またのほほんと笑うユージン様。まぁ普通の8歳とは違うんだけどね(笑)
「というか、ユージン様のためなんですけど?」
「え?」
あ、分かってないよこの人。
「この先もずっとユージン様と一緒にいたいから、いっぱいお勉強して、支えていきたいんです。だから、その…」
「ん?」
「ちゃんと、お嫁さんにしてくださいね?」
「………ん?」
「もうすぐユージン様も学園に行かれるのでしょう?」
この世界では子供達は15歳から成人と認められる18歳までを学園で過ごすことが多い。
もちろんユージン様も私も貴族学園と言われる学園なのだけど…そこに入学してくるのが、突如庶民から貴族となったヒロインなのだ。
「そこで、魅力的な人に出会うかもしれません。でも、私頑張りますから。いっぱいいっぱい、頑張りますから。…私を、お嫁さんにしてください」
私はそう言って頭を下げる。すると、向かい側に座っていたユージン様がゆっくりと立ち上がり、私の頭を撫でたあと、ゆっくりと私を覗き込んだ。
「うん。俺も頑張る。父上みたいな騎士団長になれるよう頑張るから、これからもよろしくね。ケイナ」
あああもう、カッコ良すぎですユージン様!!!
それからもせっせとユージン様に食べ物を貢いでいった。
お菓子ばかりではなく時には卵や鶏肉等タンパク質中心のランチボックスを持って訓練の時の差し入れにしたりした。
「今は体づくりが大切ですからね。タンパク質とアミノ酸と炭水化物をしっかり摂取しないと」
「ありがとう。助かる」
何度も差し入れしているおかげか、ユージン様との距離も大分縮まった。
「あとカルシウムと鉄分も大切だし…みんな大切ですわね」
「じゃあ今度はそれの差し入れよろしくな」
「…仕方ないですわね。考えてみます」
「ケイナの所のシェフ、料理上手だもんな。期待してる」
「伝えておきますわ。」
最近では私も作ってるんですよ、とは言わない。10歳を超えた辺りから少しづつ手伝うようになり、今はオーブン以外なら使えるようになってきた。この世界のオーブンは釜なので、もう少し使い慣れるのに時間がかかりそうだ。オーブンでユージン様の好きなショコラケーキが作れるようになったら、その時は私が作りました!って持っていきたいな。
でも、結局それが叶わないまま、ユージン様は学園へと行ってしまった。
学園は全寮制なので、ほぼ会うことは出来なくなってしまう。
「あぁ、2年が長い…恨めしい」
オーブンで色々と作れるようになったのはユージン様が学園に入学してすぐだった。
マドレーヌも、カヌレも、もちろんショコラケーキも、しっかり焼けるようになったというのに。
「その間に淑女教育を頑張りましょうね」
「はーい」
侍女のマーサに諭され、私は今日も淑女教育。私が学園に行くまであと2年
ヒロインは確か…私と同い年。絶対負けないんだから!
そして、2年後
「ユージン様!」
「お、ケイナ、入学おめでとう!」
たった2年会わなかっただけなのに、ガッツリ大人びて、というかガッシリした体つきになって、カッコよくなったユージン様。
「ありがとうございます。ユージン様、これ、マドレーヌと紅茶のクッキーです。沢山作ったので、皆さんでどうぞ」
「おお!ありがとな!」
いつも通り、笑顔で受け取ってくれるユージン様
「おや、君がユージンの婚約者殿かな?」
「殿下!」
そこに颯爽と現れたのは、この国の第一王子のマクシミリアン様だ。私はさっと、カーテシーを行う。
「あぁ、楽にして構わないよ。」
「ありがとうございます。」
「ユージンへの差し入れかい?」
「はい」
「そうか。たまに私もおこぼれを貰うんだが、とても美味しく頂いているよ。」
「恐悦至極にございま………殿下に差し上げてる…ん、でございますか?え?ユージン様?」
「ん?言ってなかったか?」
「言ってません!訓練仲間と言うのでてっきり騎士コースのご学友とばかり…」
「殿下も訓練仲間だぞ?」
「それはそうでしょうけど!そんな、殿下に差し上げるのにこんな拙い物を…」
「美味かったぞ?最近上達したな、ケイナ」
「あ、分かりました?ありがとうございます!じゃなくて!ええと…なんだっけ、てか何で気づいてるんですか!」
「ん?前にマーサが教えてくれた。お嬢様は頑張って作ってますよって」
「マーサぁぁぁ…」
「ほらほら、淑女の仮面が剥がれてるぞ」
「誰のせいですか!全く…失礼しました、マクシミリアン殿下。」
「くく、いやいや、大丈夫。いい婚約者を持ったな、ユージン」
「はい。殿下、私はこのまま婚約者を送って行きますのでまた」
「分かった。ではまた、婚約者殿も」
「はい。失礼いたします」
マクシミリアン殿下はそういうとまた颯爽と去っていった。うーん、やっぱり攻略対象の中でもNo.1人気。キラキラしてたなぁ…
でも…
「マクシミリアン殿下って…」
「ん?」
「目に優しくない…」
「ブハッ!キラキラしすぎてるから?」
「はい…ちょっと私の目には刺激が強すぎます…」
「そうかそうか。ケイナは目に優しいのがいいのか」
「はい。その方が落ち着きますね。」
「俺みたいな?」
「もちろん。むしろユージン様以外はほぼ目に入らないんですけどね。」
「よろしい。じゃあ行きましょうか?お嬢様」
そう言ってユージン様が手を差し出してくれるので、私は安心して手を乗せる。
「そう言えば、ピンクの髪をした女のコと会いました?」
「ピンクの髪?いや?会ってないよ」
「あ、なら大丈夫です。」
あれ?出会いイベント…なかったのかな?それとももっと先?
それからしばらく、何の変哲もない日々がすぎていく。
というか、ヒロインが見当たらない。
ピンクの髪だからすぐ見つかると思うんだけど。
まぁ、ほぼ毎日朝と夕方はユージン様の送り迎え付きで(寮まで迎えに来てもらってる)、昼も一緒に食べてるから、ユージン様とヒロインの親密度はあまり上がってないと思うんだけども。
むしろ…
「ユージン様、私とこんなに一緒に居て大丈夫なんですか?訓練とか、ご学友との時間とか…」
「ん?訓練は迎えに行く前と送っていった後にしてるし、友人達とは休み時間に話せるし。生徒会だって、殿下の護衛だって、授業中や放課後だけだし。遅くなる時はケイナに図書室で待ってもらってるだろ?」
「まぁ、そうですね…」
しかもその図書室、生徒会室の隣だしね…
「そういえば、今年入った、庶民から貴族になった子ってご存知ですか?」
「ん?あぁ、なんか殿下がそんなこと言ってたっけ…使えそうなら生徒会に入って貰おうかとか言ってたけど、俺が止めたよ」
「え、なんでですか?」
「だって、元庶民に貴族のまとめ方とか分かるはずないだろう?俺だって分からないのに」
「…確かに」
「結局この学園は貴族の集まりなんだから、卒業しても貴族。俺なんかは騎士団に入るけど、父上の跡を継ぐために貴族籍はそのままだし。」
「そうですわね…」
「だろう?だから最近貴族になっていきなり貴族のまとめ役なんて普通に考えて無理だろ」
「ユージン様がちゃんとした考えの持ち主で安心しましたわ」
うん。ほんと、普通に考えてありえないよね(笑)
でも生徒会に入ることがこの乙女ゲームのひとつのポイントだ。
そこで一気にお目当てのキャラの親密度をあげることが出来るのだから
「でもマクシミリアン殿下が入れると断言されたら…反対は出来ませんよね」
「ん?その時は俺が生徒会を辞めるさ」
「それは…卒業後に響くと思いますわよ…?」
「ま、どうにかなるさ」
「もう…まぁ、ユージン様ですしね」
多分、ユージン様ならたとえ騎士団に入れなくなって、市井に降りたとしても街の自警団とかでどうにかなるかもしれないし。ん?そうすると私、掃除と洗濯とかやって専業主婦になるのか?
「そうするとちょっと今までと勉強の内容が変わりますわね…」
「ん?」
「ほら、万が一ユージン様が卒業後、騎士団に入れなくなった場合、市井に降りるかもしれないでしょう?そしたら私は専業主婦として家のことをしっかりしないと…」
「あ、そこはついてきてくれる前提なんだ」
「?当たり前でしょう?」
「当たり前かぁ…うん、その時はよろしく」
「はいっ」
「まぁ多分そうはならないけどね」
「そう願いますわね」
そしてしばらくの後、本当にユージン様は生徒会を辞めた。
「うーん、最近マクシミリアン殿下が変わって、俺はついていけなくて。まぁ俺の仕事を新しい…ほらケイナが言ってた子?にさせるからいいってさ。そこまで言うならもういいかと思って辞めてきた。護衛だけなら他にもいるし」
「まぁ…ではやはり私は市政のお勉強を…」
「あ、そこはちょっと待ってて」
「え?」
「ま、大丈夫だから」
「うーん…分かりました」
「今日のお菓子は?」
「今日はマフィンですわ。ちょっとフワフワにしてみましたの。」
「そっか…うん、美味い!」
「良かったですわ」
相変わらず、作ったものを美味しそうに食べてくれるユージン様。
でも正直生徒会を辞めてくれてホッとした。
だって、ヒロインはこの時点でユージン様攻略を完全に失敗してると確定したから。
これから先のことは、また考えよう。
そして、しばらく経つと、ヒロインは堂々と殿下や他の人達と一緒に色んな所で見かけるようになった。
たまたま私とユージン様がお茶しているサロンでもちょくちょく見かける。
「やだ、マクシミリアンったらー」
そうやってボディタッチしてる所を色んな令嬢から冷たい視線で見られているのに、ヒロインは全く気にしていないどころか、煽るように笑っている。
「こんな人目のあるところで…勇気あるなぁ…」
「ん?ケイナもしたいのか?」
「え、無理です。遠慮します」
「まぁケイナはそうだろうな。じゃ、そろそろ行こうか」
「はい」
そう言って、手を出してくれるユージン様。
移動の時、階段を昇り降りするとき、必ず手を握ってくれるのは、初めての時以来変わっていない。
1度恥ずかしがって子どもじゃないから大丈夫!と言い張った直後に転けそうになって、結局そこからは必ず手を繋ぐ事になってしまった。
もう今では学園の中でも友人達に、「ユージン様がいないときは手をお貸しくださいね!」と言われてしまう。そこまで転けないよ。たまたまだよ。と必死に伝えて、とりあえずユージン様以外からの手を繋いでの移動は無くなった。まぁ階段は…たまに借りるけど。だってドレスは派手ではないんだけど足元見えなくて怖いんだもの。壁に手をついてもこわいもんは怖い。
「ユージン!」
背後から高めの声が聞こえた。
「ユージン様、呼ばれてますわよ?」
「うん?何?ケイナ」
「いえ、私ではなくて」
「ユージン!なんで無視するの?」
「はぁ…ごめん、ケイナちょっと待ってて」
「うん」
そういうと、ユージン様はくるっと振り向き、「何か用でも?」と冷たい声で言い放った。
あれ?ユージン様ってこんな冷たい声だったっけー?
「ほら、最近生徒会に来ないじゃない?心配して…」
「俺は生徒会を辞めたから関係ない。それに他人に対していきなり呼び捨てにしたり、敬語も使えないような人と知り合いではないし、なりたくも無い。」
「え、で、でもそれは…」
「ユージン、それはないんじゃないか?言い方ってもんがあるだろう?ユリアはまだ貴族になって日が浅いんだ。大目に見てあげてもいいだろう?」
後からゆったり来た殿下の後ろにサッと隠れるヒロイン。早いなおい。
「お言葉ですが殿下、庶民から貴族になったなら尚更、まずは礼儀や貴族の常識を身につけるべきでは?生徒会に入るからにはそれ相応の実績も必要になってくるのに、そんな様子では殿下の評判にまで関わってくるというもの。それを認識した上での発言でしょうか。」
「ここは学園だぞ?その礼儀や常識はこれから身につけていくものだ。そのために学園で学ぶのだろう?」
「それでも最低限、学んでおくべき礼儀がありますよ。…行こう、ケイナ。これ以上は無駄だろう」
「あ、はい…御前失礼致します、殿下」
私達は殿下達を残し、その場を離れた。
びっくりしたなぁ…入学直後に会った時はもう少し殿下とユージン様は仲良さげだったのに、そこにはヒヤリとした雰囲気しか無かった。
ユージン様は今は普通に戻って私と手を繋いで回廊を歩いている。
…きっと、ユージン様の言うように、殿下が変わってしまったのかもしれない。
だって
「キラキラが減ってたもの」
「殿下の?」
「ええ。前はあんなにキラキラしてたのに。でも目に優しくなったというより…」
「輝きが失われた?」
「ユージン様!不敬ですわ!…そんな感じですけれども!…何があったのでしょうか」
「あの女生徒のせいね。」
突然背後から聞こえた声にビクッとしてしまった。どうやら近くまで来ていたのに色々考えてて気づかなかったせいらしい。
「エリザベス様!」
エリザベス様は公爵令嬢でマクシミリアン殿下の婚約者だ。ちなみに生徒会の副会長でもある。つまり、ユージン様のご友人の1人…というのは以前に聞いたことがある。
サッとカーテシーをしようとすると、いいわ、と手で制された。
「初めまして、ユージンの婚約者のケイナさんね。」
「は、はい。どうぞよろしくお願いいたします。」
「ええ、こちらこそ」
エリザベス様はニコッと笑ってくれた。おお、これがロイヤルスマイル…流石は淑女の見本と謳われるエリザベス様だ。
「あの…あの女生徒と言うとユリアとか言う…?」
「ええ、そうよ。あの庶民上がりの男爵令嬢のせいなの。あの方が作るクッキーが、殿下の最近のお気に入りで、それがきっかけで籠絡されてしまったのよ。…困ったものだわ。」
「…クッキー?ですか?」
クッキー…クッキー…なんか乙女ゲームにもでてきた気がする。
あ!クッキーってあれか、親密度アップのためのやつ。
確かにあれは親密度アップの効果はあるが、そこまで高い効果はないはず。せいぜい「ありがとう」という言葉と画面のキャラが笑顔になる、位の。アップする親密度だって微々たるものだった。
「殿下も、他の方々も、そのクッキーを毎日食されていますわ。」
「エリザベス様は食べないのですか?」
「そもそも食べたいとも思わないわ。…分かるでしょ?」
うん、確かに…何が入ってるか分からないもんね。
「そんな怪しいクッキーを何故殿下は…」
「最初は殿下方も断ってたのよ?そこのユージンもいたし」
「ユージン様?」
「ユージンが持ってくるお菓子…とても美味しかったわ。特にフィナンシェとか言うお菓子」
「……あぁ!!私が作ったお菓子!!エリザベス様まで御召を?!」
「ええ。だって、珍しいお菓子ばかりだったんですもの。気になるわ」
コロコロと笑うエリザベス様。
「ユージンはね、まず自分が食べてから私たちに渡すのよ。毒味ですとか言いながら、結局貴方に貰ったものは絶対自分が1番に食べなきゃ気が済まないの。」
「むしろそんな毒味が必要な高貴な方々に渡しているとは露知らず…」
「ふふ、大丈夫よ。私達のいい息抜きになってたし、美味しかったもの。それに、貴方の身元もしっかりしてるし。
でも、それを何を勘違いしたのか、あの女生徒は、そのお菓子が大丈夫なら自分のも大丈夫なはずだって、毒味役も何も通さず、殿下たちに食べさせてしまったの…」
「えええ…。」
いや、凄いなヒロイン。怖いもの知らずだな。
「でもクッキーがそんなに美味しかったんですか?というかユージン様は食べなかったんですか?」
「ケイナのがあるのにこれ以上要らない」
「ふふ、ユージンはそれで一口も食べなかったわよね。私もその明らかに怪しいクッキーを食べなかったのだけど…殿下達はそのまま…それからというもの、毎日そのクッキーを食べないと仕事もしないような状態になってしまって…」
「それってほぼ中毒状態じゃないですか!」
「そうなのよねぇ…困ったものだわ」
「いやいやそんな呑気な…」
「ふふ、大丈夫。どうにかなるわよ」
エリザベス様はそういうと、また微笑んで行ってしまった。
どうにかなるって…いや、どうなるんだろう。
まぁ結局私に出来ることは何も無く、ただ、いつものようにユージン様にお菓子や食べ物を差し入れしたり、ユージン様のハンカチに刺繍をしたり、図書室でユージン様と勉強をしたり、たまに友人とおしゃべりしたりと、何事も無く日々を過ごすしかない。
たまにヒロインがこっちに来る様子が見えるのに、ちょうどよく友人から呼ばれたり、ユージン様に誘導されて歩く方向が逆だったりするので、話したことは無い。まぁ話すことは何もないんだけどね。
そして1年の終わり、ユージン様のパートナーとして、卒業パーティに参加することとなった。
パートナーとして、恥ずかしくない装いをする。ドレスの色はユージン様の瞳に合わせて翠色だ。ユージン様のポケットチーフは碧色。私の瞳の色だ。
「ど、どうですか?」
「ん?綺麗。いつも通り…いやいつも以上か。」
「…あ、ありがとうございます」
ニコニコと笑顔で褒めてくれるユージン様。
恥ずかしいけど嬉しい。
そして卒業パーティが始まって直ぐに、ゲームではおなじみの断罪イベントが始まった。
違うのは、殿下たちの近くにユージン様が居ないこと。
その代わりに見たことの無い男子がユージンのところに立っていた。
ヤリ玉に挙げられたのはやはりというかマクシミリアン王子の婚約者のエリザベス様
ヒロインに酷いことを言ったとか教科書を破ったとか、階段から突き落としたとかいういくつもの「罪」を突きつけられていた。
それでも、エリザベス様は動じず、真っ直ぐに前を向いていた。
「ユージン様…エリザベス様が…」
「大丈夫大丈夫」
ユージン様はギュッと私の手を握る
それだけで少しホッとしてしまう。
「そして!ケイナ・トゥアロー!」
「は、はい?!」
「貴様にも、同じ容疑がかかっている!」
「え?あの…その方と話した事もないのですが、なんの容疑でしょう…?」
「しらばっくれるな!」
「いやあの…しらばっくれるも何も…」
本当の事なんですけど…
「そもそも、もし嫌がらせするとして、何故嫌がらせをしなきゃいけないんですしょうか?」
「何故、とは?」
「先程のエリザベス様の場合は、マクシミリアン殿下との仲を嫉妬して、でしたが、私の婚約者であるユージン様はこの通り私のそばにいますし、朝夕はほぼ一緒に行動してました。昼のお食事も。だから私はもとよりユージン様もその…ユリア…様…に会いに行く暇も無かったというか…」
「会いに行く気も必要性も全くなかったからな」
「まぁ、このペアは…」
「そうだよなぁ…」
「どこでも手を繋いで歩いてるもんな」
「むしろ余所見する暇もないくらいな」
「そもそもユリア様に嫌がらせって…無理じゃないか?いつも殿下たちといるだろ…」
何となく風向きが怪しくなって来た所で、ヒロインのユリアが声を上げる
「そんな…!あたしは所詮平民だからって見下して…!…っそうやってユージンの事も自分から離れないように縛り付けてるんでしょう?ユージンが可哀想よ!もう解放してあげて!」
「…縛り付けてる?縛り…縛ってる?ん?」
「そのせいで1個もイベント達成できなかったんだから…」
おっふ、あなたも転生者でしたか。それはドンマイ。
「別にケイナに縛り付けられいる訳では無い。むしろ俺が縛り付けている」
「ユージン様…」
「俺の婚約者はしっかりしてるように見えてポンコツ…んんっ…ぼんやりしているからな。しっかり俺が見とかないと、どこで転けるか分からない。」
ポンコツもぼんやりもあんまり変わらないと思うけど。
前世でも旦那にしょっちゅう「このポンコツがー!」って言われてたっけ…。
「で、でもそれは婚約者としてというより妹みたいな感覚でしょう?そんないつも見ていなくても…」
「妹としてなど、見たことは無い」
「「え?」」
私とヒロインの声が重なる。世話を焼かれる度に「まだ妹枠かなぁ?」とか思ってたけど違うの?
「会った時から今まで、ずっとそばで守りたい、たった1人の婚約者で、俺の大切な人だ」
「ユージン様…」
「な、な、なんなのよ!なんなのよなんなのよ!ここではあたしがヒロインなのよ!チュートリアルライバル如きがしゃしゃり出て来てんじゃないわよ!」
「ユージン様1人居なくても、ユリア様にはマクシミリアン殿下も、他の方も居らっしゃるではないですか」
「それじゃダメなのよ!全員揃えないと隠しキャラが出てこないのよ!」
「隠しキャラ?」
「そうよ!王太子、エドワード王子よ!」
その言葉にざわっと会場がざわめく。
そう、マクシミリアン様は第一王子ではあるが、王太子は別にいる。
それが、エドワード王子である。エドワード王子は王太子ということで学園での勉強ではなく、王宮で専属の教師陣による教育を受けているらしく、式典以外でお姿を見ることは無い。
でもそれが隠しキャラ?
「なんで全員集めたらエドワード王子が出てくるんだ?」
「全員の親密度がマックスの逆ハーレム状態で王宮に上がるのが出会いイベントの条件だからよ!だからユージンが居ないとダメなの!」
「でも今の段階でユージンの親密度は多分ゼロですけど、どうするんですか?」
「そんなの、このクッキーでどうにでもなるわよ!この課金アイテムの「魅惑のクッキー」でね!」
「課金アイテム!そうかなるほど!」
そういやそんなのもあった!無課金ユーザーの私には無縁なものが!
「それを食べるとどうなるんですか?メロメロ?」
「そう。もうあたしの虜。魅惑のクッキーには特別な恋の秘薬が入ってるの。その分とても高いんだけどね。ねぇマクシミリアン」
「そうだな。だが、俺の財力があれば、気にする必要もない」
ユリア様が擦り寄ると、マクシミリアン様は愛おしそうにユリアを撫でる。
なるほど、お金はマクシミリアン様に出させていたのか。王子だもんな。お金は持ってるよな…何のお金かは…分からないけど。
その時、パシンっという音が響き、ざわめく会場が一気にシン…となった。
「よく、分かりました」
音の発信源はエリザベス様だった。
「皆様もお聞きになられましたわね?そこにいる女生徒、ユリア男爵令嬢は違法な薬を練りこんだクッキーをマクシミリアン殿下達に食べさせて、意のままに操っていた…そして今度は王太子であるエドワード王子にまで害をなそうと策略しておりました。これは立派な国家反逆罪ですわ!衛兵!」
エリザベス様の号令を聞くと、外に控えていた衛兵達が一気に雪崩込み、ユリア達を捕まえた。
「ちょ、なんでよ!さっき断罪されたのはあっちじゃない!エリザベスが捕まる方でしょう?!」
「私が捕まる?おかしな事を言うのね。私はただ、淑女の見本として、貴女に礼儀作法をお伝えしただけ…それを悪口としたり、苛立ち紛れに破いた教科書を私のせいだと喚き散らし罪をなすり付けたり…見苦しいことこの上ない。貴女、ご存知なかったの?この学園…至る所に監視の為の職員が居ることを…」
「なっ…」
「それが誰か、とは言えませんけれど…だからこそ、きちんとした真実は何も言わなくても上の方に伝わるようになってるの」
コロコロと笑うエリザベス様
そっか、だからエリザベス様もユージン様も余裕だったんだ…
「けれど、いくら怪しくても証拠も何も無ければ捕まえられないでしょう?
良かったわ。自白してくれて。手間が省けました。」
「何よ…なんなのよなんなのよ!悪役令嬢のくせに!」
「それを言うなら貴女は男爵令嬢のくせに、ね。序列が何たるかも分からぬ小娘が」
エリザベス様ーなんか素が漏れてませんかー
「嫌よ!私は!私は!エドワード王子様に会うんだからー!」
「危険人物と会わせるわけないでしょう?…そろそろ連れて行って。殿下方は医務室へ。中毒状態を診てもらいましょう」
ユリアが叫びながら連れていかれ、殿下達も衛兵達が医務室に連れていった。
殿下達もユリアのそばに行こうとしていたが、薬のせいか、身体の動きが鈍く、衛兵に両側を固められると為す術もなかったようだ。
そして、結局、エリザベス様がざまぁされることも無く、私とユージン様が婚約破棄になることも無く、無事に卒業パーティは終了した。
エリザベス様はマクシミリアン殿下の治療に付き合い、しっかり治ったら結婚するらしい。
「ふふ、これで結婚した後もわたしには頭が上がらないでしょう?」
マクシミリアン殿下は女公爵として身を立てるエリザベス様の入婿として迎えられるらしい。
エリザベス様が凄いとしか言いようがない。
そしてユージン様は卒業後、希望通り騎士団へと入団し、私との結婚は私の卒業後となった。
「すぐに結婚してもいいけど、せっかくの学園生活だし、2年間だけ自由にしていいよ」
というお言葉の元に。
そして、その2年間であっという間に騎士団の小隊長になり、大隊長になり、出世を果たしたユージン様と、今日、結婚する。
「うーん、結婚までに騎士団長になるつもりだったんだけど。親父はやっぱり強いな…」
「いや、2年間で大隊長とか、普通有り得ませんから」
「そうか?そうでもないだろ」
苦笑いしながら、白いドレス姿でユージン様の前に立つ
「結婚して、最初はなにをつくりましょうか?」
「やっぱりあれだろ、ショコラケーキ。…誕生日とかにも、必ず作ってくれたやつがいい。」
「本当にお好きですよね」
「この世界に来る前からずっとな。」
「!……ふふ、餌付け成功、ですね?」
「これからもよろしく」
前世でも、これからも
餌付け、大成功です!
終
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