真情
手入れの行き届いた短い黒髪を、必要以上に揺らしながら舞が顔を出す。激しい息遣いは、いま来たばかりという演技。もしくは、目線を地面に向けるための下準備。
「弥生ちゃん。おかえりなさい。大佐、すぐにシンセイの元までお戻りください。それとエリスロー少将は一緒じゃないんですか? 中将にこちらだとお聞きしたんですが」
地面を見つめる舞。前髪で隠れた目からの感情は読み取れないが、口元は笑っている。弥生の帰還に対する表情なのだろうが、視界に入れなければ、彼女の変化は分からない。
「少将もすぐ合流するはずよ。何があったか聞かせてもらえる?」
真珠の返答に、俯いたままで首を縦に振る舞。口角を下げて真面目な雰囲気。
「大佐が撃墜した二機の悪魔は、パイロットが生存しているとのことで、捜索隊を出していましたが、いるはずの場所には人の足跡もなく、獣による痕跡が残されていたと」
普通ならばパイロットが獣に襲われたとも思える報告。しかし、だとすれば血痕なり何なりと残るはず。忽然と姿を消した。またはパイロットの姿が、想像と違う可能性も。
「もしも捜索隊が武装してないんなら、全滅しちゃうよ。天使は特別らしいから」
弥生の声が翳りを含む。暖かい空気感は既になく、彼女に注がれた二人の視線は、焦りを孕んだもの。光悦はすぐにジンセイへ目を遣り、肩を落とした。
「生身の相手にシンセイをっていうのは抵抗があるけど、私にしかできないものね」
光悦の表情が曇るよりも早く、彼の両肩を叩いた真珠。頑丈な体を押しながらシンセイが待つ方向に進む。すると、弥生へ注がれていた深紅の眼差しが、一瞬だけ僕を捉えた。
何一つ言わずとも伝えたいことは分かる。遠ざかる三人に背を向けた時。
「私も、私にできることで戦う。貴女とは別の道を進む。少しでも長く生きてみせる」
声は上を向いている。今ならば舞の表情を確認することもできるだろう。しかし、もう必要のないこと。声と共に、彼女の心も上を向いているだろうから。
僕も、自分にできることをするだけ。
動きを止めた時の中。少し前までは戦場であった地を飛ぶ。ディアナともう一機の悪魔は龍神家へと運ばれた後。本来は倒れているはずのパイロットの姿はない。
神覚の巡りは異質な臭いを捉える。獣の中に人が紛れているような、刺激と懐かしさの融合。自然に生まれるものではない。きっと二人の存在も。
臭いを辿ると、四本足で駆ける獣が二人。意外にも機体から離れようとしていた様子。五本の指が生えた手足には鋭い爪。予想通りの姿。横から見ればまるで、狼と豹のよう。
輪郭は人間の面影を残しており、目も構造としては変わりがなさそうだ。しかし、金眼であり、歯は牙と呼べるほど鋭く、鼻も突き出ているなど、ほとんどが獣そのもの。
先ほどの口振りからして、弥生は二人の姿を見ていないはず。真実を知ったときの衝撃は計り知れない。何の枷もないのなら、別の場所に移す選択肢もあったのだが。けれど、今の四人。いや、真珠の仲間たちは、偽りで取り繕ったとしても満足しないだろう。
目の前の二人から語られるものは、仲間を傷つけるかもしれない。でも、前を見据えた彼女たちならば、立ち止まることはないと、僕は信じる。
「すまない。あと少しだけ、眠っていて」
二人に送るイメージは、一時の安らぎ。




