堕天
太古の昔。神代とも呼ばれる頃の怪物たちは、単純な計算であれば、地球をも砕く力を持っていた。幾度も現れる破滅の使者。今、真珠が見上げる紫も、同様の存在。
あどけなさが残る女性の声。真珠に届くと同時に、大地を照らす光が消えた。昼間だというのに真夜中のように暗い空。シンセイも見惚れる存在感を放つ紫の巨体。
「マルス。だけど」
機体外へ漏らしてはいない真珠の消え入りそうな声。なのに楽しげに答える紫の悪魔。
「やだなぁ。機体じゃなくって、私の名前を呼んでほしいよ。真珠お姉ちゃん?」
感動の再会と呼ぶには充分。但し、白騎士を貫く敵意さえ、彼女が放っていなければ。
「何があったの。弥生ちゃん」
普段より、真珠の言葉に震える空気。
新手の出現とパイロットの正体に、慌ただしくなる地下基地。キメラと成り得る可能性を持つ茶色い騎士の中。左右の操縦桿を握る力を強め、深い呼吸をする少年。
機体と同様に迸るモノの形を整え、表面上では冷静さを見せる。茶色の騎士はシンセイと似ており、スリムな外見を持つ。なのに、男性的な印象を受けるのは、所々が筋肉質に肥大をしているせいか。未知と人智の融合。曖昧な境界を保つため、厚みを得た装甲。
「君には彼女たちに届け物を頼みたい。もう一つの切り札をね」
ゲイルのときと同じ。コックピットハッチの前で穏やかに語るのは錬一。だが今回は、機体の胸は閉じている。少年の耳に声が届くのは、悪魔から救世主へと変わった物の力。
「了解。弥生にも、ちゃんと届けてみせる」
少女と同じ紫の瞳に映るのは、錬一の背後にある深紅のマント。
「私はもっと遊びたかったの。大きくなれば真珠お姉ちゃんみたいになりたかった」
マルスから発せられる声は、悲しみと行き場のない想いを運ぶ。直後、紫の手に長剣。
「私、頑張ったんだよ。だからね、ご褒美の人形遊びに付き合ってほしいの」
真珠は瞬きもなくマルスの中にいる弥生を見つめていた。しかし、話し終えた紫は彼女の背後にある。シンセイは振り向くため動くが、相手は許しはしない。
自身の胴体ほどの太さを持つ足に蹴り上げられた白騎士。衝撃は真珠にまで届き、僅かではあるが、深紅を隠した。マルスにとっては十分な間。飛翔すると背後に回り込む。
弥生を捉えることもかなわず、成す術なく叩き続けられるシンセイ。互いに交わす言葉も持たず、漏れるのは真珠の呻き。手にする武器を使わぬのは、今を伸ばすためか。
「そうだ。親父さん。いや、中将。コイツの名前は決まってるんですか?」
功績と正体を隠す必要のなくなった錬一。カザンツェフの席も空いたことで、一つ階級が上がっていた。けれど今、大切なのは少年が彼の想いを汲み取ったこと。
「ジンセイだ。君たち兄妹が、人の生から、自分の人生から外れぬように」
真剣な眼差しを受け、少年は頬を緩める。再び開いた紫の瞳を持つのは、一人の青年。
「了解。やってやる。獅子崎光悦はジンセイで行く。上のハッチ開けてくれ」
シンセイの時とは違い、射す光のない空。見上げる兜の奥。二つの輝きが灯る。青年の瞳と同じ、紫の眼差し。手に持つマントは、外気により靡くが、彼の意思に揺れはない。
両方のレバーを前へ倒し、フットペダルを踏む。訓練で学んだ操作。違うのは、圧倒的な加速性能。瞬くのも許さず、大空へと舞い上がる。人の技術だけでは到達できぬ領域。
光悦が目にしたのは、妹が乗っているはずのマルスが、真珠を弄ぶ姿。シンセイによる反撃。手刀は鋭く、紫の場を捉えた。察知の力により、見ずともある程度の精度は出る。
今までの相手ならば有効打であったはず。なのに鋭さは空を切る。瞬間移動としか表現できない動き。再出現を確認し、シンセイが追撃。またもや躱される手刀。速度を上げて回避をしている訳ではない。予備動作も力の行使もなく転移を繰り返しているのだ。
「真珠。親父さんからの届け物だ」
わざとらしくスピーカーを使った光悦。彼の声にマルスの動きが止まる。
「何よ。二人揃って。兄ちゃんもお姉ちゃんも、あの時は助けてくれなかったクセに!」
振り向いた悪魔の視線と共鳴するように、ジンセイの胸部が呻く。紫に染まりゆく茶。
「何の力か知らねぇけど。兄妹の間に入ろうとしてんじゃねぇ。黙って見てろ」
おそらく、弥生がマルスのパイロットに選ばれたのと同種の力。そして、真っ直ぐ妹へ向かう心が、ジンセイの結束を強めた。次は言葉も、悪魔の内にある彼女へ放つ。
「真珠だけじゃない。今度は俺もいる。弥生を独りにさせないから、帰ろう」
新たな救世主から溢れる、温かな気持ち。戦場であることを忘れさせる心の光に、弥生は手にした剣を落とす。近づく二色。兄妹は再会し、触れ合おうとしている。
「けど、ダメなの」
少女の声に落ち込む影。今の空を思わせる漆黒。全てを刺すような悪意の波動。




