助け
十六時丁度。戦闘終了から二十七分経過。ゲイルたちは荷物を纏め管制塔を離れた。
シンセイの傍らには、民間人の避難を完了させた真珠らの姿。生き残った軍人は全員が女性であり、明らかに年下の英雄へと羨望の眼差しを向けている。彼女たちの甲高い声が止んだのは、男の野太い咳払いの後。
「総司令部よりの通達だ。全員二階級特進。生存・死亡も関係なくな。とはいえ龍神大佐が最高位なのに違いはない。我々の指揮権は彼女にあるまま。とのことだ」
二人は個人情報をただただ見ていたワケでなく、可能な限りの情報を纏めて提出、今後の動きについての確認もしていた。
沖縄基地所属の生存者は五名。彼ら全員が北海道基地の存在も先程まで知らず。正確な情報。的確な指示を欲していた模様。だが、二人からの伝達は納得できる内容ではなく、晴れやかな表情を採る者はいない。
そして、不安を煽る材料がもう一つ。連合のヘリが到着したのだ。シンセイや残存機を運べるほどに、大型の物が。
「確かに救援要請は出しましたけど」
耳を劈くような音の中。オペレーターが隣に立つゲイルへ叫んだ。彼女らの顔に浮かぶのは、助けを目にした者の表情ではない。
「どこまで知っていた?」
誰に向けるでもない、彼の言葉。常人には聞こえるハズもない状況で、真珠だけが自信と憂いに満ちた目をゲイルへと向ける。
輸送機から降り立ったのは博士と呼ばれていた男性。今という時に不釣り合いなほどの優しい笑顔を真珠にぶつけた。
「よくぞ無事じゃった。本当に凄い子じゃ」
抱き付こうとする老人。だが真珠は両手で拒む。二人のコントラストが周囲に穏やかな風を運び、一時の安息を告げる。
「皆さんも、ここから向かう先は冷えます。温まれる時に休んでおく方が良いですぞ」
真珠に引き離された勢いのまま博士は振り向き、五人に白い歯を見せた。和やかな空気のままに挨拶を交わす。
「私、オペレーターを担当しておりました。新城舞と申します。階級は上等兵です」
二十二歳の彼女。華奢な容姿には艶やかな黒髪。自身の意思とは関係なく、丸い垂れ目に落とされたパイロットも少なくない。
「比嘉紫音。ゲイル様以外は全員が上等兵になりました。よろしくお願いします」
長い黒髪と豊満なバストを揺らし、博士に握手を求めた彼女。白く細い体が転び、彼の腕に抱き止められた。
「またやってるよ。アタシはショーン。その子と似た名前だから、間違えないでね?」
真珠にウインクと投げキッスをした女性の胸元には、ウォルシュと書かれた名札。褐色の肌に整えられた長い茶髪が映える。
「わっわたしっ。チョ・タハダ。英雄さん。よろしくです」
先程からずっと、真珠の顔を見つめ続ける女性。赤い髪を左右に揺らし、紅潮した顔で刺すような視線を送る。
ゲイルと真珠も改めて名乗り、博士の番。紫音を離すと、少し気恥ずかしそうな様子を皆へ見せた。ガタイの良さがスーツ越しにも伝わり、仕草とのギャップは、年齢不相応に可愛さを醸し出す。
「ワシは犬塚翔。龍神家の執事役じゃ。当分の間は、同じ釜の飯を食う仲間。真珠共々、よろしく頼みますぞ」
博士の呼び名は真珠が付けたもの。十八年間、彼女とシンセイの世話役を担っている。
全員が輸送機に乗り込み、ゲイルと真珠が動かせる機体を運び、ようやく離陸。空からまだ火の手の上がる沖縄基地を眺める七人。真珠が敬礼をすると、皆が続いた。
「後のことはワシらに任せて、お前は自室で休むといい。軍の一般機である以上、皆さんの方が詳しいじゃろうしな」
基地から少し離れた頃。博士から真珠への提案。異議を唱える者もなく、彼女も頷く。
輸送機の中には最低限の人員しかいない。とはいえ、七人以外の搭乗者もいる。整備士がゲイル機をチェックしていると、物陰から微かな音が聞こえた。
真珠は自室に戻り、シャワーを浴びた後。仮眠する程度の時間は残されており、彼女は服も着ぬままベッドに飛び込んだ。
「ワッ!」
短い悲鳴が上がったのはベッド脇の僅かな隙間。自分だけの空間に緩ませていた警戒を再び呼び戻すと、暗がりへ明かりを向ける。
「良かったぁ。真珠お姉ちゃんだぁー」
浮かび上がったのは弥生の明るい表情。