新天地
静かな部屋の中では、弥生の心音は聞こえそうなほど。彼女のテンションが高いのは、緊張からか、はたまた目当ての人物との再会によるものか。いずれにしても説明している内容は要領を得ない。けれど、一度スイッチを入れた真珠にとっては別の模様。
「私に会いに来てくれたのは嬉しいのよ? だけど、軍隊の物に勝手に乗り込むのは良くないわ。お家の人も心配しちゃうもの」
ベッドに座らせた弥生の顔を、床に膝を突いて下から覗き込む真珠。温かい空気は眼前の少女に平穏を運び、深く息を吸わせた。
「あのね。お父ちゃんとお母ちゃん。いなくなっちゃったの」
弥生の瞳に映る自分の顔が曇り、歪む。
「それで。お姉ちゃんからお母ちゃんたちと同じ匂いがして、嬉しくて」
耳元の幼い声に意識を注いだため、真珠にしては珍しく力加減を誤ったらしい。苦しげに呻いた弥生。
「ごめんなさい。なら、そうね。降りられる所に着くまで、お話ししましょう」
再び映された真珠の顔には、優しい微笑みが正しく湛えられていた。
弥生の顔から紅味が引いたのは、北海道の大地に機体が着いた頃。部屋を出た二人の前には、真っ青な表情の光悦。そして、隣には彼の首根っこを掴んだままの博士が立つ。
「整備士に見付かったこの少年。お前の知り合いだと言い張るのだが?」
ゲイルではなく、博士に捕まったのが運の尽き。きつく締め上げられた光悦。眼前の妹に気付くまでに時間が掛かった。
「兄ちゃん、泣いてた?」
弥生の声で途端に生気を取り戻した少年。現状では信じられないような威勢を放つ。
「俺が泣くわけねぇよ! なぁ?」
彼が同意を求めたのは真珠。右手を額に当てたまま、俯いている彼女。
「本当よ。彼らは私の友達よ」
力ない言葉は、光悦の身に自由を与えた。
北海道基地に着いたゲイルたち。五人ともに開いた口が塞がらない。彼らが目にした次の所属先は、山々に囲まれた大きな洋館。
「基地は、どこ?」
舞の呟きを余所に、出迎えに現れた女性らの格好はメイド服。荷物を受け取った彼女らの後ろを、五人は落ち着かない様子のままに付いて歩く。広大な庭は、輸送機があってもなお余り、道を逸れれば遭難しそうなほど。
「確かに面積は軍事施設として十分だが」
装飾された庭には雪が降り積もり、銀世界の中に無粋な物は見当たらない。不安そうな彼らの前で、輸送機が地の底へ消える。
「地下基地か。男としては高まるな」
三十を控えた男の呟きは舞にのみ届いた。寒さにつぐまれた口元が緩む。
真珠たちは未だヘリの中。予定外の来客を連れたまま、彼らは秘密の空間へ辿り着く。
「スッゴイ! カッコいいね、兄ちゃん!」
少女の瞳は、地下にあって一層の輝きを見せていた。兄も同様。上の五人とはまた別の意味で落ち着かない。
「ここからロボットが飛び出したりしたら、カッコいいだろうなぁ、弥生!」
自分たちの置かれた状況も忘れ、手を取り喜び跳ねている二人。真珠の手は額から離れられないまま。
「飛び出すわよ。そのために作ったんだし」
真珠の言葉に、彼女の髪色よりも輝く二人の瞳。能力も必要ないほど、彼らの心の声は真っ直ぐに聞こえてくるよう。
「見れない方が平和でいいでしょ?」
ようやく顔を上げた真珠。喜んでいる光悦の表情に、次の言葉が詰まった。
「もう。いいから行くわよ。この先どうするのか、父さんに相談しないと」