決心
数日後。弥生が連れ去られてから、一週間ほど。基地に置かれたシミュレーターは四機あり、入り口付近に二機、残りは奥の壁面と離されている。真珠と光悦はエレベーター前の物を使っているため、他に訓練をする者は二人の横を通らねばならない。
「おはようございます。大佐、今日もいつもと変わらず、世界一輝いておられますね」
基地で訓練の必要があるもう一人。つまりゲイルは、二人の横を通る際、決まって挨拶に一言付け加えていた。彼にとっては、光悦にばかり時間を割かれ面白くないのかもしれない。真珠も以前と変わらない程度には仲間たちと話しているのだが。
挨拶を交わすと、連合のエースは基地奥の壁面まで進む。真珠らから離れるたび、彼の顔は険しさを増す。怒りなどは読み取れず、あるのは、先日の自身への責めだろうか。
「光悦くんは羨ましいが、俺は俺のやり方で振り向かせるさ。まずは敵に勝たねばな」
辺りに人の気配を探り、誰もいないことを確認した上での独り言。そして溜め息の後。体を浮かせ、尻から着席。シミュレーターに与えた衝撃も彼の心情も、知る者はいない。
光悦や一般兵とは違い、実戦を経験しても生き延びているゲイル。シミュレーションのステージも最高難度を選ぶ。多対一の戦闘。但し、敵機との性能差はない。撃てば倒れ、撃たれれば負ける。かつての連合の認識。
「中佐には物足りないんじゃないですか?」
遠くから聞こえた可愛げに満ちた声。主は遥か後方におり、ゲイルの画面が見えるはずはない。彼への信頼による言葉。発したのは舞。柔らかく甘い空気を放ちながら、彼女は目的の人物へと近づく。
「少しでも改善点があればすぐに試す。そのためならば、適切なレベルだと思うよ」
自身への課題と、舞への返答。二つを器用に発言に混ぜたのは、エースとしての技量に何ら関係ないこと。生まれ持ったゲイルの心がなし得る芸当だろう。
「今日も被弾ナシですか。もう大佐にだって勝てるかもですね。いや、でもまだかなぁ」
薄いピンクが浮かぶ声色。内容は問題ではなく、雰囲気がゲイルを包む。すると、彼は訓練の手を止めて舞に微笑んだ。
「いくらシンライ同士でも、大佐には勝てんだろうさ。あの人には誰もね」
舞の柔らかさはゲイルにも移り、先ほどの険しさは見て取れない。言葉にも棘はなく、心から思ったことを話したと分かる。だが、彼女には認めたくない内容だったのだろう。
「でも、私は負けませんから」
蒼い瞳に映る舞は、笑顔を崩していない。けれど、辛そうに思えるのは、眉間に寄せたシワのためか。もしくは、目の端にある雫。
妹を連れ去られた光悦とは違うが、彼女も親友を失くしたのだ。子供の頃から今まで、一緒にいたのに。もしかすると、初めから。
「俺の勘違いなら鼻で笑ってもらって構わんのだが、どうして俺なんだ? 君ならいくらでも相手がいるだろうに」
ゲイルの言葉が終わる前に舞の鼻が鳴る。顔は紅く染まり、大きく口を開けて笑う。
「そんなの女の子に聞いたら嫌われますよ。普通は。でも、そうですね。私の英雄は十二年前から、アナタだけなんです」
複雑な表情へと変わったゲイルが口を開くことを許さず、舞は続ける。
「だから、いくら相手が最強でも、負ける訳にはいきません。私が私であるために」
突然向けられた真剣な瞳に、ゲイルが言葉を失い数十秒。シミュレーターが彼の敗北を告げる。意識は画面へと向かうこともなく、二人の心はぶつかり合ったまま。
「俺も簡単には諦められんのだぞ?」
相手の気持ちに揺れる想いのままに放った言葉。半端な覚悟なら砕ける選択。
「知りません。大佐は羨ましいですけど、私は私のやり方で振り向かせますから」
いつの間にかピンクは真っ赤に変わって、暗く冷えた空気を忘れさせるよう。聞こえていたのか、偶然の一致かは分からない。ただオペレーターとして磨きあげた彼女の耳は。
「俺もまだまだだな」
柔らかさを取り戻す空気の中で、ゲイルの言葉は晴れ渡る。自責の念は消え、青く。




